170 夏の終わりと希少花の採取
木の日はコルディス湖に転移して遊ぶつもりだったのだが、待ったが入った。
神殿から、来てもらえないかなーという要請が入ったのだ。
助けた冒険者に会いたいということだったから、シウが行こうと思っていたのだが、アントレーネは自分に任せてほしいと言う。
ガス抜き役なら男であるシウがやった方がいいと思ったのだが、正気に戻ってるなら八割は生きたいと思ってる証拠だと、胸を叩いていた。
それにずっと傍にいたのは自分だ、自分に責任があると、言い切った。
今が一番正念場なのだと鼻息荒く言うので、落ち着いてねと腕を叩いて見送った。
アントレーネはいないが、赤子三人は連れて行くことにした。
スサたちが寂しそうにするものの、外で遊ぶことも大事だと言えば納得していた。
いつものようにブランカに乗せて、王都外まで歩いていき、人の目がなくなると転移する。
風涼しの月も最終週となり、その名の通り涼しい風が吹くようになった。
これから暫くは過ごしやすい季節となる。
コルディス湖は早くも秋の風が感じられた。ここは標高も高いので季節が一足早い。
「あー、秋だなあ」
「まだ夏だってば」
「暑い?」
「まだ、夏毛だもん。そういうことだろー」
ロトスは人型のまま、ぶーと不満顔で答えた。
「夏毛なら涼しいだろうに、その割には聖獣姿で寝転んでいること多いみたいだけど」
「だって」
その方が気楽だもーん、と言う。
だらけた格好をする場合は獣姿の方がやっぱり良いらしい。
人型だと、自分でもみっともないと思うのだろうか。
彼は今、アントレーネと共にメイド長サビーネからびしばしと鍛えられている。
主に上流階級の人と接する場合の礼儀作法についてだ。
彼等の勉強は文字や計算といった基本的なところは終わり――といっても毎日宿題のようなものはやらされているが――今は日常に必要な知識からマナーまでを習っている。
そのため、人型ではだらしないことができないのかもしれない。
部屋に篭っていればサビーネに見付かることもないのだが、ロトス曰く「ロッテンマイヤーさんは見てる」とのことだ。シウにはよく分からないが、有名なアニメの人らしい。
とにかく、今の彼は心の底から清々しい気持ちだとかで、のんべんだらりと湖畔の草原に転がっていた。
シウも赤子たちとのんびり遊んで過ごした。
高速ハイハイをマスターした彼等は、今では掴まり歩きができるほどになっている。
だから、歩行器を作ってみたのだが、乗せてみると高速で進もうとして廊下を滑っていくという事件が勃発し、サビーネに怒られて取り上げられたところだ。
草原で歩行器は危険なので、出せない。平らな廊下じゃないし、躓いて転びそうなのだ。それだと本末転倒だから、今はパイプを繋いで迷路のようなサークルを作ってあげていた。
三人はパイプに掴まりながらよたよたと歩いている。
そのうち、一人で勝手に歩き回りそうで、今からちょっと怖いシウだった。
フェレスたちが森の見回りを済ませて戻ってくると、湖で遊ぼうと誘われた。
ロトスにも声を掛けたらしく、ブランカがロトスを引っ張ってくる。
「もー、分かったってば。泳ぐよ、泳げば良いんだろ」
「ぎゃぅ!」
ブランカは対岸までどっちが早く泳ぎ着けるか競争しようと持ちかけていた。
ロトスは転変するや、スタートしてしまった。
「ぎゃっ、ぎゃぅ!!」
慌ててブランカも追っていく。その後をフェレスも追って、三頭が泳ぎ始めた。クロは湖面すれすれを飛びながら、三頭を応援したり発破をかけたりする役目らしい。
「きゅぃきゅぃ」
三頭それぞれに、何か助言らしきものを告げてはくるくると飛行していた。
シウは赤子三人を連れて、浅瀬で泳ぐことにする。
「ほら、お水だよー」
「あば!」
「あぶぅ」
「ぷあっ。まんま」
「これ、まんまじゃないからね」
座ると腰まで浸かるほどの高さに水があり、三人はキャッキャと両手を振って水しぶきを上げている。
マルガリタは水を叩いては「まんま」と叫んでいた。
女の子の方が言葉は早いと聞いたが、実際に言葉らしきものを口にしたのはマルガリタだった。
もっとも、まんましか言ってないし、意味も全く通じていないのだが。
冷やし過ぎてもいけないので、赤子は早々に引き上げて乾かす。
フェレスたちは一回では決着がつかず、往復泳いでブランカを納得させていた。
ちなみに往路はフェレスが、復路はロトスが勝った。
大人げないことに、ロトスは復路で人型になってクロール泳ぎをしたようだ。
水に慣れず、体も重いブランカにはどうやっても勝てないのだった。
午後は採取を中心に山の中へ入っていった。
シウはガリファロとマルガリタを背負い、ロトスがカティフェスを背に歩いて進む。
「うへえ、疲れるー」
「重い荷物を持って山を進むのも良い訓練になるよ」
「そうだよなあ。アイテムボックスなんて、普通の奴は持ってないもんだし」
「あと、誰かを救助する場合なんかは魔法袋に入れられないからね」
「あ、そっか。自力で運ばなきゃなんねえってことか。だとしたらこれも大事な訓練ってわけだなあ」
「赤ちゃんで良かったね」
「軽いけどさ。でも、赤ちゃんの方が気になってしようがないよ。しかも、レーネの子供だもん。やっぱ大事だからね」
だからこそ、訓練になるのだ。
背中にある命を気遣って進むことこそ、大事である。
シウも転移だなんだと魔法の便利さに助けられているが、毎朝の基礎訓練は続けているし、こうして普段の生活でも体を鍛えている。
ロトスもそれを理解したらしく、歩みをしっかりしたものに変えていた。
採取では、新たに貴重なものを発見できた。
金青花という体内を安定させる花や、月下草などだ。
月下草はそう貴重でもないのだが、問題はこの草の近くに月光花があることだ。これは月が明るく輝く夜に咲く極小の花のことで、いろいろな薬の基材になる。
死滅細胞を蘇らせると思われる効能で、火傷や古傷にも効くのだ。この花で作る精油も素晴らしいが、精油というのは大量に花を要するので大変高価なものとなる。
このため、見付けたら必ず採取するようにしていた。イオタ山脈では滅多に見ない代物だった。
今夜は月も明るいだろうから、夜、採取しようと場所を記憶する。
他には栄養価の高いレスレクティオを採っていく。これらは飴の《蜂蜜玉》に使う。高カロリーのため、食事ができないような時に便利だろうと作ったものだ。
更に、五香花と五色花という間違えやすい花の群生地にも巡り会えた。
いつもの採取場よりもクラーテール側――火竜の大繁殖期に彼等が繁殖地に選んだ場所のことだが――そちらへ進んでみたところで発見した。
イオタ山脈にもあったが少なくてとても使えなかったから、群生地を発見できたのは嬉しい。
五香花は花の開くごとに匂いの変わる不思議な希少花で、その匂いごとに効能も変わる。またちょうど良いことに現在は固い蕾だった。これなら、シウの休みでもある土の日にじっくり付き添えば、五つ分の花を摘めそうだ。
そこからさほど離れていないところに、五色花もあった。これは時間によって色の変わる花というだけで、効能は同じだ。浄化作用があるため、いろいろな薬に使える。
こちらは今のうちに採取を済ませた。
ロトスも虹石をまた見付けてきた。
彼は虹石と相性が良いようだ。
更に一冬草の生育の様子を見にロワイエ山頂上へ向かい、順調に育っていることを確認した。一気に増やしたためどうかと思ったが、問題なさそうだ。
ついで、少し下ったところにある藍玉花の群生地へ向かう。
ハンス王子に渡した藍玉花の精油だが、相当お気に召したらしく先日オスカリウス家経由で注文が入った。
藍玉花も夏の間しか咲かないので今のうちに採取しておく必要がある。
一面に咲く可愛らしい藍玉のような花を、シウは魔法で集めた。
爺様と暮らしていた頃は精油を作るのも大変だったが、今は魔法であっという間に作れるので良い。
それにどうかすると、花の成長を促したりできるので、二度三度と採取できたりする。
あまりやりすぎると花そのものの寿命を早めてしまうかもしれないので、ほどほどに促進させていた。
もちろん、来季のことを考えて地面には栄養剤を撒いてあげるし、魔素が必要なものにはかつてのコルディス湖の魔素水を染み込ませたりする。
この魔素水を人工的に作れるものかなと思い立って、夕方には実験もしてみた。
先日アイスベルクで吸収した魔素を、ただの水に溶かし込んでみたのだ。
鑑定すると、普通に魔素水と表示される。
そのまま全部混ぜてみたら高濃度魔素水と出て、当時のコルディス湖魔素水と同等になった。
やっぱり竜だなあと思う。
コルディス湖魔素水も、元は水竜の死骸があってできたものだ。
彼等から流れ出た魔素のおかげで効能あらたかなものになった。
実験で出来上がったものは水晶竜から漏れ出た魔素が元になるので、こちらはもっと効能があるというか、より濃度が高くなりそうだ。
コルディス湖の湧き出る水と合わせて、それもまとめて空間庫に放り込んでおくことにした。
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