167 生存者の移送
翌朝、近くの街まで生存者たちを連れて行くことになった。
ルシエラ王都のギルド本部に通信で連絡を入れ、急遽、これがシウの次の仕事となったのだ。
エサイフたちは引き続き、周辺の警戒に当たるという。応援の冒険者も近隣から集めるようだ。あまり助けにはならないだろうが、魔核を取ったりだとか、死体を燃やす程度のことはできる。
ギルド本部も国に報告しているから、辺境を守る兵士を増援してくれるかもしれない。
それまではエサイフたちで狩りを続ける。
「先に悪いね」
「元々、今日までの仕事だったろう。構わんさ。それより、料理をたくさん置いていってくれて助かるよ。あいつらのは料理じゃないからな」
「あはは」
ナサとリゴの話を聞いていたら、本当に貧しい料理ばかりだったので、哀れに思って彼等の魔法袋に入れてあげたのだ。
二人には泣いて喜ばれた。
エサイフたちと別れ、シウとアントレーネは少女五人とヤロスラフたち三人を連れて草原を進んだ。
少女のほとんどは、精神的にも肉体的にも歩けるようなものではなく、シウの作った騎獣を運ぶ台車に乗せた。
引っ張るのはブランカだ。台車は魔道具仕様で浮いているし軽いのだが、ヤロスラフはとても心配そうだった。
というのも、少女らの後ろにもう一台連結しており、そこにヤロスラフたちを乗せているからだ。
座り心地が良いように改造しているが、傍目にはおかしな感じだった。
魔法袋の中には荷車ぐらいしかなくて、馬車を入れておけば良かったと思う。今更だが。
フェレスは遊撃として自由にさせ、クロは上空を警戒しながら飛んでいる。
シウとアントレーネは飛行板で並走して飛んでいた。
時折カニスアウレスが出て来るものの、これらは難なく倒せるのであっさりと通り過ぎていった。
街に到着すると、ギルド本部からの連絡を受けた関係者が門で待ち構えていた。
「お疲れ様です!」
パーティーのリーダーがシウであることは聞かされていたのか、アントレーネを見ることなくシウに視線を向けての大声だ。
ただ、あまりの大声に、びっくりしてしまった。
「あ、すみません。わたくし、ソランダリ領から派遣されておりますガリア街長官補佐のヤッフルと申します!」
地声が大きいようだ。
しかも、彼の後ろにギルド支部の人がいるが、口を挟ませない勢いがある。
「長官が不在ですのでわたくしが参りました!」
「そうですか。ところでヤッフルさん。こちらの皆さんは、大変な思いをされた方ばかりです。どうか、お静かに願えますか?」
一応、申し入れてみたのだが、
「あ! そうでした! 大変申し訳ありませんっ!!」
全然分かってないようだ。あらかじめ台車の周辺には外の音を聞こえづらくする結界魔法を掛けていたのだが、このままで行こう。
魔獣の声を聞かせたくないだけだったのだが、街の中へ入れば興味本位の声もあるかもしれない。
と、そこで新たな問題に気付いた。
「レーネ、彼女たちの姿は見られない方がいいよね?」
「あ、そうだね。人目は避けたいだろうね」
今もシーツを渡しているので頭から被っている者もいるが、このままだと晒し者みたいだ。
「ヤッフルさん、馬車は借りられませんか?」
「あっ、そうですね! わたくしとしたことが。すぐ、すぐに呼んでまいります!!」
「ちょっ、ヤッフル補佐官、お待ちを」
門兵が慌てて呼び止めた。
「すぐそこに貸し馬車屋があるから! そっちの方が早いです――」
「あ、そうか! よし、分かった!」
「もうギルドの人が呼びに行ってますから。落ち着いてください、ヤッフル補佐官」
いつものことらしく、慣れた様子でヤッフルを止めている。
シウはだんだんと、ここに彼女らを連れてきたことを後悔し始めていた。
どうしよう。取り調べとか、彼の指示でやるのだろうか。
アントレーネも不安に感じたらしく、シウの腕をそっと叩いてきた。
振り向くと、彼女は小声で、
「シウ様、あたしは嫌な予感しかないんだが」
と言う。
同感だ。
ヤロスラフたちだけならともかく、酷い目に遭った少女たちをここに置いていくのは心配すぎる。
悩んでいるうちに、馬車が到着した。ちゃんと二台ある。これはギルド担当者の配慮だろう。しかし、長官補佐に強く言えないところもあって、いまだに名乗りをしてくれない。
シウは考えた末、ヤッフルに告げた。
「あの、長官が不在とのことですが、彼等の保護はどうなりますか」
「もちろんわたくしめが! ああ、各自から聞き取り調査もさせてもらいます! ご実家から迎えも必要でしょうし、もし迎えがなければ神殿預かりになろうかと。あ、そうか。生活ができなければ奴隷落ちになりますし、その手配も必要になるな!」
やっぱりかーと脱力する。
この人には任せられないと感じたので、シウはヤッフルに申し出た。
「少女たちは王都で保護してもらいます」
「えっ」
「貴族のご出身のようですし、王都の方が、より安心されるでしょう」
「で、ですが! こうした場合は一番近い街での保護が普通でして!」
ものすごく慌てるので、何かあるのかと半眼になってしまった。
すると、すごすご下がっていく。気配を感じて振り返ると、シウの真後ろからアントレーネが睨み付けていた。虎獣人族のアントレーネが本気で睨むとこうなるんだなと、なかなか感心する姿だった。
ヤロスラフは怪我はもう治っているし、男爵本人ということで話し合いも上手くいくだろう。わざわざ王都まで連れて行くのも逆に大変だろうから、ガリア街に預けた。
彼の荷は、貸すつもりで自作のヒュブリーデケングル製の簡易魔法袋に入れていたから、そのまま渡した。
ヤロスラフはとても感激し、国に帰ったら改めてお礼をしたいと握手して去っていった。
レンカもカヤノと共に頭を下げ、お礼を言ってくれる。道中、ヤロスラフに随分と叱られ諭されたようだ。シウがどれほど手間とお金をかけているのか、その説明で理解するあたり、彼女はなかなか計算高い女性だと思う。
ということで急遽予定を変更して、馬車はもう少し居心地の良い遠出用のものを借りることにした。
貸し馬車屋は御者も貸し出すと言ってくれたが、シウもアントレーネも操縦はできる。それに裏技が使えなくなるので丁重に断った。
この馬車を借りるに当っては、ギルドカードを見せるだけでは安心してもらえず、王城への出入り許可証を見せることでようやく信用してもらえた。
確かにシウのような見習いギルドカードや、まだ冒険者なりたてのアントレーネでは信用できないのも分かる。
本当は王城への出入り許可証でも足りないぐらいだが、シウが騎獣を二頭も連れていることや魔法袋持ちであることから、どこかのボンボンだと納得してもらえた。
途中、よほど馬車ごと買い取ろうかと思ったほど、渋られてしまった。
出発は午後になり、何も食べたくないという少女たちには栄養価の高い飲み物だけ与えて馬車に乗り込んだ。
アントレーネには馬車の中で待っていてもらう。
フェレスとクロは御者台に、ブランカは馬車の荷物置き場に座らせる。天井だと危険な気がしたので荷物置きに乗せたのだが、そこでもミシミシと鳴っていたので急遽補強した。
馬車を走らせながら、シウは馬と仲良くし、彼等が慣れてきた頃にそろっと身体強化を掛けて急がせた。
馬車は空間魔法で囲んで浮かせていたので早いものだ。
そうして走り続けて、夕方に一旦休ませると馬たちには早速丁寧なお世話をする。汗を拭い、しっかり水を飲ませて、ポーション入りの餌も与えた。
人間の方の晩ご飯は作り置きで簡単に済ませてしまった。どのみち少女たちは食欲がないままだったので、また栄養剤を飲ませる。
馬には簡単なマッサージを行い、リラックスしてもらう。おやつも与えるととても喜び、大好き大好きとスリスリされるほどだった。
馬も十分シウに慣れてくれたので、日が暮れてからは《転移》をしてみた。
誤魔化しつつやってみたが、意外と分からないものだ。一瞬「え?」と戸惑ったものの、同じような道が続くせいか、気のせいだと思って走り続けていた。
その後は、浮かせて運ばせる方法で進んだ。
王城の外壁門では、夜も更けているのにギルド本部からはコールが、そして彼の手配でだろう神殿からも人が来ていた。
「連絡を受けて驚きました。ガリア街で手違いでもありましたか?」
「長官が不在で、補佐官がいたのですが、ちょっと預けるには不安だったんです。それで、勝手に王都まで連れてきてしまいました」
言葉を濁しつつ答えると、コールは思うところでもあったのか、納得顔で頷いた。
そして神官らに声を掛ける。
「お待たせしましたが、馬車に保護した少女らがおります。彼の説明ではシアンの貴族家の者ではないかということです」
「承知しました。手落ちのないよう、しっかりとお守りさせていただきます」
見慣れない神官服の女性が言うと、並んでいた別の神官が頷いた。
「我々もお手助け致します。足りぬものも多いでしょうから」
そう言ったのはサヴェリア神殿の神官だ。ラトリシアは風の神であるサヴェリアを崇めており、当然神殿の数も多い。
ロワイエ大陸ではサヴォネシア信仰が主で、各国で崇める対象は違えど皆が兄弟姉妹とされているので、仲良く助け合うことは当然のことだった。
シアン国は山の神サヴドルを信仰しているので、ルシエラ王都に一つしかない神殿から神官がやってきたようだ。
慣れ親しんだ神殿の方が良いだろうと、少女らのことを考えての差配らしい。
ただ、一つしかない神殿というからには運営するにも厳しいのだろう。サヴェリア神殿の神官は、サヴドル神殿の懐事情を心配しているようだった。が、
「大丈夫ですよ、国からの寄付もございますでしょう」
コールが安心させるように言った。
シウが彼を見ると、苦笑して説明してくれた。
「クセルセス街道での魔獣による被害ですからね。国の管轄になりますし、相手は他国の貴族の関係者。となれば、生活の面倒ぐらいは当然見ますよ」
そう、交渉するのだろう。それも貴族だからこそ、だ。
商人ならば、ギルドに掛け金をして補償されることもあるだろうが、賄えるものではない。結局は自己責任となる。冒険者など問答無用で見捨てられるだろう。命を助けてもらえることさえないのが普通だ。
少女らに付いていた護衛たちも、その命を護衛という仕事で使い果たしてしまった。悲しい現実がそこにはある。
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