166 幸運な生存者




 男性はヤロスラフ=ザイデルと名乗り、シアン国の男爵位を持つ商家なのだと説明した。

 今回も魔石を運んでいたところ、魔獣の群れに襲われたようだった。

 他にも商家の馬車が連なって移動していたが、ひとたまりもなかったようだ。

 護衛が全体的に少なかったことも、要因である。

 それ以上に魔獣の数が多かったことが一番の原因だ。


 彼等と名乗りの挨拶を済ませると、ゆっくりさせてあげたいのは山々だが移動してほしいと、促した。

「はい。助けていただくのですから、従います」

「ですが、あの、夫はまだ体を動かすのは無理のように思えるのですが」

 妻のレンカは夫と再会したことで落ち着いたらしく、貴族の妻としてしっかりしようと意見を口にした。ヤロスラフが慌てて彼女を止めようとしたのだが、痛みで呻いていしまったから、ほら見ろと言わんばかりだ。

「それに、あなたのような子供だけでは……他の大人の方はどちらに?」

「止めないか、彼は一流の冒険者――」

「あ、いいですよ。ご心配なのは分かりますから」

 ヤロスラフには落ち着いて、と手で制し、シウはなるべく良い印象を与えるように微笑んだ。

「僕はシーカー魔法学院に在籍している生徒ですが、本業は冒険者です。今も、ラトリシア国のヴィンセント王子殿下から依頼があった、コボルトの群れを狩りに来ていたところです」

「まあ……」

「ところが、群れの巣で、不幸な出来事を発見しまして」

 こういう言い方をすれば大抵は気付いてくれるのだが、彼女は首を傾げただけだった。しかし、ヤロスラフははっきりと理解したようだ。

 彼は妻の手を引っ張り、黙らせた。

「これはもしや、クセルセス街道にまで魔獣が溢れているのではと、駆けつけた次第です」

「そうだったのですか。では、わたしたちは彼等の犠牲の上に助かったということですね」

「え、あなた――」

「お前は黙っていなさい。いいね?」

「え、ええ」

 まだ戸惑うレンカに、ヤロスラフは有無を言わせず黙らせた。

 シウは彼と目で頷き合って、続きを口にした。

「同じく依頼を引き受けたパーティーが、現地のコボルトの殲滅を請け負ってくれ、僕は依頼途中ですが、こちらへ来ました。もしかしたら、まだ生存者がいるのではないかとも思いましたし、魔獣が多いのなら討伐するつもりで」

「なんという……」

「幾つかの残念な結果を見てきましたが、できれば連れ帰ってあげたいものもあります。また、ここは山中です。安全な我々の野営地まで移動していただく方が、こちらとしても助かるのです。分かっていただけますか?」

 ヤロスラフは何度も頷いて、理解を示してくれた。レンカはそれでもまだ不安そうだったが、このままシウに置いていかれるかもしれないのならと、渋々受け入れてくれた。


 ヤロスラフはブランカに乗せ、布で彼の体を縛った。万が一を考え、落ちないようにしたのだ。

 フェレスにはレンカとカヤノを乗せる。こちらは安全帯だけ付けてもらった。念のためにと《落下用安全球材》を付けると、ヤロスラフはさすが商家だけあって感激していた。

 レンカは分からなかったようだが、高価な魔道具を惜しげもなく使う、というのは商人ならば驚くはずだ。そして、シウがお金に困ってるわけでもなく、また冒険者としても上級であるということが分かるはずだった。

 シウは飛行板に乗って移動した。大人二人は目を丸くし、小さいカヤノはきゃっきゃと手を叩いて喜んだ。



 野営地へ戻る道中、シウは何度かクセルセス街道に降り立った。

 レンカもその様子を見て、シウが何のために急いでいたのかを悟ったようだった。

「ご遺体を、荒らされないようにしたかったのですね……」

 まだ新しければ連れ帰っても良いのだが、損壊も激しいので焼いて埋めるしかない。そうしないとアンデッドになる可能性もある。

 殺されて、なお、酷い目に遭うのは憐れだ。

 馬車の荷も拾った。レンカは少し顔を顰めていたが、これらを置いていても仕方ない。もし所有権を持ち出されたらもちろん返すが、基本的には拾った者のものだ。買い戻したいと望む人もいるため、こうして集めている。

 幸いなことに、ヤロスラフたちの馬車の荷も半分以上残っていた。

「散乱していますが、大丈夫そうですね。集めておきます」

「まあ、ありがとう」

 シウが自分のものにする気ではないと分かって、レンカはホッとしたようだった。

 カヤノの大事なお人形もあったので、浄化してから渡してあげた。

「ありがと、シウおにいたま」

「どういたしまして」

 途中、魔獣にも遭遇したが、シウがあっという間に倒してしまうのでヤロスラフもレンカも唖然としていた。



 野営地には日も落ちてしまった暗い中、到着した。

 アントレーネも戻ってきたところで、テントには少女たちが寝ているようだった。

 新たにテントを出して、ヤロスラフたちに使ってもらう。

「エサイフたちは?」

「もう少しかかるらしい。かなり奥地まで、住処を作っているようでね。餌場を見たら案の定、角牛の肉があったようだよ」

「人間より贅沢だね」

 シウの軽口に、彼女は強張っていた頬を緩ませた。

 朝からずっと、少女たちのケアに努めていて、気持ちが沈んでいたのだろう。

「ありがとう。お疲れ様」

「いえ。こっちこそ、あたしに任せてくれて、ありがとうだよ」

 シウが笑いながらドンと体ごと腕にぶつかると、彼女も笑って同じようにした。

 力が強かったせいでシウが吹っ飛びそうになったのはご愛嬌だ。


 晩ご飯の用意が終わる頃、エサイフたちの気配を感じた。

 すっかり暗くなっていたが彼等は迷いなく戻ってくる。

 大丈夫だと分かっていたが、やはり怪我もなく元気なものだ。

「やあ、美味しそうな匂いだ」

「助かる。この時間から料理を作るのは嫌だったんだ」

「お前のアレは料理じゃねえ」

「うるせえよ」

 わいわい騒ぐので、ヤロスラフたちがテントから出てきた。

 レンカは少し不安そうだったが――なにしろ相手は強面の冒険者たちだ――ヤロスラフは手を差し出して握手の構えだ。

 エサイフたちも、貴族相手の仕事は多いのだろう。特に気にすることもなく、名乗りをしてから事情を説明していた。

 シウのものと寸分違わぬこともあり、レンカは安堵したようだ。

 彼女の不安が分かるのか、エサイフは自身のギルドカードを証明に見せた。やはり手慣れている。

「二級冒険者! では、とてもお強いのですね。助かりましたわ!」

「それなりにね。でも油断は禁物だ。安心しきるのはよしてくれ」

「え、ええ――」

「それと、級数に関係ない強さもある。あなたたちを助けたシウ=アクィラは、間違いなく上級冒険者だ。少なくとも俺は、彼が俺より上だと思っている」

「え?」

 まさかという顔をするレンカに、エサイフのみならず他の面々も頷いた。

「あなたたちはかなりの幸運だったと思うぜ」

「幸運だなんて、わたくしたちは本当に死ぬほどの目に――」

「でも死ななかったろう? シウがクセルセス街道へ行きたいと言い出したからだ。そして一人で行っても、大丈夫なだけの実力があった。そして、死にかけていた旦那を助けて、更には足手まといの女子供を連れて帰った。こんな幸運、ないぜ」

 ニヤリと笑う。

 彼がそこまで言う気持ちも分からないではない。シウへの態度と、エサイフたちへの態度が随分違ったからだ。

 ヤロスラフも、エサイフが静かに怒っているのだと知って、慌てて頭を下げた。

「妻は物知らずなところがあって、失礼をして申し訳ない。わたしの怪我がどれほどだったのかも理解していないのだ」

「僕はいいですよ。気にしてないし」

「お前は良くても、俺たちは良くないんだ。もし勘違いされたままだと、この後、手柄が俺たちのものになってしまう。それは、俺は良しとしない」

「まあまあ。シウもエサイフも、そこまでそこまで。男爵様ももう結構ですからね。ほらほら、取り敢えず食べましょうよ」

 ナサが間に入ってくれたので、その場はそれで終わった。


 レンカも気まずいだろうと思って、彼等の分の料理はナサとリゴに運んでもらった。

 少女たちにはアントレーネが運んでくれた。そちらで一緒に食べるというから、多めに渡す。

 残った面々で食べながら話をした。

「奥の様子はどうでした?」

 シウが聞くと、エサイフは渋い顔になった。

「まずいな。コボルトを餌に、オークが彷徨いている。ルプスも北から来始めている」

「オーガはいないのか」

「このへんじゃ、オーガはいないもんだがな」

「まあ、何事も『絶対』ってことはないよな」

 コボルトが人間を集めていたことを指しているのだろう。餌が豊富だったとしても、集めて生かしておくというのはかなり珍しい。知能の高い魔獣ならば有り得るが。

 そのせいで、少女たちはすぐに殺されることはなかった。反面、目の前で仲間が食い殺される場面を見ることになった。

 心が壊れるのも仕方ない。アントレーネの問いかけにも、まだ答えられないようだった。今は薬で強制的に寝かせている。

「そっちはどうだ。あれから分かったことはあるか?」

「通信で報告した通り。あと、そうだね、街道への道ができていたからそこは誤魔化してきた」

「お、そうか。どうやってだ? 俺たちは岩を置いたりするんだが」

「僕は魔狂石っぽいのを置いてきた」

「は?」

「魔狂石って知ってる?」

「知ってる。ていうか、そんなものバラ撒いてきたのかよ。怖い奴だな」

「あ、改造型だから大丈夫だよ」

 どういう意味だと問われたので、魔獣用に作ったものだと説明した。

「魔石に直接術式を書き込むから簡単だし。魔核のある生き物にしか通用しないよ。大丈夫だって」

 実験もしたが、問題なかった。魔力の大きな大型魔獣には通用しないだろうが、街道へ来ないようにする程度は使えるだろう。

 その間に周辺の魔獣をなんとかすればいい。

 そう言うと、エサイフたちは呆れた顔をして、それから大きく笑ったのだった。

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