165 クセルセス街道の様子




 話は決まった。

 シウはアントレーネに通信で伝えると、クロに洞穴へ行って彼女の手伝いを頼み、フェレスとブランカには自分へ付いてくるよう命じた。

 集めたコボルトはリゴが燃やしてくれる。

 その場で彼等とは別れ、シウは急いで西に飛んでいった。


 全方位探索を強化しながら、途中転移を行いクセルセス街道へ着いた。

 草原から森へと続く道を順に追っていく。

 すると、幾つかの箇所で魔獣に襲われたと思しき跡が見付かった。

 一つは既に跡形もないほど乱れており、遺体の姿もほぼない。上空からの目があるシウだから、見付けられたのだろう。ここは追ってももう遅いなと判断して、次へ転移する。

 そこが、先ほどの生存者と関係のあるところだと思われた。シアン風の馬車に、紋章などが見えたのだ。

 御者や護衛などの遺体も残っていた。ほとんどは他の魔獣に襲われたようで、無残なことになっている。

 荼毘に付してあげたいが、次の跡に生存者の可能性があって、そちらへ急ぐことにした。

 とりあえず、散らばった全てをまとめてから結界魔法を張っておくことにした。


 気になった箇所に転移すると、まだ生々しい血の跡が残っていた。固まり具合から昨夜襲われたのではないかと思われた。

 馬に噛み付いた跡や、馬車に残った毛から、こちらはルプスだろうと判断する。

 ルプスが人を攫うとは考えられないので、助かっている可能性は少ない。

 しかし、諦めずに全方位探索の範囲を広げてみた。

 虫を省いて、魔獣も省いてみる。人間だけと指定もできそうなのだが、シウの思う人間の範囲に自信がなくて、いつもこうやっていた。

 そうして探索してると、かなり離れた岩場の隅っこに気配を感じた。

 小さなのと、大きいの。そこからもう少し離れて大きいのがひとつ。

「よし」

 すぐさま転移し、気配を消しつつ近付いた。

 近くまで行くと相手が人間だとよく分かる。

 岩場の隅っこはジッとしているが、大丈夫そうだ。離れている方は、息遣いがおかしい。

 感覚転移で見ると、岩に押しつぶされていて虫の息だった。

 急いで駆けつけると、男がうわ言のように来てはダメだと何度も言う。

 ああ、そうか。

 全方位探索を元に戻すと、崖の上にオークがいた。

 オークは男性を餌にして残りの人間を炙り出そうとしている。

 賢いことだ。

 シウはフェレスとブランカにオークを狩ってくるよう告げると、すぐさま男性に近付いた。

「大丈夫、もうオークは去った」

「……妻を、どうか妻と子を」

「もう見付けています。あちらは結界魔道具かな、それで守られたままですよ。大丈夫。あなたの治療から始めましょう」

「わたしは、もう、もうダメだ――」

「しっ。もう黙って。生きて奥さんと子供に会わないと」

 彼にはゆっくりと複合技の治癒魔法を掛けながら、最上級ポーションを飲ませた。こちらもゆっくりと、だ。

 急激に回復させることは命を奪うに等しい。

 だから、一滴ずつ染み込ませるように時間を掛けて飲ませた。


 今回、時戻しとも呼ばれるスペキアーリスの薬は使用しなかった。劇薬に近いことや、一発勝負が怖かったというのもある。それに、怪我の直後ならば、最上級の回復薬でも修復が可能だからだ。

 こちらも一冬草を使う。他に黒茸、竜の肝臓、白粒茸、レスレクティオ草、紅石花といった貴重な品が必要だが、時戻しほどではない。

 時戻しなど使ってしまったら後が怖いので、あれは身内にしか使うつもりはなかった。

 実際、死んだ人間を生き返らせるという業の深い真似は、身内にしかできないものだ。


 男性は徐々に息を吹き返し、岩を退けたことで潰れていた足も修復されていた。

 ただし、痛みは相当なものだ。

 意識が朦朧としている今だから、耐えられているのかもしれない。

 あるいはまだ若く強い男性だから。

 最上級の回復薬だが、欠損部位まで修復するとなると更に火竜以上の心臓と竜尾粉が必要だ。これで怪我直後なら元に戻るが、当然その反動はある。

 あまりの痛みと苦しさに、七転八倒するのだ。

 心臓が弱いと使えない薬でもある。

 シウは人体構造を見るのはあまり好きではないが、簡単になら分かるので男性の心臓も一応、《鑑定》で調べてみた。

 ただ、これでダメならもう手の施しようはない。

 耐えてほしいと願いながら、彼の様子を見続けた。


 一時間掛けて、激痛のような苦しみが少し治まったようだった。

 まだ辛いだろうが、彼も妻と子が心配だと思う。シウはそうっと声を掛けた。

「僕はシウ=アクィラと申します。奥さんと子供さんを連れてくるまで、耐えられますか?」

「あっ、ああ、もち、ろん、だ。あり、ありが、とう、頼み、ま――」

「返事はいいです。視線と瞼の動きで分かりますから。ここには騎獣を置いていきます。大丈夫ですよ。……ブランカ、こっちへ」

「ぎゃぅ!」

「この人を見守っていてあげて。怪我で大変だったんだよ。できる?」

「ぎゃぅ!!」

「ありがとう。もし魔獣が来たら守ってあげて。それと、僕に連絡すること。いいね?」

「ぎゃぅん!」

 頼もしい返事に、シウは笑った。

 男性にも、ブランカというニクスレオパルドスの騎獣が寄り添っていることをもう一度伝え、フェレスを連れて岩場の隅へと《転移》した。


 いきなり現れると驚くだろうから、少し離れた場所へ飛んだ。

 そこから音を立てて近付く。

 すると、結界の中にいた親子が体を震わせてこちらを見た。

 周辺にはそろそろ消えかけの魔獣避け薬玉がある。

「オークは倒しました。あなたの夫も助けました。僕はシウ=アクィラ、冒険者で魔法使いです。これが、ギルドカード――」

 だから安心してくださいと言おうとしたのだが、子供の方が飛び出てきた。

 抱き締めていた妻の手が緩んだのだろう。彼女の顔が真っ青になる。

「ダメよ、カヤノ!!」

 小さな女の子は、シウに縋り付くようにしてぶつかってくると、大声で叫んだ。

「おとうたまは!? おとうたま、だいじょぶなの? おとうたま、へんなこえで、だいじょぶだって、でもでも」

 父親は逃げている最中に岩を投げつけられたかで、怪我をしたのだろう。たぶん、妻と子を逃すために、笑顔で大丈夫だからと見送ったに違いない。

 先へ行けと言う父親の、大丈夫という言葉を、子供は信じきれずにいた。

 シウはしゃがんで幼い子に微笑んだ。

「大丈夫だよ。お父様は無事だからね。今はお薬のせいで苦しんでいるけれど、休んでいれば助かりますよ」

「ほんと!?」

 ぶわっと女の子の目に涙が浮かんだ。

「おお! なんてこと、本当なのね!」

 母親もまた娘を追って結界を飛び出てきた。女の子を抱き締めながら、その場に座り込んでしまう。

 二人を見ていると、助かって良かったなと思う。


 そして、思わず聞いた女の子の名前に、シウは前世のことを懐かしく感じた。

 「かや」という名の女の子は、前世で居場所のなかった幼い愁太郎を、大切に扱ってくれた。優しい彼女のことを、「かや姉さま」と呼んで思慕の念を抱いていた。

 彼女は若くして焼夷弾により亡くなってしまったが、シウがこうして転生しているのだから、同じように輪廻しているかもしれない。

 目の前のカヤノという女の子がそうだと言うのではなく、ただ、そうして命は巡ってどこかで幸せになっている。そうだったらいい。

 まだ若くして亡くなったのだから、どこかで救われてほしい。そう願いたかった。



 泣き震える親子に、フェレスは良い薬となった。

 にゃあにゃあと鳴いて寄り添う彼に、二人もようやく気持ちが落ち着いたようだ。

 二人を乗せてあげ、ゆっくりと森の中を進み男性が寝ているところまで戻った。

 ちゃんと絨毯の上に寝かせてあげていたものの、山中にブランカと共にぽつんと男性が寝ている姿はちょっとおかしかった。もう少し気を遣ってあげるのだったなと、シウは自分の気の回らなさを恥ずかしく思った。

 が、妻と子にはどうでも良かったようだ。

 姿が見えるや、フェレスから転げるように降りて、何度も足をもつれさせながら駆け寄っていた。

「あなた! あなた、よくぞご無事で」

「おとうたまあ!!」

「ああ、ああ、神よ! 弟神サヴドル様!! 感謝します!!」

 親子の感動のシーンだが、男性に寄り添っていたブランカにすれば耳元で叫ばれるに等しい。いつもなら煩そうにして退くだろうに、そのままだ。

 どうしたのかと念話で聞いたら、男性が寒そうだったので温めてあげていたようだ。

 痛みで震えていたのを、寒いと思ったのか。

 優しいなあと微笑んだが、どうやらそれで引っ付いていたら男性の足が尻尾を巻き込むように乗ってしまったらしい。

 尻尾を引き抜くと可哀想だし、だから動けないのだと目で訴えてくる。

 でも、親子の再会に水を差す勇気はシウにはない。

 ブランカにはもうちょっと我慢してね、と念話で伝えた。彼女はちょっぴりショックを受けていたようだった。


 彼等が落ち着いたのは三十分ほどしてからだ。

 その間にシウは周辺の探知を続け、今のところ近辺で他に助けが必要なところはないと判断していた。

 通信でアントレーネやエサイフに連絡を入れたし、後は野営地まで戻るだけ。

 その段取りを考えていたら、男性が妻の手を借りながら身を起こした。

 痛みはかなり治まってきたようだが、まだ息遣いは荒く、シウはクッションを出して彼が座れるようにしてあげた。

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