161 不器用な親子達




 翌週の木の日、シウは何故か王城の飛竜発着場にいた。

 火の日にヴィンセントから手紙が届いて、監督として一緒に来ないかと誘われたのだ。

 角牛狩りに。

 でも本来は行軍演習だと聞いていたので、一度は丁寧にお断りした。演習に一冒険者が参加するわけにはいかないとかなんとか、並べ立てて。知人の元判事、テオドロ=グロッシ子爵にも監修してもらった。

 そうしたら、水の日にシュヴィークザームからも手紙が届いた。

 通信ではなく手紙でだ。

 証拠を残すあたり、ヴィンセントは賢い。

 手紙を届けているのに伺候しないとは何事ぞ、と第三者に思われるかもしれないからだ。届け先がブラード家であることも、大事な要素のひとつ。何よりも、聖獣の王の求めに応じないというのが、問題である。

 結局、諦めて参加することにした。


 王城に朝早く出向き、近衛騎士に連れられて発着場へ向かった。

 ロトスとアントレーネは、本人たちも尻込みしていたし置いてきた。

「おはようございます」

「ああ、来たか。では、行くぞ」

 ヴィンセントは挨拶に重きを置かないのか、あるいはシウにもう慣れているためか、気軽な様子で返してくる。

 颯爽と飛竜に乗って。

「……飛竜で行くんですか?」

「そうだが」

 それが何か問題でも? といった顔をするので、シウはなんでもないと首を横に振った。

 去年ので懲りたのか、秘書たちも飛竜に乗り込んでいる。騎獣たちももちろん乗せている。

 他に軍関係者も多くいた。

 行軍演習というのも本当らしい。

「シウも早く乗れ」

「はい」

 はいはいと乗り込む。

 シュヴィークザームは一番良い席でどんと偉そうに座っていた。

「シュヴィも行くんだね」

「むろん。我が行かねば、角牛どもが怯えてしまうだろう」

「あ、じゃあ、今年も連れ帰るんだね」

「そのようだの。去年の番が子をもうけたようだが、それだけでは足りぬだろうし」

「へえ。じゃあ、角牛乳はかなり使われているんだね」

 そこでシュヴィークザームがむふと鼻を膨らませた。無表情でそれをやると、ちょっと怖い。

「何、どうしたの?」

「我の作るミルク味シュークリームが好評でな」

 ぐふふ、とくぐもった笑い声のようなものを響かせて、シュヴィークザームは自慢してきた。

「時折、ヴィンちゃんの客人などにも出してやっているのだ。客人どもは皆が喜んでな。さすが聖獣様だと褒めるものだから」

 ああ、それで足りなくなったのか。

 シウは苦笑を噛み殺して、そっとヴィンセントを見た。

 彼も無表情だが、どこか力が抜けているようにも感じられて、今回のことはシュヴィークザームにかこつけた彼の「息抜き」なのかもしれないと思った。

 仕事漬けで大変そうだから、こうした休憩も必要なのだろう。


 そう言えば、とあることを思い出してヴィンセントに声を掛けた。

「殿下、お話しても良いですか?」

「どうした」

「以前、お子様方とお菓子作りをしたのですが」

「……ああ、そうしたこともあったか」

「頑張って作られたお菓子、お父上にも食べていただきたいと申されてましたが」

 ヴィンセントは視線を上に向け、暫し考えてから、食べたかもしれないと答えた。

 シウは自分の顔がだんだんと呆れていくのを感じながら、続ける。

「美味しかったとか、ここはどうだ、といった感想をお伝えになられました?」

「……さて、どうだったか。ジュスト、お前覚えているか?」

「いえ。その、わたくしはお傍に侍っておりませんでした」

「そうだったか」

「あの、恐れながら……」

「なんだ、ガリオ」

 ヴィンセントの従者ガリオがおずおずと手を上げた。今回は飛竜だからかヴィンセントの周りの人間はほぼ付いてきている。

「ヴィンセント様は、お子様方が作られたことをご存知なかったかと」

「うん?」

「つまり、その、歩きながら摘んで、こう――」

 かなり言い難そうに話すので、ヴィンセントも徐々に自分の態度の悪さに思い当たったようだ。

 怒らないからガリオの視線で感じたことを話せと命じられ、彼は恐縮しながら続けた。

「甘いな、口直しが欲しい。誰か、とお呼びになられました。……シーラ様はご自分の作ったものが良くなかったのではと思われたようで、真っ青になられまして」

「ああ、そう言えばシーラの――」

 ヴィンセントは思い出して、ハッとした顔になった。

「……そうか、体調が悪いのなら休んでおけと叱ったのだったな」

「は、はい」

「ヴィラルも泣きそうな顔をしていたが、あれはシーラを心配したのではなく、わたしの顔色を見てショックを受けていたのか」

「そのように思われます」

「何故、誰も指摘しなかった?」

 ヴィンセントはガリオやジュストたちに向けて質問したが、それは違うと思う。

 もちろん、指摘してあげたら良かったのだろうが。

「そのお菓子、シーラ様がヴィンセント殿下にどうぞとお渡ししたのでは?」

「……ああ、そうだった」

「その時点で、気付いてあげられなかった殿下が悪いのだと思いますけど」

「む」

 ジュストやガリオたちが顔を青くした。

「子供たちは毎日お仕事で大変なお父上に、お疲れ様ですという意味で食べていただきたいと頑張って作ってました。カナン様もです」

「カナンも? あの子はまだ三歳だったはずだが――」

「そうですよ。でも一生懸命、果物をお皿に乗せていました」

 その様子を思い浮かべたのか、ヴィンセントの頬が少し緩んだ。

「お父上に遊んでほしい、そう思っていても言い出せないほど、大変なお仕事をされていることは子供たちでも分かっているのですね。だから、遊んでほしいではなく、お疲れ様ですとお伝えしたかった。子供たちにとってみれば、甘いお菓子は最高のご馳走です。自分たちの大好きなものを自分たちで作って、それを差し上げる。ここにどんな思いが詰まっていたか」

「……ああ、そうか」

 ヴィンセントは目を閉じて、それを想像したようだ。

「侍女でもなく、誰でもなくて、シーラ様ご自身が手渡しされた。それがどういう意味かは、ご聡明な殿下なら分かったはずです。ただ、ご家族だからとつい甘えてしまったのですね」

「言い過ぎでございます、シウ殿」

「いや、ジュスト。いい。そう言われても仕方のないことをした」

「申し訳ありません。でも誰も言えないことを、言ってみました。言いづらいですよね、そこまで突っ込んだことって。それでも、ガリオさんはお子様方を気遣って後でフォローしたのではないですか?」

 話を振ると、彼は気まずそうに小さく頷いた。

 ここで手を上げた彼だ。たぶん、フォローはしたのだろうと思った。

「そうだったのか、ガリオ」

「はい。勝手をしてしまいました。ですが、殿下がお忙しいためだと、ご承知くださいました。シーラ様は涙ぐまれておりましたが、お父上のお好きなものを教えてほしいと仰って、カナン様にはお父上が食べてくれましたよと笑ってお伝えしておりました」

「シーラが、そのようなことを。……すまぬ。お前にまで気を遣わせたのか」

「とんでもないことでございます」

 ガリオはガバッと頭を下げようとしたが、安全帯を付けているのでちょっとぐぇっとなっていた。

 それを見てブランカが、あーあと笑ったのだが、もちろん翻訳はしなかった。


 子供に対してイマイチ親らしいことをしてあげていないヴィンセントは、不器用なのだろう。

 そう言葉に当てはめてみたら、なんとなく憐れに思うから不思議だ。

 シュヴィークザームは呆れた様子でヴィンセントを見ていたが、以前国王にオリヴェルのことで説教したときのようなことはなかった。

 王族だからこうなのか、それとも彼等がそうした性格だからか、接し方の分からない人たちなのだろう。

 シウも人と接するのは得意でない。

 特に深く付き合うことに関しては苦手と言っても良い。

 よって、責められる立場にないのだが。

 なんとなく申し訳なくなって、その後は静かな時間が過ぎていった。


 ところが現地に到着してから、おもむろにヴィンセントより提案がなされた。

「今度、子供たちと菓子作りをしてみようと思うが、どうだろうか」

 ずっと考えていたのか! と驚いてしまった。

「あ、えっと、いいんじゃないでしょうか」

「そうか」

「我も参加してやろうか」

「ちょっ、シュヴィ、空気読んで!」

 慌ててシュヴィークザームの服を引っ張ると、現地で待っていた騎士や兵士たちが声を上げていた。不敬な、ということらしい。

 それを止めたのはシュヴィークザームではなくヴィンセントだった。

「構わぬ。これはシュヴィークザームの友人だ。何をやろうともシュヴィークザームが怒らぬ限りは放っておけ」

「で、ですが」

「それより、待機を命じているはずだ。出迎えも不要と申したはず。待機場所に戻れ」

「はっ」

 戻っていく騎士たちから視線を戻し、ヴィンセントはシウを見た。

「菓子作りの監督としてお前に見てもらおうと思ったが、空気を読むのだったか?」

「あ、いえ。えーと、親子の語らいに他人は不要かなと思いまして」

「なるほど。親子の語らいか。そうだな。では、厨房の者だけ呼んでおけば良いか」

「我のを貸してやっても良いぞ」

 シュヴィークザームの偉そうな提案に、ヴィンセントは苦笑しながら頷いていた。

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