157 囮役と本談義と兎鞄の中止
光の日は宣言通り、王城へ遊びに出かけた。
今回はフェレスたちも連れて行った。
ロトスは可哀想だがお留守番だ。アントレーネと共に赤子の世話をするのだと言っていたからお願いする。リュカとも仲良しなので庭で遊ぶだけでも楽しいようだ。
最近は飛行板に乗って、どちらが上手か競ったりもしている。
アントレーネも混ざってしまうと争いが激化するので、くれぐれも落ち着いて遊ぶようにと告げてきた。案外おとなげないのだ、アントレーネは。
猫科だから夢中になるんだよ、とはロトスの談だ。
でもロトスは狐だし、リュカは犬系なんだけどなと、内心で思ったシウである。
王城に大きくなったブランカを含めてフェレスとクロを連れて行ったのは、シュヴィークザームが久々に会いたいと話したからだ。
秘密基地では顔を合わせていたが、対外的には暫く会っていないことになっているため、一度王城で会っておこうというわけだ。
シュヴィークザームの一声があったおかげで、彼等は獣舎に預けられることなく部屋まで行くことができた。
本当はアルフレッドの私室へ行く予定だったのだが、結局シュヴィークザームの私室で会うことになった。
アルフレッドは緊張した様子で待っており、シウの姿を見付けるとホッとしていた。
彼のオススメする本を見せてもらっている間、フェレスたちはシュヴィークザームの寝室で巣篭もりするということで消えた。
ようするに秘密基地へ遊びに行く口実なのだ。
表面上、シュヴィークザームはシウが遊びに来たと言えるし、その騎獣たちと仲良く寝室で遊んでいたという言い訳も立つ。
なんやかやと理由をつけないと遊びに行けないのも可哀想だが、仕事はいいのだろうか。ちょっぴり不安になりつつ、頼むからお願い! というシュヴィークザームの視線に負けて、留守番を引き受けたのだった。
結果的には、シュヴィークザームの応接室を使えてよかった。
誰の邪魔も入らないし、大量の本を出して広げるのに向いていたからだ。
「僕の部屋じゃあ、無理があったね」
アルフレッドは目を輝かせながら、興奮していた。
「こっちが、アロイスの書いた本。原書だよ。今出回っているのは複写魔法の分なんだって」
「うわあ、こうして見ると本当に美しいね!」
「だよね。このへんの微妙なインク溜まりが、すごくて」
「これ、わざとこうしてるんだね。美しいや。こっちはインク溜まりを作らずに綴ってるよ。まるで蔓草装飾のようだ」
紋様には多数あるのだが、文字に近い蔓草模様は人気がある。しかし、これがまた難しいのだ。蔓草模様で描く時はインク溜まりを用いないことが大事で、一気に書き上げないとならない。頭のなかで複雑な設計図を描ける人間でないと、最後まで書ききれない。
「アロイスはやっぱり天才だね」
「本当にね」
アルフレッドもシウに感化されてファンになったようだが、シウよりもずっと前からアロイスファンだった人は、羨ましいとの手紙を送ってきていた。
フィリップ=フェドリックという侯爵家の主だ。シウの友人アレストロの父親でもある。
彼とはたまに手紙のやり取りをしていたのだが、夏にアロイスから資料や本をもらったことも知らせてあった。
ロワル王都に滞在中会えたら良かったのだが、彼は仕事で王都から離れていたのだ。その為、大変残念なことに現物を見ることができなかった。
次の機会を楽しみにしていると、自分はまるで不運の塊だとでも言うかのような言葉の羅列で手紙を締め括っていた。
もしここにフィリップがいたなら、彼は「天才」などという一言では表さなかっただろう。それぐらいアロイスに傾倒している。
「僕はインク溜まりがある方が味があって好きだなあ」
「あ、分かる。僕も」
「だから複写魔法の本より、原本の方が良いよね」
「滅多に手に入らないけどね」
ふふふと顔を見合わせて笑った。
「このメモ書きでさえ、綺麗だなあ」
「僕は早書きすると字が丸くなっちゃって。ジュスト様に子供っぽいって怒られるんだ」
「珍しいよね。普通は尖ったりするのに」
「そうそう」
その後は、ペンの持ち方が悪いのかなと話をしたり、ペンはどこのものを使っているかまで話が飛んでいった。
シュヴィークザーム付きメイドのカレンが時々覗いてくれて、お茶の用意などをしてくれた以外は誰も来なかった。
おかげでシウとアルフレッドは楽しく本の話をできた。
シュヴィークザームも思う存分、秘密基地で遊べたようだった。
アルフレッドとは夕方に別れた。本当ならもう少し早く辞するべきだったと後悔しきりで、気にしていた。
お昼をシュヴィークザームの応接室で摂ったことも畏れ多いことなのだそうだ。
この上、夕飯の時間まで滞在していたらとんだ不敬罪ということらしい。
何度もお邪魔した挙句に夕飯までいただいたことのあるシウなので、ちょっと胸が痛かった。
だから帰ると言い張ったのだが、シュヴィークザームがシウとも話をしたいと言うから結局いただいて帰ることになった。
「それで、秘密基地ではどうしてたの?」
「狩りに行ったぞ」
「えっ、シュヴィが?」
「我も狩りぐらいできる。……今日はフェレスに乗っておったが」
だよね、と笑う。
何度か狩りにも同行したことのあるシュヴィークザームだが、ほぼ飛んでついてくるだけで何もしない。
ほけーっと見ているだけだ。
ハーピーの巣を襲った時も、ふーわふわと飛んで見ていた。
「そう言えば、あの時の魔法袋にあった例のモノ。どうしよう?」
巣の中に幾つか魔法袋があったのだが、討伐したシウのものとして処理したため、シュヴィークザームは受け取っていない。
が、中のひとつに気になるものがあって、話したことはある。
その時は適当に処理せよと言われただけだった。
ちゃんと聞いていないなと思ったので、時を置いてもう一度聞いてみようと思っていたのだ。
「んんん? ああ、魔法袋の中身か。なんだったかな」
「だから、『サタフェスの悲劇』があった当時の魔法袋だよ。中に宝玉類が入っていたんだ。兵糧もだけど」
シウの説明で思い出したようだ。うーんと唸りながら、面倒そうに口を開いた。
「サタフェス時代のものであろう? あの頃より国は二回も変わっておる。とうに権利は失った。シウが処分すれば良い。拾った者のものだ」
「そう言われると、そうなんだけどさ。じゃあ、金属は溶かして、宝石も別にして売ってしまおうかな」
「そのまま売れば良いのではないか?」
「歴史的価値はないもの」
むしろゴテゴテして、あまり良い宝飾品とは思えない。
それともシウのセンスがないだけで、本当は良い品なのだろうか。
カレンが席を外している間にチラッと見せてみた。
「こんなの、どう?」
「……悪趣味だの」
「だよねっ!?」
「まあ、こそこそと何をなさってるんですか?」
カレンが戻ってきたので、シウは慌てて重そうな胸飾りを仕舞った。
「悪巧みかしら。いけませんよ、シュヴィークザーム様。さあ、お茶をお煎れしますね」
シュヴィークザームにもすっかり慣れて、普通に接することのできるカレンは楽しそうにお茶の用意をしてくれた。
シウと、フェレスたちにもだ。
「はい、フェレスちゃん。クロちゃんとブランカちゃんもどうぞ」
「にゃ!」
「きゅぃ」
「ぎゃぅっ!」
それぞれがお礼を言って、角牛乳を楽しんでいた。
王城を辞してから、シウはパーセヴァルクに連絡を入れてみた。
水の日の午後ならお互いの時間も合うようなので、待ち合わせをすることになった。
彼に宝飾品を見てもらおうと思ったのだ。
遺跡系の冒険者でもあるから、価値も分かるだろう。
溶かす前に一応確認だ。
帰宅後は、思い出したのもあって、ロトスの魔法袋を年齢相応に作り変える相談をした。
「でも案外気に入ってるんだけどな」
「兎の形のリュックが?」
「おう。だって、まだ美少年って呼べるだろ。どうよ」
背負ってみてクルリと回るので、冗談だと分かっていても半眼になってしまった。
「変な人みたいだよ?」
「ちぇ」
「何を目指してるんだよ。ほら、前に革鞄がいいって言ってたでしょ? デザイン考えて」
「分かったってー。もう、シウはジョークが分かんないんだから」
「分かんなくていいよ。今日も案内してくれた近衛騎士に笑われたんだから」
「フェレスの猫鞄?」
「うん」
他にも、ブランカの尻尾には玉環を嵌めているし、クロにも足輪のみならず羽に玉環を付けている。で、フェレスの猫鞄だ。違和感がひどくて、センスないと思われているっぽい。
いちいち言い訳するのもおかしくて、早くフェレスが猫鞄に飽きてくれないかなと悪いことも考えてしまった。
ここで兎鞄を使い続けられるのは、シウのダメージが大きい。
「だから、強制的にデザイン変更だからね!」
「あはは。んじゃ、めっちゃ格好良いのにしてくれよなー」
ロトスも兎鞄がそろそろ卒業なのは分かっていたようだ。すぐにデザインに取り掛かっていた。
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