155 宝物自慢と鱗のプレゼント




 翌朝ものんびりと話をしたり、川遊びなどで時間を過ごした。

 話の折々にシウの生活の様子を知りたがったので、なるべく平易に、古代竜にも分かるように教えてあげた。

 普段は宝石などの光り物にしか興味を抱かないようだが、まれに他へも目が向くようだ。愛したトカゲのこともそうだろう。

 今度はシウという人間に興味を持ったらしい。

 たぶん、人間だからというのは関係なく、神の愛し子だと分かったからだ。

 夢を通じて繋がっているというのも羨ましそうだった。

 でも、シウの神様は彼等の神様とは別個のものかもしれない。そう伝えもしたのだが、それでもいいそうだ。

 神への尊敬が、彼の気を引いたらしかった。


 クロもすっかり慣れて、イグと宝物の見せあいっこをしていた。

 クロの宝物入れは足輪に付与しており、そこから嘴を使って器用に取り出す。

 ブランカはフェレスと同じように前掛けタイプにしてあげたのだが、不器用で上手く取り出せないからと、フェレスのところに預けてある。

 今のところ面倒臭がらずに取り出してあげているフェレスだが、ブランカ自身でなんとかするよう考え中だ。尻尾が長いので、その先に指輪のようにつけてあげても良いかなとは思っている。根元でなければ付けるのに問題はない。

([ほほう、おぬしも氷竜の鱗を持っておるのか。おや、これはドラゴンの鱗ではないか?])

「きゅぃ」

 そうだよ、と返事をすると、クロはシウを見上げてきた。岩の上には色とりどりの宝物が置かれており、なかなか絢爛だ。

「それはカエルラマリスという古代竜のものだよ。オリーゴロクスでは武器などの制作で余った端材を装飾品にしてるらしくて、僕やクロたちにお揃いでくれたんだ」

 クロにも分かるように話したが、やはりイグもほぼ理解できているようだった。

 トカゲ顔で何度か頷く。

([……そうか、あやつ、死んだのだったな])

([知り合いだったんだね])

([同胞の中では一際物静かな、そして変わり者だったがな])

 人間と番うなんてと、言葉にならないニュアンスが伝わってくる。

 どうも彼等、古代竜の考えでは、人間はあまり好まれていないようだ。

 その精神構造が複雑怪奇なところが、一番苦手とするらしい。

 イグは暫し、人間とは二面性があるから面倒だという話を続けた。


 面白い人間もいるのだと、最後にフォローのつもりか言い訳のように話し終わると、イグは前足でシウを指差した。

([おぬしも、面白い])

([それはどうも])

([というわけで、だ。話も楽しかったので、礼をしてやろう])

([あ、宝石は要らないよ?])

 先手を打ったら、イグはきっきぃーと鳴いた。ふふんと笑ったらしかった。

([なに、わしの鱗もくれてやろうとな])

 得意げに言うので、シウは慌てて止めた。

([待って!])

 久しぶりに本気で慌ててしまった。

([とにかく、待って!!])

([なんだというのだ。いきなり大声で])

 声は上げてない。ただ、感情は強く乗せたが。

 そのせいで、イグはうっと仰け反るように頭を振っていた。

([鱗をくれるって、それ、まさか古代竜の姿に転変するんじゃないよね!?])

([……そのつもりだったが])

([ここでやるのやめて。ほんと要らないから。そんなことしたら、アイスベルク遺跡にいる討伐隊がみんな恐慌状態に陥るよ! あとせっかく落ち着いている魔素がおかしくなるから。これ以上、この地を荒れさせたくないんだ])

 シウが説明すると、ああそうだったっけな、と思い出したようだ。

 そもそもシウがここに来たのだって、アイスベルク周辺の魔素をなんとかするためだった。

 力あるもののマイペースぶりには呆れてしまう。

 もちろん、彼に悪気があるわけではない。魔素の放出も、水晶竜よりはずっとましだ。なにしろ水晶竜ときたら何百年も地下に篭っていたから、ちょっと動いただけでも広がってしまった。

 ここでトカゲ姿のまま過ごしていたイグなら、水晶竜ほどひどくならないかもしれない。

 けれども、その存在感、威圧感からは誰も逃れられないだろう。

 イグもそのことに気付いて、少々バツの悪い様子で、ぺたりと岩場にくっついた。

([……わしの鱗は、魔力をよく通す使い勝手の良いものなのに])

([そうなの?])

([魔力を必要とするが、おぬし生産魔法を持っていると言ったろう? 生産魔法を使っての、魔力を添わせながら捏ねると形を変えることができるのだ。これが、良い道具となる。たとえば、ドラゴン殺しの剣、などにな])

([へえー。じゃあ、鱗の加工も簡単になるかな? 間引いた水晶竜の解体も大変だったんだけど、カエルラマリスの鱗が硬すぎてどうにもならなかったんだよね。粉には、潰すだけだからできたんだけど])

([……潰す方が大変だと思うが。いや、それよりも、ドラゴンキラーについてはそれだけか])

 へえー、と軽く答えたのが気に入らないらしかった。

 でも他に何と言えば良いのか。

([別に、ドラゴン殺しの剣は要らないなあ。殺されそうになったら、そりゃあ戦うしかないけど])

([……そうか。なんだ、つまらんな。ふうん])

([あ、もしかしてドラゴンって戦闘狂? やだなあ。僕、そういうの苦手なんだ])

 ロトスがバトル漫画などについて話して聞かせてくれるおかげで、最近のシウはそういうことに詳しい。

 なので思わず半眼になってしまったのだが、イグは尻尾をびたんびたんとさせただけだった。

 それから、少しして、

([ドラゴンとみると、戦いたくなるのは人間の方よ])

 と、ぼやいたのだった。

 古代竜は――少なくともイグは――戦闘狂ではないようだ。



 イグは昼食後にちょっと待っておれ、と言って転移でどこかへ行き、戻ってくるやシウが作ってあげた彼の魔法袋から黒錆色の鱗を取り出してきた。

([久々に転変したのだが、抜けてほしい時には抜けぬものだな])

 前足でガリガリと首のあたりを掻いて、イグはやれやれと溜息を吐いた。

([どうやって剥がしたの?])

 シウにくれるらしい鱗を受け取ってみたが、大きな鱗が数十枚もある。結構な量だし、カエルラマリスのものよりも大きい。

 もしかしなくても、カエルラマリスよりも大きな個体なのだろうか。

([何、ほんの少し寝転がって、こう。背中が痒い時によくやるのだ。あとは、硬い岩に擦りつけてな])

 古代竜が擦りつけても大丈夫な岩とはどんなものだろうと考えていたら、伝わったらしい。

 イグは、首を傾げつつ答えてくれた。

([大昔に古代竜同士で争った時に一頭が高速で落ちてな。爆散した後に残ったものが、それはそれは硬い岩であった。あまりに硬いので背中を掻くのに良いと皆で持ち帰ったのだ])

([ああ、隕石的な……])

([わしにも巣が幾つかあるのでな。飽きたら転々としているのだ])

 そのひとつに戻り、古代竜の姿へ戻って鱗を落としてきたらしい。

([そうなんだ。わざわざありがとう])

 シウがお礼を言うと、イグは喉のあたりを膨らませてきっきぃーと自慢げだ。

 ロトス風に言うなら今のは「ドヤ顔」かもしれない。

 シウは笑って、ついトカゲの頭を撫でてしまった。

([……む。わしを若者と思うておるのか])

([あ、ごめんね。なんだか、可愛い子をみると撫でちゃうんだ。ところによっては無礼に当たるんだったね。気を悪くしたかな? ごめんなさい])

([……いや。そこまで謝らぬとも良いが。ふむ、そうか。わしを可愛い子とな])

 また喉を膨らませる。

 もしかして、意外と嬉しかったのかもしれない。

 とはいえ、シウの行動は危険だ。

 神妙に頭を下げて謝意を表した。


 それからも、なんやかやと引き止められたが、夕方には帰ることにした。

 夕食はないのかと、トカゲ姿だがしょんぼりしているように見えてしまい、内臓スペシャルと共に最近作って人気のあるジャーキーを渡した。

 とても喜んでくれたので、また今度持ってくるねと約束した。


 イグと話していると人間世界を知らないことからシュヴィークザームと似たような気配を感じるが、精神的にはイグの方がずっと大人で、話せばすぐに理解してくれる。

 念のため、勝手に転移して来たらダメだよと伝えたが、分かっていると苦笑された。

 それにシウには面白みを感じたが、全体として人間があまり好きではないと言われ、よほど嫌な思い出でもあるようだ。

 好んで人間の多い場所へ行きたいとも思わないらしく、山の中でのんびり過ごすのだと言った。

 飽きないのかなと思うが、宝石を眺めていたらいつの間にか時間が過ぎているらしい。

 なんとなく、年寄りの過ごし方だなと思って、笑ってしまった。


 イグにはイグの、楽しい時間の過ごし方なのだろう。

 シウがとやかく言うことではない。

 また、この小川に遊びに来てみよう。

 クロも同様に思ったらしく、イグに挨拶して、転移で戻った。


 もちろん当初の目的である、冒険者に見付からないようにしてもらうという件もお願いし、了承いただいた。

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