154 古代帝国時代の話と光り物




 食事が終わる頃にはクロも少し落ち着いてきた。

 シウにべったり張り付いて、手ずから食べさせたことで安堵できたようだ。

([かわいいものだ。おぬしの手乗りインコか?])

([手乗りインコ……いえ、ええと、グラークルスですよ。希少獣の])

([希少獣とな。希少獣。賢獣のことか?])

([あっ、本当にそう呼んでいたんですね! へえ~あの本は正しかったんだ。てっきり造語だと思ってました])

([うんん?])

 よく分からんと首を傾げるので、シウは現物を取り出して説明した。

 以前手に入れた、帝国時代の小説だ。

 転生者か、その関係者が書いたと思しきハーレム系の内容で、とっちらかったエピソードが多くて笑ったことがある。

 その中で希少獣らしき獣のことを賢獣と書いてあったのだ。

 腕が飛び出てロケットパンチになるだとか、魔女っ娘変身スーツなど変わった内容が多くて、もしや妄想で書いたのかと思ったものだった。

([また妙な絵だが。人間とは面白いことをする])

 トカゲの格好のままペラペラとめくっていき、ところどころで読んでいるようだ。

 彼は字も読めるらしい。

 随分と人間のことを勉強したのだろう。

([これはなんだ?])

 イグがあるページを指差した。

([……ラケルタ族、あー、蜥蜴に近い方のラケルタ族がいたのかなあ。業が深いなあ。蜥蜴人との、まあ恋愛というか、夫婦の営みみたいだね])

 ほとんど、蜥蜴だったが。

 人間と蜥蜴。

 本当にこの作者は一体何を考えていたのだろうか。

 自分は悪くないはずなのに、イグから不思議そうな視線を向けられて、いたたまれない思いになるシウだった。


 イグには、普通の人間はトカゲと性行為するなど考えもしませんと説明し、納得してもらった。

 古代竜として生物界の頂点に立つ彼でも、ちょっぴり不安だったようだ。

 異種族間の性行為というのは、魔獣と等しいと思う考えが大方なので、彼もまた同様に気持ち悪いと感じたらしかった。

 この場合の異種族間というのは、人間と獣、というような組み合わせのことで、人間の中にある各種族とは別だ。その為、エルフと人族が結婚することはアリである。

 もっとも、厳密に血統主義を掲げる種族もあって、その最たるものがハイエルフの一派アポストルスだ。

 それぞれの信条というものがあるので、彼等がそれを重んじるのは勝手だ。

 ただ、他者に押し付けるのは良くない。

 イグも、自分が襲われないのならそれでいいと、なかなか寛大な心で締め括っていた。


 ところで、そんな不安を覚えるのは何故かと思えば、イグは人型には転変しないそうだ。

 彼には大昔に可愛がっていたトカゲがおり、死んでしまってあまりの哀しさに同じ姿を取るようになったらしいのだ。

 人間とは友人付き合いをしたこともあるが、同じ姿になりたいと思ったことはなく、今でも人型になる想像すらつかないとか。

([そのトカゲを愛してたんだね])

([愛。そうか、愛かもしれん。かわいい子であった])

 古代竜の姿でいたから、目で見て愛でることしかできなかったが、とても大事にしていたそうだ。

 彼がもし当時トカゲに転変して番となっていたなら、トカゲ族にも竜種ができていたのかもしれない。

 今現在あるラケルタ族は、名の由来がトカゲなのだが、竜種ではないそうだ。

 人間が何らかの変異でその姿を取り、受け継がれてきたのだろう。


 あのおかしな内容の本も、考えたら博愛精神の賜物かもしれなかった。

 どんな種族とも番うことのできた古代竜に、敬意を表していたのかもしれない。

 もちろん、ただの大衆小説だったかもしれないが。




 食後もイグとはいろいろな話をした。

 古代帝国時代のことや、この大陸に戻ってきた時のこと。

([では、帝国が滅亡した時には他大陸にいたんだね。戻ってきてびっくりしたでしょう])

 だんだんとくだけて話すシウに、気を悪くすることなくイグは淡々と答える。

([そうだとも。いくらわしとて、あの様子には本当に脱皮をしたかのような気持ちを味わったものよ])

([そのニュアンスが分からないなあ。脱皮をしたらどうなるの?])

([むう、そうか。そうよの。人間は脱皮をしないのであった。ううむ。あれをなんと言えば良いのか])

 トカゲ顔で思案し、暫くしてから前足をぽんと岩場に叩きつけてきぃと鳴いた。

([今は噛むなよ噛むんじゃないぞ、という気持ちだ])

([うん?])

([脱皮の後は柔いのでな、噛まれるとへなへなとへこむのだ。すると、むかっ腹が立つ。なんというか、クソ不味い魔獣を食った後にクソ不味いゲップをしたところで腹を蹴られたような感覚……])

([ごめん、ますます分かんないや。とにかく気持ち悪い苛立たしさみたいなものだね?])

 そうとも言う、と偉そうに頷いて、トカゲは日差しに合わせて体を移動させた。

 日光浴らしい。

([おぬしは帝国滅亡が何故起きたのか知りたいようだが、わしでは役に立てなかったようだ。残念だったな])

([でも面白い話をたくさん聞けたよ。ありがとう])

 トカゲは尾をびたんびたんと岩に叩きつけて、構わんよと答えたのだった。


 それから宝物自慢もした。

 というか、イグがまた宝物を持ってきたのだ。

 ふと気になって、シウは彼に質問した。

([イグは空間魔法を持っているのに、宝物は外に出したままなの?])

 すると、イグは、きょとんとしてから首を傾げた。

([空間魔法を持っていると、どうなのだ?])

 なので、空間庫の話をしてみた。

([それはわしでも滅多に聞かぬ特殊な魔法よ。亜空間とやらに入れておくなど、大昔の大魔法使いが使っておったぐらいだ])

([じゃあ、どこかに付与する形でしか使えなかったんだね])

([その通り。しかし、よくもそんな話を知っておる])

 と言うから、少し考えて、実は持っているのだと教えた。

([なんと! それはすごい。おぬし、大魔法使いの血脈か?])

 そんなんじゃない、ちょっぴり神様に遊ばれている関係で、オマケしてもらってるのだと説明した。

 軽い気持ちと古代竜としての彼へ敬意を払って自身の事情を話しただけだったのだが、古代竜というのは神への信仰心が厚いらしく、いたく感動されてしまった。

([おお、おぬしは神の愛し子であったのか! それでわしとも出会ったのだな! ふむふむ。ならば、今後もわしと仲良うするのだ。良いな?])

([あ、はい])

([あと、魔法袋をわしに作ってくれても良いのだぞ])

 あ、欲しいのね、とシウは笑った。

([首輪を付けて、そこに付与しようかな。どうですか?])

([それでいい。わしはこの姿でも手が器用でな。宝物を入れることなど造作もない])

 空間魔法を持っているらしいのに、転移しかできないという彼は全てシウに丸投げするつもりのようだ。

 首輪の素材は何がいいか聞いてみたら、なんでもいいというので火竜のものにして、後部に伸縮するよう切り込みを入れた。

 ロトスのものと違って、古代竜へ転変した時のことを考え、長い長い蜘蛛糸の高強度糸を仕込む。これなら大きくなっても大丈夫だろう。

 念のため古代竜になった時の大きさを訪ねたら、イグは暫し首を傾げ、

([今やってみせようか])

 と言ったので慌てて止めた。

 よくよく聞けば、もうかなり長い間、転変していないらしい。

 それで大きさを忘れたというのだから面白いものだ。

 大体のところは物語本でも読んだし、竜人族の里オリーゴロクスでも教えてもらったので、それに合わせて作ってみた。


 イグはシウとの会話が予想以上に楽しかったらしく、離れ難いというので泊まっていくことにした。

 クロも慣れてきたので遊ばせていたら、クロが光る石に興味津々だと気付いて餌付けならぬ、宝石で機嫌を取ろうとしていた。

([川にあるのは持っていっても良いのだぞ])

「きゅ……?」

 念話と言っても、相手は古代竜の思念で、クロには難しいようだった。

 が、シウが通訳してあげると、クロは羽をふるふると震わせていた。嬉しいらしい。

「見てきたら? くれるって」

「きゅ。きゅきゅ?」

 ほんと、いいの? と窺うように聞くので、シウは笑っていいよと答えた。

 イグも何度も頷いているから、クロはトトトと飛ぶように跳ねて川へ飛び込んだ。

 相変わらず鳥なのに潜水するから怖い格好になっているが、楽しそうにああでもないこうでもないと選んでいる。

([イグ、ありがとう。クロがとても嬉しそうだ])

([そうかそうか。賢獣は光り物が好きだからな。わしも大好きだが])

 でしょうね、と笑う。

([クリスタルムドラコの鱗なんかもあるけど、イグは持ってる?])

([昔、持っておったが、引っ越しの時に失ってな。……持っているのか])

([分けてあげようか? この間の大繁殖期で間引いたんだけど、雌たちが持っていっていいって言うから全部もらってきたんだよねー])

([なんとまあ。空間庫というのは便利なものだ])

 そうでしょうとも。

 というわけで、持っていても外には出せない水晶竜の鱗を、イグにも分けてあげた。

 彼からは他大陸で拾ってきたという骨をもらった。

 つるつるしていて綺麗だったから持って帰ったらしいが、今はどうでも良いそうだ。本当にそれでいいのか? と何度も聞かれてしまった。

 でもシウには宝石よりも、見知らぬ生物の骨の方が興味津々なのだ。

 またじっくり調べてみたいし、イグにも他大陸の話を教えてほしいと頼んだのだった。

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