153 調査の進展と報告と古代竜へ会いに




 学校でも、フロランから随分と感謝され、彼の報告を受けたアルベリクにも頭を下げられた。尊敬するビルゴットや生徒のフロランの助けになったことが、嬉しかったようだ。

 フロランは後半、大変な調査生活だったのにも拘らず、アイスベルクの遺跡調査の話を興奮しながら皆に報告してくれた。

 まだ成果をまとめていないからハッキリとは言えないが、新発見に繋がるかもしれない調査内容もあったようだ。

 ビルゴットも暫くは学校で研究の続きを行うということで、アルベリクともどもクラスメイトたちは興奮していた。



 魔獣魔物生態研究科では、シウがアイスベルクへ行ったことが知られており、珍しい魔獣はいなかったのかと質問の嵐だ。

 なので現物を見せてあげようと、土蚯蚓の大きいのを出したら、女子生徒はギャーッと叫んで逃げていった。

 プルウィアには頭をパコンと叩かれ、バルトロメには女心が分からないようでは将来結婚できないよと暗に怒られた。

 土蚯蚓なら大丈夫だと思ったのに、シウは女子の「嫌」だと思う微妙なラインが分からなくて頭を悩ませた。

 ちなみに先生には、アングイスとグランデアラネアの子数匹を献上した。

 どちらも女子には嫌がられる魔獣らしくて、こっそり渡したシウに、バルトロメは最初からそうしてれば良かったのにと笑った。



 翌日の生産の授業は休むことにし、シウは朝からギルド巡りだ。

 薬師ギルドではユッカが買った魔獣避けの薬に混ぜ物があったことを報告した。慣れない騎獣なら行動不能に陥らせるかもしれず、しかも使用禁止指定の薬を使っている。

 店の詳細については後日ユッカが報告するだろう。

 ただのミスだと思いたいが、それでもしばらく営業停止になるだろうとのことだった。


 次に冒険者ギルドへ向かう。

 ククールスは無事シアン行きが決まってすでにおらず、ギルドでは続々とアイスベルク行きの依頼が入っていた。

 現地では宮廷魔術師たちがアイスベルク遺跡の保護に力を入れ、冒険者たちが周辺に増える魔獣の討伐を行う。

 広範囲に及ぶため、引き続きノウェム族にも応援を頼んでいるようだが、やはり半数は引きこもっている状況らしい。

 魔素の流れが止まっているので、そのうち彼等も大丈夫だと気付くだろう。

 それまでは山中の案内で頼れないため、冒険者の討伐戦も長引くかもしれないが、徐々に落ち着くと思う。

 シウの説明と、現地からの報告で、ギルドもひとまず緊急事態は落ち着いたと胸を撫で下ろしていた。


 ただし、土壌の魔素吸収作業は、ひどいところを中心に行っており、全体が終わったわけではない。

 アイスベルクからウィータゲローに向けての北側は終わっているが、じわじわと広がった東西には手をかけていないのだ。

 周辺が深い山々なので、本格的な冬が始まるまでにある程度綺麗にしておく必要があった。

「だから、魔素吸収の魔道具を、至急回して欲しいと言われたのだが」

「うーん、それはダメ」

「だよなあ。魔法使いの飯の種だから、無理だとは言ったんだが」

「悪用される可能性が高いからね。大体、宮廷魔術師ならそれぐらいできるよ。人を頼る前に自分たちでやらないと」

 緊急事態だったならともかく、今は落ち着いているのだ。

 国がやるべきことで、シウが受けなければいけないほどのことはない。

「吸収しなくても散らすとか、土属性持ちならまるごと入れ替えてしまうこともできるし。やりようはいっぱいあるんだから、自分たちで処理してくれって突っぱねてくれる?」

 スキュイにそう言うと、彼は分かったと頷いた。

 交渉担当なので、上手くやってくれるだろう。


 それより、シウには気がかりがある。

 大掛かりな討伐隊なので、例の場所に誰かが到達する可能性もある。

 そう、古代竜の住処だ。

 ウィータゲローに近い北にあるし、かなり複雑な地形の中の小さな川だったから、まず見付からないとは思うのだが。

 もちろんそうした、誰も入らないであろう場所を中心に処理していたシウである。

 しかし、山歩きが得意な者だって世の中にはいるのだ。

 熱心な冒険者だったら、見付けてしまう可能性も高い。

 あの古代竜はまともそうだったが、反面、冒険者側はどうだろう。

 恐れ慄いて逃げ帰り、その後どうするか。

 絶対に、誰かに話すと思うのだ。

 いや、報告する。

 となると、どうなるだろう。

「やっぱりマズいよねえ」

「うん? どうした」

「あ、なんでもない。……スキュイ、僕、気になるからもしかしたらアイスベルクに度々行くかもしれないんだけど」

「そうか、なら『そういうこと』として把握しておくよ」

 ギルド側で、上手く処理してくれると約束してくれたので、これで向こうにいて見付かっても大丈夫だろう。

 討伐隊に登録していないシウが近くにいても、ギルドの依頼でしたーとか、ギルドはちゃんとシウという冒険者の居場所を把握してますよと言ってくれたら、問題はない。

 ついでにちょろっと討伐の手助けもしてました、となれば、褒められこそすれ、叱られることはないのだ。

「じゃあ、ちょっと急ぐから」

「分かったよ。でも、気をつけてね」

「はい」

 スキュイも忙しいようで、疲れた顔で手を振ってまた書類に目を戻していた。




 シウは、クロだけを連れて転移でアイスベルクに飛んだ。

 古代竜と出会ったことはまだ誰にも言っていない。ロトスに言えば、喜んで行きたいと言い出すだろうが、会ってどうなるか、分からないのだ。

 思慮深い古代竜ではあったが、強いがゆえに、弱いもののことを軽んじることもある。彼がそうだとは言えないが、様子を見たかった。

 特にフェレスとブランカ、それにロトスにも、無邪気すぎて何をするのか分からないところがある。

 その点、クロは賢いし、先日置いていったので連れて行ってやりたかった。

 アントレーネは古代竜相手に土下座しそうな気がして止めた。

 彼女の聖獣信仰もどうかと思ったのに、シウが神様と夢で繋がっていると知って感動していたことを思い出し、どうしても嫌な予感しかしなかったのだ。

 なんというか、トカゲを前にして土下座するアントレーネの姿が、現実に見えた気がして。

 だから、もう少しイグと仲良くなってから、皆には合わせようと思う。


 そんなわけで転移して滝壺のある小川を訪ねたのだが。

 イグはうっとりした顔で宝石を咥えて、川縁に寝そべっていた。

 そのままの状態で固まって、転移してきたシウを見ている。

([ええと、ごめんなさい。突然だったよね?])

([……])

 イグの返事を気にする前に、クロが毛を逆立てて震え上がってしまって、シウは慌てて彼を撫でた。無言のイグを相手にするよりも、クロの方が大事だったのだ。

「大丈夫だよ、大丈夫。ごめんね、怖かったね」

「……きゅぅぅ」

 縮こまって、シウの胸ポケットに入ろうと必死だったのだが、何度も大丈夫だと声を掛けるうちにようやく治まってきた。

「きゅきゅ」

「よしよし。こんなに怖いと思わなかったんだね。ごめんね。大丈夫だよ。それに、イグは決して悪いことするような生き物じゃないからね」

 慰めていると、ようやく我に返ったらしいイグがのそのそと起き上がり、尾をびたんっと岩に叩きつけていた。

([わしは、弱い者いじめをするような竜ではない!])

([あ、はい。でも、その波動を抑えてくれないと。ほら、またクロが怯えて……])

([むう。これでも随分引っ込めているのだぞ。この姿になったのも竜とバレないようにするためだったのに])

([でも漏れ出てるみたいですよー。僕でもあなたがアンティークィタスドラコだと分かったのだから])

 そう伝えると、イグはひょいと首を傾げた。いやに人間臭い仕草をするものだ。

([ドラゴンとは言わぬのか?])

([そう呼ぶ人もいますね。今でも使われる正規の表現だと古代竜、古代語としてならアンティークィタスドラコかな])

([おお、懐かしい。しかし、そうか。その言葉はもはや古代語として扱われておるのか])

 帝国時代が終焉を迎え、その後文明とは程遠い不遇の時代を経て、戦乱時代へ突入。やがて群雄割拠の時代となり、いつしか国が生まれ落ち着いた。

 そうしてできたのがロワイエ歴だ。

 現在ロワイエ歴一三四七年。

 古代帝国がいかに古いか、よく分かる。

 言葉も変遷していくのは当然のことだ。

 むしろ、この時代にまで残っていたことの方が奇跡である。

 古代竜という呼び方も相当古臭い扱いを受けているが、この時代にまで残っていた。同じくドラゴンというのも。

 ドラゴン呼びは、転生者の誰かが残したものと思っている。

 帝国時代に広めた誰かは、勇者として有名になった。言葉もまた多く広がったのだろう。

([しかし、そうか。わしの気配が分かるのか])

([少なくともただのトカゲには見えませんね])

 ハッキリ告げると、イグは心持ちしょんぼりした様子で岩場にぺったり張り付いたのだった。


 シウはクロを慰めつつ、その場を整地して四阿を作り、昼ご飯の用意をした。

 クロはシウの髪の毛に潜って――潜り切れないのだが――後頭部にへばりついて無言のままだった。

 怖かったのと、あと少しだけ、恥ずかしかったようだ。

 ぶるぶる震えた上にシウへ甘えまくったことが照れ臭いような、そんな気配がする。

 彼のプライドのために、シウは何も言わず用意をした。

 イグは途中から興味津々で、クロを気遣いながらのそのそと近付いてきた。

「イグも一緒にどうですか、あ」

([イグも一緒に――])

([いや、念話でなくとも一度波長が合ったので分かるぞ。そちらの言葉を使ってもおおよそ意味は通じる])

([それはすごいですね])

 本心から褒めたら、イグはむふ、と自慢げに口の下を膨らませていた。


 イグは人間の食べ物もイケるというので、それならといろいろ出してあげたら、トカゲの手で器用に食べていた。

 希少獣と同じで雑食のようだ。

 トカゲ姿なので虫食だったら探しに行かねばと考えていたので、ホッとした。

 虫探しは案外骨が折れる。全方位探索をかけると頭が痛くなるので(山中での虫探しは大変なのだ!)、地道に食べられるものを選別しながら探すというのは意外と疲れるのだった。芋虫だけなら、シウも幼い頃食べていたので得意なのだが。

 とにかくも、楽ができて良かった。

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