152 古代竜と切れ目補修と国民性
シウはもちろん、彼の言葉に逆らうつもりはない。だからアイスベルクで起こっていること、そしてその原因についてを説明した。
イグはシウよりも遙かに格上で、鑑定どころか魔法だって通じない存在だ。
鑑定魔法のレベルが五となって、それでも使い続けていたおかげで大抵のものは分かってきたシウだが、イグに対しては全く効かない。
多少格上でも鑑定すれば分かるものなのに、それが効かないということは次元が違うほど上にあるということだろう。
精神的にも格上らしく、シウが鑑定を掛けているのに気にしていないようだった。
([なるほど。クリスタルムドラコどもか。あれらは滅多に繁殖行動を行わんので、番うといっても普段はおとなしいものよ。しかし、大繁殖期というのがまだあったか])
変わらないのだなあといった様子で、告げてくる。
変わっていくことが多い中、変わらないものがあると、懐かしんでいる様子だ。
シウにはその気持ちの一端が分かる気がした。
何千年生きる古代竜と比較するなどおかしいと思われるかもしれないが、人の生の物差しというのは自身の生きてきた感覚でしか表せない。
シウには前世の記憶があり、大往生した経験から「長く生きてきた記憶」が、しみじみと教えてくれる。
人生が流れていく中、周囲はどんどん変わっていく。置いていかれるような気持ちになることもひとつやふたつではない。そんな中、変わらないものもある。
あの懐かしくも不思議な思いは、言葉にせずとも理解できる。
そして、シウのそんな気持ちを、イグは正しく受け取っていた。
([おぬしからは、わしらと似た気配を感じる。不思議なものだ])
([まだまだ若造です])
([ふむ。だが、人間とここでこうして巡り合ったのも何かの縁。面白いので、また遊びに来るが良い])
イグは機嫌が良いらしい。
ぺしぺしと尾で叩かれて、下ろせと示すので川へ下ろしてやった。
すると、水中にするんと潜って、また戻ってくる。
口や手に宝石などがあった。
([ほれ、これをやろう。人間は好きだと聞いた])
シウは笑う。
確かに人間も宝石は好きだろう。けれど、人間よりもずっと彼等の方が宝石を好きだろうに。
([有り難いですが、結構ですよ。だって溜めていたんでしょう?])
ここは彼の住処であり、宝物をたくさん溜め込んでいる場所でもあるのだ。
あまりにたくさん溜め込んで、水流が多い時には流されていくのだろう。
滝壺の底にはたくさんの宝石やら魔石が溜まっていた。
フェレスたちが気付いたら、目の色を変えそうだ。
シウが断ると、イグはぱかっと口を開けて、じいっと見つめてきた。
シウの心の奥を覗こうとする深い眼差しだ。
なので、逸らすことなく見返した。
イグの黒い瞳はスタン爺さんのような、人生の先生と呼ばれる人が持つ思慮深い色をしていた。
しばらくして、イグはきぃきぃと鳴いて、川から完全に上がった。
水陸両用なんだなと妙なことを考えていたら、イグは首を振って、それからパッと消えた。
転移したと気付いたのは一瞬遅れてからだった。
シウこそ転移をよくやるのに、他者が目の前でやるとびっくりするものだ。
第三者からすれば、こんな風に感じるのだなあ、やっぱり気をつけようと思ったところでイグがまた目の前に現れた。
その爪で掴んでいるのは、大きな石だ。
([これならどうだ?])
([……ええと、宝物自慢をされたいのかな? でもすみません。僕もそろそろ、午後の対策に乗り出さないとダメなんです])
([むっ。自慢などするものか。これはおぬしにやろうと、わしの一番のお気に入りから選んできたのだ])
([えーと、でも、褒美をもらえるようなことは何もしてませんから。また今度、お互いの宝物自慢でもやりましょう])
そろそろフェレスたちも目を覚ます。
彼等が川に気付いてしまったら終わりだ。
シウは、失礼にならない程度に礼儀正しく頭を下げて、その場を去ったのだった。
イグがまさか、あげるといったものを断られて悔しいと思っていることなど、この時は考えもしなかったシウである。
遅くなったが、午後はアイスベルクの地下あたりを探知しながら、裂け目の補修に専念した。
近くでの作業がやりやすいのでベースキャンプへ戻ってから行ったのだが、目を瞑り地面に手を置いてジッとしているものだから通り掛かる誰もがギョッとしていたようだ。
たまにフェレスとブランカが交互でイラーリオたちの手伝いをしていた。
カフルらが釣ってきた魔獣を、逃さないように追い込む仕事だ。
疲れてきたイラーリオを助けるためにオラツィオも出ていたため、フェレスとブランカは彼等と仲良くなったようだった。
増援は少し遅れたが昼過ぎに来て、本隊が夕方にやってきた。
その頃にはシウは遺跡内部で隙間を埋める作業に没頭していたので、引き継ぎなどは聞いていない。
ただ、イラーリオたちがシウたち冒険者のことを随分良い評価で伝えていたらしく、フロランを連れてベースキャンプを通った時には、大層褒められてしまった。
この増援部隊が乗ってきた飛竜に、調査隊の他の面々も乗っていく。今回の調査でやって来た冒険者たちも乗るので、何度かの往復になるようだ。
フロランは騎獣での移動でも構わないというから、引き取ることにした。
「わたしは先に帰ります。先生、皆さん、王都でまた会いましょうね」
「フロラン君、お疲れだったね! 気をつけて」
「フロラン様、わたしたちは後から参りますね」
「シウ様、フロラン様をお願いいたします」
ビルゴットや護衛たちとはここで分かれ、シウがフェレスに、フロランは護衛一人と共にブランカへ乗って帰路についた。
飛び上がると、地上からヤルノやユッカ、ダニアが手を振っていた。
彼等は飛竜で戻ることになっている。
カフルやアルダスのパーティーは残って、国の増援部隊と共に討伐戦をやるらしい。
シウが土壌の魔素を吸い取った作業については自動書記魔法で記した書類をイラーリオに渡しているため、残りの作業や穴については彼等が埋めてくれるだろう。
イラーリオとオラツィオも手を振ってくれるので、シウも振り返した。
たった二日だったが、信頼関係ができたのは嬉しいことだった。
随分遅い出発となったため、暗がりの中を進むことになった。
しかし、フロランが怖気付くことはなかった。
どちらかと言えば彼の護衛が大変そうだ。
慣れない騎獣に乗り、慣れない夜の移動。フロランも特訓したとはいえ騎獣へ上手に乗れているとは言えない。なのに二人乗り。
しかも連日の疲労もあったのだろう。
ブランカからの念話で、上の人フラフラしてておかしいと連絡が入った。
「ちょっと休憩しましょうか」
シウの提案に、護衛はあからさまにホッとしていた。
慣れない彼等のために飛行速度はかなり遅らせてあったのだが、むしろ飛ばしてしまって一気に戻った方が良かったのかなと思うほどだ。
それでも護衛職に就くだけあって、少しの休憩で気持ちを持ち直していた。
「わたしの護衛に就いたばっかりに大変だったね」
「いえ」
「次はフェレスに乗ります? 彼なら乗せるのも慣れているし一人で乗るので安定はしますよ」
「しかし……」
「わたしなら、シウと一緒に乗れるぞ? シウも立派な冒険者だから、安心だ」
「慣れない騎獣なら、僕とフロランをセットにする方が良いですよ」
護衛としてはフロランを守りたいのだろうが、本末転倒だ。
もしまたフラフラしてしまったら、何か起こった時に困る。
護衛も少し考えてから、納得したのか了承した。
その後、フェレスが飛びながら護衛を尻尾で叩くなどして意識を集中させ、王都の外壁門まで飛び続けた。
王都門では事情を知った兵たちが随分同情的になってくれて、そこでも少し休憩することになった。
夜も遅かったため、通行する者も少ない。
兵の中にはフェレスとブランカに興味津々な者もいて、特に害意があるようでもなかったから相手をしてもらった。
ここで、お茶など出してもらえたので、どうせならと夜食を摂ることにした。
フロランと護衛の男は出発前に食べてきていたが、彼等もお腹が空いたというので提供する。
ついでに暇そうな兵士たちにもお裾分けをして、ゆっくりと休んだ。
フロランはシウに悪いからと、外壁門まで馬車を呼ぶつもりのようだったが、乗りかかった船なので屋敷まで運ぶことにした。
すっかり仲良くなった兵士たちもそうしたらと勧め、しかも騎乗許可証まで発行してくれた。これがあると王都内でも騎乗して構わないのだ。
怪我や病気などの理由があれば発行してもらえるのだが、冒険者の持つ騎獣に対して発行されることはほとんどない。
異例のことだが、兵士たちの上司も鬼ではないのだ。アイスベルクの問題は通達されていたし、自国の貴族の子をここまで運んできてくれたことへの感謝もある。
「それにね、ラトリシア人だって融通を利かせることぐらい、できるんだよ」
パチッとウインクして笑うので、どうやらラトリシア国民の自虐ネタのようだった。
生真面目でジョークも解さないと言われるラトリシア人である。たまには、こうして羽目を外すのだと、言いたいようだった。
その証拠に上司は、仕事をサボってフェレスとブランカで遊んでいる部下たちのことも怒りはしなかった。そこは怒るところだと思うのだが、シウは持ち前の曖昧な笑いで無言を貫いたのだった。
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