151 アイスベルクの役目と地道な作業
アイスベルクは古代の神殿跡地に、何らかの施設を増設したとされ、今のベースキャンプのあたりまで施設関連を支える人の街があったようだ。
特殊な場所として有名だが、森の奥地にあるためなかなか調査隊を組むことができなかった。今回ビルゴットたちも国の支援があったからこそ本格的に潜れている。
次にいつ来られるか分からないから焦る気持ちは分かるのだが、命の方が大事だ。
ところで、シウはこのアイスベルクが、実はウィータゲローを監視するためのものではなかったのかと考えていた。
水晶竜の話の端々に、彼等が長くこの地に留まっていることは分かる。
帝国時代には、水晶竜の糞からできた高濃度水晶を使用して王侯貴族の装飾品が作られていた。
元が何かはともかくとして、途轍もない高額な装飾品として有名だった。
となれば、様子を観察しながら、上手く行けば手に入るかもしれない素材である。
ここで観察を行うのは、割に合う話だ。
ウィータゲローが夏でも氷のままなのは、水晶竜が長く住み着いているからかもしれないが、逆説的に言えば水晶竜が住み着きたい何かがここにはある。
遠い過去、神殿が置かれていたのなら、それもまた意味があるのだ。
遺跡にはそうしたことについても何某かの事実が残っているかもしれず、シウも興味のあることだった。
よって、是非とも次回の発掘調査を進めるためにも、今回は問題なく守りきりたいものだ。
ビルゴットたちもそのことに気付いてくれるといいのだが。
地上に出ると、交代の時間になっていた。
イラーリオは徹夜するつもりらしいが、付き添ってきた兵士や冒険者たちは続々と交代している。
引き継ぎに間に合ったので、シウも話を聞いたが、アルダスたちのパーティーがオークの群れをひとつ完全に潰し、残りも四、五匹ずつではあるが間引きに成功していた。
「夜中は難しい。あまり進んでなくて悪いな」
夜目があっても人間には夜の森での行動は厳しいものがある。
当然、誰も彼等を責めることはなかった。
「俺たちは周辺の探索を引き続き行う。釣れたら釣るが、夜が明けるまでは期待しないでくれ」
他の冒険者やカフルのパーティーもアルダスたちほど攻撃特化ではないので、夜中は無理をしないと宣言していた。
「ルプスが思った以上にばらついているな。固まって群れてくれた方が楽だったのに」
「ゴブリンの集落は後回しにしているぞ。ダニアに手伝ってもらったが、地形的に俺たちでは難しそうだ」
「騎獣乗りがいないと無理だわ、あれ」
ダニアがシウをチラッと見たが、シウは首を横に振った。
「僕は無理だよ。土壌の方が優先だ」
「そっちを誰かに任せられないものか?」
「魔素の流れが見える人なら。あとは森の奥へ入っていけるだけの人」
そう返すと、全員黙ってしまった。
シウがソロで動くことを許されているのは、山中深くでも魔獣の脅威を感じることなく動けるからだ。
「無理だな。どちらか一方なら、あるいはって思うが」
「少なくともこちらにはいないね。魔素の流れをはっきりと確認できる能力者は」
イラーリオが口を挟む。宮廷魔術師組には、いないようだ。
そして、アルダスたちは。
「俺たちは攻撃特化だ。そうした仕事にはむかん。配置の無駄遣いというやつだ。南西のゴブリン集落は放置だな」
イラーリオが頷く。
幸いというのか、深い谷があって、即襲われるという心配はない。
ただ、数が多いのでダニアなど探索班は気が気でないのだろう。
「明日、いや、もう今日か。昼には増援の第一陣が到着していると助かるんだがな」
「飛行板が使える冒険者も要請しているだろ?」
「呼んではいる。緊急招集依頼だから、乗り込んでくるとは思うが」
ギルド側の職員が断言しないのは、状況が分からないからだ。シアン国からの依頼もあって、ギルドはてんやわんやだ。ニーバリ領の調査もあり、人手も足らない。
「とにかく、昼までは引き続き間引き調査を続けて欲しい。シウ殿、君も夜が明けてから、昨日の続きを」
「はい。でも、もう行きます」
「こんな夜にかい?」
「危険すぎる」
冒険者たちに窘められたが、シウは肩を竦めた。
「いろいろ、手があるので。それと、僕は夕方にはここを起ちます。フロラン、学生が調査に参加していたんだけど、彼をルシエラ王都まで連れ帰らないといけませんし」
それにシウが請け負ったのは光の日までだ。
大問題が発生したわけではないのなら、今日中に帰るつもりだった。
「というわけで、時間もないので行ってきます」
ブランカに乗って、すぐさま飛び上がった。
下方から、
「気をつけろよ!」
と声が上がって、シウは手を振った。
まだ、夜も明け切らない中、誰の目もないことを確かめてから土壌より一斉に魔素を集める。
周辺のものはかなり薄くなってきているが、地下にはまだ魔素溜まりがあるようだった。
それは後続の宮廷魔術師たちがなんとかしてくれるだろう。
シウはベースキャンプ周辺が一通りなんとかなったので、ウィータゲロー方面へ向かった。
暗闇の中、魔獣を倒しつつ地下の探索を繰り返す。
切れ目を見付けては土属性魔法や岩石魔法を使って固めていく。
自分自身が入れるようなら転移して地下へ行き、その場でゲルなどを使って細かい箇所を補修した。
そうした作業をチマチマと繰り返して、ウィータゲロー周りをなんとか固め終わったのが昼のことだった。
高地のウィータゲローから離れ、低地にある山中の谷へ降りて昼ご飯にした。
集中しすぎたせいで少し疲れていた。フェレスとブランカも夜中から頑張ったので、食事の後はごろんと草地へ寝転がっている。
シウもゆっくり休むことにした。
川は美しく、草地だけを見ていたらここが魔獣の多い森だとは思えない。
夏真っ盛りのむせ返るような生命のエネルギーが感じられる。
緑の葉の美しいこと。
たくさんの色が重なり合って、森を作っていた。草地には爪ほどもない小さな花が咲いているし、小さな虫たちが飛び回っていた。
川には光が降り注いで、流れのために反射されあちこちへ飛び交う。
「綺麗だなあ」
「にゃ?」
お腹を出したまま返事をするので、シウは笑った。
「もうちょっとお休みしておいで。僕は川へ入ってくる」
上流に緩やかな場所を見付けて涼んでいると、光る石を見付けた。
探っていると、多くの魔石が沈んでいる。しかも魔石のみならず宝石まであった。
「あれ?」
原石ではなく、磨かれた宝石だ。
何故こんなところに――。
不意に上流側の小さな滝壺から気配がした。離れているがはっきりと分かる。
シウとしては珍しく、唖然としたまま呆けた顔で見ていると。
([人間か?])
滝壺裏の小さな洞窟から、顔を覗かせるトカゲがいた。
この世界の生き物としてはいささか小さく感じるが、トカゲとは普通こんな大きさだよなと思われる……いや、もう少し小さいのが普通かもしれないが。
などと考えていたら、また声が届いた。
([騒がしいと思っておったら、なんぞここまで来るからには大事でもあったか])
ぽかんとしていたシウも、ここでようやく我に返った。
まさかこんな風にして偶然顔を合わせるとは思ってなかったので、心底驚いた。
([初めまして。人間の、シウといいます])
([おや、言葉が分かるか]」
([古代語のようですから、分かります])
([ふむふむ。わしも教えられてから暫し経つので不安だったのだが])
良かった良かったと、縦に頭を振って、トカゲはひょいひょいと岩を歩いて近付いてきた。
([しかし、おぬし本当に人間か? 以前わしに会いに来た者どもは大層腰を抜かしておったぞ。そうそう、チビッた者もおるわ])
声としては「きぃきぃ」と鳴いている感じだ。どうやら笑っているらしい。
トカゲって、きぃ、と鳴くのか。
シウは妙な感動を覚えて、それから笑った。
([ふむ。おぬし、人間とは思えぬほど落ち着いておるな])
([人間ですよ])
シウも近付くと、トカゲはひょいっと跳ねて、シウの腕に飛び込んできた。
「おっと、と。わあ、冷たくて気持ちいいね」
手で触れるとひんやりしており、夏向きの体をしている。
シウが撫でていると、黒錆色のトカゲはきぃきぃと鳴いた。
([無害化魔法でも持っておるのか? しかしわしの気配は魔法と関係なかったように思うのだが])
([あ、僕、威圧系には滅法強くて。以前もフルヒトヴルカーン近くにある古代竜の住処へ近付いたことあるけど大丈夫でした])
([なんとまあ。あの火山の近くにおるのは気性が荒いだろうに。おぬしはどうやら肝が太いらしい])
ペタペタと前足でシウの腕を叩くと、トカゲはそのままスルッと登ってシウの肩に腰を落ち着けた。
([さてさて。では何があったか聞こう。わしのことはイグと呼ぶが良い])
ちょっぴり偉そうな感じで、トカゲは言った。
偉くて当然かもしれない。シウは彼ほどの、圧倒的な存在感を持つ生き物を他に知らない。
何故ならこのトカゲは、古代竜だろうだからだ。
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高純度が正しいのでは、とのご指摘、ありがとうございます。
自分も悩んだのですが純度だと「品質の高さ」などに繋がり、逆に当方のイメージするところではなかったのです。濃度だと固溶体というイメージにも合いましたしこちらにしました。
語感的にも純度がいいのかもしれません。もう少し考えさせてください。
これは自分メモでもありますので残しておきます。再読み返しの際に確認します。
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