150 水晶竜へのお願いと当日の様子




 大繁殖期の騒ぎで地震が起こったかのように響いていたから、それこそ地下でも亀裂が生じたのだろう。

 でなければ、ウィータゲローに長く住まう水晶竜たちの魔素がもっと充満して、この地域は魔境化していたに違いない。

 竜の大繁殖期というのは、本当に大変なのだなあと改めて思った。

 あの時シウがもう少し周辺を気にしていたら良かったのだろうか。

 ガルエラドに後ほど、反省会でも開いてもらおう。

 そんなことを考えつつ、とりあえず近辺の地下の穴を全て塞いだ。もちろん魔素も吸収する。

 そして、根本をなんとかしようと、辺りを見回してから転移した。


 ウィータゲローでは、時折揺れが起こっていたが、地上部分は何の生き物の姿も見当たらなかった。

 万年氷が覆う、高山ばかりだ。

 以前、ハーレムを形成した雄が潜っていった巣穴を進んでいくと、まだ交尾をしていた。

 地底竜や火竜と違って、交尾の期間が長いらしい。

 雌の一部が見当たらないので、交尾に成功して巣に戻ったのだろうか。

 感覚転移であちこち探っていると、雌がそれぞれの巣でじっと寝ていた。転移してこっそり鑑定をかけようとしたが、弾かれてしまった。

 さすが、無害化魔法に匹敵する高機能鎧の鱗だ。

 シウが感心していたら、念話が届いた。

(あら、あなた、前に会ったかしら?)

(こんにちは。お久しぶりです)

(やっぱり! わたし、ちゃんと覚えているわよ)

 彼等にすれば小さな小さな羽虫のような存在だ。だから覚えていたことを自慢されるのも理解できた。

 シウは内心で笑いながら、念話で話を続けた。

(交尾は無事終わったみたいだね)

(ええ。卵はまだまだ先だから、今は一休み中よ)

(え?)

(そうだったわ、人間って知らないのね。わたしたち、何度も交尾して卵をお腹に溜められるの。それでね、少しずつ産むのよ。孵ったら、また次のを産むの)

 なんという壮大な出産計画か。

 シウは呆れつつ、では雄との交尾はまだ続くのか聞いてみた。

 すると案の定、まだまだ続くという。

 何度も順繰りで繰り返し、卵を溜めていくのだそうだ。雄のハーレムはどうやら数年は続きそうな雰囲気である。その後、大繁殖期の雄は力を失い死んでしまうらしい。

 次の大繁殖期までは、育った誰かの子と番を組んだりして、一夫一婦制で仲良くまったりと過ごすのだろうか。

 不思議な習慣である。

 出産も、かなりの長期計画で進むようだし、竜にもいろいろあるなあと思う。


 ただ、とりあえず目先のことだ。

(あのね、暴れてるから地下の裂け目を通して、あなたたちの濃い力、つまり魔素があちこちに流れ出ているんだ)

(まあ、そうなの)

 とは言ったが、彼女はただ相槌を打つかのように答えただけで、それがどうしたのかといった様子だ。

 水晶竜は、自分たちより小さき存在に思いを馳せることはできないらしい。

 人慣れしている飛竜よりずっと、獣に近い存在のようだ。

(あなた方の力は、あなた方が思うよりずっと大きいんだよ。そのせいで魔獣が活発化し、多く発生している。この魔獣の存在は、回り回ってあなた方にも鬱陶しい存在となるはずだ)

(ああ、魔獣ね。そうね、嫌だわ。齧ってこようとしたり、鬱陶しいの。前にも大きなのが巣の近くに来たわね。なんだったかしら、ほら、目が四つあるのよ)

(グラキエースギガスだね)

(そんな名前を付けているの? とにかく、あいつ、鬱陶しいから追い払ったわ。四足のもいたわね)

 それはヒエムスグランデルプスのことだろう。シウがひそかに倒した、狼型の巨大魔獣だ。

 アイスベルク方面からシアーナ街道へ向けて進んでいたのは、彼等に追われたからだったのだ。

 魔獣の動きにはちゃんと意味があった。

 シウは昨年の事件を思い出しながら、水晶竜の雌に提案してみた。


 確か、彼女が一番乗りに雄と交尾をしていたため、雌の中では一番強いはずだ。

 リーダーだろうとみなして、彼女に説明する。

(あなたたちを煩わせる魔獣が活発になれば、あなた方の卵にも影響があると思う)

(なんですって? ふっ、だったら蹴散らしてやるわ!)

 普段おとなしい水晶竜だが、母となるからには攻撃も辞さないようだ。

 が、それは止めていただきたい。

(確かにあなた方の力なら跳ね除けられるかもしれません。でもスタンピードが起こったら? 次から次へと溢れ出る魔獣は厄介ですよ)

(……そうね、そうだわ。でも、ではどうしたらいいの)

(人間も魔獣には困っています。だから、魔獣を最初から増やさない方法を取りたいと思うのですが)

(まあ、そうなの。ぜひお願いしたいわ)

 よし、と拳を握る。

 水晶竜は物分りが良いし、冷静なので助かる。火竜と違って話ができるし、元が冷静な性質だからか理解も早い。

(あなた方の住まうこのあたり一帯に、大きな結界を張ろうかと思ってます)

(結界を? でもそんなすごい魔法は人間には難しくないかしら)

(数年で解けるようにするだけなので、大丈夫です。ただその間、出入りができなくなりますが)

(それはいいわよ。数年って、人間の時間のことよね。ええと、最初の卵が孵る時間ぐらいだと聞いたかしらね? それぐらい、わたしたちにとっては大したことではないわ)

 よし。

 シウは笑顔で手を振った。

(魔素が漏れないよう、地下深くから全体を覆いますが、大丈夫ですか?)

(わたしたちの住処が分かってる? だったら大丈夫よ)

 それはもちろんだ。彼女たちがいる全てを囲わなくては意味がない。

 だから、大掛かりに全体を囲んでしまうのだ。


 シウは彼女に説明を繰り返し、二番目三番目の水晶竜の雌にも話を通してから、ウィータゲロー全体を結界で覆うことにした。

 以前、水晶竜の雄たちが戦っていた場所がちょうど中心地でもあるので、そこに目安となる魔道具を設置する。

 水晶竜に触れないよう告げてはいるが、彼等の嫌う匂いなどで惑わすつもりだ。

 杭として打ち込み、そこに結界魔法を付与し、発動させた。

 一気に魔力を持っていかれる。計算してみたが呆然としてしまった。

「濃い魔素を囲むのだから強力になると思ってたけど、すごいなあ」

 数年持つような術式を付与したが、念のため、魔石も嵌め込んで動力とした。

 後は周辺に遮蔽をかけて、万一、魔族などの高魔力保持者がやってきても大丈夫なように隠しておく。


 そこで夕方になったので、一度戻ることにした。

 結界は張ったものの、水晶竜の住処から染み出した原因の割れ目などは残っている。

 そこに溜まった魔素を吸収したいし、今後のことを考えて隙間を埋める作業を行いたい。

 明日はそれにかかりきりになるだろう。

 というわけで早めに休もうと、シウは警戒しながら転移をして、ベースキャンプに戻っていった。




 土壌の処理が順調に進んでいることをイラーリオに報告すると、彼はシウのことをとても労ってくれた。

 それからオラツィオも、《魔力量偽装》の魔道具について礼を言ってきた。

 どういう風の吹き回しかと思ったが、カフルがシウの言った通りに、一部の魔獣をベースキャンプ近くに釣ってきたらしい。

 もちろんイラーリオへは連絡を入れて、そこで待ち構えてもらってから攻撃を行ったそうなのだが、目の前で次々と行われる魔獣討伐に腰が抜けたようだ。

 とはいえオラツィオも攻撃魔法保持者だ。

 へっぴり腰ながらもイラーリオと共に攻撃を繰り返していたら、一部を取り逃がした兵たちのせいで予定地点から外れて魔獣が飛び込んできた。

 ところが、その場で一番近かったオラツィオには飛びかかろうとせず、少し離れた兵へ突進した。

 そのおかげで、時間もできて、かつ自身へ向かってこなかったことから余裕も生まれ、無事魔獣を倒せたということだ。

 シウの「魔獣は魔力量の多い者から狙う傾向にある」という話と、それを回避する《魔力量偽装》の威力を知って、反省したらしかった。

 なかなか素直な青年だ。

 イラーリオがハラハラしながら彼の後ろで「そこで頭を下げて!」と言っているので、シウは苦笑してしまった。


 彼等には夜半に交代することを告げ、先に休ませてもらうことにした。

 ベースキャンプの遺跡側には頑丈な退避場所も作られており、そこで夕飯を済ませると仮眠に入った。

 他にも冒険者たちが思い思いに過ごしており、皆が自由にやっている。

 エルフと護衛の兵士たちだけが、固まって行動していた。




 夜中、目が覚めると遺跡内部へ入って様子を確認し、見張りをしていたパーセヴァルクと軽く打ち合わせをした。

 遺跡内部でもアングイスが多く出ていたようだが、今のところ、調査隊と来ていた護衛や冒険者でなんとかなっている。

 それより、外は応援が来てくれているのだからと、このまま調査の続行を言い出しているビルゴットやフロランに手を焼いているらしい。

 史跡保護管理委員のイザイアが頑として譲らないので、昼間は喧嘩になりかけたとか。

 何をやってるんだと苦笑した。


 内部にも魔素が流れ込んできているので、アングイスや岩蜥蜴の発生だけではすまなくなるだろう。

 シウが亀裂を補修するまでは勝手に奥へ入っていかないよう、パーセヴァルクにはくれぐれも頼むとお願いした。

 起き出してきたイザイアも、途中からはっきり覚醒したらしく、何度も頷いていた。

 シウは彼に念を押す。

「このアイスベルク遺跡は、元々、神殿跡かもしれないと言われているでしょう? そういうところは地下水脈が引かれていることが多い。そうしたものは、良いものも悪いものも連れてくる。だから、本当に気をつけてください」

「分かった」

 奥へは行かぬよう、また妙な場所を見付けても入らないようにしっかりと注意した。

 イザイアとパーセヴァルクの二人、そして周囲でチラチラ話を聞いていた調査隊のメンバーも頷いてから、呑気に寝ている大物二人に視線を向けていた。ビルゴットとフロラン、彼等を野放しにしてはいけないと。

 イザイアたちが一致団結した瞬間を見た、シウである。

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