147 アイスベルク到着




 荷が重いことや、宮廷魔術師を乗せていたためか、アイスベルク遺跡の近くに設置された簡易の飛竜発着場までは二時間もかかった。

 これならフェレスで飛んでも変わらないような気がする。いや、それは言い過ぎかもしれないか。でもなあと、考えている間に荷降ろしが終わった。

 飛竜は次々と戻っていく。ここでの戦力には使わないらしい。

 まだスタンピードと判明したわけでもなし。

 ラトリシアも飛竜の数に余裕があるわけではないので、決定打がなければ割けないのだろう。


 今回の増援では宮廷魔術師が二人おり、国からの調査という形で来ているため、宮廷魔術師の一人がリーダーとなる。

 シウも依頼を受けて来ているが、ソロ参加の契約で、自由にさせることが条件だとギルド側が国に通達していた。

 そのため、現地に滞在している冒険者ギルド側の担当者――これも冒険者がやっているのだが――彼等に挨拶を済ませると、シウは運ばれてきた大荷物を気にせず先に遺跡へと向かった。

 勝手なことをするなと後方から怒鳴られたが、このことは王城の飛竜発着場でも言われていたことだ。

 他にも数人のソロがいて、彼等も次々と勝手に動いていた。

「あいつら煩いなあ。な、坊主」

「通達を聞いていないんでしょうね」

「ははは。聞いてても、偉い俺様に従うのが当然だって、思ってんじゃないのか」

「ここへは調査に来ているのにね」

 シウが返すと、相手がニヤリと笑う。

「そうとも。俺はヤルノだ」

「シウ=アクィラです」

「ああ、やっぱりお前さんがシウか。よろしくな。俺は目が良いんで呼ばれたんだよ」

 そう言うとギルドカードを見せてくれた。三級の冒険者だ。

 話をしていると、他のソロの冒険者も自然と集まってきた。皆で遺跡に向かって歩くが、もちろん周辺の警戒はしている。

「ヤルノ、俺にも紹介してくれや」

「勝手に挨拶しろよ。俺も今知りあったところさ。なあ」

「はい。僕はシウ=アクィラです」

「おっと、ご丁寧に。俺はユッカだ。探索専門にやってる」

「あたしはダニアよ。同じく探索が専門ね」

「よせよ、お前のは暗殺向きの能力だろうが」

「止めてよ。あたしはそっちはもう足を洗ったんだから」

 ということは裏ギルドにでも所属していて本当に暗殺を請け負っていたのだろう。

 確かに気配が誰よりも静かだ。独特の雰囲気を持っているし、冗談ではないことが分かる。

 シウが笑いもせずに頷いたので、ヤルノは少し驚いていた。

「普通はジョークだと思うもんだがな」

「でも、彼女、ダニアさんの足運びは普通じゃないから」

「おっと。こりゃあすごい。ダニア、お前もう少し『普通』に歩かねえと」

「止めてよね。シウ、あたし今は真っ当な生き方してるのよ。こいつらの言うこと、聞かないでね」

「うん。そういうことなら、過去の話は聞かなかったことにする」

 それを聞いて、ヤルノもユッカもヒュウっと口笛を吹いていた。

 こうした話を流すことができるかどうかで、冒険者の格が問われるとも言う。彼等なりにシウを試していたのだろう。

 爺様がよく「冒険者の悪い癖だ」と言っていたが、人によって判断基準というものは違う。これが彼等なりの、シウを見る「目」だった。

 シウがもし本気に受け取って正義感を振りかざしていたら、彼等はきっと「ジョークだぜ」と煙に巻いてしまうつもりだったに違いない。

 子供は特に善悪を分けたがるものだし、潔癖なところもある。

 シウだとて、人殺しを積極的に推奨するつもりはない。そうしたことには人より潔癖な方だと思っている。

 だが、時には殺さねばならないこともあるし、無闇矢鱈に前世で培われたシウ自身の倫理観を押し付けるつもりはなかった。

 しかも、本当のところは何も分からないのだ。

 ただダニアが、過去に暗殺業に手を染めていたと仄めかしたに過ぎないのだから。


 シウが軽く受け流し、さっさと歩いて行くのを彼等は後を追うようにして付いてきた。

 迷わずさっさと最短距離を行くので、途中ユッカが質問してくる。

「来たことがあるのかい?」

「いえ」

「よく迷いなく行くもんだ。すごいもんだぜ」

 と言うから、シウはふと足を止めて振り返った。

「僕の手の内を知りたいようですが、冒険者で魔法使いでもある僕は、種を明かしませんよ?」

「おっと」

 彼は両手を上げて降参の構えだ。

 ヤルノは笑い、ダニアは呆れた様子でユッカを見ている。

「ほら、それ以上は止めておきな。相手の方が一枚も二枚も上だ。これで分かったろう。ガンダルフォやリエトの言うことが正しかったって」

「へいへい」

「あんた、ガンダルフォに聞いていたの? それでこんなことやってたら、スピーリト全員から睨まれるわよ」

「俺は自分の目しか信じねえんだよ。っと、悪い。睨むなって、おい、シウよ。この二匹なんとかしてくれよ」

 フェレスとブランカがユッカに近付いてジッと見ているので、慄いたようだ。別に噛み付くでなし、怖いこともない。

 そうと分かっていても、やはり見慣れない騎獣が傍でジッと見つめていたら気にはなるのだろう。


 シウは苦笑を隠して、二頭を呼んだ。

「おいで。彼の匂いが変だからって、そんな風にジロジロ見ちゃダメだよ」

「にゃ」

「ぎゃぅ」

「あ? そりゃ、どういう意味だ。ユッカ、お前なんか妙なことしてんじゃないだろうな」

「はあ? 待ってくれよ。俺は――」

 慌てるユッカに、ダニアが近付いてスンスンと匂いを嗅いだ。

「……あんた、お風呂入ってないね?」

「マジかよ。お前、身綺麗にしておけよ」

「まっ、待てよ。探索するには、綺麗すぎてもいけねえんだよ。お前も変なこと言うなよな!」

 なんだかシウは余計な一言を漏らしてしまったようだ。

 シウは今度こそ笑って、匂いの説明をした。

「違いますよ。彼、魔獣避けの薬草を持っているみたいなんだけど、ちょっと配合がまずいみたいで」

「あん?」

「騎獣の嫌う匂いのものも混ざってるんです。で、この子たちが臭いって言ってて」

「お前、なんだってそんなもの」

「違うっての! 急いでたからいつもとは違う店で買ったんだよ。まさか配合が違うなんて思わなくて。ていうか、俺には違いなんて分からなかったぞ」

「僕、薬草に詳しい方なので」

「マジかよ」

「その店、もしかしたらまずいかもしれないので、王都に戻ったらギルドへ報告した方がいいかも」

「は?」

「この国でもたぶん、使用禁止指定の素材かもしれないから」

「……マジか?」

「分かってて持っていたら、憲兵に十分引っ張られる程度にはまずいと思いますよ」

 なにしろ、騎獣を王侯貴族で囲い込んでいるラトリシアだ。その国で、騎獣の嫌がる匂いを混ぜた「魔獣避け」を持つというのは、少々問題だった。

 ユッカはようやく、シウの言葉の意味に気付いて、ぞぞっと震えていた。


 こんなもの持っていたくないと、その場に捨てようとするので慌てて受け取った。

「捨てるんだったら燃やさないと」

「あ、ああ、そうか。悪い」

「でも証拠として貰っておきますね」

「お、おう」

「代わりに、僕のを渡しましょうか?」

「……いいのか?」

「はい。どうぞ」

 魔法袋から取り出したところで遺跡前のベースキャンプに到着した。


 ユッカだけでなく、ヤルノとダニアにも魔獣避け煙草や薬玉を渡すと、シウはすぐベースキャンプの中に入っていった。

 ヤルノたちも一緒に付いてくる。

 シウがスタスタ行くものだから、彼等もずんずん付いて来る。

 それが目に入っても、ベースキャンプにいた調査隊の面々は疲れた顔でチラリと見るだけだ。

「ビルゴット先生!」

「おお、シウではないか!」

「え、シウ? あ、本当だ。おーい」

 フロランも傍におり、駆け寄ってきた。

「まだ残っていたんだね」

「便がなくてさ。そろそろ帰りの便に乗せてもらおうと交渉していたところなんだ」

 行く時には国から騎獣が駆り出されていたので、帰りもそのつもりだったようだ。が、なかなか乗せてもらえず、いよいよどうしようかというところだったらしい。

 それなら飛竜に乗せてもらったら良かったのだが、こういうところが融通の利かないことである。

「フロランは僕が連れて戻るよ」

「本当かい? いや、助かるなあ」

「良かった良かった。フロランのことだけが気がかりだったからな」

「先生、フロランの帰りの便だけじゃなくて、周辺の問題にも気がかりを残してくださいよ」

 後ろからパーセヴァルクが顔を覗かせ、呆れている。

「ヴァルク、大変だったみたいだね」

「おうよ。魔獣は多いわ、ノウェムのエルフたちは逃げ腰だわでな。遺跡調査どころじゃないよ」

 互いに腕を叩いて再会を喜ぶ。

 すると、フロランが面白そうな顔をして、真似てきた。

「フロラン、痛いから。あと、これは冒険者同士の挨拶だからね」

 やらなくていいんだよと説明し、それから今回の問題の詳細を教えてもらおうとビルゴットに向かった。

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