135 レース優勝の副賞
風の日は、王城へ出向いた。
ククールスたちは引き続きギルドで仕事を受けると出かけていった。今回はロトスも付いていくようだ。
シウはガリファロとカティフェスを連れて行くことにした。二人を背負えるように改良した背負い籠を用意して、もし無理なら乳母車に移そうと魔法袋に入れている。
三人全員はさすがに大変なので、マルガリタを置いていくことにした。アシュリーと同じ女の子なので将来のお友達候補としてどうかと、シウやエミナたちは期待している。
ところで王城から寄越された馬車に赤子を抱えて乗り込んだら、御者が目を剥いて驚いていた。
でも何も言わないところがプロである。
彼は黙ったまま王城までシウを運んでくれて、門のところで中を改めてくる騎士に対しても、何かを言うことはなかった。
ちなみに騎士も、えっ? と二度見していたが。
案内されたのは初めての場所で、待っていたのはジークヴァルドだけだった。
「悪いな、俺だけなんだ」
「別にいいですよ。むしろ王族の方にいらしてもらって申し訳ないぐらいです」
「やっぱりやめてくれー。ジークでいいし、普通に喋ってくれよ。俺ももうすぐ騎士になるんだからさ」
と言うので、シウも遠慮なく合わせることにした。
「卒業決まった?」
「こっそり内定あったんだ。今のところ大丈夫だと思う」
ジークヴァルドはシウの背負い籠を見て笑ったものの、何かを言うことはなかった。
事前に誰か連れていくかもと言っていたからだ。もっとも彼としてはクロやブランカを連れてくると思っていたらしい。
今回は飛竜大会の騎獣レース部門でシウが優勝したため、副賞品として望んだ「聖獣と遊びたい」を叶えるための登城だ。
わざわざ王族が待っていてくれたのは、シウが彼や他の王族と知り合いだからというより、やはり大会の優勝者へ礼を尽くそうとしているからだろう。
「レオンハルト兄上も来たがっていたんだけどな」
「もうお仕事をされてるとか」
「そうそう。政務秘書。陛下の秘書官についてお勉強してるから忙しいんだよ。ゆくゆくはハンス兄上を支えるんだって。俺には無理だなー」
「ジークも騎士になって兄上様方を支えるんじゃないの?」
「うう。そういうこっ恥ずかしいこと言わないでくれ」
食いっぱぐれないように騎士職を選んだのだと、早口の小声で喋っている。
どうやら本心を言い当てられるのは恥ずかしいらしい。
王族の第三子以降の男子など、どこかの貴族の娘のところへ婿入するのが普通のことなのに、騎士として立身しようと考えるのは偉い。
彼は面と向かって褒められるとダメらしいので、シウはこれ以上口にするのを止めた。
連れて行かれたのは軍の施設がある場所で、以前も通ったことのある道を進んで、師団ごとの兵舎がある手前の塔に入った。
「ここが騎獣管理塔だ。各師団ごとに騎獣隊があるからそちらに獣舎もあるんだけどな。定期的にこちらへ寄越して健康管理をしている。聖獣はほとんどがここで暮らしているから、彼等が騎獣の精神面を見たりしているな」
「聖獣はパートナーと一緒に暮らさないんだね」
「そういう性格の奴もいる。でも、生まれ育った場所だからか、ここが気に入ってるみたいだ」
ドライなのか、それとも卵石から共に暮らしていないため、お互いに情がわかないのかもしれない。
スレイプニルのリデルが特殊だったのだろう。
リデルは初老の時期に入ってからドルフガレン侯爵家へ下げ渡された。シウとはそこで出会ったのだ。
彼女はシュタイバーンの王族の娘と主従契約を結んで、主が死ぬまで共に暮らしていたと聞いている。王城で過ごした後に、侯爵家へ譲られたのだ。
「ジークのパートナーもいるの?」
「いや、ちょっと迷ってる。陛下は直系なのだから受け取って構わないと仰ってるが」
騎士職を選ぶことで、王族としての有り様を考えているのかもしれない。
「せめて、手柄のひとつも立てていたらなあ」
「そういうところ、偉いね」
王族だからもらえて当然、のような考えをしていないのは偉いと思う。
つい正直に褒めたら、ジークヴァルドはまた耳を赤くしてやめろよな、と手を振って話を終わらせた。
塔の内部は研究施設となっており、働いているのは大半が研究者や調教師だった。
そこを通り抜けて、兵が厳重に警戒している門を抜けて進むと、そこには楽園があった。
「うわあ」
思わず声を上げたら、ジークヴァルドが自慢顔になって頷いた。
「すごいだろ? 庭師も力を入れてるんだ。自然の森のように作って、希少獣たちが過ごしやすいように工夫してる」
「うん。彼等は自然が好きだもんね」
「そうなんだ。だから、王城よりこっちを選ぶのかもしれない」
こんもりした森が奥に見え、手前に美しく手入れされた林、そして草原が広がる。スレイプニルでも十分に走り回れそうな大きさだ。
門のすぐそばに調教師たちが立っており、その周囲をまだ小さな幼獣たちが取り囲んでいる。
「邪魔するぞ」
「はい、どうぞ、ジークヴァルド殿下」
にこやかに返事をすると、また幼獣たちとの戯れが始まった。
にーにー、きゃんきゃんとみんな可愛らしい。
「騎獣が多いね」
「聖獣はやっぱり少ないよ。今も卵石はひとつだけだ。幼獣が三頭、成獣はここだけで十四頭ぐらいかな」
「結構、少ないね」
「育てるのも大変だから、下げ渡すことが多いんだ。あと、師団の方にもいるからな。レース後で休暇を取っているのもいて、全数だとどれぐらいだったっけ」
独り言のような会話に、傍で聞こえていたらしい調教師が教えてくれた。
「塔の管理下にある聖獣は幼獣を含めて四十五頭です。他は全て、個人所有ですね」
「そうか。ありがとう」
「いえ。ところで、そちらの方はもしや……」
「そうそう。シウ=アクィラだ。騎獣レースで二冠を取った、噂の少年だよ」
ジークヴァルドが答えると、その調教師はもちろん、周囲にいた人たち全員がシウを見た。
「彼が!?」
「おおっ、これはこれは!!」
「こんなに小さい子供だったのですかっ」
「お会いしたかった!!」
なんだか皆が興奮していて、シウは思わず後退ってしまった。
飛竜大会で行われた騎獣レースの模様は、彼等にも伝わっていたようだ。
ここにはいないが、実際に大会でレースを観た調教師仲間もおり、他にも騎乗者からの情報などで知ったらしい。
優勝した者のことを知ろうと思うのは、騎獣管理をしている者たちならば当然なのだろう。
ましてや。
「フェーレースで勝ったんですよ! あのフェーレースですよ!」
「愛玩用騎獣とも呼ばれるフェーレースで!」
「小型希少獣と共に下げ渡されることも多いフェーレースが、ぶっちぎりで勝ったんですからね!!」
興奮して詰め寄られてしまった。
連れてこなくて良かったなと、ちょっと思ってしまったほどだ。
反対に彼等は、シウがフェレスを連れてきていないのでものすごく残念がっていた。
「その子たちは……そうですよね、人間の赤ん坊ですよね……」
ガリファロとカティフェスが赤子で良かった。もし大人にそんな風に残念がられたら拗ねてしまうところだ。
シウは苦笑しつつ、背負い籠を下ろし、即席のサークルを作ってそこに二人を入れた。
すると、幼獣たちが集まってきて、おともだち? と首を傾げている。
人間の子供も希少獣の子供も、どちらも精神年齢は同じだ。
「仲良くしてね」
「にー!」
「きゃぅっ」
「きー」
サークルの周りを走り回って、幼獣たちは返事をしてくれた。
ジークヴァルドは赤子を心配していたが、シウも調教師たちも大丈夫だと笑っていなした。
シウとしてはサークルに保護を掛けているからだし、調教師たちも幼獣といえどもすでに調教を進めている子たちだ。生まれてすぐの、分別のつかない状態の子は塔内部にいて、ようするにここは安全ということだった。
「成獣は森の方へ遊びに行ってますから、呼んでみましょう」
「その間にぜひ、フェーレースへの調教方法を教わりたいのですが」
「それと今度、優勝したフェーレースに会わせてもらうわけにはいかないでしょうか」
次から次へと話しかけてくるので、ジークヴァルドが苦笑していた。
「王族が来た時より張り切ってるじゃないか」
「ですが、やっぱり興奮しますよ、ジークヴァルド殿下! 殿下はご覧になられたでしょう?」
「まあなあ、確かにあれはすごかった。そういや、他の参加者も次回からのレースではどうやって体力配分をすればいいのか、訓練を組み立て直す方法なんかも含めて頭を抱えていたよ」
「でしょうでしょう?」
興奮している調教師たちに、ジークヴァルドはレースがどうだったのかまで説明を始めた。
冷静な人もいたので彼が森の奥にいるおとな組を呼び戻してくれたが、集まってくるまでの十数分、ずっと居心地悪い思いをしてしまった。
ジークヴァルドが褒められて恥ずかしいと思うのと同じことだなあと、遠い目をするシウだった。
森からやってきたのはレーヴェの集団で、後ろからスレイプニルとグリュプスが二頭ずつ、モノケロースが一頭いた。
レーヴェの成獣の中には幼獣の首を噛んで運んでいるものもいた。
ぶーらぶらと連れてこられる姿はブランカが小さい時のことを思い出させ、つい笑ってしまった。
「可愛いよなあ」
ジークヴァルドも思わず呟いて、調教師たちも笑っていた。
レーヴェの中には背に、鳥型の幼獣を乗せているものもいた。
鑑定できたので驚く。
「アスプロアークイラ?」
「おお、分かりますか」
「さすがですね。そうです、あの幼獣はアスプロアークイラですよ」
本来、アークイラは小型希少獣の枠の中に入れられる、愛玩動物扱いの鷲型希少獣だ。小型ではないのだが、人を乗せて飛行できないことから大雑把に分けられている。
ところがとても珍しいものの、聖獣と呼ばれる個体もいた。
それが白い鷲という意味のアスプロアークイラだ。
彼等は通常よりも二回り以上大きい。もちろん、真っ白い姿をしている上、魔力量も高いので「聖獣」として認定されている。
目の前の仔もまだ幼獣なのに、立派に聖獣らしい気を発していて素晴らしい姿だった。
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