136 聖獣達の楽園




 アスプロアークイラは鳥型の中では唯一人を乗せられるということと、その数の少なさから希少性が高い。

 ウルペースレクスも滅多に出現しないため、聖獣の中ではレア扱いだ。

 しかし、ウルペースレクスよりも見た目の大きさや華やかさで、アスプロアークイラは人気が高い。

「小さい時でもこんなに堂々たる態度なんだね」

「ええ。ですから、鳥型が本来は立場が上かもしれない、なんて言われるんですよ」

 聖獣の中でも階位というものがあって、およそ魔力量などによって決まるらしい。人間側からすれば、威風堂々として賢いアスプロアークイラを上に持っていきたい気持ちもあるので、専門家の中でも悩ましい問題のようだ。

 ちなみに、聖獣の最上級にいるのがポエニクスで不死鳥と呼ばれる存在だ。

 同じ時代に二頭が存在せず、唯一無二としても、また魔力量の高さからも聖獣の王と呼ばれている。必然的に希少獣たちの王、というわけだ。

 鳥型の中で唯一人を乗せられるのがアスプロアークイラと言われているが、ポエニクスも鳥型である。

 文献などでは「畏れ多くて」ポエニクスに乗った者はいないとされていたため、アスプロアークイラが唯一なのだ。

 実際のところは、面倒くさがりの彼が人を乗せて運ぶとは思えないので、歴代のポエニクスもそんな感じなのだろうとシウは思っている。

 夢は見ている方が幸せだ。

 シウは鳥型希少獣についてわいわい語る調教師たちに、ポエニクスの本来の姿について語ることはしなかった。



 聖獣たちは普段見ない姿のシウや赤子たちに興味津々で、無言のまま近付いて匂いを嗅いだり、体を擦り付けたりしてきた。

「今日は人間だけで来たんだけど、君らの仲間の匂いがしたりする?」

「くぃー、くぃっ?」

「がうっがうがう、がうっ」

「ひひん!」

「くぇーっ、ぐわっ」

「ぷぃー」

 浄化しているので匂わないだろうが、どこかしら、伝わるものがあるようだ。

 何か匂いがすると言って、尻尾を振って更にくんくんし始めた。

 ガリファロもカティフェスもサークルギリギリまで近寄られている。

 本人たちは希少獣に慣れているので、泣くこともなく手を伸ばして触りたがっていた。

 調教師も問題ないというので、二人を出してみる。

 するとすぐさまスレイプニルがやってきて、頭や耳を舐め始めた。

 小さい子可愛いと、転がすように舐めている。

「獣人族の子だと、近いもののように感じるのかな?」

「どうでしょうか。人族に限らず、人間の赤子をこれほど傍に置いたことがございませんので」

 大丈夫だと言った彼等だが、やっぱり気になっているようだ。

 噛んだりしないと分かっていても、緊張はするのだろう。

 シウも、害意のあるものから守る結界は付与していても、獣特有の悪意のない甘噛みというものもあるため、細心の注意は払っている。

 ただ、聖獣たちは頭が良いため、成獣だったら安心できてしまうのだ。

 彼等もまた連れてきていた幼獣三頭は、赤子に近づけようとはしなかった。

 本獣らは気になってしようがなく、アスプロアークイラも羽ばたいて飛んでいこうと必死だった。

「ぷぃーぷぃー」

「がうっ。がうがうがう」

「ぷぃ……」

 遊びたいと言うアスプロアークイラの幼獣に、母親代わりのレーヴェが叱っていた。

 その鋭い嘴や尖った爪が当たれば、怪我をさせてしまう。

 力加減ができるようになるまで、赤子どころか人間にも近付いてはならないと、おとなたちが教え込んでいるようだ。

「ねえ、僕、ブラッシングやマッサージが得意なんだけど、やってみてもいい?」

「がう?」

「がうがうっ」

「ひひん。ひんひんひん!」

「くぃー」

 良いよ、と快い返事なので、早速魔法袋から専用のブラシなどを取り出した。

 調教師がまた目を輝かせる。

 シウは笑いながら、問題がないことを証明するためにもブラシの説明を始めた。

「鬼竜馬や黒鬼馬の尻尾をブラシにしたんです。革はマッサージにも良いんですよ」

「おおっ、すごい」

「高級品じゃないか。君、すごいね!」

「そうか、こうやって丁寧なマッサージを施しているから、フェーレースでも勝てるのか」

 誰かメモまでしているが、シウは苦笑するに留めた。

 レーヴェの一頭が待ちきれないとばかりに目の前へ横たわったからだ。

「がうがうがう、がうがうがう」

 そんなすごいブラシなら気持ちいいはず、とすでに目がとろんとしている。

「気持ち良いよ~。僕のところの子たちもお気に入りだし、カッサの店の子たちは毎日このブラシを使ってるんだけど、もう元には戻れないんだって」

「がぅ~」

 そうなのかー、ともうほとんど聞こえていない様子で気持ちよさげに鳴いている。

 レーヴェは毛並みが多くふさふさしているのでブラッシングしていくと、段々つやつやと輝きだした。

 お腹のところは念入りにマッサージだ。

 他の子もいるので早めに切り上げたが、聖獣が並んで待つ姿は面白かった。


 その間、ジークヴァルドも他の子と遊んだり、赤子の面倒を見てくれたりした。

「なあ、遊びたいって言ってた割には、それって世話だよな?」

「うん。でも楽しいよ」

「そうなのか。お前って変わってるな」

「そうかな」

「そうだよ」

 ガリファロを高い高いしながら、ジークヴァルドは笑う。小さい子の扱いに慣れた様子で、彼が優しい青年だということが分かる。妹の面倒も見ていたのかもしれない。

 シウが大物のスレイプニルをマッサージしていると、カティフェスがマッサージを終えてだらんとしているレーヴェの上に乗り上げていた。

「がうぅぅ」

「あば!」

「がぅ」

「んぱ!」

 会話しているように聞こえるが、一切会話になっていなくて面白い。

「俺、遊ぶっていうから、てっきり乗って飛ぶのかとばかり」

「それでもいいけど、飛ぶことは別に。うちにはフェレスもブランカもいるからね」

「だよな。ていうか、それだよ」

 ガリファロを膝に抱えて、ジークヴァルドがシウを向いた。

「貴族でも、そうそう二頭も飼えないのにさ。一人一頭だぜ、普通」

「あはは」

「どんな幸運に恵まれたら二頭も拾えるんだか」

「グラークルスもいるから、三頭だよ」

「すごいよな」

 実は、ウルペースレクスもいるのだと言ったら、仰け反ってしまうだろう。

「……ここへ入ってこられる人間ってのは限られていてさ。下げ渡す時とか、貴族が来るんだ。で、数多くの聖獣を見て興奮する。それが普通だった。なのに、シウは全然驚かないし、それどころかマッサージするとか……」

 膝からガリファロが出たがって、そのままハイハイしてカティフェスのところまで進んだ。二人にのしかかられても、レーヴェは重くないようだ。そうっと前足で寄せて、抱き込もうとしている。

「お世話するの、楽しいんだよね。気持ちよさそうだし」

「面白い奴だな。って、今度は騎獣か」

 聖獣が終わったのなら次は自分たちもと、レオパルドスやティグリスたちもやって来てこっそり並んでいた。

 シウは笑って、おいでおいでと呼び寄せた。


 全員やっていたら大変だろうからと、途中で調教師が止めに入り、そこで一旦お昼休憩となった。

 王城まで戻るのも大変だからと、塔へ招待してくれる。

 いいのかなと思っていたら、食堂ではすでに研究員や他の調教師たちが集まって、シウを待っていた。

 食事の用意もされていて、さあさあと勧められながら食べたが、その間ずっとフェーレースの調教方法や、三つの卵石をどうやって拾ったかなどの質問が飛び交っていた。

 ジークヴァルドは、俺でもこんなに歓待されたことないと苦笑いだ。

 彼のぼやき節が聞こえているだろうに、誰一人返事をしないのも面白いことだった。



 午後も聖獣や騎獣たちと過ごしたが、彼等が森へ案内してくれるというので行ってみた。

 調教師たちは入れないらしく、しきりに驚いていた。

 赤子はジークヴァルドが面倒を見てくれるというので任せて、こんもりとした森へと入っていく。

「くぃーくぃー」

 モノケロースがこっちだと示した場所には小さな泉が湧いており、周辺にはシロツメクサが咲き誇っていた。

「ひんひんひん」

「がうがうがうっ」

 彼等のお気に入りの場所であり、なんとアスプロアークイラの卵石はここで見付けたそうだ。

 聞けば、代々に渡って珍しい聖獣の卵石が拾われる場所らしい。

 今はいないが、別のモノケロースもここで拾われたとか。

 過去にはウルペースレクスもいたそうだ。

 ここには卵石を産み付けたくなる何かがあるのかもしれない。


 確かに、気持ちの良い森である。

 人をあまり入れない割には整っているし、清廉な気配もあった。

 もしかすると神様などの、高位な方が好む場所なのだろうか。聖獣は神に愛されし獣とも呼ばれるので、もしかするとと考えた。

 すると先ほどのモノケロースが鳴く。

「くぃーくぃくぃくぃ」

「え、ここって精霊が住んでいるの? どこどこ?」

 慌てて見回してみたが、やっぱり見えない。シウががっかりしていると、周りにいた聖獣たちに笑われてしまった。なんだ見えないのか、鈍感なんだなと笑われる。

 彼等が言うには、こうした精霊の好む場所と人間の住処が近い場所、そこに希少獣の卵石は置かれるのではないかということだ。

 研究者とは違う、本獣たちの意見に、なるほどと頷くのだった。

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