134 水晶竜の鱗の加工




 昨夜みんなで盛り上がっている最中、ふと思い出したのでアグリコラに水晶竜の素材について何か知っているか聞いてみた。

 クリスタルムドラコとも呼ばれるその存在は、やはり貴重すぎて話にならないようだった。

 国宝級という問題ではないらしい。

 そして加工についても、分からないとしか返事が来なかった。

「もしや持っとるだすか?」

「うん」

「なんとまあ。わし、見たこともねえだす」

「ちょこっと見てみる?」

「目ぇ、潰れやしねえだすか?」

「潰れないよ」

 なんだったらあげようかと思っていたのに、取り出して見せてあげただけで気絶しそうになっていたからこれは無理だなと諦めた。

 正気に戻ったアグリコラが挙動不審になって、シウの手のひらに戻すや否や、何度も「早く仕舞えだな」と言うし。

 加工について相談したかったのに、しようがない。


 というわけで、土の日は作成熱が出てきたのでひとりコルディス湖に飛んだ。

 残りの面々はギルドで仕事を受けるというから任せた。

 ただし、ロトスと赤子三人はお留守番だ。

 スタン爺さんが面倒を見てくれると言うし、クロエが遊びに来るそうなのでアシュリー含めて一緒に遊んでもらうことにした。


 コルディス湖の山小屋にはかなり頑丈に作った鍛冶小屋もある。

 ここで結界を張った上で、水晶竜の鱗をどうするか思案した。

 鱗そのものだけでも魔法を跳ね除ける作用はあるから、持っているだけでも構いはしない。が、せめてネックレスぐらいにはしたいものだ。

 なにしろ一枚が大きい。

 最も小さいものでさえポケットに入れられないのだから。

 というわけで実験を始めた。

 粉々にするのは意外と簡単だった。結界を張った中でアダマス――アダマンタイトとも言うが――この塊を重力魔法でゆっくり押して、下に置いた鱗を潰したのだ。

 粉もキラキラして綺麗だけれど、できれば思うような形に切り取ってみたい。

 それに結構硬いと思っていたが、解体した時よりもずっと扱いやすくなっていた。

 なんとかなるのではないだろうか。

 ただ、爺様の遺産であるヒヒイロカネとミスリルを混ぜ込んだ業物は、細かい作業には全く向かなくてお役御免になった。

 あれこれ悩んで、そう言えば竜人族の里でもらった古代竜の爪があったことを思い出した。

 その中で一番小さく、剥がれ落ちたと言われるものを小刀代わりに使ってみる。

 すると、キィーっと嫌な音を立てながらも、水晶竜の鱗が綺麗に切り取られていった。

「おお」

 力を入れなくてもスッと切れていくので、撫でるように爪の先を動かすとキィーっという音も立たない。

 丸く刳り貫いたり、楕円形に取ってみたりと楽しく作業してしまった。


 ネックレスにするなら紐がいるし、どうせなら水晶竜の革を使おうかなと取り出した。

 ただ、皮が分厚すぎる。

 これをまた力技で鞣すのかあと思ったが、こちらも切り取られて素材になったおかげでやりやすくなっていた。と言っても牛や豚の皮よりはずっと硬かったけれど。

 これを魔法を使ってゴーリゴリと薄く伸ばしていき、ちょうど良い薄さまで伸ばせたら先ほどの古代竜の爪で切ってみた。

「おー、サクサクいく」

 気持ち良いぐらいスパッと切れるので、楽しくていろいろ切ってしまった。

 使いみちのない形のものまであって、ゴミになりそうだ。気をつけなくてはと、慌てて我に返った。


 とりあえず、作り上げる一歩手前まで素材を加工してしまうと、夕方近くになっていたので転移で戻った。


 身につけることになるので、デザインは本人たちに聞いた方が良いだろう。

 考えたら今まで勝手に作って押し付けていたが、センスは良いとは言えないシウである。

 変なものを渡していた可能性大で、シウなりに反省したのだ。



 スタン爺さんの家へ戻ると、クロエはもう帰った後だった。

 居間ではロトスがぐったりしており、どうしたのかと思えば子供たちの面倒を見ていて疲れたそうだ。

「クロエさんとこのリーリエって子、もうハイハイできるしさー。うちの子もすげえ動くじゃん。スタン爺さんと俺だけじゃあ、てんてこ舞いなの」

「うわー、ごめんね、お疲れ様」

 アシュリーはまだ寝返りをうつぐらいで安心なのだが、やっぱり子供は動き始めると大変のようだ。ブランカの時のことを思い出して、シウは苦笑した。

「今は寝てるんだね」

「さっきようやく。スタン爺さんとさ、寝かせるには遊ばせるに限るって、俺超頑張った」

「んじゃ、そんなロトスにお土産を」

「えっ、なになに」

「これ。水晶竜の鱗を加工したんだ。組み合わせてネックレスか腕輪にしようと思うんだけど、形の希望ある?」

「うわ! すっげぇ綺麗。キラキラしてる!」

 彼も希少獣の一員としての本性を持っているようだ。例に漏れずキラキラしたものが好きらしい。

「前に持って帰ってきたでしょ。加工してみたんだ。あとは嵌め込んだりしたら良いから」

「くれるの!?」

「うん。素材自体まだいっぱいあるし」

「やった!」

 俺、こんな形のがいいー、とテーブルの上に並べ始める。

 シウが、水晶竜の鱗は魔法を跳ね除ける力があって、持ってると良いよと何気なく伝えたら、ロトスが手を止めた。

「……もしかして、この間のオーガのことで、俺の心配してくれた?」

「うん、まあ、そうかな」

「シウって、俺に認識阻害かけたりとか結界魔法使えるようにしたり、防御関係すごいよね?」

「そうかな?」

「そうだよ。その上、これで」

「嫌だったの?」

 心配になって聞いてみたら、ロトスはううんと首を振って、それから俯いた。

「えーと。その、アレだよ。……いつもやってもらってばっかでごめん。あ、じゃなかった、ありがとう。俺はこういうのは、あー、言葉思いつかない、つまり」

(有難く頂いちゃうからな! 遠慮はしねえ主義なの、俺!)

「うん、もちろん」

「シウって、本当に甘い。甘いぞ! 昨日食べたチョコパンケーキデラックスより甘い!」

 喫茶ステルラで食べたデザートのことを引き合いに、何やら照れたようだ。

 可愛いので頭を撫でてあげようとしたのだが、同じぐらいの身長になっていたので止めた。

 というか、もしやシウより伸びてないだろうか。

 シウが中途半端に手を出したまま固まったので、ロトスは訝しそうにこちらを見ている。

「どしたの? 甘いって言ったの怒った?」

「……ううん。ただ、ロトスの背が伸びたような気がして」

「マジ!?」

「気のせいかも?」

 嬉しそうに喜ぶのでつい、大人気なく拗ねてしまった。


 最近は早寝して睡眠時間をとっているのになあと遠い目をしていたら、それに気付いたロトスが横にくっついて慰めてくれた。

「シウも伸びるって。俺はほら、聖獣だから。大丈夫だって~」

「そうだよね……」

「てか、シウでも拗ねるんだなあ。新鮮!」

 そう言うと、何やら楽しそうに飛び跳ねてスタン爺さんを呼びに行った。

 聞くつもりはなかったのだが、聞こえてくる。

「おじいちゃーん、俺、背が伸びたみたーい」

 もしかして、慰めてくれたのではなくてシウをからかっているのかもしれない。そんな風に思ってしまったシウである。



 ククールスたちは王都の外の森で一仕事終えて、楽しそうに夕方遅く戻ってきた。

 フェレスやブランカ、クロたちもスッキリした顔だ。

「あの森は大した魔獣はいないが、訓練にはちょうどいいな。人間も多く入っているから神経を使うだろ? 混戦の時には入り乱れるからな」

「その割には楽しそうだね」

「ククールスはギルドで『三級なんてすごいです』って言われて、鼻の下を伸ばしてんだよ。エルフが珍しいらしくって、街を歩いていても声を掛けてくるしね」

「レーネだってモテてたじゃん」

「あたしより弱い男にモテても嬉しかないよ」

「ほほう。姉さん、言うじゃないか」

「あんたに姉さんって言われたくないね。ククールス、あんた、あたしよりずっと年上じゃないか」

「それは言っちゃおしまいよ、ってな」

 二人で和気藹々と笑っているが、相変わらずエルフジョークがよく分からない。

 シウは身長を追い越されたショックから抜け切れていないので、静かに晩ご飯の用意をしたのだった。


 その晩は、パーティー仲間に水晶竜の鱗を身に着けてもらえるよう装飾品に加工すると言って、それぞれ好きなデザインを考えてもらった。

 ククールスは常に付けている火竜の手袋があるので、そこに縫い付けてみた。輝きはやや鈍くして、外からは認識阻害がかかるよう付与しておく。これで水晶竜の鱗であることも、またキラキラして目立つこともないだろ。

 本人が見て格好良く見えるのが一番だ。

 アントレーネは奴隷用の首輪に細工してほしいというので、チョーカー風になったそこへ宝石のように嵌め込んだ。

 ロトスもネックレスがいいというので雫型のものに水晶竜の革紐で留めるようにした。

 フェレス、ブランカも首輪につけてあげ、クロは玉環を装飾するように外側を小さく砕いたもので取り囲んでくっつけてみた。キラキラしていて良い感じだ。

「偵察飛行の時は《隠蔽》って魔法を使ってね」

「きゅぃ」

 最近クロにはこうした魔法を教えている。気配察知もできるようになっているし、身を隠す術も覚えてきた。クロはなかなか優秀なのだ。


 全員が喜んでくれたので、水晶竜の素材の使い道があって良かったなあと安心した。あとはガルエラドとアウレアにもあげようと、こちらは無骨で目立たない形にして渡したのだった。

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