133 人型魔獣への忌避感とロワル王都ぶらぶら
アントレーネも迎えに行き、すぐ転移で連れて戻ったが、ロトスはまだ呆然としていた。
ただ、吐き気などは見られないし、目を逸らすこともなかったのでその場で待ってもらうことにした。
「オーガの解体やったことある?」
アントレーネに質問すると、彼女は軽く頷いた。
「あるよ。これは良い金になるからね」
角や睾丸などは特に高く買い取ってもらえる。ククールスも、手伝うと言って解体を始めた。
「ロトスは気持ち悪かったら見てなくていいよ」
「……ううん、見る」
人型への忌避感はシウにもよく分かる。幼い頃はもしかしたら仲良くなれるのではと思ったこともあるのだ。
この世界の人は生まれながらに魔獣への恐れと討伐意識が刷り込まれているようだが、前世の記憶を残しているとどうしても甘い部分が残ってしまうらしい。
だからロトスの気持ちは痛いほど分かるのだが、爺様がシウにしたように、心を鬼にしないといけない。
「オーガはね、人を攫って食べもするし、女の人は子供を生ませるために使うんだよ」
「うん」
「オークもそうだね。苗床になっちゃうから、生かしていたらダメなんだ」
「うん」
「人型と戦うのは怖いと思うけどね」
「うん」
そのうち、そうっと近付いてきて、傍でジッと見始めた。
シウは笑って、肘で少し彼をつっついた。するとロトスも照れ臭そうに体ごと寄せてきて、なんだよーと笑う。
「良かった」
「何が?」
「なんでもない。僕は、小さい時は爺様がスパルタだったし、僕は僕で頑固だったから大変だったんだよ」
「そうなの?」
聞きたそうにしたので、解体しながらシウが幼い頃にやらかしたことを披露した。魔獣を飼おうとして指を食べられそうになったことなどだ。
すると、同じく黙って聞いていたククールスとアントレーネが、ものすごく呆れた顔でシウを見てきた。
最後に一言、こうも言った。
「シウ、お前ほんとマジでヤバいな。爺様がいて良かったな!」
「シウ様、変わってると思ってたけど小さい頃からそうだったんだね。よく魔獣を育てようなんて思えたものだ。普通は本能で拒否するもんだよ。魔獣は魔獣、希少獣や他の獣とは別なのに」
「あ、うん、そうだね」
だからこそ爺様にオークの巣へ連れて行かれ、攫われ蹂躙されたであろう人々の末路を見せられたのだ。
「爺様って人も、そこまでやらないと分からないシウには手を焼いただろうな~。俺の方がまともな気がする」
「えっ」
「あ、ごめんね! でもシウのおかげで、俺、理解したし。ありがとう!」
「あ、うん」
ロトスがスッキリした顔でお礼まで言ってくれたのだが、でもなんだか釈然としないシウなのだった。
その後、オーガ相手にあっさり戦って勝てたのは何故だ、という話になった。
考えられるのは、そもそもシウには威圧が効かないということがひとつ。
ロトスはオーガの威圧を感じて恐れたフシもあるので、それを聞いて納得していた。
「あとは、スタンピードの発生時に対応したことがあるからかなあ」
「あ、そういやそんなこと言ってたね」
ロトスは以前シウが話したことを覚えていたらしく、気軽に口にして、それから段々と顔を顰めていった。
「ねえ、スタンピードって、俺の想像する以上のことかな、もしかして」
質問はシウにではなく、ククールスへ向けてだった。
彼は肩を竦めて、苦笑した。
「たぶん、お前の想像するよりももっとずっと上のことだと思うぜ」
「マジか」
「あたしなら、絶望するだろうね」
「俺だって絶望するわ」
「マジか」
「キリク様が『隻眼の英雄』って呼ばれる理由が、分かるか?」
「え、若気のいたたり、じゃなかった【中二病】?」
「なんだそれ。まあいいや。あのな、あの人はスタンピードへ恐れることなく自ら突っ込んでいって、しかもそれを解決しちまうからだよ。本職の冒険者顔負けってことさ。あの人がいるなら助かる、っていう目安にされてるほどだ」
「あれ、てことは?」
「そうだよ。こいつ、手柄をホイホイ手放すからあんまり知られていないけど、普通スタンピードの発生時に抑え込みをやって、その後も解決までの手助けをしてるんだ。あれほどの規模ならもっと時間がかかっていたはずだって、オスカリウス飛竜隊の騎士が言ってたぞ」
「マ・ジ・か!」
ロトスがシウを、変な奴! みたいな目で見るので、いたたまれなくなってきた。
「威圧効かないっていうか、鈍感だからな。シウの言うこと、あんまり鵜呑みにしてると痛い目みるぞ。言っておくがアルウェウスのスタンピードは『サタフェスの悲劇』レベルになってた可能性大だから」
ロトスにもサタフェスの悲劇については話して聞かせたことがあるので、ほぇー、と変な声を上げて驚いていた。
「……そう言えばアルウェウス、来年にはもう本格稼働だって」
「そうなのか?」
「うん。キリクが言ってた。だから、来年あたりから手数料が今より多く入ってくるとかなんとか」
「おー、発見者権利だな。いいなあ、働かなくても金が入ってくるって」
またキリギリス的発言をするので、シウは笑ってしまった。
ロトスは意味が分からなかったようなのでいろいろ説明してあげた。
ようは、スタンピードを発見した人間に、その後の権利が発生するということをだ。
「地下迷宮に整備し直せたからだけどね。その売上の一部を毎年くれるんだって。その代わり運営は全部国にお任せしたんだけど」
「……それ、領地としてもらっても良かった案件?」
「うん。でも面倒でしょ?」
「そうだけど!」
(ていうか、シウ、マジでチートじゃねえか! なんなの、これ! 俺もチートやりたい!)
「だったら、オーガも倒せるようにならないと」
「ううう。シウがいじめる……」
「大丈夫だって。ロトス、魔力量すごいし、センスはあるんだから」
「ううう、頑張るぅ~」
みんな笑って、それからロトスを慰めた。
シウにとって、ヒュブリーデアッフェやトイフェルアッフェといった猿型の上位魔獣と戦ったことがあるので、オーガは大したことのない相手だった。
そもそも最初にスタンピードに遭遇した際にも大量に見かけたし、あの時は地竜のせいで急激な進化を遂げたインペリウムオーガもいたほどだ。
それに比べたらハイオーガなど、赤子のようなものだった。
が、それに慢心していて、初心者の頃のことを忘れていた気がする。
確かに幼い頃はゴブリンなどの人型魔獣が怖かったはずだ。
爺様のスパルタ教育ですぐ麻痺していったが、初心忘れるべからず、である。
その日はミルヒヴァイスの縁をなぞるように、縦断する形で見回りを強化した。
転移も使ったが、ほぼフェレスとブランカ、そして飛行板に乗っての移動だ。
赤子たちも連れて行ったが特に恐れることもなくキャッキャと手を叩いて魔獣との戦闘を見ていた。
アントレーネいわく、
「少し早いが、あたしたちの集落では普通のことだよ」
と、幼いうちから過酷な状況を教え込む、というような話を聞かされた。
だからなのか、あるいは獣人族だからか、肝が座っているのだろう。
シャイターン側まで行って遅くなったので、帰りは転移で戻った。
またコルディス湖の山小屋で泊まることにする。
ここに温泉を引いて良かった。元々景色を気に入っていたが、温泉があることでなんだか過ごしやすい場所となったのだ。
なので、爺様の土地のようにいつか正式にここを譲り受けたいものだ。
金の日はロワル王都へ戻ることにして、ベリウス家の中庭に転移した。
いつもはシウの借りっぱなしの部屋に移動するのだが、ブランカも大きくなってきているし何より大人数だ。一般家庭の部屋への転移は、転移した後の圧迫感がひどいので止めている。
ククールスはロワル王都で観光したいと言うし、アントレーネたちにも見せてあげたいので一日かけて案内することにした。
ロトスは以前も来ているが、いかにもヨーロッパ調の石畳や建物といったロワル王都は何度見ても感動するらしく、ワクワクとした顔で付いてきた。
まずは観光になるかどうか分からないが中央地区の公園巡りをしながら、近辺の店を案内する。
「あのあたりは高級服店だよ。宝石屋さんもあるし、魔石専門店に、装飾品関係と並んでるね」
「おー、高そうだ」
「靴の専門店もあるのかい。へえ」
「冒険者用のはもう少し南寄りにあるかな。でもここは作りが確かで、注文制作してもらえるはずだよ」
「シウ、作ってもらったのか?」
「ううん。学校時代の友達がここで買うって話していたから」
「へえ」
広場には屋台が出ており、冷たいジュースなども売っていたので休憩がてら購入して飲んだ。
「おっ、冷たいな」
「でもシウ様の作るジュースの方が美味しい」
「だよねー。俺もそう思う!」
「……そういうことはお店の前で言わないようにね?」
シウが指摘すると、はーいと全員賢いお返事だ。店の人には聞こえていないようだったが、失礼な話である。
他にも、劇場や移動遊園地が開かれている公園などを案内して回った。
昼はやっぱりオリュザで食べた。ドランは新しい面々を見て「毎回連れてくるのが違うな」と笑っていた。
午後はギルドへ寄ったり、西中地区の道具屋や鍛冶屋を巡ったりもした。ククールスとアントレーネはこちらの方が楽しかったようだ。
アグリコラの勤める店にも行って、しばらく作業を見させてもらったりした。
親方はシウに、新しい何かがあったら言えよ作るからな! と、気さくに声を掛けてくれた。アグリコラもシウの作った《印字機》に発奮して、鍛冶以外の発明をしては楽しんでいるようだった。
アグリコラとククールス、アントレーネはすぐに打ち解けて、それぞれの得物について語り合ったりしていた。
話が長引きそうだったので、シウは一度カッサの店へ顔を出してくると言って、離れた。
ロトスやフェレスたちと一緒にカッサの店で十分遊んで帰ってきたのだが、それでもまだ三人とプラスして親方や他の面々も巻き込んで、武器について語り合っていた。
結局、そのまま居酒屋まで行くことになり、スタン爺さんたちにはご飯は食べてくると連絡することになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます