132 遊びと訓練と恐怖




 リグドールは卒業できそうなので、今は論文書きを必死になってまとめているそうだ。魔法省への見学もしており、アリス共々、秋の試験を受けるとか。

 学生時代に提出している論文に目を留めてもらっているそうだから、試験を突破すれば研究方面へ行けるかもしれないと期待に胸を膨らませていた。

 ただ、鈍らないように休みの日にはなるべくギルドの仕事を受けて、レオンともこうして森へやってくるそうだ。

 魔法の研究にも良いヒントとなって、現場へ出ることは大事だと思っているらしい。

 二人共真面目に頑張っており、シウよりよほど冒険者らしかった。




 翌日は転移でコルディス湖へ向かった。

 ククールスやアントレーネとの森の中の連携も問題なく進み、ブランカもパーティーの一員として立派に動けるようになっている。

 特に騎獣レースを観戦してからというもの、動き方ひとつとっても意味があるのだと悟ったようで、懸命に他の先輩方の動きを再現しようと頑張っていた。

 騎獣レースでニクスレオパルドスは見かけなかったが、同系統のレオパルドスは多く出走しており、ためになることも多かったようだ。

 後半、彼女だけの訓練も行った。

 レースに出たいのならそれなりの練習も必要だからだ。

 後ろから追い上げる役をやってくれたフェレスも楽しそうだった。

 彼等は獲物を狙って追うのが好きな性分だし、楽しいのは分かる。

 よって、追われる側となったブランカは必死に走り回って逃げていた。


 クロも自主訓練として空を飛び回って独自の飛び方を編み出していた。

 彼の場合は飛竜レースでヒントをもらったようだ。

 特に調教レースの独特な様子に、感銘を受けたらしかった。

 でも、捕らえられた宇宙人みたいな格好で、動かずに落ちてくるというのはどうかと思う。クロ的にアレは大変良かったらしいのだが、シウとしては微妙だったのに。

 まあ、ロトスもククールスもゲラゲラ笑って楽しそうだったし、クロ自身も上手くいったと胸を張って(?)いたから、それでいいならいいのだが。



 温泉もあるので、夕方にスタン爺さんを転移で連れてきて一緒に入り、みんなで泊まっていった。

 スタン爺さんも、たまには若夫婦だけでのんびりすれば良いじゃろうと、泊まりを楽しんでくれた。

 もっともエミナのことだから、赤ん坊の世話もあって案外大変だったかもしれない。

 それぐらいスタン爺さんは現役バリバリで万能なのだった。



 翌朝はスタン爺さんを交えて水遊びだ。

 みんなでカヌーや船を出して釣りをしたり、下流域ではスライム狩りもした。

 スタン爺さんが頂上を見てみたいというので転移で連れて行ってあげたりもした。

「あそこに一冬草があるんだよ。最近、増産に成功して、今この一帯に根があるんだ」

「ほう、そりゃまた」

「冬になればまた採取できるからね」

 などと説明して、スタン爺さんを呆れさせた。


 昼からは爺様の家に転移で戻って、シウの生まれ育ったところを見てもらう。

 爺様の家はイオタ山脈にあるので魔獣も多く、ククールスとアントレーネ、ロトスやフェレスたちは早速訓練がてら山を巡ってくると出ていった。

 その間、シウはスタン爺さんに小屋の中を案内したり、畑を見せたりする。

「ずっと空けていたんだけど、ロトスが植えたいっていうし、最近は畑を広げてるんだ」

「ほうほう。なかなか上手く育てておる」

「だよね。こっちの豆はもう採り頃かな」

 枝豆はスタン爺さんも大好物なので、嬉しそうに顔を綻ばせていた。黒枝豆も上手く育っており、追肥もしっかりしたので秋が楽しみだ。

 ロトスが植えたナスやトマトもできており、瑞々しい。きゅうりもあるので、もぎたてをザルに入れて近くの小川で冷やすことにした。

 この辺り一体に結界を張っているので魔獣は入ってこない。そのため、小屋周辺はのんびりしたものだった。


 だから帰ってきたククールスの発言で、少し驚いた。

「え、オーガの集落が?」

「まだ小さいがな。と言っても、このメンバーじゃ無理だと思って帰ってきた。あいつら賢いからなあ。群れだと、ちょいと厳しい」

 オークやオーガは知能があるので、他の魔獣と違って厄介なのだ。

 岩猪が群れになっていてもククールスなら問題なくやれるが、知能のある相手は人の裏をかく。

 撤退したのは良い判断だ。

 そして、相手に気付かれずに撤退できたのも、ククールスが指揮しているからこそだ。アントレーネがいたことも良かったのだろう。

 一緒に行ったロトスは、ブルッと体を震わせていた。

「あんなの、怖くて戦えないって」

「聖獣でもそう思うんだね」

 オーガなんかよりずっと魔力量も多く、強いはずの聖獣だ。けれど、まだ小さいせいか怖いらしい。本当はロトスの方が何倍も強いのに。

「大丈夫だよ。明日、片付けるから」

「またえらく簡単に言うよな。ま、シウだったらできると思うから、戻ってきたんだけどな」

「でも油断大敵だからね。慎重にやるけど、ロトスは今後のこともあるから一緒に行ってほしいかな」

「うぇー。……でも、うん、分かった」

 魔法の使い方も本格的に学んでいかなくてはならないので、本人も了解した。

 とりあえず、今日のところは帰ろうということでコルディス湖へ転移した。

 温泉に入って、スタン爺さんだけ家へ送っていく。

 するとエミナが待っており、ものすごく大袈裟に彼の帰りを喜んでいた。

「お爺ちゃん! やっぱりお爺様は偉大です!」

「なんじゃなんじゃ。これ、エミナや、そんなにくっつくでない」

「だってー」

 半泣き状態で彼女が言うのには。

「お客さんに質問されても答えられなかったの! あとアシュリーが泣き止まないの!」

 なんだかいろいろあったらしい。

 スタン爺さんは苦笑しつつも、ひとつひとつに答えて、もっとしっかりしなくてはいけないと諭していた。でもその顔は嬉しそうだったので、頼られて嬉しい気持ちもまたあるのだろう。

 シウはそっと離れて、転移で小屋へと戻ったのだった。




 オーガの集落は迷いの森とも呼ばれるミルヒヴァイスに近い、イオタ山脈の端にあった。

 奥深いので人里から離れているが、その分、ここに集落を作られるのは困る。人知れず大きくなる可能性が高いからだ。

 集落が大きくなるとミルヒヴァイスへ入れるようになるかもしれず、しかし、そこへの立ち入りは何であろうと許されない。

 シウはその役目を爺様から受け継いでいないが、狩人の里から話は聞いているし、ハイエルフの一派ゲハイムニスドルフが今もなお人々の平穏を守ろうと頑張っていることは知っている。

 ミルヒヴァイスには危険な『存在』を封印した場所が二つ存在しており、そこを守るために彼等は今でも信念を持って戦っているのだ。

 であるならば、イオタ山脈に住んでいたシウが少しでも助けになるよう働くのは当然のことだった。

 もっともそれ以前に、魔獣は倒せるものならば倒すのが鉄則だ。

「ほっといたらダメ?」

 と、こわごわ聞いてくるロトスを宥めるために、冒険者とは何かを説明した。

「魔獣は本性が悪辣であり、人を食べる生き物なんだ。見付けたら殺す、が鉄則なんだよ」

「それは分かるけど。あれ、本当に怖かったんだって」

「うーん。人型だったから?」

「……それもあるかも」

「そっかあ。確かに、オークよりオーガの方がずっと人っぽいね」

 まだ子供だからどうしようか悩んだが、アントレーネがロトスの前に膝をついて、言い聞かせるように話を始めた。

「怖くても、立ち向かわねばならない時がある。それは魔獣相手ではなく、人が相手の時でもだ。ロトス様、あなたは聖獣だから本当は強いし、上に立っていられる存在だ。あなたに勝てる相手などほとんどいないだろう。でも、決してないとは、言えないんだ。その時、あたしたちがそばにいたらいいけど、いなかったら?」

「うん……」

「怖くても、立っていられる勇気を、どうか――」

 ぎゅっとロトスの手を握って、アントレーネは続けた。

「あたしも何度も怖い思いをしてきた。嫌な目にも遭った。でも、今がある。助けてくれる人もいた」

 そこでシウを振り返って見つめ、それからまたロトスを見て微笑む。

「大丈夫。今なら助けてくれる人がいるから」

「……うん。分かった」

「あたしの子供たちも一緒に行くんだ。だったら、大丈夫だって、分かるよね?」

「まあ、それはどうかと思うんだけどね」

 連れていくと言ったシウに、ロトスだけは渋い顔をしていた。

 シウもちょっと悩んだのだが、念のためアントレーネには転移石を渡しているし、結界も施すつもりだ。

 何事も万全ということはないから、当然オーガたちに気配察知されない場所で待機してもらうが、現実にオーガを見てしまったロトスはものすごく恐れているようだった。

 シウは戦ったことが何度もあるので気楽すぎるのかもしれない。

 彼の姿を見て、気を引き締め直すことにした。


 全方位探索を強化して、転移は少しずつ行った。

 いきなり飛んでしまうと怖いだろうと気を遣ったのだ。

 かなり手前でアントレーネと赤子を背負ったブランカを残し、結界を張る。崖になったところからなので遠見が使えれば見える範囲だ。アントレーネには魔道具を渡したが、彼女は探知能力でなんとなく分かると言っていた。

 彼女には、念のため辺りを探索しながら待っておくよう指示した。

 そうしてククールスとロトスをフェレスに乗せたまま、転移する。

 上空に待機して、クロを辺りの警戒に回すと、シウはそのまま集落の真上まで行く。

 飛行板を使っていたが、気配は消したままだ。

 なので、オーガには気付かれていない。

 シウは全方位探索でオーガの数を把握しながら、一気に空間壁を作り上げた。

 これで撃ち漏らしはないはずだ。

 風の揺らぎがなくなったことに気付いたのか、オーガが一匹二匹と岩穴から出てくる。

 周囲を警戒していたが、何もないと分かると今度は奥へ駆け込む。上位種のオーガを呼んだらしい。

 ハイオーガが出てきた。

 すぐにシウの存在に気付いて、人間から奪ったと思われる剣を手にした。

 そしてググッと足に力を入れ、飛び上がってくる。なんて脚力だと思うが、こちらは飛行板だ。すいっと避けて塊射機で撃った。直前で魔核転移したので撃つ必要はなかったのだが、ロトスに戦い方を見せたかったのでそうした。

 ハイオーガが動きを止めて、そのまま落下すると、残りのオーガたちは右往左往しながらも槍を持ってシウを追い払おうとした。

 逃げずにそのまま突入していく。旋棍警棒を片手に、もう一方には鉈を持って。

 旋棍で引っ掛けて、転んだところを鉈で狩っていくのだ。


 途中からオーガたちは近接するのがまずいと知って逃げかけたが、逃すつもりはない。塊射機で残りは動きを止めた。

 岩穴には燻し用の薬玉を放り込み、出てきたオーガは全て塊射機で仕留めた。


 全部終わって合図したら、ロトスは呆然とした顔で地面に降り立った。

 ククールスは呆れた様子で笑っていたが。

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