129 寂しいアマリアとアロイスの財産
土の日になり、キリクたちが慌ただしく出発していった。
飛竜隊の半数が主人に付いていく。
残りはアマリアと共にロワル王都へ一度帰る。それらに、飛竜隊以外のオスカリウス家人員も便乗するようだ。
キリクを見送った後、シウはアロイスの家に予定通りお邪魔してもいいか連絡を入れ(こういうことは宿の家僕などがしてくれる)、返事待ちの間は朝の訓練を行うことにした。
途中アマリアも参加してきたのでククールスはサボるにサボれず、渋々頑張っていた。
アマリアはキリクを見送って寂しくなったのだろう。
シウたちが騒いでいるから覗きに来て、裏庭で遊んでいるように思ったらしい。
体が鈍っているから鍛えているんだよと教えたら、彼女はその場でゴーレムを作ってシウたちの訓練に付き合ってくれた。
「うひゃー、すげえ!」
「……こ、こんなことができるのかい、土属性の魔法使いって」
アントレーネも呆気にとられて出来上がったゴーレムを見上げていた。
しかもこれ、動くんです。
「アマリアさん、結界を張っているから、動かしていいよ」
「分かりました。では、『素早さ一つ』から始めますか?」
「うん」
アマリアと、移動の早さ基準を決めていたので暗号めいた会話になってしまったが、ククールスが問うてくる前に彼女は動かし始めた。
式紙を使わずとも、彼女自ら作り上げたので動かすのは簡単だ。核となる大きな魔石も利用しているため動力も問題ない。
五メートルあるゴーレムがスムーズに動き始めると、フェレスもブランカも喜んで飛び回った。クロは上空で旋回中だ。
「うわわわっ」
「こっ、これは、これが本当にゴーレム?」
「ほら、二人とも逃げないと。潰されちゃうよ」
シウが声を掛けると、二人はハッとして身を翻した。すぐさま迎撃体制に入り、背負った飛行板の確認もしている。
やる気になったようでなによりだ。
それにアマリアも笑顔になって輝いてきた。
裏庭を覗きに来た時は少し沈んでいたのだ。
あれだけべったり一緒だったのだから、少し離れたぐらいでどうということはないと思うのだが。
こっそりアマリアの侍女ジルダに聞いてみたら、可哀想な子を見る目で返された。
「それが恋というものです。……シウ様はまだまだ子供なのですねえ」
「えっ」
「確かに毎日あまーいおふたりを見ておりますと、こう、力が抜けることも多うございましたが。お嬢様がお幸せなのですから多少は我慢しませんと。それに恋をしているのです。そんなものですよ」
「そ、そうなんだ」
「いつかお分かりになります。ええ、たぶん、いつか」
そうだといいけど。
前世で恋というものは、幼い頃にしたようなしてないような感じで終わったものだから、未だにピンと来ない。
まあなるようになるだろう。
とにかく、アマリアが元気になって良かった。
訓練場と化した裏庭はすごいことになっているが、良いのである。
午後、返事が届いたので早速シウだけアロイスの家へ行くことになった。
興味のないパーティー仲間たちは自由にしてもらうが、ロトスやフェレスたちは必ず誰かと一緒にいるよう約束させた。
ローゼンベルガー家へ到着すると、アロイスと甥の奥さんが待っていた。シウは魔法使いだし魔法袋の所持者でもあるから手伝いは要らないと言ってあったから、甥の館長は図書館でお仕事中だろう。
「こちらへ来なさい。皆が片付けてくれたのでな。わしも歩けるようになったが、気をつけるように」
「はい」
倉庫に入ると、壁一面に本がぎっしり詰め込まれていた。
「すごい……」
「本は財産だ。大事にしてきたが、古いものはやはり扱いが難しい。シウのような者でなければ受け継げないだろう」
「本当に、頂いて良いのですか?」
「わしの遺産を受け取れるのは、おぬししかおらんよ。甥も、その息子たちも、怯んでおったからな。まあ半分以上は扱いに困っておったのだろうが」
本は管理が大変なので分かる気はする。
シウは正式に引き取るなら相応の金銭で取引したいと言ったのだが、前回もそうだが今回も頑として聞き入れてくれなかった。
この本の価値の分かる者に、引き継ぎたかったのだと言われた。
シウも、誰かに渡すならお金など関係なく、引き継いでもらいたいと思うだろう。だからその気持ちが痛いほど分かる。
「でしたら本当に頂きます。研究に活かし、宝とします」
「うむ」
本を片付けるのは五分とかからなかった。
お茶を淹れましたから先にどうぞと呼びに来た奥さんは、倉庫内を見て唖然としていた。
本宅の客間で、シウはアロイスとお茶をしながら本の話、筆耕屋としての話を聞いた。
「ふむ、それでは、ゾイマーが本名ではないかもしれないと言うのかね?」
「だって子供に『鈍感』とか『のろま』って意味の名前を付けますかね」
「今の時代でも妙な名付けはあるがね」
「でも当時はゾイマーって言葉に意味がありましたよ。あと、系譜。魔法使いの系譜を調べていたら、彼、両親は名のある貴族の出です」
「そこまで知っておったか」
「あ、ということはアロイスさんも!」
「わしがゾイマー偽名説を唱えたら、作者と意見が食い違ってね。よく言い合いをしたものだ」
懐かしそうに話し、作者たちとの交流についても教えてくれた。
ゾイマー=アルバトロスは古代帝国時代の偉大なる魔法使いと呼ばれ、大賢者の異名を持つ。だから彼を題材にした本も数多くあるのだ。
竜人族でシウの友人でもあるガルエラドでさえ大賢者のことを知っていた。もっともそれは、ゾイマーだと思われる人物が竜人族と関わりがあったとされるので、知っていたのかもしれないが。
とにかく、それほど有名な人だ。
調べる人も多く、筆耕屋として名を馳せたアロイスも資料をよく読んだそうだ。
作者によって考察が違ってくるので面白かったり、はたまた荒唐無稽すぎてついて行けなかったりと、いろいろあったらしい。
最初は無口で厳しいお爺さんかと思ったが、話すうちにどんどん面白い話題を提供してくれる。
「本当に楽しいことだ。人生の最後に、おぬしのような者に会えて本当に良かった」
「僕こそ、尊敬するアロイス=ローゼンベルガーさんに会えて最高に幸せです」
「そうかそうか」
「またお会いしたいので、人生の最後はまだ先にとっていてくださいね」
「……ふむ。では、それまで頑張るとしようか」
最後に握手をして、彼とは別れた。
辞する時に、奥様からはとても感謝された。
是非また来て欲しいと手を握られて。
「お義父様があれほど楽しげにしておられるのは珍しいことなの。それにとてもお元気になられて。こちらへ来てから随分気落ちされていたものだから心配していたのよ。本当にありがとう」
「いえ。でも、じゃあ遠慮なくまた来ますね」
「もちろんよ」
「今度はうちの子たちも連れてきて良いですか?」
「そう言えば、騎獣をお持ちなのね? ええ、もちろんよ。ぜひ会ってみたいわ」
彼女ともにこやかに握手して、屋敷を後にした。
途中、図書館にも顔を出した。館長は気さくな様子で手を振って、またね、と言った。お客さんが入っており、にこにこと笑っている。
とても気持ちの良い雰囲気だ。
この図書館が長く運営されたらいいのになと思う。
宿へ戻ると、シウはカルガリやサーリに抱えられて彼らの部屋に連行された。
「どうしたの?」
「いやなに、ちょっとね。企み事」
「ふうん」
「驚かないなあ。賭の時も驚かなかったし」
「オッズの話ならそんなものかなと思ったもの」
シウとフェレスが優勝するとは思わなかったらしいので、倍率が凄かったのだ。ひとり勝ちした者も、冗談半分だったので掛け金自体は低かった。よって夜みんなと飲み歩いて無くなってしまったそうだ。
「カルガリたちはデルフに行かなかったんだね」
「ああ。騎獣隊や、後方支援部隊はロワル経由で領地へ戻ることになってる」
「カナルとルコも?」
「そうだ。あ、それで思い出した。カナル、キリク様に愚痴られてたぞ。なんで見付かるんだよとかなんとか」
「あはは」
忙しかったので一瞬で済んだそうだが、ねちっと言われたそうだ。
部屋には二人しかおらず、周囲では騒がしい音だけがしていたが、一向に誰も入ってこない。企み事の割にはおかしいなと思っていたら、シーティーがやって来た。
「用意できたぞ」
「お、じゃあ行こうか」
連れて行かれたのは大広間で、食堂代わりだから普段はテーブルや椅子を置いているのだが端に寄せられていた。
どうしたのだろうと思っていると、上座の壇上にオリヴィアがいた。
他にスパーロとグラシオがいる。
スパーロは騎士隊隊長で、主に人間を守る方の仕事だからてっきりキリクと共にデルフへ行ったと思っていた。グラシオは騎獣隊隊長なので残っているのは分かるが。
「スパーロさん、こんなところで何してるんですか?」
「キリク様からの指示だからな」
「はあ」
「後から追いかけるさ。お前さんは気にしなくていい。さて、と」
会場をザッと見回すので、シウも自然と振り返った。結構な人数が集まってきている。
中にはククールスやロトスたちもいて、観光から戻ってきたようだ。
夕飯には早いしどうしたのかなと思うと、アントレーネが戦士としての正装姿、つまり革鎧を付けて近付いてきた。腰には愛用の大剣ではないものを差している。
「聞けば、アントレーネはシウを主として仕えたいと思っているそうじゃないか」
「ああ、それで」
誰かが、やっぱり驚いてないぞ、と言っていた。でも十分驚いている。まさか本当にするのかと。
「ゴホン。つまり、それなら、ここ、騎士の多くいる前で正式に騎士の誓いを立てたらいい」
「と、キリクが言ったんだね?」
「そういうこと。で、オリヴィア様もそういうことならと仰っていただいてだなあ」
「ええ、わたくしも微力ながら、立ち会い人として見守りたいと思いましたの」
オリヴィアはにこやかに微笑むと、アントレーネに視線を向けた。
「彼女の真摯な思いも聞きましたわ。あなたへのひたむきな心も。騎士として仕えるのに、十分な心構えでした。あなたは、どうかしら? 彼女の主となる勇気はあって?」
そんなもの、ありはしない。
けれど、断る勇気もありはしないのだ。
主として常に正しい道を進める自信などないが、ただ、彼女やその子供、そして周りの人たちを守りたいと思う気持ちは本物だ。
だったら、答えはひとつしかない。
「勇気を持って、受け入れます」
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