128 情報交換と料理屋台と時々オカン
その後やって来たエラルドとファヴィオも、キリクと情報交換した後にシウを応援して帰っていった。
エラルドは、
「シリルがいるからなあ」
と、何の代名詞なんだと思うようなことを言っていた。
シリルの妻アマンダもオスカリウス家では恐れられているので、この二人は最強夫婦なのかもしれない。
ハヴェルは午後の予定だったのに少し早く来てしまった。
面倒くさかったわけではないだろうが、キリクは客間ではなく広間に通していた。食堂代わりにしている広間だ。
そしてシウはそこで、やりたい放題やっていた。
「お、ちょうど良い。ハヴェル殿、こいつの作ったものを食べていってくれ」
「は?」
「こいつの作るものは美味いんだ。うちの奴等はみんな胃袋を掴まれててな。今回はレースに参戦するからってあまり料理してなかったもんだから、シウ、どうせ頼まれたんだろう?」
「あ、うん」
仲良くなったカルガリや、賭けの元締め後方支援部隊隊長シーティーとその部下サーリなどにお願いされたのだ。
賭けの対象として立派に働いたシウは、元締めたちから褒め称えられ、献上品ももらった。売上の一部とアクリダとアルウス地下迷宮の地図だ。
シウならアルウスの最下層まで最速で行くのではないかと、公開されている分の地図全部をくれたのだった。
ぜひともキリクの持つ記録を破って欲しいと言われてしまった。たぶん、それでも賭けをする気なのだろう。
「で、今日は何を作ってるんだ?」
「ウニのパスタ、イカ焼き、アジのフライ、枝豆の塩茹で、ナスの味噌焼き、ピーマンの肉詰め、えーと――」
「分かった分かった。とりあえず、持っていっていいか?」
「どうぞ」
シウの横ではロトスも手伝っており、早速トレイに小皿を乗せていってくれる。
「お、偉いな。お手伝いか」
「うん。これね、お酒のツマミにも合うよ」
「だろうな」
そう言って、昼間からお酒片手に飲んで食べてと騒いでいる部下たちを見やり、苦笑する。ロトスも内心では大笑いしていた。
「ありがとよ。こっちの御仁にも渡してやってくれ」
「はーい」
ロトスは可愛い顔でにっこり笑いかけて、嫌いなものないですかー? と聞いている。
ハヴェルは顔を赤くして、あわあわしながら「ない!」と叫んで受け取っていた。
去っていく姿を見て、ロトスがそそそとシウに近付き耳打ちしてくる。
「なあ、あの人【ショタコン】じゃないよね?」
「え、なんで?」
「だって、俺の顔見て顔赤くした」
「……ロトスが可愛いからじゃないの。フェレスもそうだけど、黙ってたら本当に可愛いもんね」
「シウって、何気にひどいよね?」
「え、そう?」
「うん。そんなシウも好きだぜ」
「ありがと」
話をしている間も次々とやってくるので、ロトスはそのうち、
「俺、大人になったら屋台やるんだ」
と呟きだしてしまった。
疲れてるならもういいよと言ったのだが、最後まで手伝うと言って頑張っていた。
ククールスは騎士たちと飲み比べをしており、アントレーネも美味しい美味しいとびっくりするぐらい食べていた。
作っているシウは見ているだけでお腹いっぱいになり、ロトスも最初に少しつまんだだけで止めていた。
食事作りが終わると、キリクに呼ばれてハヴェルたちとのテーブルに座った。
「昨日は話せなかったが、シウ殿の作った《落下用安全球材》にはとても助かっている」
「あ、はい。え?」
「昨年、失礼な態度を取ったこと、申し訳なかった」
「いえ」
どうも昨年のことを謝っておきたかったらしい。律儀な人だ。
「使い勝手はどうですか? って、ああ落ちたらダメなのか」
「いや、何人かそれで助かっている」
「何人も落ちたんですか?」
びっくりしたら、隣でキリクがそういうもんだと気楽に笑う。いや、笑い事じゃない。
「竜騎士って、そんな落ちるものなの?」
「落ちるぞ。特に新入りはな」
やる気が漲りすぎて、突っ走ってしまうそうだ。
「若いのは特に逸り過ぎるんだ。抑えるのも大変でな。そういう奴にはちょうど良い薬だ」
「でも落ちたら命にも関わるだろうに」
「訓練中は念のため魔法使いを配置したり、騎獣を監視に使ってるから怪我程度でなんとか済んでいたぞ」
えー、と半眼で見つめたら、キリクは肩を竦めて鼻で笑う。
そしてハヴェルを見て、そっちも同じだろう? というように視線で問いかけた。
「わたしのところも似たようなものだ。というか飛竜乗りになるような人間は多かれ少なかれ、無茶をするものだ」
自分を含め、と自嘲気味に笑う。
「年に数人はどこかしらで飛竜乗りは落ちて命を失っていた。こうした安全魔道具のおかげでどれほど助かっているか」
その話を聞いて、ここへ来る時に出会った飛竜同士の事故を思い出した。
キリクにもチラッと話していたが、ついでなので詳細に話す。
すると、二人とも苦々しい顔になってしまった。
「よく無事で。君は相当強い魔法使いなのだな」
「こいつは魔力量は少ないが、魔法を工夫して使うことにかけちゃ右に出る者はない」
何故かキリクが自信たっぷり自慢して、シウは苦笑した。
ハヴェルも少し笑顔になる。が、すぐさま真面目な顔になった。
「だが、その怪しい男たち、大丈夫なのか?」
ハヴェルの質問に、キリクも頷く。
「代理出走の騎乗者にも上があれば下もあるからなあ」
「予選には強制退場になった者もいたらしいと聞いたのだが」
「ああ、本当だ。俺も夜会で聞いただけだが、大会委員も問題にしている」
キリクは他にも気になることなど、ハヴェルと話し合っていた。
シウも時折会話に参加しながら、飛竜についてや大会のことなどたくさんの話を聞くことができた。
ハヴェルが帰る間際、もじもじしながらシウを見るのでどうしたのかと聞けば、
「先ほど食べた、豆が美味しかったのだが」
と言う。かなり気に入ったらしい。
キリクも、そう言えばアレは美味しかった、と思い出し笑いをする。お酒飲みは大抵そういうので、シウはお土産として現物とレシピを渡してあげた。
「シャイターンの一部地方で食べられていますが、豆類だからフェデラルでも育てているはずですよ」
簡単だし、二次加工が必要ということもないからオススメした。
ただ、何事もそうだが、食べ過ぎは禁物だ。一種類のものだけ食べるという方法はよろしくない。枝豆も摂取が過ぎれば下痢になったりする。
そして枝豆に限らず、そういうことがあるので念押しはした。
「もちろん、お酒の飲み過ぎも良くないですよ」
「あ、ああ、分かった」
「お前は乳母みたいだな」
「乳母って。え、こういう注意は乳母がするものなの?」
「そうだろ? アンナもそうだったぞ。ハヴェル殿はどうだった?」
「そう言えばわたしの乳母もあれこれと小うるさかった」
「小うるさい……」
つまり、シウのことだ。
ハヴェルもハッと気付いて、いやいやと手を振った。
「いや、長じて理解したが、あれも全てわたしのためを思えばこそで……つまりシウ殿もわたしの身を案じてくれているということだ。決して小うるさいなどとは――」
「ははは!」
「キリクが大体ひどいこと言ったんだよね」
「でもお前、口うるさいからな。お前が庶民で女だと、口うるさい肝っ玉母さんになったんじゃないのか?」
「はいはい」
呆れて返事をしたら、キリクがふと考える仕草になり、それから手を叩いた。
「そうか。お前、あの少女に似てるんだな。ほら、スタン爺さんのところの孫だったか」
「エミナ?」
「そうそう。遠慮のない、ハキハキした女だった」
エミナはキリクのことを胡散臭そうに店内へ入れたことがあるので、シウも思い出して笑った。彼女は確かに肝っ玉母さんだ。
そして、その彼女に似ていると、キリクは言っている。
妙に嬉しくて、照れ臭くなっていると、ハヴェルが微笑ましそうにシウを見ていた。
「……そうしていると年相応の少年のようだな」
「あ、いえ」
「昨年のことを許してくれて、ありがとう。今後も良い付き合いができれば嬉しい」
「はい」
「また、今度会おう」
「はい。ぜひまたお会いしたいです」
彼はスッキリした顔で、控え室にいたお付きの人たちを連れて宿を出ていった。
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