130 騎士の契約とロトスの現実




 騎士というのは騎士爵のことを指す場合もあるので勝手に名乗っていいものじゃない。

 騎士学校に通って試験に合格しないと大抵はダメだ。

 けれど本来の成り立ちから言えば、主に身命を賭して仕える者のことを真の騎士と呼ぶものだから、そうした形を取って認めようというのだろう。

 アントレーネはティーガ国の上級士官だったので騎士と名乗っても良いそうだが、今は奴隷の身分だ。奴隷の騎士というのは通常有り得ない。

 よって建前上の騎士ではあるが、聖別魔法を使えるオリヴィアの手によって主従関係を結ぶつもりらしい。


 スパーロがアントレーネから剣を受け取り、それをオリヴィアに渡す。

 以前、大剣だけでは困るだろうとシウが渡した剣だ。普段は大事に保管している。

 オリヴィアは受け取った剣を、急遽作ったとされる簡易祭壇の前に捧げ持ち、聖別魔法を発動した。

「《聖なる神の恩寵を、この主従に与えたまえ。これより、女神サヴォネの名の下に誓いを立てる》」

「マグノリア=シド=アントレーネ、誓いを立てよ」

 スパーロの言葉に、アントレーネはピシッと背を伸ばしたまま口上を述べた。

「マグノリア=シド=アントレーネ、我は主とするシウ=アクィラ様の剣となって戦い、盾となり守ることを終生誓います」

「シウ=アクィラ、誓いを受けるか」

「はい」

 するとオリヴィアが黙ったまま剣を差し出した。

 やり方はぼんやり覚えていたので、剣を鞘から抜き出して、その場に跪いたアントレーネの肩に置いた。

「我、シウ=アクィラはマグノリア=シド=アントレーネを我の騎士とする。汝を貶めることなかれ。子を慈しみ、仲間を助け、自らの命を惜しめ。……汝の命は尊ぶべきものと心得よ」

 アントレーネはハッとして、顔を上げシウを見つめた。

 シウが笑うと、彼女も笑った。

 そして剣をアントレーネの前に向けると、彼女はそっと口付けた。

「全ての神に誓います」

 囁いた彼女の言葉を聞いて、オリヴィアが最後を締め括った。

「《以上をもって、神への祈りとともに誓いを捧げる》」

 魔法の影響で光る小さな粒がキラキラと輝いた。

 壇上を見ていたフェレスたちが、にゃあにゃあと煩い。きれい、ほしいと騒いでいるのだ。あの子たちには誓いの言葉なんて関係ない。

 人間だけが、こうしたことを望む。

 本当は誓わなくても良いのに。


 でも、アントレーネは嬉しかったのだろう。

「ありがとう、ございます」

 ここまで用意してくれたスパーロたち、オスカリウス家の人々に、感謝の言葉を口にしていた。

 それからオリヴィアにもだ。

「聖別魔法だなんて素晴らしいもの、初めて、です。わたしのような者のために、ありがとうございます」

「……アントレーネ様。先ほどシウ殿が仰っておられたでしょう? わたしのような者のため? それはあなた自身を貶めているのではなくて?」

「あっ」

「ふふふ。いいの、冗談よ。わたくしが神殿の者かと思ったのでしょう? だから謙虚になろうとしたのね。でも、同じ人間なのですから、礼儀正しくあれば対等でもよろしいのよ」

「は、はい」

 アントレーネが、本当は「奴隷の自分のために」と思ったであろうことはオリヴィアも気付いていたはずだ。けれどそうした言い方に変えて、教えてくれる。

 シウの騎士となったのだったら、必要以上に謙ってはいけない。

 さりとて驕ってもいけない。

 オリヴィアは柔らかい物言いで幾つかの助言を行っていた。

 スパーロもアントレーネへ、シュタイバーン国での騎士のあり方を説明する。

 皆がこの主従の成立を喜んでいるようだった。


 盛り上がっている彼等を壇上に置いて、シウはフェレスたちのところへ降りた。

 ククールスとロトスは面白がっている顔だ。

「オスカリウス家ってほんと、おかしいのな」

「わるだくみしてる時、めっちゃ楽しそうだったし」

 それに二人も乗ったわけで。

 シウがチラッと見ると、ふふーんと下手な鼻歌だ。

「でも、きれーだったなあ、あれ」

「聖別魔法は大抵あんな感じだよ」

「そうだったっけ」

 覚えてないなあと、ロトスはすっかり自分の時のことを忘れている。彼も以前、オリヴィアの聖別魔法を受けていたのだが、洗脳されているのではないかとビクビクしていたから覚えていないのかもしれない。

「とにかくこれでさ、レーネは私設騎士を名乗れるな。なんたってオスカリウス辺境伯直々の裏書きとよ、オリヴィア様っていう貴族様の立ち会いがあったんだ」

「そうだね。学校内でも入れそう。連れて行かないけどさ」

「だよなー。呼び方変わって嬉しいのは本人だけだな」

「前と変わることないしね」

「ククールスもシウも冷めてるなあ。俺なんて、騎士かっこいーって思ってたのに」

「ロトスもそのうち持てるかもよ」

「あ、俺はいいの。騎士よりハーレムほしいから」

「ああ、そうだったね」

 ぶれないロトスの発言にシウは笑ったが、ククールスは「ハーレムって何?」と聞き出したので詳しく説明することになった。

 ただシウだと上手く伝わらないようなので、ロトスがにまにま笑って教えている。

 ククールスは女性にモテるらしいから、ふーん、と他人事のようだ。

 最後までロトスの野望を聞いてから、ククールスは首を捻った。

「でもさあ、ロトスってアレじゃん。半分獣っつうか。どっちのハーレム作るんだ? そもそも人間とデキるのか?」

「……えっ」

 ものすごく驚いた顔で目を見開いて、ギギギと油の切れた玩具みたいにシウを振り返る。

「え?」

「えっ?」

 お互い顔を見合わせて、お互いに「?」となっていると、ククールスがゲラゲラ笑いだした。

「やべえ。こんなオモシロイ聖獣、俺知らんわ」

「ククールス、声大きい」

 慌てて遮音魔法を発動したが、幸いにして周りも聞こえていないようだったが、本気で注意した。なのに彼はゲラゲラ腹を抱えて笑い続けている。

「おま、おまえ、そういうの、頭でっかちの、なんとやら、ってな――」

「えーっ」

「とりあえず、男になれよ。話はそれからだ!」

 ビシッと指差して、でも全然決まっていないのは顔が笑み崩れているからだ。ニヤニヤとロトスを笑い倒していた。

 ようするに、ちゃんと男性としての機能を果たし、モテてからハーレムの話をしろということらしい。

 ロトスの夢への道は長いようだった。



 夕飯後、ロトスが部屋の隅で蹲って、構ってほしそうだったので慰めに行くと。

「黙って立っててもモテるようなエルフの男に言われたくねえや」

「あー、うん」

「大体、俺、聖獣なんだよな」

「だね」

「騎獣レース見てても思ったけど、あいつら獣寄りじゃんよー」

「まあ、だからこそ聖『獣』なんだしね」

「俺、あんなの相手のハーレム作りたくねえ!」

「そうだねえ」

 頭は前世の記憶持ちの分、人間寄りなのだ。そう考えるとロトスは他の聖獣とは違う存在に近い。

「今んところ、俺の周り、男ばっかりだし」

「レーネとかスサとか――」

「人のものをハーレム要員にできないだろ!」

「え、レーネは結婚してないよ? それにスサも独身だったはず」

「うーん。シウのそういうとこ、俺は嫌いじゃないんだけどさー」

「ありがと」

「……あ、そう。そうね。うん。シウってそういう人だよね。俺、バカバカしくなってきた」

 何かひとりで納得したらしい。

 自分で解決できたのなら良かった。

「あと、まだ小さいけどマルガリタもいるよ。【光源氏】になるとか、面白そう。でもレーネに怒られちゃうか。あはは」

 シウは冗談のつもりだったのだが、ロトスは明らかに身を引いてギョッとした顔になった。

「……シウ、時々すごいこと言うから怖いわ!」

「え、冗談だよー」

「やべえ。でも、良い案だって思ったじゃんか!」

「あはは」

「止めろよ!」

「どのみちレーネが止めるよ」

 それに教育というのは、いわゆる自分好みに育てていくことに近い。ロトスもこれから一緒にいるのなら、マルガリタに限らず他の子たちも少なからず影響を受けるだろう。

 何人もの親代わりがいるから、その時々で修正は入るだろうし。

 シウはあまり心配していなかった。

「大丈夫大丈夫」

「やっべえ。シウが天然でヤバいこと忘れてた! 俺がしっかりしないと!」

 何やら決意してくれて、ロトスも子育てを頑張ってくれるようだ。

 とにかく落ち込んでいるのは彼らしくないし、浮上してくれて良かった。



 その日はアントレーネがとても機嫌よく、子供たちも釣られたのかニコニコと笑顔でずっと起きていた。

 そろそろ別れの時だ。だからか顔馴染みとなった人がやって来ては赤子を抱っこしていた。

 オリヴィアとアマリアもいつの間にか仲良くなっており、二人して赤子を抱っこしては楽しげに話をしている。

 共にロワル王都へ帰るので、向こうでお茶会をしましょうねと女子の会話になっていた。

 同じ女子でもアントレーネはスパーロたちと剣の話をしていたが。

 それにしても何故、シウたちの部屋に皆集まるのか。以前も酒盛りになったことがあるが、本日も遅い時間まで酒盛りが続いてしまった。

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