126 王女達の話




 カルロッテはシウのことをちゃんと覚えており、預かっている本をどうしたらいいのかと真っ先に聞いてくるほどだった。

 幾つかは騎士経由で返ってきたのだが、ロワル王都を離れてからは行き来が一切なかったのだ。

「もう全部読まれたのですか?」

「ええ。とても有意義な時間でしたわ」

「それは良かったです」

「シウ殿はシーカー魔法学院でも図書館に?」

「はい。気になるところはほぼ制覇しました。図書館はとても雰囲気の良い造りになっていて、中央のテーブルで読むのは心地良い気分です。地下に作られているのですが、天井にガラスが嵌められていて、地上の植物公園から降り注ぐ光が柔らかいんです」

「まあ」

「シーカーへ入学して良かったことのひとつですね」

 以前なら、一番良かったことだと口にしていただろうが、今のシウは違う。

 カルロッテもそこに気付いたようだ。

「その他にも良いことがたくさんあるのですね?」

「友人に恵まれました」

「まあ」

「研究することに不安もないです。同じように切磋琢磨する生徒がいて、自分だけが悩んでいるんじゃないと思えます」

「……素敵ですね」

 うっとりしているカルロッテに、姉のアレクサンドラが気付いて、話しかけてきた。

「あなた、本当に本のこととなると目がないわね」

「ええ……」

「でも、殿方は知恵を披露する女を嫌がるものよ?」

「あの、はい――」

 披露したわけではないと言いたいのだろうが、ただの注意でもあるしと躊躇っているようだ。アレクサンドラも憎くて話しているわけではない。本心から心配なのだ。その証拠に。

「わたくしのように行き遅れないよう、淑女らしくしておいでなさい」

 などと言っていた。

「姉上様は決して行き遅れではございません」

「まあ。ありがとう、カルロッテ。でも、そろそろ本当に降嫁先を決めていただかなくてはね。あなたのこともありますから」

 ハンス王子にはまだ子供が生まれていないらしい。アレクサンドラも婚約者がいないような口ぶりで、頭が痛いのだろう。

「あの――」

「あら、小さな勇者さん、なあに?」

 シウはまだ彼女の中で子供らしい。それをいいことに、質問してみる。

「ご結婚相手ってやはり、お見合いになるんでしょうか」

「まあ」

 アレクサンドラは少し目を見開いた。

(えっ、これって失言に入るのか? 俺わかんないぞ、どうするシウ!)

(とりあえずセーフってことで! たぶん!)

(お、おう!)

「あの、すみません、失礼な質問になるのでしょうか」

「いいえ。そうね、あなたは冒険者ですものね。王族や貴族の習わしなど分からないのでしょう」

 仕方のない子、といった様子で、彼女はシウを微笑んで見つめた。


 アレクサンドラが言うにはやはりお見合いに近いようだ。ただし、王族の場合は親が決めてしまうことがほとんどだという。お見合いとは名ばかりである。貴族の結婚よりも個人の意思は通せないようだった。

 特に第三子あたりまでは、次の王位にも関係してくるので慎重に相手を選ぶらしい。

 ましてや王位継承権第一位のハンス王子に、いまだ子供が生まれていない以上、第二位のアレクサンドラも当然慎重になる。

 ところが、彼女が女性であることから、婿を取るべきか降嫁させるべきかで悩んでいるのだ。降嫁なら、然るべき高位貴族の下へ、当然第一子へ嫁ぐべきだ。

 しかし、婿ならば、第二子以下を迎える必要があった。

 ここで各家の壮絶な争いが水面下で行われている、というわけだ。

 なかなか決まらないのには訳があった。

 もしかしたら次の次の王位の親族になるかもしれないわけで、権勢欲が強くなくとも勢力図が変わる可能性もあるので、みんな動向を見極めようと大変らしい。

 ここで、カルロッテも関係してくるのだが、アレクサンドラの結婚に際して何らかの条件や取り引きが生じた場合、王女であるカルロッテを使うこともできる。

 立場的に弱いので、上手く立ち回れるようアレクサンドラはカルロッテに対して、控え目で謙虚であれと願っているのだ。

 そうすれば相手方も、嫌々引き受けた王女だとしても可愛がってくれるはずだと思っている。

 つまり、カルロッテは、アレクサンドラ争奪戦で負けた側に押し付けるための要員だと、言っているわけで。

 気分の良い話ではなかった。

 ハンスも言っていたが、悪気はないのは分かっているが、可哀想なことだ。

 アレクサンドラ自身ももちろん。


 シウは無邪気さを装って、アレクサンドラにそうっと聞いてみた。

「たとえば、自由に誰かを選べるとしたら、どんな人がいいとかありますか?」

 彼女は目を丸くしたものの、シウの無礼を許してくれた。

 微笑んで、そうねえと顎に指を置いて思案し、ゆっくりと口を開く。

「……そうね。勇敢な方が良いかしら」

「そうなんですか?」

「小さい頃は、ハンス兄上のような、誠実でしっかりとお仕事をなさる方が良いと思っておりましたけれど」

「まあ、そうだったんですか、姉上様」

 アレクサンドラの珍しい話に、カルロッテが乗ってきた。レオンハルトも気のない様子でジークヴァルドと話していたのに、こちらを向く。

「あら、レオンもジークもこちらを見ないでちょうだい。わたくし、恥ずかしいことを言ったかしら?」

「ううん、全然言ってない、ですよ!」

「まあ、シウ殿」

「好みって大事ですよ!」

「まあ」

 ふふ、と笑うと、口元を隠すでもなく彼女は視線を上に向けつつ続けてくれた。

「そうね、厳しい姿の方を好んでいたかしら。恋をするというのではないけれど、殿方がお仕事をしっかりされる姿は尊敬できるわ」

「姉上は家庭教師のイェルドにも付いていっていたものね。わたしは厳しすぎて早々に逃げたけれど」

「あなたが逃げるから、わたくし頑張ったのですよ? イェルド殿の厳しいことといったらなかったですわ」

 ああいうタイプが好きなのかな。でも今は好みが違うようだ。

「あれは厳しいというより神経質と言うんですよ」

「あら、なんという言い方。でも、そうねえ」

 そうかもしれないわね、と囁き声で、笑う。やっぱりイェルドじゃないのかー。

 どのみち、イェルドが相手では結婚できそうにないから、諦めたのかもしれないが。

 ところでシウの意図が分かったわけではないだろうが、カルロッテが頬を赤らめながら質問を続けた。

「では、どのような方が良いと思われます? 勇敢な方と仰るなら――」

「オスカリウス辺境伯のような?」

「兄上、彼には相手がもういるよ」

「それ以前に、わたくしの好みではございませんわ」

「そうなんですか?」

「……その、あの方は確かに勇敢ですし、功労者でもありますが」

 ものすごく言いづらそうなので、顔を寄せてみた。

「嫌なことされました? 後で注意しておきましょうか?」

「まあ。シウ殿ったら。いいえ、違うの。ただ、ごめんなさい、言わないでね? あの方、粗野でございましょう?」

 ああ、確かに。

 シウの横ではロトスも頷いている。

「イェルド様が家庭教師でらした頃にお会いしたことがあるのですが、驚くほど野性的でいらして」

 その衝撃が強くて、どうやら苦手なのだそうだ。

 お姫様として大事にされてきたのだったら、確かにアレはないよなーと思う。

 ロトスも頷くから、アレクサンドラはくすくすと笑い出した。

「いやだわ、わたくしったら。おチビさんたちになんて話をしているのかしら。ごめんなさいね。カルロッテに淑女らしくあれと言っておきながら、恥ずかしいわ。どうか、忘れてね?」

「はい」

(忘れないもーん)

(ロトス?)

(だって、俺、すっごい良い相手思いついちゃった)

「えっ?」

 横を見たら、ソファからたっと降り立っていた。それでニヤッと笑うと、そのままサーッと走り去っていく。

「あ、ちょ! ご、ごめんなさい。あの子、まだ道理が分かってなくて、その――」

「子供のやることですもの、気にしておりませんわ。むしろあなたの方が子供らしくない……ああ、急いで追いかけてあげなさい。楽しかったわ」

 シウはアレクサンドラに丁寧に頭を下げると、失礼にならない程度に早足でロトスを追いかけた。


 シウが、キリクとアマリアを引き合わせた話はロトスも知っている。

 唐突過ぎるやり方だったし、お節介でもあったが、どちらにも当てはめられる理由があった。

 今回は難しいんじゃないのと思う。

 シウも一瞬、知り合いの顔が浮かんだりはしたが、全部アレクサンドラより年下なのだ。

 年上で良い人っていないよなー。

 と、思っていたら、ロトスはものすごい人のところへ突撃していた。

「それダメだよね……」

 まずいまずいと焦って着いた先で。

「えっ、わたしに美女を紹介してくれるのかい?」

 アドリアンはにこやかに返事をしているが、歓談中だったらしいハヴェルは目を白黒させていた。


 すみませんすみませんと頭を下げてロトスを引っ張っていこうとしたら、アドリアンに止められた。

「まあ、待って、シウ」

「いえ、本当にすみません」

「いいからいいから。それより、彼の話がとても気になるから教えてほしいなあ」

 今、シウは唐突に気付いた。

 そうか、シウが突っ走っている時、みんなこんな気持ちになっているのかと。

「……ええと」

 チラッとハヴェルを見たら、彼はすぐに我に返ったようで、

「席を外しましょうか」

 と、アドリアンに聞いていた。アドリアンがチラッとシウを見るので、申し訳ないと思いながらも小さく頷いた。

 するとハヴェルは気にするなと言って、シウの肩を叩くと離れていった。

 昨年会った時とは全然違っていて、なんだかとっても良い人になっている。シウはハヴェルの後ろ姿に頭を下げて、アドリアンに向き合った。

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