124 祝賀会




 その後、祝賀会が行われるので大会会場から程近い、王領に建てられた離宮へと大移動が始まった。

 てっきり宿も多いカサンドラ領のケントニス街まで戻ると思っていたのだが、離宮ほどの大きな建物はないようだ。

 移動は貴族を優先して向かうので、シウたちもオスカリウス家のおこぼれに与って地竜で移動する。


 ケントニスへ戻るよりずっと早い時間で到着したが、案内された控え室に入るや否や、礼儀作法の鬼アマンダからの矢継ぎ早な指令で、急いで着替えを始めた。人数が多いものだから、時間が全く足りない状態だ。

 今回は参加人数が多くて騎士たちも右往左往している。

 カスパルももちろん来ていたけれど、さっさと着替えるや椅子に座って読書だ。彼はおっとりして見えるが、こういう時はいつも手早く終わらせている。

 シウも着替えは早い方だが、今回ククールスとロトスがいるのでちょっと大変だった。

 アントレーネは女性組に任せているから、シウは二人の着替えを手伝って、窮屈な襟を緩めようとするのを叱ったりしながら赤子三人の着替えも済ませた。

 こういう時のためのオムツも作っていたので、下の処理をしてからオムツとカバーと、可愛い乳幼児服に着せ替える。

 オムツは、万能スライムゲルを使った《汚物吸収》剤を利用していた。もし、空間魔法をバンバン使っていいなら、もっと簡単にそうした能力をパンツに付与できると思う。が、これも新製品の実験の一環だ。


 赤ちゃんたちの着替えが終われば今度はフェレスたちである。

 以前にも付けたことのある宝石を首輪に装着し、それぞれ好みのスカーフを巻いてあげる。

 フェレスは猫の鞄を付けたいようだったが、ブランカに子守をさせたままなので我慢しようねと、全く関係ないのにもっともらしく話して言い聞かせた。

 素直に騙されてくれるので申し訳ないやら、有り難いやらだ。

 フェレスは優勝したのでパーティーでは主役と言っても良い。

 そんな中、黙っていれば優美で高貴な猫型騎獣が、猫鞄。

 ないな、と全員一致で決まった。

 クロには玉環を付けるが、嫌がるどころか喜んでいるのでこれから常に付けていても良いかもしれない。

 いつもの定位置、シウの肩に止まってから羽を片方ずつ広げて眺めては嬉しそうだった。


 騎士たちの中でもレースで上位入賞した者だけがパーティーの本会場へ向かい、他の仲間や従者、護衛たちなどは別室の大広間で飲食できるようになっている。

 主の従者や護衛として働く者は本会場へ赴くが、オスカリウス家の場合は大抵が固まっているので最小限でいいだろうと多くが別室へ移動していた。

 ククールスもそちらへ行きたがっていたが、音楽やダンスがあって華やかなのは本会場の方だし、一度ぐらいは参加しようよと連れて行った。

「シウは絶対、俺たちを道連れにしたいだけなんだぜ」

「あ、だよねー」

 ククールスとロトスがぶつくさぼやきながら付いてきていた。

 シウの前にはカスパルとダンがいて、笑っている。

「君らも僕たちの大変さが分かるよ。そのためにも是非とも参加してほしいね」

「そうだぜ。でもま、料理は美味しいし、楽しいことは楽しいもんだ」

 振り返って告げられ、二人とも観念したようだった。

 実際は、飛竜大会の祝賀会パーティーは貴族が集うものよりもずっとフランクらしい。

 よほど大型でなければ騎獣を連れて入っても良いし、さほど上下関係も気にせずに楽しめる。

 シウも昨年はしっかりと飲み食いして、他のレース参加者と話をしたりした。

「なんだ、それを先に言ってくれよ」

「そうだよ、シウ。俺、レースの人と話したり、いっぱい食べよーっと」

 途端にやる気になったようだ。



 会場へ入って早速、立食コーナーへ立ち寄ると先客があった。

「ウリセス、おめでとう」

「おう。なんとか勝てたわ」

 騎獣の混戦レースで彼等のチームは優勝した。並み居る強豪を押しのけての優勝だから、喜びもひとしおだろう。

「騎獣の混戦はやっぱりフェデラルが強いな。上位入賞にフェデラル関係者が多いのなんの」

 シウたちにくっついてきていたオスカリウス家の騎士がぼやきながらも、ウリセスたちを褒め称えている。

「そういうアンタらもすごかったじゃねえか。飛竜であんな落下の仕方、普通はしねえよ」

 錐揉み落下ね、うん、確かに。

 シウが苦笑していると、同じレース参加者同士通じるものがあったのか、熱く握手している。

「俺はシハロだ。竜騎士をやってる」

「俺はウリセス、レース専門の騎獣乗りだが、普段は傭兵もやってるんだ」

 男同士の友情話が始まったので、シウはそっと抜け出した。


 ちょうど良いところにオダリスとスジェンカがやって来たので、こちらもロトスを呼んだ。

「ロトス、あの子だよ」

「お、分かった。あっちもたぶん分かってるみたい」

「チラッと話しているけど、僕が話を通すからね。知らないフリしていて」

「うん」

 小声で話すと、オダリスに声を掛けた。

「おめでとう」

「そっちこそ。ていうか、あれ、すごかったよ」

「本当にね! 会場もすっごく盛り上がって、フェーレースの人気が高まるんじゃないかしら」

「あはは」

「しかしさあ、そっち、お仲間たちだろ? 綺麗なのばっかり揃ってるんだなあ」

 オダリスの視線の先には頬張りすぎて口が利けない状態のククールスがいたが、あんな姿でもそう思えるのかと笑ってしまった。

「あの人、エルフだろ?」

「うん。でも男だよ?」

「分かってるって。胸がほら、ぺったんこだし」

 小声だったのだが、スジェンカには聞こえたようだ。彼女は会話に入ってきて、

「あら、エルフは女性でもぺたんこでしょ?」

 と言ってきた。

「……え、そうなの?」

 シウが驚くと、逆にスジェンカに驚かれてしまった。

「そうよ。知らないの? 有名じゃない。エルフは細身なんだけど、胸やお尻まで細身なの。種族特性ってやつね」

(エルフあるあるだな!)

(そうなんだ!?)

「ところで、そっちの子も綺麗ねえ。エルフ、ではなさそうだけど。あれ、でも普通?」

 認識阻害がかかっているのでハッキリと分からないのだが、彼等は上級レベルの冒険者でもあるのでなんとなく本質は分かるらしい。ロトスは聖獣ゆえに、人型はびっくりするほど美しい姿をしているのだ。

 色が混ざっていなければ聖獣だと完全にバレているだろう。たとえ認識阻害を掛けていたとしても。

「そんな感じ。ところでリヴェルリとお話してもいい? アルギュロスも一緒に」

「いいわよ」

「いいぜ、じゃあ、ちょっと見ていてくれるか? 俺たちも料理を取ってきたい」

「うん。任せて」

 二人を見送って、早速彼等の騎獣に声を掛けた。

「リヴェルリ、お願いがあるんだけどいいかな?」

「きゃん」

「もう分かってると思うけど、この子のこと、誰にも内緒にしてほしいんだ」

「きゃんきゃん」

「良かった。あのね、誰かに話すと危険なんだ。命を狙われるかもしれない」

「きゃんっ!?」

「うんうん、大丈夫。僕が守るから。でもできれば秘密にしておきたいの。守ってもらえる?」

「きゃんきゃんきゃん」

「がうがうっ」

 アルギュロスも、俺も秘密は守ると約束してくれた。

 この二頭は賢いので助かる。


 ところで、だ。気になることがあるので二頭に聞いてみた。

「他の子は気付いてると思う?」

「きゃんきゃん」

「がう~?」

 大丈夫だと思うと返ってきた。

 そもそも、ウルペースであるリヴェルリ自身も、うっすらともしかしたら程度の認識だったようだ。匂いなどで確信したので、近付いても匂いを誤魔化せば聖獣相手でも大丈夫だと返ってきた。

 匂い対策はアントレーネ相手に何度も実験を繰り返していたので、すかさずロトスには匂い替えの飴を舐めさせた。

「どう?」

「きゃん!」

 大丈夫、との答えでホッとした。

 アルギュロスはフェンリルだったので、リヴェルリから聞かされるまでは気付かなかったらしい。この二頭の主がパーティーを組んでいる関係上、二頭もきょうだいのように仲が良いから、情報が筒抜けだった。なので、二頭まとめてお願いを聞いてもらえたので安心した。


 そんな風に画策していると、新たに大勢の人が入ってきた。

 キリクやアマリアといった主役級の後ろから、着飾ったアントレーネも入ってくる。キョロキョロして、すぐシウたちを見付けると走ってこようとした。が、アマンダに怒られている。

「ああ、しょんぼりしてるう~」

「ロトス、本人の前で言っちゃダメだよ」

「うん。でもあの耳が垂れてるの、超かわいい」

「耳、触っちゃダメなんだって」

「分かってるって~シウじゃあるまいし~」

 アントレーネはアマンダに何度も頷いて、お許しをいただいたらしく、こちらを向いてパッと笑顔になった。

 が、ぎくしゃくした格好で歩いてくるから、面白いやら可愛いやらで、ついシウもロトスと一緒になって笑ってしまった。

「シウ、笑っちゃ可哀想だろー」

「そ、そうだよね」

「でも、レーネのあんな姿おもしろすぎてダメだ」

「僕等もドレス着せられたらきっとあんな風になるよ」

「着ないからいいもーん」

「……」

「シウ、そこでだまるなよな」

「いや、僕はともかく、ロトスはドレス似合うんじゃない?」

「え、絶対ヤダ。女装イクナイ。俺、男装女子は許すけど、女装男子は許さん」

 断固反対と言い出したので、顔を見たらなんだかドス暗いものが見えてしまった。

 前世で何かあったのかもしれない。

「……もしかして、騙されたとか?」

 傷を突くつもりはなかったのだけれどつい聞いてしまったら、ロトスはよろめいた。

 よく聞けば、街中で可愛い子を見付けたので勇気を振り絞って声を掛けた子が、女装男子だったらしい。俺、男だぜーイェーと返されて、殺意が湧いた反面ものすごくショックだったそうだ。

 なんとまあ、気の毒なことで。

 アントレーネは煤けているロトスを見てオロオロしていたが、シウがドレス姿を褒めちぎったのですぐさま照れ臭そうに喜んでいた。

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