122 結果と、揉め事と、きらきらと




 残るはアドリアンのレーヴェと、ハヴェルのレーヴェが相手だ。

 レーヴェは獅子型で、万能型の聖獣である。強く早い。

 とはいえ、レーヴェと追いかけっこをしたことのあるフェレスは萎縮することもなく堂々と、というかむしろやる気になって全速力だ。

 ハヴェルの方のレーヴェが若干、ピリピリした空気を醸し出している。後ろからでも分かったが、感覚転移するともっとよく分かった。

 乗り手の緊張感も伝わっているのだろうが、主従共にものすごくピリピリしているらしい。

 反対にアドリアンの組は楽しげだ。

 一度振り返って、目を見開いて満面の笑顔になっていた。

 シウも笑顔で返す。

「フェレス、あともうちょっとだから、やっちゃえ」

「にゃ!」

「狙うのはあの先のポールだ」

「にゃっ!!」

 ゴールを目指すのではなく、最初のコーナー目標であるポールだった。そこを狙って、減速のことなど考えずに飛ばした。


 ハヴェル組は気迫負けしたのか、あるいは前半飛ばしすぎたせいか失速してきたので構わず追い抜き、アドリアンの後方についた。

 アドリアンが馬用の鞭をひらっと振って牽制してくるが、フェレスには気にせず行けと命じた。

 フェレスに当てるつもりがないことは分かっていたし、万が一当たったとしても、所詮鞭だ。

 山中で幼い頃から何度も木の枝にぶつかってきているフェレスにとって、屁でもない。

 悪意のある仕込みがあれば別だが、鑑定しても「ただの鞭」であることは分かっていた。

 フェレスはシウのことを信頼しきっているから、シウの言うことをまるごと信じてそのまま最後の追い上げにかかった。


 フェレスの全力疾走は、会場から言葉を奪ったようだ。


 シンとした中で、アドリアンの息遣いと、彼のレーヴェから聞こえる激しい心音と息が、シウたちの横を通り過ぎていった。

 流れるように、あっという間の出来事だった。


 フェレスはそのまま減速することなくポールのある場所まで突き進んで、コーナーも最小で回りきってから本来のゴール位置まで戻った。

 そこでようやく、会場から大音量が起こった。

「「「「「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」

「なんなんだ、あれっ!!」

「見たか、おいっ」

「すげえっ!!」

「かわいいーっ!!!!」

 女性からの、いわゆる黄色い声援もあって、フェレスはふっふっと息を吐きながらツンとしている。

 鼻が膨らんでいるのはまだレースの名残があるのか、あるいは。

「いやあ、すごかった!」

 シウがフェレスを撫でていると、アドリアンがやってきた。ハヴェルも疲れた様子ながら、近付いてくる。

「すごいとしか、言いようがなかったよ」

 シウの手を取って、アドリアンは何度も上下に振った。大柄な大人がやるので、小さいシウは振り回されそうになる。

「で、殿下、シウ殿が危険です」

 ハヴェルが慌てて止めてくれないと、本当に飛んでいったかもしれない。

「ああ、悪い。つい興奮して。いや、すごかった!」

「確かに、君の怒濤の追い上げにはわたしも驚いたよ」

「僕の、っていうか、フェレスのですけどね」

「……そうか。そうだね」

 ハヴェルはハッとして、それから横でお座りしている自らのレーヴェに声を掛けた。

「ヴェレ、よく頑張ってくれた」

「がうっ」

「うん、大変だったけれど、本当によくやったよ」

「がうがう」

 ホッとしたのか、彼の肩から力が抜けたようだ。

 それを見て、アドリアンも自身のレーヴェを労っていた。


 彼等はこの後、飛竜レースにも出るので、すぐに控え室へ帰っていった。

 その際、係の人たちに先刻のことを告げていた。

「レース妨害容疑もあるが、名誉毀損にもなるだろう。くれぐれも公正にしてほしい」

「もちろんです」

 癒着だと疑われた彼等も心外だとばかりに、憤っているようだった。

 レース中にも大会委員の上位委員たちが集まって、詳細を聞いたらしい。

 シウも当事者のひとりなので話を聞かせてほしいと言われたので、とりあえず後ろ盾であるオスカリウス家に声を掛けてからにすると答えた。

 そうとは知らなかったらしいオスヴァルト公爵の代理出走者はひどく狼狽していたが、コルヴィッツ師団の騎獣隊員ディジオ=エリクソンはフンと鼻を鳴らしていた。




 会場から控え室へ戻ると、すぐに通信魔法でシリルに連絡を入れた。キリクだと問題が大きくなりそうなので、冷静に対処できる人に相談だ。

 待っている間、混戦レースを見たが、観覧席からではないので見えづらい。こういう時は感覚転移が使えると便利だ。

 フェレスをマッサージしながらレース観戦を楽しんでいると、控え室にシリルとサラがやってきた。

「あれ、二人も来てくれたんですか」

「当然です」

「そうよ。本当はキリク様も来たがっていたのだけど」

「えっ」

「あ、安心して。イェルドが止めてるから」

 サラは冗談っぽく笑っていたが、本気の話だろうなとシウは遠くに視線を向けた。

 感覚転移で見たりはしない。見ない方が良いことも、世の中にはあるのだ。

「事情聴取はいつから行うか、シウ殿は聞いておりますか?」

「たぶん、混戦レースが終わってからだと思います。係の人も手がいっぱいで、そちらに向かってるようだし」

 と思っていたが、どうやら他国の王族から「お願い」されたこともあって、素早く委員が動いたようだ。シリルと話をしている間に、進展していた。


 呼ばれたので大会運営の事務所に向かうと、そこではオスヴァルト公爵の代理出走騎手がものすごく落ち込んだ様子で立っていた。隣にがっしりした体格の男性が立っており、苦々しい顔で騎手を見ている。

 こってり絞られたらしかった。

 聞けば仲間内で話していた内容を、相手が子供だということで舐めてかかって発言したらしかった。これで怯んでくれたら儲けものと思ったようだ。

 安易な発想に、大会関係者はもちろんのこと、彼の上司もひどく怒っていた。

 シリルが逆に「まあまあ」と宥める始末だった。

 サラは怒ったままだったけれど。


 問題はコルヴィッツ師団の方だ。

 こちらは悪意があるし、はっきりと八百長だの癒着だのと言っていたので大問題である。シウが貴族だったら絶対に言われなかった台詞に違いない。

 あと、オスカリウス家の後ろ盾があると分かっているフシもあったのに喧嘩を吹っ掛けてくるところを見ると、端からそれが目当てだったのかもと思う。

 呼び出しても関係者どころか本人も来ないので、こちらは全面抗争だとシリルは静かに怒っていた。


 念のため、後から何か言われないためにも、もう一度身体検査をしてもらった。

 レースでも係の人が確認していたがズルはしていないと証明されている。

 これ以上はどうしようもないので諦めた。


 後のことはシリルがやってくれるそうだし、大会委員もおかんむり状態なのでシウの手を離れてしまった。お任せ状態でお願いした。




 時間を食ってしまったが、飛竜のレースには間に合った。

 ちょうど催し物が終わったところで、シウが観覧席に入ると全員が振り返って拍手で迎えてくれた。

 フェレスはツンツンしてモデル歩き? をしていたが、尻尾はぶんぶん振り回している。

 みんな、フェレスに集まって褒め倒すものだから赤子を背負ったブランカが、ぎゃぅぎゃぅ騒いでいた。

 よくよく聞けば、かっこうよかった、じぶんもとびたいと言っている。

 ものすごくフェレスを尊敬の眼差しで見ているので、彼女にとっても良いレースだったようだ。

 ククールスがブランカに言い聞かせていたのか、これからは訓練を頑張るのだと、シウに決意表明もしていた。

 厳密には、あいつらぜんぶけちらすくんれんするの、といったことを言っているわけだが。


 フェレスがちやほやされている間に、アントレーネがきらきらした目でシウに近付いてきた。

「シウ様! あたしは、あたしはっ!!」

「あ、うん」

「最高に感動したっ!! シウ様の奴隷であることが、誇らしい!!」

「あ、そう」

 ていうか、奴隷ってそんな大声で言わなくても。

 微妙に視線が痛い。

 もちろん、オスカリウス家の者たちは変な目で見たりはしないのだが。どこかニヤニヤする気配があって嫌だ。

 その筆頭がキリクで、フェレスを褒め称えながらこちらを見てにんまり笑っている。

 後で絶対にからかわれるなと思いながら、シウはアントレーネを宥めた。

「あのね、あれは誰でもできることだから」

「いや、それは違う。シウ様だからだ」

「うーん。じゃあ、来年はレーネがブランカと出てみたら?」

「えっ」

「重量級同士でちょうどいいんじゃない? 僕の言うことが嘘じゃないって、証明してほしいな」

「あ、ええと、でも、あの――」

「ブランカも出てみたいんだって。どうかな?」

「わっ、分かりました! あたしはシウ様の名に恥じぬようっ」

「あ、うん、それはもういいから。そういうの、本当にいいからね? やめてね?」

 強く言い聞かせると、アントレーネは戸惑いつつ頷いてくれた。

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