121 騎獣レース、速度決勝戦
障害物の上位入賞者には見慣れた顔ばかりがあって、共に健闘をたたえた。
ドロテアとオダリス、スジェンカだ。ダルシアは残念ながら落ちた。ブロニクスも後半で失速してしまった。
他に上位に入ったのは接戦だったレーヴェなど、聖獣組だ。
「ドロテアさんはこの後、混戦レースにも出るんだよね?」
「そうなのー。しっかり休憩しなきゃ」
疲れた顔で笑い、控え室のチームが集まる場所へと向かった。
「シウはこのまま速度レースに参加なんだよね」
「うん。オダリスたちはもう終わり?」
「ああ。観戦席へ行こうと思ってたんだが、シウのレースを見てからにするよ」
「そうなの?」
「応援するってことだぜ。分かってんのかね」
「あ、そうなんだ。ありがと」
「本っ当に全然、緊張してないのねえ」
スジェンカに笑われて、シウは曖昧に笑いながら頷いた。
「あ、早く行かないと。頑張ってね!」
「うん。ありがとね」
じゃあね、と手を振って速度レースの参加者が集まる場所まで向かった。
出走場所へ到着するとアドリアンやハヴェルがおめでとうと声を掛けてくれた。そして、大丈夫なのかと心配そうだ。
フェレスには回復魔法を掛けているし特に気にしていないのだが、係の人も大丈夫? と心配顔だった。
ただ、他の面々からすればどうでもいい話で、実際にイライラしている者もいた。
「複数レースに参加するのは本人の責任だ。時間をかけないでもらいたい」
その通りなのでシウが頷いたら、何故か係の人が言い返していた。
「開始時刻はまだです。コースの説明もありますが、その時間まで余裕はありますよ」
「なっ、このわたしを誰だと思っている!」
何人かが頷いており、何人かは騒ぎに巻き込まれたくないと離れた。
なんだろこの人と思っていたら、アドリアンがずいっと前に出てきた。
「君、オスヴァルト公の代理出走者だよね。彼に恥をかかせるような振る舞いはどうかと思うんだけど?」
「……ですが、無意味に時間を取っているように思えたものですから」
「どうしてそう思うの? 時間があることは分かっているよね」
穏やかに質問すると、オスヴァルト公とやらの関係者ではなく、別の者が口を挟んだ。
「先ほどのレース、どう考えても八百長ではないか」
「は?」
アドリアンが眉を寄せ、係の人も目を細めてしまった。
「あんなフェーレースが優勝するなど有り得ない。係の者と癒着しているのではないかと、疑われているのだよ」
「君が、いや君たちがかい?」
「我々だけではない。予選を見ていた者たちから声が上がっていたのだ。さすがに決勝戦では無理だと思っていたが、勝ってしまった。何かあると思われても仕方ないだろう」
アドリアンは笑顔だけれど、目が全く笑っていなかった。
あと、係の人も何人か集まってきて、ものすごく険悪なムードだ。
「……君の名は?」
「わたしはディジオ=エリクソンだ。コルヴィッツ師団の騎獣隊員である」
胸を張って答えているが、シュタイバーン国の人間であり、開催国の人間が大会委員に物申している図というのはちょっとなあと思う。
一番、問題なのは今がレース直前ってことだ。
シウはそろっと手を上げて、申告した。
「あのー。そろそろ時間です。説明を聞いてレース出走準備を始めないと――」
「あ、そうですねっ!! では皆様、コースの案内をしますのでよく聞いてください!!」
「いや、待て、お前っ」
「これ以上何か申し上げますとレースの妨害行為とみなして強制退場になりますが、よろしいか!」
立場が上の人がやって来て怒ったので、さすがの彼も黙ってしまった。
レースを強制退場させられるなんて不名誉どころではない。
チッ、と舌打ちして下がっていた。
決勝戦では見せ場を設けるため、会場真ん前の直線距離を走ることになっている。
直線が長いため、フェレスにはかなり不利だ。
しかも障害物にも出ていたため、普通の精神力なら疲れているだろう。
ただし、フェレスはフェレスである。
体力は回復魔法で元気いっぱいだし、さっきフェーレースがどうたらと言われていたので、あいつやっつけるんだとやる気になっている。
さあいつでもいいぞ、とふんふん鼻息が荒い。
「まあまあ、落ち着いて。いつも通りでいいよ」
「にゃ!」
まかせて、と返ってくるが、絶対シウの言葉は聞いていない。
本獣が楽しければそれでいいのだが、逸りすぎて空回りしないようにねと釘を刺した。
スタート音が鳴って、飛び出そうとしたフェレスだったが、思わぬ邪魔が入った。
横にいたスレイプニルの足が横に振られたのだ。
慌てて飛び上がった分、他の聖獣たちに遅れを取った。
「落ち着いて、本当は後方から追いつく戦法を取るつもりだったんだから」
「にゃあ……」
情けない声を上げるので、大丈夫大丈夫と撫でながら、皆を追い越さないようについて行けと命じた。
フェレスは不思議そうだったが、
「我慢していたら後でご褒美あるよ~」
と唆すと、尻尾を振ってゴキゲンになった。
ところで、スレイプニルが足を乱したのには訳があった。
並んだ時に騎乗者が声を掛けてきたのだ。
「す、すまん! さっきはわざとではなかったんだ」
「知ってますよ。向こう隣の人がぶつかってきたんでしょう?」
「えっ、見ていたのか?」
感覚転移でね、と内心で答える。
「本当に悪かった。挽回できそうか?」
「はい。元々、前半はゆっくり走らせようと思っていたので」
「そ、そうなのか。良かった……」
速度レースの場合は騎乗者に余裕があるので、並んでいれば話をすることも可能だった。シウもフェレスの「早く飛びたい」気持ちを抑えるために、彼と少しだけ話を続けた。
「それよりあなたは先へ行かないんですか?」
「いや、俺はメルツァー公の代理出走で、毎回記念出場なんだ。今回は決勝戦にまで勝ち上がったが、大抵は準決勝戦で終わるんだよ」
そんなのもアリなのかと、シウは笑った。
「俺は、メルツァー公もだが、君らを応援しているよ。だからさっきは本当にびっくりして」
「いえ、本当に気にしていないから。メルツァー公って、フェデラルの人ですよね」
「そうそう。え、知ってるのか! 主が聞いたら喜ぶよ」
どうやら相手もシウを知っているようだ。
シウが公爵を知っているのは、ただ単に昨年の祝賀会で鑑定していて名前を見かけたからだけなのだが、それは黙っておく。
それにそろそろコーナーに近付いている。
「じゃあ、そろそろ仕掛けにいくからこのへんで。でも記念出場でも、頑張って!」
「わ、分かった。そっちも頑張ってくれ!」
綱から手を離して振ってくるので、苦笑してしまった。
シウ以上に呑気な人だと思ったからだ。
それは観戦していた人たちも同じらしく、「あの人すげー」と妙な賞賛を受けていた。
コーナーに最速で突っ込んで曲がれるのは小回りの得意な小型騎獣の特権だ。
特に、岩や大木などの足場となる壁がないと、聖獣たちのような重量級は曲がるのがつらい。
今回、片方は壁を設けていたが、片方はポールが立っているのみで、そこを回らなくてはならない。
皆、結構な確率でオーバー気味に曲がっていた。
地面に足をつけてはいけないルールなので、足場にもならないため、慎重になっている。当然、減速も多かった。
シウたちはそこを狙って、曲がりきる。
魔法は使ってよく、全員が身体強化なり風属性魔法の補助を受けているが、そこそこの使い方しかしていない。
騎乗者の魔法はレース中使用禁止なので、すべてフェレスのみの実力でやっているのだが風属性魔法を自分ではなくて空間に用いているのは他に誰もいなかった。
フェレスは最速で突っ込んで、風の壁を作り、そこを滑り蹴るような形で方向転換していたのだ。
他に、ポールに前足を引っ掛けて回る方法もあるし、尻尾を利用した遠心力を緩める方法もある。
コーナーを曲がりきると何頭かを追い越し、更に直線へ入ってからは弾丸スタートの仕切り直しだ。
ものすごいスピードでガンガン飛ばし、追いかけ始めた。
先行している組のうち、何人かが振り返って、慌ててもう一度こちらを見ていた。
恐怖の顔を浮かべたり、二度見して愕然とする者もいて、なかなかに面白い。
フェレスの形相が怖かったのかもしれないが。
そうして、もう少しで追いつくという頃に次のコーナーだ。長い直線距離を経て、今度は足場となる壁のあるコーナーである。これを過ぎれば、次の直線の最後でレース終了となる。
ここは大事な場所だった。
皆が壁に足を付いて方向転換する中、フェレスは先ほどと同様に風属性魔法で壁を作り出して最小で回りきった。
「「「「「うおおぉぉぉっ!!!!」」」」」
会場からのざわめきが聞こえてくる。
先頭にはアドリアン、続いてハヴェル、オスヴァルト公のグリュプスがいた。
ちなみにディジオ=エリクソンは最初のコーナーで軽々と追い越し、置いてきている。
「なっ、な、なんでっ!!」
振り返った男が、恐怖に震えた声で叫ぶので、シウは面白くなっておどろおどろしい声で返してあげた。
「どこまでも追いかけてやるぞ~!!」
「にゃぁにゃぁにゃぁ~」
何故かフェレスまで一緒になって鳴いていたので、つい笑ってしまった。男は戦意喪失したのか、グリュプスへの指示がおろそかになって若干減速になった。
もちろん、隙は見逃さないシウである。
そのまま勢い良く追い抜いた。
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