120 騎獣レース、障害物決勝戦
この日は、宿で飲めや歌えの大騒ぎだった。
決勝戦進出おめでとう、というわけだ。明日もあるのになあと思ったが、キリクがとにかく嬉しそうなので、まあいいかと諦めた。
シウ自身、特に気を付けなくてもいつも通りで大丈夫だからだ。
もちろんフェレスも、普段通りである。
「お前は本当に偉いぞ!」
「にゃ」
「格好良かった。最高だった!」
「にゃ?」
「こんなに可愛くてちっこいのに、お前は他の聖獣や騎獣よりもずっと早かったんだぞ」
「にゃぁぁん」
えへへへへ、とぐねぐね喜び始めてしまった。
かつて、キリクとは相性が悪いのか、あまり仲良くしてこなかったのに。褒められたらなんでもいいんだろうか。
ちょっぴり現金なフェレスに呆れてしまう。
ところでキリクがマルガリタを抱っこし、背中にガリファロを引っ付けているのだが、そこにアマリアがやって来た。
「まあ、キリク様。いけません。赤ちゃんをこんな遅い時間まで……」
「あ、いや、だがまあ――」
「いけませんわ。それにお母様にだって悪いです。独り占めするなんて」
「いや、独り占めしたわけでは」
「それから、キリク様?」
「あ、はい」
「フェレスちゃんたちは明日もレースがあるんです。決勝戦ですから続けざまに出ないといけませんのに、ここで引き止めてなんとするのですか」
「お、おう、そうだな」
「シウ様もです。キリク様と仲が宜しいのでついついお付き合いなさるのでしょうが、子供たちのことを考えてあげてくださいませ」
「あ、はい」
「ささ、赤ちゃんたちはお返ししましょう。まあ、可愛い」
どうやら、抱っこしたかったらしい。いやもちろん、遅い時間まで起こしていることへの罪悪感もあったようだ。
アントレーネは別に気にしていない、どころか、赤子の世話をしてもらって助かると言っていたので微妙な顔をしていたけれど、ちゃんと受け取って部屋へ戻っていた。
もちろん、シウもカティフェスを引き取った。ちなみにカティフェスはサラが抱っこしたまま離そうとしなかったので、こちらはレベッカに叱られていた。
みんな小さきものが好きだ。
ロトスもとばっちりが怖くて広間から出てきたけれど、
「俺、もうサラねえさんに抱っこされなくなったんだぜー」
などと言って拗ねていた。大きくなってきたので、サラもオリヴィアもあまり構ってくれなくなったらしい。
でも、聖獣の中でもポエニクスに次ぐかもしれないと言われるウルペースレクスに対し、一歩引いた態度を取るのは当然なのだ。ロトスが大きくなってきたからこそ、なおさら二人は自覚してきたに違いない。
本人にその自覚はないけれど。
狐型騎獣ウルペースは、フェーレースと同様に下位騎獣に相当する。ただ、物珍しさとすばしっこさなどで希少価値があり、人気は高い。
そのウルペースよりも体格が大きく、魔力も高いのが狐の王と呼ばれるウルペースレクスだ。
体高などから、聖獣の中では下位だと言う者もいるが、貴重な存在で滅多に見かけないことからやはり神聖視されている。
そんな中、九尾もあるロトスは特殊個体だと考えられた。魔力量もどんどん伸びており、すでに五百はあるのだ。
五百と言えば、聖獣の中でもトップクラスであるモノケロースの最高値だ。
つまり、まだまだ伸び盛りのロトスは、ポエニクスであるシュヴィークザームに次ぐ存在となる。
魔力量については話していないが、魔力が多く魔法使いとしては一流のサラたちからすればその強さに薄々気付いているようだ。
聖獣を崇めることのひとつにはやはり、強いものへの畏れもあるのだろう。
鈍感なシウや、普段から接している人間には分からないので、慣れたらそうでもないと思うのだが。
翌日は決勝戦で、メインの飛竜レースが昼を挟んだ午前後半と午後にあるので、シウたちは朝早い時間から会場入りした。
調教と礼法は前日に済んでおり、早朝から始まるのは障害物だった。
その次が速度で、最後に混戦レースが開催される。
大会ごとにアンケートの結果と状況などで順番が入れ替わるそうだが、見ごたえのあるレースほど、良い時間に当てるようだ。
騎獣のレースが終われば、一度催し物などで休憩時間を作り、飛竜レースの決勝戦が行われる。
おかげで騎獣レースに参加する者たちも飛竜のレースを楽しめるというわけだ。
オスカリウス家の応援もしたかったので、良かった。
そんなことをのほほんと考えていたら話しかけられた。
「お前全然緊張してないのな」
「あ、うん」
顔見知りのブロニクスに言われて、シウは笑う。彼はウリセスのチームでレオパルドスのファバを連れている。前日、腹に掴まってトンネルを抜けたのは彼だ。
筋肉痛になっていないか聞いたら大丈夫との返事で、感心してしまった。
しかも彼はこの後、ウリセスたちと共に混戦レースへも参加することになっている。
「すごいねえ」
「そりゃ、こっちの台詞だっての。お前この後、速度へ出るんだろ? 立て続けじゃねえか」
「そうだね」
「そうだね、っておい。呑気なもんだぜ」
笑いながら、係の人の点検を受けて、中央に引き出されていく。
本戦からは全員が、希少獣たちも含めて、係の人の触診を受けることが義務付けられているのだ。フェレスは嫌そうな顔をして係の人を見ていた。どうやら触り方が気に入らないようだ。
「にゃ。にゃにゃ」
「はい、どうぞー」
全く通じていないが、フェレスは彼に「もっとていねいにやさしく!」と言っていた。スルーされて、鼻のあたりをギュッと顰めていた。
なかなかの大人数で障害物レースは始まった。
昨日の様子を見て、大会の委員が張り切ったらしく直前になってコースが大掛かりな変更となっている。
騎乗者にはコースの概要は出走十分前に知らされるだけで、手書きのような簡単な紙が渡されるだけだ。
そこに急流の川渡りだとか、崖登りでは滝、湿地帯コーナーまで追加されていて、笑ってしまった。
「笑うな、誰だ笑ってるのは!」
「バカじゃないのか。これ、嫌がらせだろう」
「去年はこんなのなかったわよ!」
「ひでえ、これ、騎獣だと無理じゃないか?」
みんな狼狽えすぎだ。
ちなみに、強化魔法などで騎獣本体を丈夫にすることは許されている。飛行も基本は禁止だが、落ちたりしたら危険なのでそういう時は使っていい。受け身の状態ならOKなのだ。
ところどころで監視委員がチェックしているが、多少のことは目を瞑っているらしい。
体重制限がないので、そんなものだろう。
厳密にレースをするなら、シウの組はかなりの重しを課せられているに違いない。
「では、皆さん、位置について!」
「げっ」
「早くないか」
「待て待て待て」
「地図が複雑で、覚えてられんっ」
「御武運を!」
上司と一緒に参加しているのか、部下の人からの叫び声が聞こえたところでスタートとなった。
さて、まずは直線だ。草原を走り抜けるのだが、ところどころに落とし穴がある。ちゃんと地図に乗っているのだが、覚えていなくても探知できるので問題ない。
フェレスも場所をすぐさま把握して岩場コーナーに着いた。
オダリスとスジェンカも後を追ってきている。他に、聖獣のレーヴェが追い上げていた。
岩場は複雑な形に組み直されて、右へ左へと抜けていく。時々、駆け上がるのは、左右どちらにも行けないからだ。
その後、川に阻まれるが、ここは少し面倒だが平地側へぐるりと走らせて助走をつけ、飛び越える方法を取った。
オダリスのウルペースは上流域まで走っていって泳ぎながら渡り、スジェンカのフェンリルは飛び越えようとして途中着水からの泳ぎを選んでいた。
すごいのはレーヴェで、ざぶざぶと渡っている。泳ぐというより、掻き分け歩くという感じだ。さすが重量級の聖獣だ、力が漲っている。
川の後は木々をすり抜け、下草による罠や飛んでくる枝や小石を跳ね除けて進む。
急峻な崖を模したところでは情報通り大量の水が流れ落ちていた。
せっかくトップを走っていたレーヴェも、ここで苦戦している。フェレスはその横をちゃっちゃと上っていくので、悔しそうだった。
崖の上ではつるつるに処理した丸太が並べられており、一瞬フェレスの目が輝いたので慌てて注意した。
「欲しかったら作ってあげるから、今は走り抜けてね」
「にゃ!」
良かった。レースを思い出してくれたようだ。
心なしか足音が飛び跳ねているようだったが、スキップしながら難なく通り過ぎた。
最後に湿地コーナーである。
ようは泥水状態で足を取られるのだが、泥遊びも大変大好きなフェレスなので、きゃっきゃと楽しそうに突撃していた。
彼の中に、遠回りしようという意思はないようだ。
周回に入って後方を確認したら、時間はかかってもいいからと遠回りしている組が大半だったのに。
あと、賢い子だと石を咥えて投げ、足場にしてから渡るものもいた。
こうした細工は自由だが、係の人が通り過ぎるごとに回収しているので大変そうだった。
これを見ていた他の参加組は今度は丸太を咥えて持ってきて渡ろうとしていた。
ちょうど周回遅れに追いついたところだったので、フェレスもそれを見ていたのだが、とても不思議そうな顔をしていた。
フェレスの中では、
「なぜこんなに楽しいのに、丸太の上をわざわざ通るのだろう」
となってるらしかった。
でも君、丸太の上を走るのも好きだよね、とは思ったが、口には出さなかったシウである。
そんなこんなで、シウも心配していたフェレスの集中力もなんとか保ったまま、ゴールとなった。
一位だ。
会場から割れんばかりの拍手をもらった。
フェレスに、みんなが褒めてるよと教えてあげたら、ツンと顎を上げてお澄まし顔になった。
けれども尻尾はしきりに振られており、それが可愛くてまた声が上がっていた。
見目も良いので、フェレスはアイドルになっちゃうかもしれないねと言うと、ぐねぐねし始めたので苦笑してしまった。お澄ましフェレスはあまり時間が保たないようだった。
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