119 準決勝戦




 準決勝戦が始まった。

 シウも午前中は飛竜のレースを観戦したが、昼以降は控え室に入っているよう言われているので、席を離れる。

 キリクは今日からは絶対に仕事はしないと言い張っているので、観覧席にずっといるようだ。

 赤子のことは任せておけと言っていたが、彼もまた構いたくてしようがないのだろう。

 お世話を買って出てくれた騎士たちが言うには、自分たちの子供も最低一度はキリクが抱いたことがあるそうだ。

 だから彼等にとってアマリアは、希望でもある。

 フランクに接してはいるが、皆がキリクのことを尊敬しており、彼に安らぎを与えて欲しいと思っているのだ。子供好きなことも有名で、口には出さないがぜひともキリクの子を産んでほしいと願っている。

 プレッシャーがすごいだろうなと思うが、アマリアも是非世継ぎをお生みします! と侍女のジルダたちに話していたそうだから頑張ってもらいたい。

 なんというか、それにしてもオスカリウス家は全体的に暑苦しい気がする。

 幸せそうだなとは思うが。

 とにかく、後を任せてシウは控え室に向かった。



 控え室にはシード権を持つ者たちも来ており、懐かしい顔を見付けた。

「まあ! レースに出てたのね」

「ドロテアさん、お久しぶりです」

「シウ君だったかしら。準決勝戦まで上がってくるなんて、すごいわ」

 フェデラル国の騎獣隊に所属するドロテア=クラウスラーという女性で、男爵の妻でありながら第三隊の隊長としてレースにも参加しているのだ。

 前回、上位入賞となったのでシード権を持ち、ここからの参加となるらしい。

 他にも見知った顔が多くいる。

「ねえ、どれに出るの?」

「速度と障害です」

「え、えっ? フェーレースで速度と障害に出るのっ!!」

 控え室が大きく、調教や礼法のレースに参加する者も入り混じっているため、勘違いしたらしい。

 そしてドロテアの台詞により、周囲にもじわじわとシウたちのことが広がった。

 シード権を持つ者たちの中にはギリギリに参加してきた者もいて、シウとフェレスを知らないようだった。

「出ますよ」

「す、すごいわね……」

「やるからには頑張ります」

「そ、そうね」

 話していると、騒ぎに気付いた顔見知りがやって来た。高貴な方々は上座の方にいたので、気付かれていなかったのだ。


 シウの前にはフェデラル国のアドリアン王弟殿下と、ハヴェル=ヴァイスヴァッサー辺境伯が立っていた。

 ドロテアは恐れをなして一歩二歩と下がってしまい、シウの周りにいたレース専門のウリセスたちなどもっと遠巻きになっている。

「やあ、君か。どうやらここまで勝ち上がってきたようだね」

「はい。殿下」

「名前で呼んでくれと言ったはずだが?」

「えーと、はい、アドリアン様」

「ふむ」

 きらきらした王子様スマイルで笑うが、彼はれっきとした大人である。

 理不尽だとは分かっているが、シウの中で王子様とはせいぜい二十歳以下であってほしいのだが、仕方ない。言葉へのイメージ力とは恐ろしいものだ。シウだけかもしれないが。

「ヴァイスヴァッサー辺境伯様もお久しぶりです」

 軽い礼をとると、彼は首を振り、それから頷いた。よく分からなくてジッと見上げたら、コホンと咳払いして口を開いた。

「わ、わたしのことも、名前で呼んでくれたまえ」

「……いいんですか?」

「ああ!」

「では、ハヴェル様。レースに参加する者同士、正々堂々と戦いましょう」

「うむ」

 偉そうに頷いたけれど、アドリアンと比べるとちょっと貫禄が足りなさそうだ。本人も気にしているからこそ、偉そうな態度を取っているのだろう。

 似たような年齢のふたりだが、持って生まれたものやストレスによって差が生まれるのかもしれない。

「ハヴェル殿もシウを知っているのだね」

「はい。キリク殿との会談の際に少し」

「うんうん。分かるよ。オスカリウス辺境伯殿は良い人材を多く持っているよね。君も早速目をつけたんだ」

「は」

「でも、今はお互い敵同士だね。ぜひ、実力を出し切って切磋琢磨しようじゃないか」

「はっ、殿下」

「いやだなあ。ハヴェル殿もわたしのことはどうか名前で」

「よ、よろしいのですか?」

「もちろんだとも。わたしはね、こうしたレースに本人が出て来ることを殊の外気に入ってるんだよ。特にハヴェル殿は飛竜にも乗るね? 以前から同志のように思っていたんだ」

「こ、光栄です!」

「うん」

 アドリアンは人たらしなんだなあと、正直な感想を抱いて見ていると、彼は近くにいたドロテアにも声を掛けていた。

 彼女もまた名前を覚えていてくれた王弟殿下に感激を受けたようだ。

 あっという間にファンを増産していた。


 昨年のレースで知り合った関係上、シウにはフェデラル国の参加者と知り合いが多い。

 よって、出身国と言っても良いシュタイバーンの参加者からは遠巻きにされていた。

 中にはオスカリウス家の者なのに他国と通じているのか、なんて嫌味を言う人もいたようだが、予選で顔馴染みになった人が窘めていた。

 ダルシアもさりげなく話を変えたりして、その優しさにシウは目礼で返した。



 やがて出番が回ってきた。

 複数参加の者は係の人がなるべく時間を開けるように調節してくれるが、準決勝戦ともなると厳しい。

 シウの場合は二十分ほどの休憩しか取れないようだ。

 ただ、速度が先だったので、フェレスにとっては楽だ。障害物は違反すれすれのぶつかり合いもあるので意外と体力を食う。速度も全力を出すから大変といえば大変だが、一日中森の中を全力疾走していたフェレスにとって、気遣いのない速度レースは気楽なものだった。


 さて、その速度レースでは早速ハヴェルとぶつかった。

 他にシュタイバーン国軍のコルヴィッツ師団から騎獣隊も出ていたし、各国の高位貴族が持つ聖獣たちも多く参戦している。

 軒並み聖獣だらけで笑ってしまうが、シウの組にもレオパルドスとティグリスはいた。

 予選から勝ち上がってきた者たちだ。

 なんとなく仲間意識が出て来るのか、出走前には頑張ろうなと声を掛けられてしまった。


 レースは、弾丸スタートを切ったフェレスがトップを激走のままコーナーでも素早く方向転換するために後方を引き離していた。

 追い上げられるかと思ったが、真後ろまで追いついたのはハヴェルのレーヴェぐらいだった。

 代理出走者ばかりとなった聖獣組とはかなりの差を付けた。レオパルドスとティグリスは善戦し、上位に食い込めたので決勝戦進出が決まった。

 これはかなり珍しいことで、速度レースでの決勝戦に聖獣以外がこれほど出走するのは何年振りかのことらしい。

 もっとも、フェーレースの決勝戦出場自体も初なので、そちらが目立ってしまって悪いことをした。

 本人たちもちょっぴり悔しかったようだが、決勝戦に出られることの方が嬉しく、最後には苦笑いで喜んでいた。



 障害物ではダルシアとドロテア、ウリセスの仲間や、冒険者のオダリスとスジェンカと組が一緒だった。

 もちろん、貴族家の持つ聖獣たちも参戦している。が、こちらはあまりライバルとして意識していない。障害物の場合は練習と慣れが一番なので、貴族家の聖獣出走のほとんどが代理騎手ということもあって敵にならないのだ。

 ウリセスやオダリスたちもそれが分かっているから障害物や混戦レースにエントリーしている。勝ち目のある戦いをするのもプロの証拠だ。


 その障害物レースでも、シウとフェレスは弾丸スタートで飛び出て、複雑になってきたコースを難なく走り回った。

 準決勝戦から動く障害物も出てくるのだが、石が飛んできてもひょいと避けて走り抜ける。

 急峻な崖を登りきるとすぐさま妨害用の砕石が撒かれていたが、数少ない足を置ける場所を瞬時に判断して切り抜ける。障害物レースでは基本的に飛行が禁止となるため、足場の確保は大事なのだ。

 こうしたことは深い山中で遊び回るフェレスの独壇場で、得意中の得意だった。

 狭い岩場をすり抜けて、走りづらい砂場でターン。

 他の参戦組がイヤイヤやっているところを、申し訳ないぐらいの機嫌の良さで走り回っている。

 なんというか、水を得た魚のようなはしゃぎっぷりである。

 今までがよほど物足りなかったのだなあと思うが、本物の山中を模すわけにもいかないのだし、大会側は十分に趣向を凝らしている方だ。


 暗くて汚い(実際には汚くないが)トンネルを抜ける際には、騎乗者が降りて付いていくというような展開もあり、なかなかにアスレチック化していてシウも面白かった。

 このあたりは主従の信頼関係も問われそうだ。置いていってはいけないし、お互いに気を遣う必要がある。

 シウも途中周回を重ねてくると、騎乗帯を片方外して手に持ち、フェレスに引っ張ってもらう方法を取った。引きずられる形になるが、直前で木の枝を失敬して足の裏に敷いてみたら、靴が削れることもなかった。

 シウたちのやり方を見てとった後方の中には、騎乗していた場所から横にぐるりと回ってレオパルドスの腹に掴まったままトンネルをすり抜けた者もいた。

 大型の聖獣や騎獣ほどトンネルを抜けるのは慎重になって時間もかかるのだが、腹に引っ付いたままだと騎獣が頭を下げれば良いだけなので早く済んだ。

 ただこれは腕や足の力が必要で、よほど鍛えてなければできない技だ。他の者には無理のようだった。


 とにかくも砕石や泥土の飛び道具にトンネルなどという仕掛けをくぐり抜け、こちらもシウたちはトップ通過で終了した。

 二位との差をかなり開けてのことで、観覧席からは声援が飛んでいる。

「すごいぞー!!」

「ねこちゃーん!!」

「ちびっこコンビ、よくやったぞーっ!」

 など、好意的なものばかりだ。

 今回フェレスは実力の八割ぐらいを出していたので、見ていた方も楽しかっただろう。

 優雅な猫型騎獣のフェーレースが、上位騎獣や聖獣を相手にもせず颯爽と走り抜ける姿は騎乗したままのシウにも想像がつく。

「よくやったね。明日はもうちょっと本気でやっちゃう?」

「にゃ!」

 シウは頑張ったフェレスに労いの言葉をかけて、控え室へと戻った。

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