118 カードの戦いと人気のモフモフ
話を終えると、ファヴィオとダルシアがフェレスたちに挨拶したいというので移動した。キリクたちは大人の話がまだあるようだ。
シリルやイェルドが席を詰めて話に交ざっていた。もちろん、エラルド側の秘書たちも顔を寄せているので、実務レベルの話でもするのだろう。
こんな時まで大変だなあと同情した。
カードゲームのテーブルに近付くと、白熱した戦いを繰り広げていた。
ククールスと相手の騎士が叫びながらカードを繰り出している。これは一体なんなのだと思ったら。
「こう言うと面白いってロトスが言うから」
「ロトス君、遊び方を指南してくれるんだよねー」
周りで応援している人たちが口々に教えてくれた。どうやらロトスの入れ知恵らしい。
そのロトスは、
「おれ、セコンドやくなの」
と言って、ククールスの後ろからイケーとかソコダーと叫んでいた。
楽しそうで何よりだ。
ただ、カードゲームなのに、なんとか必殺技だの、フハハこれが最終奥義、とかいう台詞はどうなんだろう。
よく分からない。
ソファにはアマリアが座っており、その足元にフェレスが丸まっていた。ソファの肘掛けにはブランカが顎を乗せてうっとりと目を瞑っている。
「お顔掻いてもらってるの? 良かったね、ブランカ」
「ぎゃぅぅん~」
きもちいいのー、とリラックスした声だ。
反対側の肘掛けにはルコがいて、少し離れた場所で主のカナルがあわあわしていた。
なんだろう、上司の妻となる人に恐れ多いと思っているのだろうか。よく分からないのでシウは彼のことは気にしないことにした。
「アマリアさん、ごめんね、面倒見てもらって」
「いいえ。とっても楽しいですわ」
(モフり放題だもんな!)
ロトスが念話を送ってきたのでテーブルを見たら、ククールスが勝ったところらしい。バンザイしながらこちらをチラッと見てきた。
ところで、クロは少し離れた場所にいて、時折あっちへこっちへと飛んでいる。
何してるのと念話で聞いてみたら、
(きゅぃきゅぃきゅぃ!)
お仕事をしているらしい。
よくよく見てみれば、カードゲームの相手手札を見るようにと言われたようだ。それに気付いた相手側も見てくれとお願いし、泥沼化しているらしかった。
もはやカードゲームを楽しむというよりも、クロとのやり取りを楽しんでいるようだ。
声真似をするので、勝った方の台詞を覚えさせようと今度は腕相撲に切り替えている。
皆が楽しいならそれでいい。
ファヴィオとダルシアがフェレスに構っている間、シウは先ほど聞いたヒルデガルドのことをアマリアと話した。
彼女も夜会に出るのでうっすらと耳に入っていたようだ。際どいことはキリクが隠すので知らないようだった。
シウも詳細は話さなかった。いずれ耳に入るだろうが、流れ的にアマリアのトラウマに抵触しそうだ。その時はきっとキリクが上手に慰めるのだろう。
「貴族令嬢が廃嫡ってことは、どういうことになるのかな」
「……跡継ぎから外されるだけではございませんね。良くて自宅監禁、悪いと家を出されますわ」
「そっか」
「シウ殿は、ご心配なのですね?」
「うん、まあ。だって元々は親切な人だったんだよ。暑苦しかったし、好意の押し付けってところはあったけど」
「まあ」
身も蓋もないシウの物言いに、アマリアは苦笑した。
「でも、だからって、家から放り出されていいとは思わないんだよね」
「ええ」
「特に、僕等みたいな一般人だったら家を出されてもなんとかなるかもしれないけど」
「貴族の暮らしをしていた者が、働くというのは難しいだろうね」
フェレスに尻尾で嬲られていたファヴィオが会話に入ってきた。
柔らかくふわふわの尻尾には魔力があるのか、ファヴィオは真面目な話をしているのに顔が崩れている。
アマリアの視線が若干引いたのは、台詞に対してではなくてファヴィオの様子にではないだろうか。
「賢い女性なら、人脈を頼りにどこか家庭教師へ入ることも可能だけど」
「ファヴィオ様、それだったら神殿に駆け込む案もありますよ」
「修道女ね。でも厳しいからなあ。すぐ抜け出す方にロカ金貨一枚」
「ファヴィオ様、アマリア様の御前ですよっ」
ダルシアが焦った顔で窘める。
「あ、そうだった。すみません」
「いえ。ですが、修道女になるのも大変ということですわね?」
少女小説などでは、婚約者に裏切られた女性が駆け込む場所のようによく描かれているのだが、意外と大変らしい。
「厳しい修行が待ってますし、一度入ればそう簡単に出てこられません。そもそも簡単に還俗するなら、修道女になることを許しませんからね」
「お詳しいのですね」
アマリアが尊敬の眼差しで見下ろすと、フェレスの尻尾に撫でられていたファヴィオは少し顔を赤らめて答えた。
「いや、その。妹が少女小説が好きでして。それで大昔に、修道女になるんだと言い出したものですから、慌てて調べたことがあるのです」
「まあ」
「その時に、より脅かすためにヴィルゴーカルケルの話もしまして。……泣かれてしまいましたが」
はははと頭を掻いている。彼にとっては黒歴史のようだ。
「とにかく、安易に入るところではないですよ。女性は勢い余って、先に髪を下ろすこともあるそうですが、あれも良くない」
「そうなの?」
シウが問うと、ファヴィオは少し言い難そうに語った。
「その、髪が短いというのは庶民のようなものだと思われてね。貴族からすれば、あまり良いことではないんだよ」
シウも短い髪をキープしているので、それを気にしての発言らしい。
別にいいのに。
「特に女性はね。短くするってことは、その、どうにでもしてくれって意味にもとられるから」
言葉を濁していたが、ようはレベルの低い女だと思われる。つまり身を持ち崩した女として見られるということだ。
確かに庶民でも髪を短くしている女性は少ない。
短いのは大抵、冒険者か兵士だ。
「とにかく、考えなしに行動するなってことだよね」
「そうそう」
話はそこで終わったが、シウは脳内で続きを考えていた。ヒルデガルドの場合、考えなしに即行動する癖がある。
嫌な予感しかないシウだった。
夜も更けてきたので、アマリアが先に部屋へ戻っていった。
シウも戻ろうと思ったのだが、せっかくルコがいるので少し遊ぶことにした。
フェレスとブランカは相変わらずファヴィオとダルシアに可愛がられているので、暇になったのだ。あと、クロはやっぱり伝書鳩ならぬ伝書グラークルスをやっている。
「ルコ、レース観た?」
「きゅ」
「面白かったんだ。良かったね」
シウと話していたら、カナルが寄ってきた。
「カナルさん、さっきはどうしてあんなに離れていたの?」
「いやだって。アマリア様に俺みたいなのが近付いたら! 聖女様が!」
かあっと赤い顔になるので、憧れやら何やらが混ざって変なことになっているようだ。
確かにアマリアは聖女様みたいに素敵な女性なので気持ちは分かるが、ちょっと危険だ。
「人妻になるんだからね?」
つい窘めてしまった。シウよりずっと年上の男性なので、失礼なことを言ったとは思ったが、カナルの様子を見る限り大丈夫そうだ。
「いや、分かってる。分かってるって。でも、人妻かあ。人妻って言葉は――」
「あ、それ以上は危険だよ。ピーが入るよピーが」
つい口にしてしまった。ロトスがよく口にするので、シウもかなり毒されてきた感がある。
「ピーってなんだい?」
「……倫理委員会の発動音かな?」
「よく分からないけど、うん、まあ、落ち着いたよ」
ふうと溜息を吐いて、カナルはしゃがみこんでルコを撫でた。
しかし、シウがアマリアの座っていたソファへ座ると、じいっと見てくるのでまだ落ち着いていないんじゃないかなと思った。
そこにロトスが駆け寄ってきた。カードゲームは別の形態へ進んだらしい。
騎士たちとククールスはどちらがより飲めるかの戦いへ移行したようだ。
つまらなくなって、こちらへ来たらしい。
そして会話を聞いていたらしく、
(コイツ、こじらせ男子じゃねえか?)
などと言ってくる。
「ロトス?」
「はーい。ねんわはやめまーす」
手を上げて、シウのソファへ無理やり座ってきた。最近急激に育ってきたのでもはやシウと同じ身長、体格だ。
世間一般で言うならば十二歳ぐらいだろうか。
ゆったり座れるソファに、成人前の子供が二人だから座ろうと思えば座れるのだが、むぎゅむぎゅになってしまった。
「ルコ、こっちおいでー」
「きゅ」
ルコはちょっぴり不安そうな、それでいて恥ずかしそうな様子でロトスの前に移動した。
カナルが「ああっ」と悲壮な声を上げていたけれど、別に寵愛を奪ったわけではないのに大袈裟だ。
「俺のこと、ないしょだからね? だれにも言っちゃだめだよ」
「きゅ」
「かわいいー」
素直で愛くるしいルコの姿に、ロトスはメロメロのようだ。頭ごと抱き締めてもんどり打っている。
「ルコがもげちゃうから、止めてあげて」
「ああ、俺のルコが……」
「わかったー」
悲愴なカナルの顔を見て、ロトスはドン引きしながら手を離していた。
(そんな自分の女取られたみたいな顔しなくても……)
確かに、こじらせ男子と言われるとそうかなと頷いてしまう様子だ。
ルコにとっては良い主だったのだろう。ただ嫉妬で監禁されないよう、祈るばかりだ。
もちろんそんなことを許すオスカリウス家だとは思っていないから、シウも気軽に考えていられるのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます