110 応援と賭けの対象




 待ち合わせの時間が来たのでウリセスたちとは分かれ、急いで会場の表門に走った。

 ロトスが都度、念話で教えてくれたから間に合ったが、地竜便に乗り込むのはギリギリだった。

 ケントニス街へ戻る道中では、シウとフェレスのレースに関する話で盛り上がり、翌日の第二戦も頑張ってねと応援された。


 キリクとアマリアは先に戻っており、ケントニスの街長が主催するパーティーに参加するためすでに宿を出ていた。

 シウたちが宿へ戻ると、入れ替わりにカスパルが出るところだった。

「遅かったんだね、シウ」

「カスパルもパーティー?」

「そう。面倒だけど、出ておかないとね」

 肩を竦めて、馬車に乗り込む。ダンも共に乗って、窓から手を振り去っていった。

 彼等は今日は宿でゆっくり休んでいたので元気なはずなのだが、どちらもうんざり顔でいたので、気持ちの分かるシウは同情した。

 ククールスも、手を頭の後ろで組んで、かわいそーと笑いながら同情? しているようだった。


 大広間の食堂へ向かうと、すれ違うオスカリウス家の人々から応援された。

「予選突破おめでとう」

「すっげー、早かったじゃないか。なあ、フェレス」

「うちの騎獣隊も出てるんだが、本戦でやり合いそうだな。頑張れよ」

 などと、口々に好意的なことを言ってくれる。

 本来は敵同士となるのに、身内扱いだからだろう、気持ちの良い態度だ。

 食堂でも、竜騎士や騎士、兵士に内勤の普段は見かけない人からも声を掛けられた。

 でもどうも普段と違う様子なので首を傾げていたら、サラがやって来て理由が分かった。

「今回、自国内だからって大勢が旅行気分で来てるの。一応、仕事として組み込んでいるんだけど、半分休暇だから盛り上がっちゃって。で、賭けが流行っているのよね」

「賭け?」

「そう。ついでに言うなら、ルコのことであなたを驚かせる仕掛けをしていたのだけれど、事前に気付くかもしれないって言い出した子がいて、じゃあ賭けをしようとなったわけ。結果、彼の一人勝ちよ。さっき、皆で大騒ぎしながら街に繰り出してしまったけど」

 と、街の飲み屋が立ち並ぶ方面を指差して笑う。

「あはは」

「ちなみに、バレてしまった経緯を知った負け組が、カナルとカルガリを取り囲んでお説教タイムよ」

「わあ」

「キリク様にはまだ知らせてないの。今度は逆仕掛けをしようかって話になってて、頭が痛いわー」

 痛いと言いながら、サラはとても良い笑顔だ。

 彼女もこうしたお遊びが好きらしい。というか率先して賭けに参加していそうだ。

「あなたが予選をどうやって通り過ぎるかも賭けの対象よ」

「どうやって?」

「ええ。だって、予選を通過することは全員一致で分かっていたことだもの」

 微笑みながら、サラはシウを見つめ、それから足元でクロを舐めているフェレスを見た。

「本戦でどこまで残れるか、今は賭けのやり直しでみんな必死よ」

 今日のシウとフェレスの様子を見て、本戦での状況を読み直したということらしい。

 サラはククールスやアントレーネにも、参加するならシーティーかサーリに声を掛けてと伝え、テーブルから離れていった。


 ロトスは、なんで俺には声を掛けないの、と唇を尖らせてぶーたれた。

「いや、ほら一応ロトスは子供だもの」

「そーだけどー」

 足をぶらぶらさせて、ぶーぶー言っている。そうした子供っぽい姿は今しかできないとばかりに、やっているそうだ。相変わらずあざとい子である。

 アントレーネは真面目なので、まともに受け取ってロトスを宥めていた。

「子供は賭けなどという悪い遊びを覚えてはいけない」

「あ、うん」

「サラ様もお優しいから、ロトス様に言わなかったんだ。大人の悪い話は聞いちゃいけない」

「えと、はい……」

 ククールスは横で笑いを堪えながらも、シーティーとサーリかあ、と名前を確認していた。


 食後はレベッカやデジレがやって来て、赤子を眠らせるのを手伝ってくれた。

 他にも、顔見知りの騎士たちが来て、眠れなくてぐずっているマルガリタを抱っこする。

「俺のところの子も、枕が変わると眠れなくてなあ」

「うちのはもう大きいから夜泣きはないが、小さい頃はずっと泣いていたもんだ」

 慣れた様子で交互にあやしている。

 獣人族の子が珍しいというのもあってか、みんな気になっていたようだ。

 手薄だったら助けるからなと言ってもらえ、有り難い。

 レベッカたちも手伝ってくれるが、シウがレースに参加してしまったので気になっていたのだ。

「誰か最低でも一人は観戦席に配置できるよう、世話に慣れたのを選んでおくよ」

「ありがとうございます」

「いや、こっちも可愛い赤ん坊を抱っこできて嬉しいからな。獣人族の子はまた格別に可愛いし。見てみろ、このピコピコ動く耳」

「あ、耳とか尻尾は触っちゃダメなんだよ?」

「分かってるって、それぐらい」

 何を当然なことを、といった目で見られてしまった。

「そうなんだ……」

「まさか、シウ坊は触ったのか?」

「ううん、触ってないよ」

 慌てて首を振ったら、横からアントレーネが口を挟んだ。

「いや、シウ様は触っても良いんだ。だって、父親代わりなんだし、あたしの主でもある。一族の長や、家族は触っても良いんだ」

「そうなの?」

 騎士たちも、そうなのか? と不思議そうだ。

 アントレーネは、しっかりと頷いて、答えた。

「名前を与えてくれたシウ様は、長と同じだ。それに、シウ様はあたしの主だから、家族よりも上なんだよ」

「うーん、だけど、奴隷という立場は建前だって前にも話したでしょ?」

「あ、いや、違う。そっちの意味じゃない」

 うん?

 シウが首を傾げると、ロトスが(やべえ、年上女性とショタの主従プレ――)変な念話を送ってきたので一応ポカリと叩いて黙らせた。

「あたしは、奴隷だからというのは関係なく、シウ様に忠誠を誓っている。生涯、シウ様に尽くすと決めたんだ」

「おお、つまり、君はシウ坊の騎士になるってことだな!」

 騎士たちが小声で興奮した。

 腕の中のマルガリタが寝てしまったからだ。

「うんうん、仕える主がいるってのは、騎士にとって最高のことだ」

「良かったじゃないか。レーネ、だっけか? よし、お前には後で騎士が誓いを立てる場合の文言を教えてやろう」

「お、いいな。キリク様に教えると奪われるから、俺たちで儀式の用意やっちゃう?」

「でも、スパーロ隊長には言っておかないと」

 なにやら悪巧みの顔だ。

 というか、話を勝手に進めないでほしい。

 シウは半眼になりつつ、彼等を静かに制した。

「こっちの話だから、あまり大事にしないでくださいね?」

「えー」

「ね?」

「……分かったけど、えー」

 レベッカが呆れような顔をして騎士たちを眺め、デジレは苦笑しながら二人を諌めていた。



 シウたちの部屋は中央に応接間、そこから繋がる形で各個室がある。

 が、扉は開け放たれて、皆が好きなように過ごしていた。

「それにしても、貴族っていうのも、いろいろあるんだなあ」

 ククールスは食堂で出された酒を瓶ごと持ってきており、アントレーネと一緒に飲んでいる。二人共、酒豪なので楽しそうだ。

「あたしの知っている貴族とは全然違うよ。ブラード家もすごいと思ってたけど、オスカリウス家ってのは本当に変わってる」

「な?」

「おれもー」

 話に参加しようとするロトスを掴まえ、シウはベッドに運んだ。

「えー」

「子供は寝ること」

「シウも子供じゃーん」

「僕ももう寝ます」

「しんちょー、伸びるようにね!」

 シウはからかってくるロトスにごつんと軽い頭突きをして、ベッドに放り投げた。

 きゃあっと転変して楽しげに転げ回る。ブランカがもう眠たいのか、迷惑そうな顔をしてロトスを見た。

「きゃんきゃん!」

(ちがーう、俺じゃない!)

 そう訴えたものの、ブランカは半眼で睨み、ふわあああと大欠伸で寝に入った。

 ロトスはぶつぶつ言いながら、その横に寄り添う。

 寝る時はこうして狐姿が良いのだそうだ。

 フェレスものっそりやってきて、クロを摘んで尻尾に絡め取るとロトスの横に寝転んだ。

「おやすみ」

「にゃ」

「きゃん」

「きゅぃ」

「……」

 ひとりだけ返事がなかったけれど、見ているうちにひとりふたりと眠りに入っていたので、そのまま部屋を出ていった。

 彼等は寝付きが良いので羨ましい。


 シウは夜更かしの癖がついていて、なかなか眠れないのだ。

 お酒でも飲もうかと思うが、状態異常を無くすという便利な体質のため、酔えない。

 よって、眠くなることもない。

 こればかりは仕方ないので、ベッドに入って羊を数えることにした。

「おやすみー」

「おう、休め休め。子供はたくさん寝るもんだ」

 半分酔っ払ってるククールスがグラスごと手を振ってきた。

 アントレーネは少し心配そうだ。

「眠れるまで、あー、下手だけど、子守唄でも歌おうか?」

「ううん。頑張ってみる。ありがと」

 じゃあね、とベッドに入って、横に置いた赤子用のベッドを見ると、三人がすやすやと眠っていた。

 羨ましい。


 応接室から漏れてくる明かりを横目に、シウは寝よう寝ようと考え、結局羊を七千匹数えたところで眠りに落ちたのだった。

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