111 非飛行型希少獣と第二予選レース




 土の日になり、また朝のうちに地竜でリファへと向かった。

 オリヴィアは急遽仕事が入ったので遅くなるというから、再会は後日となる。カスパルは今日も宿でゆっくり休むのだそうだ。パーティー疲れというよりは、読書時間がないことへのストレスからだろう。


 午前中は全員で飛竜レースの予選を見て、午後は小型希少獣のレースを楽しんだ。

 普段はあまり見ない、希少獣たちがいて面白い。

 去年も飛竜大会は観戦したが、クロもブランカも幼獣だったのであまり覚えていないようだった。フェレスは今を楽しむ性格だから、論外だ。

 そのため、ロトスと一緒になってきゃいきゃいと楽しそうである。

 特にロトスは、フェレスたちと違ってシーカー魔法学院へ付いてくることもなかったから、他の希少獣に会うのはこれが初めてに近い。シュヴィークザームは聖獣の王だし、あれは別格だ。まあ、ある意味親しみが持てる聖獣ではあった。

(昨日のルコたん可愛かったしな~)

 変な節を付けて念話で伝えてくるので、シウはまた注意する。そのうち心の中がダダ漏れで伝わってきそうで心配なのだが、本人に危機感はない。

「今日はどんなかわいい子いるかなー」

「ロトス、お前オヤジ発言だぞ」

「へっへっへー」

「ククールス、あんたが悪い言葉の教師になってやしないかい?」

「お前もあんまり綺麗な言葉じゃねえだろ」

「うぐ……っ」

 三人がこんな調子なので、シウは静かに後ろから恐ろしい事実を伝えた。

「サビーネさんが、帰ってきたら課題の成果を見せてもらうって、言ってたよ」

 三人一斉に振り返って、シウを見る。

「言葉遣いとかマナーの試験をするんだって」

「え、ええっ!?」

「あたしも、だよね……」

「いや、俺は関係ないだろ?」

 ロトスもアントレーネもお勉強をしているので、サビーネ特製の夏休み用課題メモを渡されている。成果を見ますねと言われていたのに、何故そんなに驚くのかと思うが、ふたり共ショックを受けていた。

 ククールスはまだ半信半疑、自分は関係ないという顔だ。

「うちのパーティー仲間だって言ったら、じゃあご一緒に教えましょうか、と」

「えっ」

「お客様のうちは仕方ないと思ってたらしいんだけど、子供たちのためにももうちょっとマナーを覚えてもらわないと、と、こう――」

 指で両方の目尻を吊り上げて見せた。サビーネのちょっと怒った時の顔だ。

 ククールスがサーッと顔を青くした。

「お、俺まで、マナーの勉強させられる、のか?」

「しといた方が良くない?」

 人のことは言えないシウだが、にんまり笑ってククールスを見上げた。

 彼は何度かもごもごと言葉を咀嚼した後、仕方ないと肩を落としていた。



 熊型希少獣ウルススと、オランウータン型のポンゴと触れ合うコーナーでは全員が抱っこしてもらった。

 大型の希少獣で、元の種族と較べて一回りから二回りは大きくなるのだが、飛行はできない。その代わりものすごい跳躍力で、一気に十メートルも飛び上がったり進めたりする。

 こちらを好んで主従契約する者もいるほど、実は人気があるのだ。

 というのも。

「うはあ、なんかこう、しあわせー」

「な。最初は恥ずかしかったけど、これはたまらんわ」

「あ、あたしも、その、不思議な感じだよ」

 自分よりも大きくて温かい生き物に抱っこされるというのは、なかなかない。しかも普通の獣と違って賢い希少獣だ。知性ある瞳で優しく抱き上げてくれるので、皆がうっとりしていた。

 実際、彼等のような大型の非飛行型希少獣を持つ者は、彼等に安心感を求める。

 普段は安全な旅のお供であったり、荷運びや護衛代わりに付き添わせているが、いざ事が起これば彼等は主を抱いてどこまでも逃げ続ける。強靭な体力と素早さで、しかも重量級でもあるから魔獣と向き合っても強い。

 肉弾戦になったら、飛行型騎獣よりもずっと強いと言われているほどだ。

「ふわもこ~」

 大人ふたりは一回五分を守って降りてきたが、ロトスは離れ難いとポンゴにすりすりしていた。


 このポンゴとウルススはロトスが聖獣であることがどうやら分かっているようだった。

 今回、ロトスが飛竜大会へ観戦に来ることへの懸念はあったのだが、強力な認識阻害を試したい気持ちもあって来てみた。

 本人が逃げ隠れしていることをコロッと忘れているような気はするが――なにしろ手を繋いでいないとあちこち駆け回ってしまうのだから――いざとなれば転移でもなんでもして逃げられる。

 怖い怖いと引きこもっていてもしようがないので、遊びに来てみた。

 すると、ほぼ、誰にも気付かれていない。

 かなり賢い聖獣と間近で行き交えば察知される可能性はあるが、ぼんくら聖獣なら大丈夫だろう。

 そして、聖獣でもないポンゴとウルススに、なんとなく感じ取られているのは。

「この子たちは元々わたしの父親が卵石から育てて可愛がっていたんです」

「二頭ともですか? それはすごいですね」

「いやあ、うちはたまたま商売に恵まれましてね。そのご縁で卵石を手に入れることもありまして。親父は高いところが苦手だったもんで、飛ばない子がいいな、なんて言ってましたら、まあその通りになりました」

 主がしみじみと笑って教えてくれる。

「まさかこんな大型の子が孵るとは思ってませんでしたが。本当に可愛がってね。わたしと同じように育ったんですよ」

 一緒に教育も受けたらしく、元々ポンゴは賢いことで有名だが、共に育ったウルススも知性あふれる成獣となったようだ。

「親父が亡くなって随分悲しんでいましたが、わたしのことを託されたと思ったんでしょうね。わたしにも十分に尽くしてくれて。わたしの子や孫とも仲良く暮らしているせいか、人間のような、そう親父のような振る舞いをするんです」

 老獣となった今、かつての主のような深い知性を宿した瞳で、皆を見守っているそうだ。

 そんな二頭だからこそ、ロトスのことも見抜けたのだろう。

 しっかり楽しんだロトスを下ろした彼等に、シウは微笑んだ。

「ありがとう。ロトスのことは、どうか内緒でね?」

「がふっ」

「がう」

 もちろんだと、彼等からは返事をもらった。その瞳は柔らかで、まるで孫を見守るような優しさに溢れていた。

 種族は違うが、こうした年の取り方をしたいなと思わせる、二頭だった。



 午後も後半になり、シウは第二次予選に出場した。

 すでに第三次予選まで進んでいる組もあり、シウたちはギリギリ参加した組でまとめられている。おかげでオスカリウス家の騎獣隊、一般参加組とは完全に離れていた。

 なるべく早めに予選を抜けて、空いた日程で遊ぶのだと聞いたが、それはつまり本戦まで勝ち残るということだ。

 それだけの自信もあるのだろう。

 レベッカから聞いたが、本戦に出ればそれだけで特別手当が、更に入賞すれば順位によって結構な手当がキリクから下されるとか。

 やる気にもなるなあと思ったものだ。

 キリクにすれば、こうやって名前を上げさせることが、オスカリウス領に新たな人材を引き入れるための広告となる。

 ロワルの魔法学院へ青田買いに来たほどだから、とにかく人材確保はオスカリウス領の優先事項なのだ。

 今回は自国シュタイバーンで開催されるので力を入れるのも分かる気がする。


 シウの第二次予選だが、やはり問題もなくトップ通過を果たした。

 聖獣が出てくるまでは敵なしだと思っていたが、案の定だ。

 そしてフェレスは、つまんないと言い始めてしまった。本気の力も出していない。これはシウの指示でもあったが、本獣もやる気はなさそうだった。

「面白くなくても、ここで頑張っておかないと早い相手と勝負できないよ?」

「にゃー」

「本戦には聖獣ばっかりが残るからね。シード権のある子も多く参戦してくるから、ほぼ聖獣だよ」

「にゃにゃ」

「じゃあ、第三次予選も頑張ってね。シュヴィにも自慢するんでしょ? あと、クロやブランカにも良いところ見せるんじゃなかったっけ?」

「にゃ!」

 そうだった、と尻尾をピンと立てて張り切って返事をするが、もう予選は終わってしまった。第三次予選までこの気持ちが持ってくれるといいなと、シウは苦笑した。


 待合室に一旦戻るとマテオがいて、よう、と挨拶してくる。

「そっちも順調だな」

「マテオもね」

「本戦には出ないとさ。それにしても、フェーレースとは思えないほどすごいな」

「うん」

「レース仲間の間じゃ、もう話題になってる。本戦に行けば、客もその強さが分かるだろうぜ」

 お前すごいなと、マテオはフェレスを褒めた。フェレスはツンとそっぽを向く仕草を見せたが、尻尾が盛大に振られている。マテオはそれを見て、頬を緩めた。

「うちのスカラヴェオスより犬っぽいな」

 彼のフェンリルは賢くおすわりしているが、目が雌にばかり向いており、笑ってしまう。そわそわしているのを無理やり我慢して座っているらしい。

「そう言えばマテオたちのところのフェンリルって尻尾はあんまり振らないよね」

「躾けてるんだ。レースでは尻尾も体重移動や方向転換に使うだろ? 普段から意識して動かしたり止めたりってのをやらないと、本番で発揮できないからな」

「そうなんだ」

「昔は尻尾の付け根にリングを嵌めていたそうだぜ。虐待になるってんで廃止されたが」

 聞いたシウも目を細めたが、話したマテオも嫌そうな顔だ。

「騎獣隊でも躾けてるのかな?」

「フェデラルではやらないってさ。シュタイバーンやシャイターンだと、個々で違うらしい。ラトリシアは躾も厳しいと聞いたことがあるけどな」

 飛竜大会は、大陸の中央にある国で交互に開催されるため、マテオたちはラトリシアのことはよく知らないようだった。

 レース専門のクランだと、上位入賞を狙うためもあってシビアだから尻尾の動きひとつも大事にしているようだ。

 クランによれば体重制限もあり、騎獣と乗り手が共に大変な思いをするらしい。

 可哀想なことだ。

「ご飯我慢するんだって」

 フェレスに言うと、ものすごくショックを受けた顔をして、小さく鳴いた。

「にゃ、にゃぁぁぁ……」

 かわいそう、とまるで自分が待てをされたかのように悲しげだ。

 それから慌ててシウを見上げて、前足でそろそろと服を撫でてくる。

「どうしたの?」

「……にゃ……にゃにゃにゃ……」

 ふぇれも、がまんしなきゃだめなの、と泣きそうな顔だ。

 あんまりにも可愛くて、思わず笑ってしまいそうになった。すぐに返事をしなかったせいで、フェレスはまたも勘違いして大ショックだという顔になるし。

「あ、あは、ごめ、ごめん。そんなことないよ。大丈夫だって」

「……にゃにゃ……にゃぁぁぁ」

「ご、ごめんって。ちゃんとお腹いっぱい食べていいから。ほら、もう拗ねないで。ごめんね?」

 わしゃわしゃ顔を撫でて、抱きついて、また撫でるを繰り返してようやく信じてくれた。



 晩ご飯の時、フェレスがお皿を前にして暫し躊躇していたので、心の傷は深かったようだ。

 そして、食べないの? と横から意地汚く食べようとするブランカにも怒ることはなかった。もちろんマナー的にもよろしくないのでシウが止めたが、フェレスは横取りされかけたこともショックだったらしくて、お皿を咥えてテーブルの下に潜り、少しの間しょんぼりしていた。

 ブランカのことはクロとロトスが説教を始め、シウはフェレスを慰めることに専念した。


 フェレスには、いろんな騎獣たちがいるんだよと話して聞かせた。

 よその騎獣たちがご飯も満足に食べさせてもらえずレースに参加しているのだと聞いて、それはそれで衝撃的だったようだ。

 ご飯を食べないなんて、と憤りのようなものも感じているらしく、今日つまんないと言ったことも反省していた。

「にゃにゃ……」

 お腹が減っていたら力が出ないよね、と同情する気持ちも生まれ、またひとつ大人になったフェレスなのだった。

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