107 身内になる瞬間とレース会場へ




 ククールスとアントレーネがシウやロトスを裏切ることはない、というのはキリクも面と向かって話をしたので、しっかり納得したようだった。

 反対にククールスたちも、キリクの人となり、そして周囲に控える部下たちを信頼したようだ。

 お互いに話をしていくうちに、シウの勝手な行動やら突拍子もない行為についてバラし合ったりして、仲良くなっていた。

 そのための肴になっているのも、仕方ないと受け入れたシウである。

 少しいじけてしまったが。


 また、ロトスに関わることだけでなく、アントレーネがティーガ国出身ということで周辺小国群の話を聞けて、キリクたちには大いに役立ったようだ。

 なかなか小国群出身者の話は生で聞けないらしい。

 貴重な情報だと、特にイェルドなどは感謝していた。

 ククールスはサラと話があったらしくて、お互いに魔法のことを話し込んでいた。

 サラは影身魔法でシウを探ったのに跳ね返されて、ものすごくショックだったことなどを面白おかしく話しており、ククールスは腹を抱えて笑っている。ククールスもシウの規格外の魔法について話し、楽しげだ。

 ロトスはキリクに、シウの作った山小屋のことや転移石について説明しているし、結果的に余ったシリルと二人で、シウはぽそぽそと話すことになった。

「では、その男たちが飛竜大会にも来るということですね?」

「たぶん。懲りてない気がするし」

 尾行してきた例の男たちにはマーキングしているため、現在カサンドラ領へ向けて飛んでいることは分かっていた。飛竜はどうやらロワル王都で別便に乗り換えたようだ。

 くだんの操者は疲れているだろうにオスカリウス家へ夕方に駆け込んでいた。

 家令のリベルトに言付けていたので、無事対応してくれたことは感覚転移で分かっている。明日あたり、シリルにも連絡が入るだろう。

「そうした厄介な人種もいるのですよ。大変でしたね」

「でもククールスがいたので助かりました。レーネも一流の戦士なので、野営では安心でしたし」

「良い方々と出会えましたね。しかし、アントレーネ様は大変な思いをされたのに溌剌としてらっしゃいますね。心根の良い方だったのでしょうが、シウ殿に出会えたことが良い方向へと進んだのでしょう」

「あ、いえ」

「ご謙遜なさいますな。シウ殿が奴隷を購入したと聞いて驚きましたが、なるほど、良いご判断だったと思いますよ。赤子たちもとても可愛らしいことで」

 それについては、シウも断言できる。

 誰よりも幸せにできているとは言えないが、シウが買い取ったことで少なくとも赤子は元気に幸せに暮らせていると思うのだ。環境的に、ブラード家は本当に良いところだから、感謝しかない。

「今度またゆっくり抱かせていただけますか。もちろんアントレーネ様にもお願いしますが」

「大丈夫だと思いますが、はい」

「それにしても、お会いする度に良縁が増えておりますね」

 フェレスに続いてクロやブランカ、リュカを拾ったり、ロトスにアントレーネと続いているので面白がっているようだ。

 他に、いつ聞いたのか知らないが、角牛のことも彼は知っていた。

「ラトリシアのヴィンセント殿下にせがまれて角牛狩りにも行かれたとか。シウ殿の持ち帰るもののことでは後々面白い話が広がりますね」

「あはは」

 嫌味ではないと分かっているが、改めて自分のやりように反省しきりだ。

 軽々しく拾っているつもりはないが気をつけねばならない。





 翌日は朝から王領リファへ移動だ。

 近いので地竜なら三十分ほどで到着するらしい。宿から直接乗れるようになっており、便利である。

 現地に到着すると、貴族の借り上げ地竜車なので大会会場の入り口真ん前に乗り付けてもらえた。

 一般人の入場口は端にあるし遠回りになるので、貴族特権はやはりすごい。

 会場へ入ると、早速オスカリウス家が貸し切っているブースへ行く。今回も五室を用意しており、更にその隣をブラード家、反対隣をルワイエット家の名前で取っていた。

「オリヴィア様が、シウ殿やロトス様がいらっしゃるならぜひにと仰っておられたので、オスカリウス家で押さえておきました。明日には参られるでしょうから、是非お会いになられてください」

「はい。ロトスもオリヴィア様のことは大好きですし、僕もお会いできるなら嬉しいです」

 シリルはにっこりと微笑んで、それから視線を下に向けた。

 目がとろんと柔らむ。

 ブランカに騎乗帯を付けているのだが、その両側左右に頑丈な革で作った袋状の籠をくっつけていた。籠の中には、ガリファロとカティフェスを入れている。足を出せるようにもなっているので、起きている時は出させてブラブラしているが、移動の時は中に仕舞って留める仕様となっていた。

 マルガリタはブランカの背中に作った椅子状の籠に入れていた。落ちないようにシートベルトもあるが、各自に防御の魔法を付与したピンチを付けている。

 ブランカも成獣でしっかりしてきたことから、仕事として頼んでみたのだが、大変やる気になっている。バランスを取る練習にも良くて、ただの子守にならないところも良かった。

「可愛いですねえ」

 うっとりした声でシリルはしばらく見つめていたが、イェルドに呼ばれて仕方なくといった様子で出ていった。


 ところで、今回シウはフェレスと共に騎獣レースの予選にエントリーしていた。

 間に合わなければそれでいいと思っていたが、予選は延々と続くので間に合ってしまった。仕方ないので参加だ。

 ということもあって、フェレスに子守はさせていない。

「でも珍しいよな。こういうの参加するとは思わなかったぜ」

 キリクにもらった小袋をお手玉みたいにポンポン振りながら、ククールスはおかしそうに笑う。

「うん、まあそうなんだけどね。フェレスが去年、騎獣のレースを見て発奮してたから一年の練習成果が出せて良いかなと」

 これで本獣がやる気になっているのなら出場する意味もあるのだが、フェレスは「ふーん、出るの? 誰が?」と他人事だ。去年のあれはなんだったのだろうか。

 とりあえず、途中棄権も可能なので参加するだけして様子を見るつもりだった。

「それはそうと、あの人、なんで俺にまでお小遣いくれたんだろーな」

「あたしにもだ。あたしはシウ様にももらっていたから、要らないってお断りしたのに」

「なあ? 俺たちの年齢間違えてないか」

 面白いからいいけどさ、と小袋を放り投げては口笛を吹いていた。

 まあ、キリクがお小遣いを渡すのは、自分のところの人間全てにだから、成人を越えていても同じことなのだろう。

 つまり、シウの仲間も自分の身内として認識したということだ。

 どこまでも懐の大きな人間である。


 当然ロトスもキリクからお小遣いはもらっていて、シウのと合わせて小金持ちになったと騒いでいる。

 早速、屋台巡りをしたいとククールスを誘っていた。

 ロトスには絶対ひとりで歩き回らないよう注意しているが、大人組にもお願いしているため目を離すことはない。

 もちろん、特大のマーキングを付けているので、いついかなる時も探せる自信はある。が、シウは過信はしないので、気をつけておくに越したことはない。

「遊びに行ってもいいけど、気をつけるんだよ?」

「うん。なあ、クロ、一緒に行こう」

「きゅぃ」

「行っといで。僕は予選のこと聞いてくるから」

 そう言うとクロはパタパタ飛んでロトスの肩に乗った。ロトスはククールスと手を繋いで部屋を出ていき、シウはアントレーネに手を振った。

「じゃあ行ってくるね。レーネはレースを見てるんだよね? みんなをよろしく」

「分かった。でも本当にあたしはレース観戦していていいのかい?」

 仕事らしいことをしないでいいのかと不安そうだが、彼女がレースを楽しみにしていることは分かっていたのでどうぞと笑顔で答える。

「隣にオスカリウス家の人もたくさん出入りしてるから、何かあったら助けを呼んで。シリルとサラ、レベッカは赤子の世話もできるって。むしろ抱っこしたりしたいからお願いしますって言ってたよ」

 シウの言葉に、アントレーネはあからさまにホッとしたようだった。

「あたしも世話は得意じゃないから、助けてもらえるなら有り難いよ」

「そう、言っておく。気を遣わなくて良い相手だから、レーネも気楽にね。じゃあ」

「ああ。いってらっしゃい」

 彼女が手を振るので、また振り返してブースを後にした。


 選手などでごった返す一階に降り、運営の事務所へ入るとまるで市役所のような形になっていて、案内係が幾人も立っていた。

「予選参加の選手ですか?」

 すぐ声を掛けてもらえたので、はいと答えて書類を取り出す。オスカリウス家に頼んで一緒に申し込んでもらっていたのだが、そのためサインもオスカリウス家のものとなっていた。

 おかげで、案内係の男性は直立不動になって受け取ると、最速で受付まで連れて行ってくれた。

 飛び込み参加も可能の予選会だが、それでも結構ギリギリだったようだ。

「では速度と障害物で間違いありませんね?」

「はい」

「本日か、明日で参加可能ですが、どうします?」

「じゃあ今日やります」

 受付の人は淡々と進める。予選を通れば次は土の日、更に勝ち残れば光の日となり、その後はほぼ毎日あるいは午前と午後の参加となるが大丈夫か、という確認もしてきた。

 形式的なものでマニュアル化しているのだろうが、フェーレースが勝ち上がれるはずはない、といった顔をしないので良い。

 一緒にいるフェレスへ嫌な思いをさせないことが一番なので、有り難いことだ。

「残れば、出るつもりです。途中棄権の場合も事前に運営へ申し出ます」

「お願いしますね。連絡のない棄権は本当に困りますので」

 事務的に言った後、書類に判を押して返してくれたが、チラッと足元のフェレスを見、青年は目元を和らげた。

 シウに視線を戻した時は無表情だったし、告げた言葉もマニュアル化されていたが。

「では、頑張ってください。どうぞ」

「ありがとう」

 シウは微笑んでお礼を言ったのだった。


 案内係が待っており、次は本日参加の人が集まるブロックへ連れて行ってくれた。その間に注意書きの紙を渡される。

「初参加の方で、不安を感じる場合は講習会もあります。文字は読めますか?」

「読めます。昨年フェデラルで観戦したので流れは分かります」

「でしたら、大丈夫でしょうね。それに、オスカリウス家の関係者の方ですよね。今回、騎獣隊の方々の参加も多いようですから、なんでしたらそちらで聞いてみてください」

 ではこれで、と会釈して帰っていくので、シウもありがとうとお礼を言って離れた。

 今日の予選参加者たちは、顔馴染みと話をしたり、会場側にある窓から飛竜レースを観戦したりと思い思いに過ごしている。

 参加の資料を見ていると、夕方から始まるレースの時間三十分前にここへ来ていれば良いようだ。じゃあブースに戻ろうかなと思っていたら声を掛けられた。

「もしかして去年、祝賀会にいた子か?」

 振り返ると見た覚えのある青年が立っていた。

「ああ、えっと――」

「マテオだ。名前は名乗ってないかもしれないが」

 でも、しっかりと覚えていた。だって彼のフェンリルはスカラヴェオスという名前で、コガネムシという意味があるのだ。去年ひそかに笑ったことを思い出した。

「あ、うん、スカラヴェオスだよね?」

「……俺んちの子を覚えてくれてるのは嬉しいけどさ」

 シウはにこにこ笑って、そのへんは説明しなかった。彼はどうやらコガネムシ云々についてまだ知らないようだったので。

「今回は参加するのか?」

「うん。勉強になるかと思って」

「そうか。あの時、予選なら突破できるって言ってただろ? だから、会えたら良いなと思ってたんだよ」

「あれ? でもウリセスさんだっけ、皆さんは上位入賞者だからシード権あったんじゃ?」

 悪気なく言ったのだが、マテオは落ち込んでしまったようだ。

「……ウリセスさんたちは個人で取ってるんだ。俺も混戦レースでチームに入ってるんだけど、うまく連携できなくて去年は上位が狙えなかったんだよ」

「ああ」

「今回は、速度と障害物に出ろって言われて、武者修行なんだ」

「それで混戦にも出るの?」

「いや、それは無理があるからって、別のやつが入った」

 代打は入ったものの、今度はその人に居場所を取られるんじゃないかと考え、不安らしい。フェンリルの力を出し切れてあげられないことも申し訳ないとかで、しばらくの間、マテオの愚痴に付き合うことになった。

 意外とそうした風景はあちこちで見かけられ、案外レースに参加する人たちは楽しいだけではないのだなと思ったものだ。

 なので、おじちゃんおばちゃん遊ぼうと脳天気にフラフラしているフェレスを、捕まえておくことだけはしっかり忘れなかったシウである。

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