108 オスカリウス家の人々と世界の感じ方
マテオのレース専門職に関する愚痴を聞いていたら、何故か他の予選参加者たちの話まで聞くことになり、結局オスカリウス家のブースに戻れたのは昼頃だった。
ロトスから念話があったので、昼だからと抜ける口実になった。
彼の念話は姿が見えなくても一キロメートル以内なら届くようになっている。
そのロトスとククールスが会場外の屋台で昼ご飯を買ってきてくれた。
「わあ、美味しそうだね」
「だろだろ?」
可愛らしい顔をしているのに、ロトスは順調にククールスなど、冒険者風の言葉を覚えていく。本人の元の言葉とも近いし、仕方ないことなのだが、外見とのギャップが激しい。
「焼きそばがあって、おどろいたぜー」
「……ホントだね」
シウも驚いていたら、アントレーネと一緒に赤子たちへ食事をさせようと張り切っているレベッカが笑いながら教えてくれた。
「それ、当家の者だと思います」
「えっ」
「オスカリウス家の騎士隊から広まって、今や各隊から各家へと伝わってるんですよ。で、今回レースの選に漏れた人たちが、どうせ遊びに来るんなら交代で小遣い稼ぎやろうぜって言い出して」
なんという逞しさ。
唖然としていたら、ククールスもびっくり顔で突っ込んでいた。
「てことは、あの人たちみんな兵士なのかよ。……オスカリウス家って!」
「ねー。上が上だと、下も自由だよねえ」
シウがツッコミに答えると、ククールスからすぐさま返されてしまった。
「いや、あの人もお前に言われたくないと思うぞ」
「うふふ。そうですよ、シウ様」
レベッカにまで言われて、シウは釈然としないものを感じつつ、焼きそばに手を出した。
焼きそばは大変美味しく改良されており、スパイシーな味となっていた。
昼ご飯の後もまだ時間はあって、レース場では観覧席に残ったお客さんのために催し物などが行われていた。音楽だったり、踊りだったりするが、遠目にも華やかで楽しげだ。
「こんな夢のような世界があるなんてね。あたしは本当に幸せだ」
アントレーネは観覧席の前にある安全柵にもたれ掛かって、確かに幸せそうな視線を会場広場に向けていた。
「午前の部で、飛竜の速度と調教、障害物のレースを見たんだけど、本当に凄かったよ」
「迫力あるよね。でも、まだ予選なんだよ」
「そうだってね。途中でレベッカさんや、シリル殿が来て教えてくれたんだけど、本戦はもっとすごいって」
「午後の後半から、騎獣のレースもあるよ」
「もちろん、観る。シウ様を全力で応援する」
力いっぱい握った拳を見せるので、シウは笑った。
「ありがと。でも、フェレスを応援してあげて」
「あ、そうか。大丈夫、あたしはフェレスも大好きだから」
ということは、シウのことも好きだから応援してくれるのか。
そうと気付いて、なんだか嬉しい気持ちになった。アントレーネは自分の言葉の意味には気付かず、話を続けていた。
「こんな世界があるなんて、知らなかった。もちろん、飛竜が戦に投入されることもあったし、騎獣に乗っての戦闘だってあった。でも、そこには美しさとかはなくて、厳しくて泥臭くて、淡々とした世界だった――」
「だって殺し合いだもの」
仕方ないよ、と苦く笑う。
「そう、殺し合いだった。……ここでは純粋に、速さを競うだけだ。美しさや、技術を求めるだけ。それが羨ましい」
「戦うのなら、こうしたことで戦えば良いのにね」
「……ああ、本当だ。本当に、そう思ったよ」
目を細めて、会場の様子を見ている。
前開催地のフェデラル国とはまた違った、会場だ。横に長く広がる観覧席の向こう側には、葦や水草の緑が見え、更には美しい湖面が延々と続いている。夏の光に照らされて、キラキラと煌めく姿は幻想的だ。
湿地帯からは時折、水鳥が飛び出ていた。遠くからでも鳴き声が聞こえるようだ。
「あたしは、もう、進んで戦争には参加したくない。シウ様、それでもいいかい?」
「うん」
「そりゃあ、シウ様や子供たちのためにならいくらでも戦う。人を殺すことに躊躇いもない。でも――」
「分かってる。レーネ、あなたはもう、人を殺すための『戦士』じゃないんだよ。その職種はね、冒険者として魔獣を相手にする時のものだ」
アントレーネの性分として、戦わないというのはないようだから、そうした言葉で伝えた。すると彼女は、はにかんだような笑みで小さく頷き、シウをそっと抱き締めた。
「……復讐は、余計な火種を生むだけだ。あたしは、もう、あたしの中でそれを収められる。それだけの強さがあたしにはある。そうだよね、シウ様」
「うん」
「でも、シウ様が前に言ってくれた言葉、あれはずっとあたしの心の支えだった。本当はすごく嬉しかった。ありがとう、シウ様」
「どういたしまして」
ポンポンと背中を叩くと、体を離して恥ずかしそうに微笑む。その時のアントレーネは年齢よりもずっと年下の、まるで少女のように見えた。
シウたちがこそこそ話してくっついたりしていたら、離れて見ていたフェレスたちがそわそわしながら見ていたようだ。
邪魔しちゃダメと、クロやロトスに止められていたらしく、振り返ると「もういい? もういい?」と誰にともなく鳴いて聞いていた。
それが可愛くてアントレーネと顔を見合わせて笑った。
「おいで」
そう言うと飛んできたのはフェレスだ。ブランカは三人の赤子を乗せられていたので、ハッとした顔をして第一歩を上げたまま、ゆっくりと下ろし、そろそろと歩いてきていた。
存分に撫でてあげていると、ニヤニヤ顔のククールスから提案があった。
「予選レースって三十分前に行けばいいんだろ? 小型希少獣のレース観に行こうぜ」
「あっ、いきたいいきたい!」
ロトスと話をしていたらしく、彼が小さい手を精一杯伸ばして叫んだ。
「じゃあ、観に行こうか。レーネはどうする?」
「あたしも観てみたい。このままブランカと子供たちも一緒でいいかな」
「大丈夫だと思うよ」
「わたしもご一緒しますよ。赤ちゃんたちのことで、手があると良いでしょう?」
レベッカも参加となり、みんなで行くことになった。
小型希少獣のレースはやはり別館で行うらしく、貴族用のブースから直接行ける渡り廊下もあった。
ロトスがはしゃいで走り出そうとするので、慌てて掴まえて手を握る。
「ダメだってば」
「あ、ごめん」
「こいつ、さっきも急に走り出そうとするんだぜ。シウがリード付けておけって言ってたから、途中で付けたんだけどさあ」
ククールスにバラされたロトスは、上目遣いにシウを見て、それからそっと視線を外していた。怒られると思ったようだ。
確かに、シウの目は半分になっていた。
でも、お小言は言わず、手を握り直すだけに留めた。
で、つるっとバラしたククールスはそのことには気にも留めず、おおっと声を上げている。
「どうしたの?」
「あれ、すごいぞ。アークイラだ」
鷲型希少獣のことだが、希少獣は本来の獣よりも大きい姿となるため、巨大な姿を見せていた。全長で一・五メートル、翼を広げた姿で三メートルはある。
堂々とした体躯を惜しみなく披露し、調教師が人差し指をくるりと回せば、翼を閉じてくるりと回ってみせた。それからまた木の上でポーズをとる。
「おお!」
みんな拍手喝采だ。
「あんだけ大きいと人が乗れそうだけどな」
「騎獣じゃないと無理じゃない?」
「やっぱそうかあ。格好良いのになあ」
ククールスは鳥が好きなようだ。目をキラキラさせて飽きることなくアークイラを眺めていた。
シウも別の意味で興味がある。
シウの姓がアクィラなのは、鷲という意味から来ており、アークイラも同じく古代語の訛りだ。なんだか親近感が湧いて、ククールスと一緒になって眺めていた。
その間、他のみんなは近くのブースを見て回っていた。
クロはシウの頭の上で自分も羽を広げたりして、ポーズの勉強をしているようだった。
しばらくして、ロトスが違うところも見ようと言い出し、移動した。
そこで、懐かしい顔に出会った。
「えっ、もしかして、ルコ?」
カモシカ型騎獣のブーバルスと一緒に並んでいたので親子のように見えたが、確かにそれはルコだった。
ルコは鹿型騎獣のルフスケルウスで、以前ロワル王都にいた時に知り合った子だ。当時はフェレスと同じような幼獣だったのだが、飼っている家がお取り潰しになってその後の消息が不明だった。
「あら、先にここで会っちゃったわね」
「レベッカさん?」
後ろにいたレベッカが笑いながらシウの横に来て、ルコとその隣に立つ男たちに手を振った。
「本当はシウ様を驚かせようと思って、宿で感動の対面をやるつもりだったのよ、キリク様」
「そうなの? あ、てことは引き取ってくれたところって、キリクのところだったんだ」
どこかに引き取られたとは耳にしていたが、その後本当に無事なのか何気なくキリクに聞いたことがある。後日、大丈夫だったぞと言われていたので今の今まで忘れていたが、まさかキリク自身が引き取っていたとは思わなかった。
「元気そうで、良かった」
微笑むと、レベッカも笑顔で頷き、それから男の方にこっちへ来るよう手招く。
男たちは少し逡巡したものの、バツの悪そうな顔で近寄ってきた。ルコはしきりに尻尾を振っており、主と思われる男に何度も顔を上げて視線を合わせ、問いかけているようだ。
「いいよ、行っといで」
「きゅ!」
了解をもらって、ルコは飛ぶように、いやちょっと浮いていたが、勢い良くシウのところへやってきた。
「きゅっ! きゅきゅきゅ!」
「うん。久しぶりだね。僕のこと覚えてくれていたんだね。ありがとう。ルコが元気そうで良かったよ」
「きゅきゅ」
「良い主にも出会えたんだね」
「きゅ!」
「そっか。大好きなんだ。良かったね。本当に、良かった」
しゃがんで目を合わせ、何度も彼女を撫でていると、好ましいという気持ちが流れ込んできた。たった少しの出会いだったのにシウのことを覚えていてくれ、ここまで好きだと表してくれるのは嬉しい。けれど、それはつまり、たったそれだけが幸せの記憶だったということで、彼女の来し方を想像すると悲しかった。
今が幸せだから、良かったと思える。
「ルコの主を紹介してくれる?」
「きゅ! きゅきゅきゅ、きゅきゅきゅ」
以前と違ってハキハキと可愛らしく答えてくれるルコは、振り返って一生懸命に主を呼んだ。そこには一心不乱に信じ込む愛情が、含まれていた。
「ああ、いや、あのー」
「しゃっきりしろよ。キリク様には後で謝るしかねえ」
何やら企みをしていたらしいので、人間の方は戸惑いがあるらしい。レベッカが呆れた様子で男を睨んでいる。
「だから言ったのよ。あんまりキリク様の遊びに付き合っていると後が面倒だって」
「分かってる。あー、俺はカナルだ。オスカリウス家の特務隊で――」
「わたしの母親が隊長だけど、実質の隊長は彼なの。あと魔法部隊も率いているのよ」
「あ、聞いたことあります。確か、働かされすぎて過労死するかもしれない人ですよね」
「……ううう」
「あらま。キリク様が仰ってたの?」
「うん。サラさんに振り回されるし、可哀想だとかなんとか。前にスタンピードの手伝いに行った時かな。聞かされたんだ」
オスカリウス家の部隊には変わった人が多く、他にも歩兵部隊の大隊長なのに実戦好きで、最前線で魔獣と戦う人もいた。
カナルのことは過労死すると聞いて、ひそかに同情していたのだ。きっと仕事を押し付けられて大変なんだろうな、と。
今こうして見ていると、人の良さそうな優しげな雰囲気がある。もちろん、特務隊という部署で隊長代理をするぐらいだ。苛烈なところもあるのだろうが。
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