106 カサンドラ領と秘密の会合




 木の日の朝、カスパルたちと合流し、オスカリウス家の飛竜に乗せられてカサンドラ領へと出立した。

 今年はリグドールたちから軒並み参加を断られている。

 というのも、飛び級をしているせいで高学年になり、いよいよ卒業できるかもというところまで来ているらしいのだ。そうなると就職先のこともある。この夏は学校の課題も大事だが、就職先の見学や面接などで忙しくなるというわけだ。

 ヴィヴィは行っても良いと思っていたらしいが、アリスもリグドールも行かないのなら一人だと寂しいということで断られた。女の子なので、仕方ない。

 レオンも大きな冒険者クランに入る目処が立ったので、今夏も忙しいそうだ。

 また飛竜大会が終わってから夏休みのどこかで会おうねと、話し合っている。

 みんなが成長していて、なんとなく置いて行かれたような気がするシウだった。




 カサンドラ領はシルラル湖の西側にあるが、湖沿いが王領となっている。今回の飛竜大会の場所も湖沿いのリファという場所だ。

 ただ、広がる田園や湿地帯の他には大きな街がなく、滞在場所として隣接するカサンドラ領のケントニスという街が使われる。

 シルラル湖の西側を通るルートの中では要所のひとつで、かなり栄えた大きな街だ。

 飛竜大会が開催されることから臨時の宿舎も多く建設されており、街の外には飛竜や騎獣の獣舎が数多く作られていた。

 元々通行ルートに利用されていたので、設備が増えたことから今後、更に発展することになるだろう。


 ロワル王都に近いとはいえシルラル湖やハルハサン大河を越えること、また領土もシュタイバーンで一、二を争うほど大きいため、ケントニス街に到着したのは昼過ぎのことだった。

 そこから街の中へ入るまでに馬車へ乗り換えたりするから、宿へ到着した頃には大幅に昼を過ぎていた。

「お腹空いた~」

 途中おやつは食べていたが、ダンは耐えられないとばかりに食堂へ駆け込んでいた。

 赤子三人やロトスには飛竜の上で食べさせていたが、ダンは我慢していたようだ。

「あたしもお腹空いちゃったわ」

「マカレナさんもお疲れ様でした」

「いいえー。今年も一緒で嬉しいわ。ねえ、また何か作ってくれるでしょ?」

「たぶんね」

「キリク様、宿の人に頼んだそうだしね」

「何を?」

 マカレナはにやりと笑ってウインクした。

「うちに、料理好きのヤツがいるから、食堂大広間に小部屋分明けておくことと、厨房の一部を貸してやってほしいって」

「わあ」

「領内の騎士や兵士も、シウがご飯作ってくれるなら行きたいって、今回希望者が多かったのよ」

 どうやら、気に入られているようだ。

 シウが笑っていると、ロトスが(やりすぎー)と肘でつついて伝えてきた。

 ククールスも苦笑だ。

「ところで、キリクたちはリファに?」

「たぶんね。でもそろそろ夕方に近いし、戻ってくるんじゃないかなあ」

 相変わらず宿ごと貸し切っているので、食堂にも廊下にも、見かけるのは全てオスカリウス家の人ばかりだ。

 何人かに話を聞いて、そのうち戻るよと気楽な返事をもらった。

 オスカリウス家は毎度のことながら、気さくな空気感を醸し出している。


 軽く食事を済ませてから、部屋で寛いでいるとデジレがやってきた。

「シウ、久しぶりだね。キリク様、帰ってきたよ」

「ありがと。デジレ元気そうだね」

「忙しいけど、毎日楽しいよ」

 秘書見習いのデジレは父親のシリルに付いて、仕事を学んでいる。オスカリウス家は大型迷宮を二つも持っており、黒の森という魔獣の巣窟と隣接しているため、仕事はいくらでもあって大変なようだ。

 優秀な人材は決して離さず、デジレのような若者も一人前として扱われている。もはや見習いでもなんでもないように見えるのだが、本人は見習いだと言い張っていた。

「夕食は大広間で取るみたいだから、皆さんもその時ご一緒にどうぞ」

 デジレはククールスとアントレーネに会釈して、じゃあと部屋を出ていった。

 彼なりに気を遣ってくれているのだ。

 デジレは貴族なので、アントレーネが緊張したのを察知してサッと出ていってくれた。そういう気遣いのできる青年だった。

 シウは改めて彼女に言っておく。

「キリクは豪放磊落って感じの性格だから、礼儀とか気にしないし、そこまで固くならなくても大丈夫だよ?」

 カスパルにも慣れたアントレーネだが、噂の「隻眼の英雄」オスカリウス辺境伯に会うので少し緊張しているようだ。

 もしかしたら、リグドールやアリスたちよりも変に気を遣っているかもしれない。

 子供の感じ方と、大人では違うのだろうか。

「そうは言うけどさ、あの、英雄だもんなー」

 ククールスがアントレーネの肩を持つ。

「そうだ。話に聞いて、あたしは感動したよ。魔獣スタンピードを前線で抑えて戦う英雄だなんて、格好良いじゃないか!」

 あ、そっちね。

 シウがぽかんとしてたら、ロトスが後ろでひーひー笑って転がっていた。

 どうやら、子供より始末に負えない。

 英雄譚を見聞きして、ものすごく憧れを持っちゃったらしい。

 アイドルに会えるようなものか。

 そんな良いものでもないけどなーと、失礼なことを考えながら、シウはロトスに「そろそろ笑うのやめなさい」と言って起こしてあげた。




 隣り合う部屋に通されたので、シウたちが部屋を出るのに気付いてカスパルたちも出てきた。略装ながらきちんとした格好だ。

 今回はロランドとダン、ルフィノとモイセスが一緒だった。オスカリウス家で護衛も出すし、大会場所が同じ国内ということで人数を減らしたようだ。

「やあ、一緒に行こうか」

 というので、連れ立って大広間へ向かった。

 赤子はシウが背中にガリファロを、ロトスがカティフェス、アントレーネがマルガリタを背負っていた。

 食堂に行けばサークルを出して、そこに置いておくつもりだ。フェレスとブランカ、クロもいたら大丈夫だろう。

 晩ご飯はそれぞれ食べさせているので、騒ぐこともない。

 ただまあ、そんなことをしてたら、やっぱり来る人来る人、みんなギョッとしていたが。

「ここは子供園か」

「あ、キリク」

「おう。会うのは久しぶり、かな? まあいいや」

 相変わらずの適当感だ。

 キリクは傍にアマリアを連れており、仲良く二人で幼児サークルを覗き込んだ。

「おお、可愛いな。なんだこの可愛いのは」

「アントレーネの子供。僕の養い子」

「……ああ、例の。前に言ってたやつか。思い出して良かったぜ。思わず吹き出すところだ」

 呆れたような顔をしてシウを見るので、キリクの視線を逸らすため、アントレーネを紹介した。

「こちら、アントレーネさん」

「あ、は、初めまして! マグノリア=シド=アントレーネだ、です!」

「噂には聞いてるよ。よろしくな、キリク=オスカリウスだ」

 手を出されて握手し、アントレーネは珍しく嬉しそうに興奮していた。

「そっちは、ああ、前に会ったな。エルフの冒険者仲間か」

「ククールス=ノウェムだ。あの時はどうも」

「おう。そういや楽しかったな。おっと、あの時の話はするなよ? 男同士の秘密ってやつだ」

 手をひらひら振って、キリクは席へ向かった。

 そう言えばこの二人は女性の好みについて語り合ったことがある。確かに、アマリアのいる前で話すわけにはいかない。

 そのアマリアは、きちんと淑女の礼をして二人に挨拶していたので、なんだかこの婚約者たちの将来が垣間見えてしまった。


 シウたちは下座のテーブルについていたが、サーブしてくれるのは上座の貴族たちのみで、下座の者はバイキング形式だった。

 騎士たちも下座におり、サーブを待つよりもこっちがいいとばかりに自由だ。

 シウたちも近くにあるサークルを気にしつつ交代で取りに行く。行き会う顔見知りの者たちからは、また料理作ってくれよとか、今回も楽しみにしてると言われた。

 なのでテーブルに戻るとククールスには大いに笑われてしまった。


 食事が終わると、ロランドが面倒を見ますと言ってくれ、眠っている赤子三人と、眠そうなブランカたちを引き取ってくれた。

 カスパルにはダンだけついて、残りは部屋に引き上げるのだ。

 シウはキリクと話もあるので、ロトスとククールス、アントレーネを連れてキリクの部屋の応接室へと向かった。

 カスパルは挨拶は済ませたとかで、スモーキングルームへ誘われて行った。

 オスカリウス家に連なる貴族家もいるので顔繋ぎをしているのだ。

 応接室にはアマリアはおらず、聞けばもう部屋へ戻ったということだった。

 婚約しているとはいえ、未婚の女性が夜、男性の部屋へ行くのはご法度らしい。

 今回の旅行にも、ヴィクストレム家の既婚女性が付き添っている。間違いがないようにという見張り役だそうだ。

「へー」

「どうでもよさそうな返事だな」

「いや、だって」

 どうでもいいもの。

 シウの心の声が聞こえたらしく、キリクはつまらなさそうに鼻息荒く溜息を吐いて、だらしなくソファへふんぞり返った。

「ま、今年卒業できるようだからな。年が明けたら攫っていくさ」

(なんちゅう気障なことを。さすが中二病!)

 ロトスをチラッと見ると、怒られると思ったのかコソコソと逃げていた。そして、ちゃっかりレベッカに甘えている。認識阻害が効いているのだが、可愛いことは分かるらしくて「シウ様は可愛い子を拾ってきますねえ」と撫で撫でしていた。


 一通り、あちこちと語り合ってから、キリクは人払いをした。レベッカもだ。

 応接室にはシリルとイェルド、サラが残った。

「じゃあ、まあ、シウとロトスの秘密を知る者だけの密会となるわけだが」

「秘密って」

「みっかいだって!」

 ロトスは今度は声を上げてのツッコミだ。慌てて口を抑えて、それからこそっとシウの後ろに隠れる。

「ははっ。それが本来の姿か。元気そうで良い。子供は明るく元気じゃないとな」

(英雄は言うことが違うなあ)

「ロトス?」

「はーい。ごめんなさい」

「どうした?」

 シウは肩を竦めて、バラしてやった。

「ロトス、念話が使えるものだから、たまに念話で喋ってくるんだ。そっちの方がロワイエ語より話しやすいらしくて」

「へえ、そうなのか」

「でも今後のこともあるから、ビシビシ教えてるところなんだよ。念話を使うと簡単だけど、ちゃんとロワイエ語で喋るようにって」

「なるほどなあ。聖獣の生態なんぞ知らんから、面白いもんだ」

 本当はロトスは転生組なので少々変わっているのだが、説明しづらいし追加情報として不要な気もするから黙っておく。

 キリクが聖獣を手元に置いておくことも、今後ないだろうからバレないだろう。

「とりあえず、ロトスは順調に育ってるよ」

「よし。このまま何事もなく成獣になれば、多少不安でもなんとかなるってもんだ」

 というわけで、全員で意志のすり合わせだ。

 秘密を共有する者同士、足りない情報を補おうと話を始めた。

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