105 エルフジョークと背の伸ばし方




 食事の後、交代でお風呂に入るがその度に湯を変えた。

 赤子三人はアントレーネとシウが一緒に入って洗ってあげ、ロトスはフェレスたち希少獣組と、ククールスとルフィノ、それにロランドはそれぞれで入って終了だ。

 その後、大掛かりな結界魔法を掛けていることもあり、一人ずつでの見張り番だけで休むことにした。


 で、やはりと言おうか、冒険者崩れの男が夜半に一度様子を窺いに来ていた。

 結界に阻まれて悪態を付いていたが、そこから何かする、ということはなかった。

 明け方近くにはレースに参加するという二人組の男たちがうろうろしながら近付いて、野営地に結界があると分かるや今度は飛竜二頭へ近付いていた。

 念のためにとそちらにも結界魔道具を渡して設置していたため、問題は起きなかったようだ。


 シウは寝ていても全方位探索で気配は分かるし、今回のように害意のありそうな人にはマーキングしているおかげで指定した範囲内に入ればすぐに知れる。

 それでなくとも気配察知は冒険者にすれば当然のスキルだから、ククールスやアントレーネも寝ていても気付いていたようだ。

 シウは更に感覚転移ができるので、彼等の細かな動きも撮影された映像を観るかのように分かった。

「もう、明らかに物盗り目当てだよねえ」

「飛竜狙いの奴等もそうか」

「飛竜の嫌う薬玉を手にしていたし、暴れさせて荷物を掠め取る気だったのかも」

「ろくでもねえな」

 ククールスが半眼になって男たちの方へ視線を向ける。険しい顔をしているが、見た目は爽やかなエルフの美青年だからか、あまり怖くは見えない。

「冒険者崩れの方もチラチラ結界を窺っていたし、ちょいとお話でも付けてこようかね」

「乱暴なことするの?」

 心配すると、ククールスはニヤニヤ笑ってシウの頭を撫でた。

「お子様の心配するようなことはしねえよ。レーネ、お前さんは来るなよ。あいつらが調子づくだけだ。ルフィノさんよ、あんた一緒に来てくれ」

「ああ、分かった」

 ルフィノは何故か楽しげで、ウキウキした様子でククールスと共に男たちの方へと行ってしまった。


 気にはなったが、朝の用意や片付けなどもあるので、彼等の安全確認だけはしつつ準備を始めた。

 食事の用意が終わって全員が席に着く頃、ククールスたちは戻ってきた。

 そして食事の時にどうやったのか教えてくれたのだが。

「あんまりオイタが過ぎると、冒険者三級の名において、国へ突き出してもいいんだぞと、まあそんな感じ」

 ルフィノが苦笑しているので、いろいろ内容が飛ばされているようだと分かった。

 ジッと見ていると、ククールスは困ったように笑って口を開く。

「ようするに、三級冒険者ともなれば証言力が高いから、多少強引にやってもしょっぴかせることは可能だって話」

「へえ、そうなんだ」

「五級以上は昇格の際に人間性も見られるからな。まっとうなヤツじゃないと、上がりにくいし、三級からは特に厳しいんだ」

 すごーい、とロトスが尊敬の眼差しだ。冒険者格好良い! とはしゃいでいる。

「ルフィノさんが証言者その二で付いてくれてたしな。まあ、あっちがゴリ押しすんなら、こっちもやるぞと、脅したようなもんさ」

 肩を竦めるククールスに、ルフィノが笑って付け足した。

「彼等に取っちゃあ、それも怖かっただろうがね。一番はエルフジョークじゃないのかな」

「エルフのジョーク?」

 ロトスがワクワク顔で質問したので、ククールスが「あ、やめろ」と止める間もなくルフィノはつるっと漏らしていた。

「『ちょっとの間、気を飛ばしているか?』っていうジョークがあるんだよ。エルフが言うと、ちょっとが長いってんで、怖いんだよな」

「それ、子供に聞かせる言葉じゃないだろうが」

「あ?」

「あんたも護衛の割には冒険者のこと知らねえな。それ、エルフ特有の拷問に関係するシモネタ系なんだよ」

 ああ、なるほど。

 本オタクのシウと、現代若者として知識が豊富だったロトスは納得した。

 で、賢く口を閉ざしていたのだが。

「……ああ、それ、気を飛ばすってそういうことか。エルフの媚薬というやつだね? ふうん、本当にあるんだ。あれ、ずーっと興奮状態にさせられて死ぬより辛い拷問になるんだってねえ。へえ。古代本にもあったけど、今でもそんな媚薬や拷問方法があるんだねえ」

 カスパルが感心しきりに口にしてしまっていた。

 ルフィノはそういう意味だと知らなかったらしい。たぶん拷問して気を失う、更に長く気を失うイコール永遠に気を失う、つまり「死ぬか?」という問いかけの言葉と受け取ったわけだ。

「あ、いや、カスパル様、ああ、すみませんすみません」

「うん、何が? それにしてもエルフには面白い話がいっぱいあるのだろうね。古代本にも不思議な話が多いけれど、ククールス、今度ゆっくり飲まないかい?」

 別にいいけどいいのかね? とククールスはロランドに視線を向け、彼が苦笑しつつ頷いていたので、いいよと気楽に答えていた。

 ただし。

「そうしたお話は成人されているカスパル様の前ですから構いませんが、今この場で話すことではございません。よろしいですか、皆様?」

「「はい」」

 シウやロトスがいる前で話すな、ということだ。

 アントレーネが赤子の世話で離れていて良かったと、ロランドは溜息交じりにお説教を終わらせていた。




 出発しても、今度は男たちが付いてくることはなかった。

 ククールスが軽く脅したのもあるが、最後に「このまま付いてくるならオスカリウス辺境伯が黙ってないぞ」と告げたのも大きいようだった。

 まさかオスカリウス辺境伯の関係者が混ざっているとは思っていなかったようで、分かりやすく震えていたそうだ。

 どのみち、三級冒険者相手に敵うとは思っていないだろうし、警邏に突き出されても困るのは自分たちだ。後ろ暗いところも多い三人は、引いた。

 可哀想なのは操者と残り一人の乗客だが、行き先に変わりはないし、ここで男三人がヤケを起こしても後から証言されると分かっているのでまず変なことはしないだろうというのがククールスの見立てだった。

 特に、操者には、

「ロワルで謝礼について話し合いたいから、忘れずにオスカリウス家へ来いよ」

 と念押しし、男たちに牽制したから大丈夫だとシウを安心させてくれた。

「あの人巻き込まれて可哀想だったもんね」

「徹夜明けで、あんな客押し付けられたら堪ったもんじゃないよなあ」

 だよねーと答えて、慌ててククールスに休むよう促した。

「レーネも、寝ていてね」

「寝るよ。でも、シウ様も見張り番をしているんだ、ちゃんと寝ないと」

「うーん、僕はねえ、睡眠時間短くても平気なんだ」

 朝になるとリセットされているので、特に気にならないのだ。

 が、そこでアントレーネから恐ろしい台詞を聞いた。

「でも、子供はたくさん寝ないと、大きくなれないんだよ」

 言葉に重みがあって、不意に胸が鳴った。

「……え?」

「いや、あたしらの部族では昔から言われていることなんだけど、こっちでは言わないのかい?」

 シウが驚いたので、アントレーネは困惑気味の表情でククールスに問うた。

 彼は満面の笑みで頷き、シウに言った。

「エルフ族の間では『夜寝る間に体は作られる、だから子供は夜たくさん眠ること』って言うな」

(日本でも、そんなこと言うじゃん。シウが知らないわけないだろうにさー)

 ロトスまで追い打ちをかける。

 でも。

「だ、だって、それは、子供を寝かせるための方便だとばかり……」

 人によって寝る時間は違うというのが定説だったのでは、とシウは狼狽した。

 しかし彼等の言葉には、上辺だけの方便とは取れない、言葉の重みがあった。

 それが嘘でないということが、伝わってくる。言霊というのだろうか、そこに「真実」が含まれていることがちゃんと分かるのだ。

 呆然としていると、ククールスが笑った。

「なんちゅう顔をしてるんだ。まあ、今からでも遅くないから、しっかり寝たらどうだ?」

「そうだ、シウ様。前から気になっていたんだ。子供はもっと寝ないといけない」

「ほらー、寝ないとだめじゃん、シウー」

 うん、そうだね。

 そうなんだけど。

 シウは飛竜の上で、がっくりきて項垂れた。

 もう遅いかもしれない。だって、シウはもうすぐ成人なのだ。いくら男が成人を過ぎてもまだ成長するとはいえ、成人後に大きくなる人は、成人前もその兆しがある。

 シウのように不摂生をしてきた人間が、そう簡単に雨後の竹の子のように伸びてくれるだろうか。突然急に。

 落ち込んでいると、ロトスが隣り合う飛竜からフェレスたちを呼んでくれて、本格的に慰めに入った。

「にゃにゃ?」

 どうしたのどうしたのと心配そうなフェレスが覆いかぶさって、ブランカは頭をザリザリ舐めてくれる。

 有り難いのだが、痛い。

「ありがと、だからもういいよ。痛いってば、ブランカ」

 クロは優しいので痛くはしないが、二頭の間の隙間をむぎゅむぎゅと入り込んできて胸元にへばり付いている。

「フェレスに潰されるよ、クロ」

「きゅぃ」

 いいの、と可愛いお返事である。

 落ち込んでいたのが馬鹿らしくなって、シウは笑って起き上がった。

 ククールスとアントレーネはホッと安心したらしく、同時に溜息を吐いて笑っていた。




 その日の夜に、なんとか王都外の飛竜発着場へ無事到着できた。

 連絡を入れていたのでブラード家とオスカリウス家から馬車が来ており、一旦そこで別れることになった。

「明日の朝、オスカリウス家に伺うよ。じゃあね」

 今年はカスパルは飛竜大会へ行かないだろうと思っていたのだが、父親から行って来いと言われたらしくまた一緒に行動することになっていた。

 オスカリウス家でもブラード家を親戚扱いしており、どうぞご遠慮無くという状態だから、もっと親しくしておけということらしかった。

 更には飛竜大会が行われる場所が王領ではあるのだが、滞在場所として利用されるのがカサンドラ領であることも大事だった。

 今年の社交界はカサンドラ領で、という合言葉まで出てきたほどで、飛竜大会はシュタイバーン国の貴族にとってホットな場所というわけだ。


 カサンドラ家と言えば、ヒルデガルドの実家である。

 いろいろ思うところがないわけではない。が、領都へ滞在するわけでもないし、シュタイバーンでも謹慎処分になっていると聞いているから会うことはないだろう。

 最近は噂にも聞かないので、ひっそりとおとなしくしているに違いない。

 可哀想にと思う気持ちもあって、シウにとって彼女のことは複雑な気分になる女性なのだった。


 とりあえずは、体を休めることだ。

 遅い時間だったので馬車は静かに王都を進み、オスカリウス家へと入っていった。

 キリクたちはすでにカサンドラ領へ出発しており、屋敷にはリベルトとアンナが待っていた。

「お久しぶりですね、シウ坊ちゃま」

「こんばんは。遅くにすみません」

「構いませぬとも。さあさ、疲れましたでしょう。お食事をして早くお休みください。ああ、皆様もどうぞ。ご遠慮されますな」

 辺境伯の屋敷に足を踏み入れても良いのかどうか、悩ましげだったククールスとアントレーネもこわごわ付いてきている。

 その姿に、メイド長のアンナが大きな笑い声を立てて、招き入れていた。

「まあまあ。しゃんとなされませ。ほらほら。シウ坊ちゃまのご友人でしょう?」

 アンナの豪快さに驚かされながら、彼等は赤子を各自抱っこしつつ屋敷へ入った。

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