103 助けた人達




 ふと、メルチェーデたちのことを思い出す。

 彼女たちも貴族の女性であったのに、突然の野営となってしまい、オロオロしていた。

 シウたちのような冒険者、あるいは男性であるカスパルならばともかく、山中での野営など想像もしていなかっただろう。

 ましてや飛竜同士がぶつかる大事故の後だ。

 呆然としても仕方ない。

 今もアリーシャという侍女の横で「お嬢様」は青い顔をして震えていた。

「フェレス、彼女たちを慰めてあげて」

「にゃ」

「あ、ブランカはダメ。ブランカは気配探知の修行してきな」

「ぎゃぅ」

 え、そうなの? 分かった、と彼女は素直にシウの言葉に従った。

 別段ブランカが悪いわけではないのだが、フェレスの方が自分の役割について理解しているというか、まだまだ甘えたがりのブランカよりは、小さい子を守るという優しさを身に着けたフェレスの方が向いていると思ったからだ。

 実際、慣れた様子でフェレスは女性二人のところへゆっくり進むと、尻尾で相手の気を引いてから、そっと寄り添っていた。

「にゃぁぁん」

 甘え声も出す。

 彼が人なら、ジゴロになれたかな? と思うとつい笑いが漏れるシウだった。


 貴族の女性と冒険者たちを同席させるのはお互いによろしくないだろうと、シウはテーブルセットを別に分けた。

 カスパルがお相手を引き受けてくれると言うので、女性二人は彼に任せる。ロランドも付いているので、助かった。

 ククールスたちは、残りの男たちと一緒に離れた場所でバーベキューだ。椅子も、適当に土属性で作り出したもので、クッションも敷かずに座っている。

「こっちは適当に肉を焼いたりして食べてね」

「おう。やり方は分かってるから、こっちはいいぞ」

「副菜は端のテーブルに置いてるから、ちゃんと食べること。パンは各自勝手にここから取ってね」

「あ、ありがとうございます」

「悪いな、坊主」

 操者は恐縮しきっていたが、増便させてまで乗り合わせた男たちは「悪い」と言いつつ遠慮なく食べていた。

 少し気になったので、ククールスに目配せすると、彼も分かっていると目で合図してきた。彼は一流冒険者だし、彼に任せておくのが良いだろう。

 アントレーネは一緒にさせない方がいいと思ったのか、ククールスは乗客の男四人には近付けさせないようにさりげなく誘導していた。

 貴族の女性を安心させるためにアントレーネには挨拶してもらっていたが、今は赤子と共にテント内で待機だ。ロトスもそこに隠れている。

 食事は魔法袋に保管していたものから取ってもらうことにした。そちらもできたてを入れているので、むしろ好きなように食べられて良いとロトスなどは喜んでいる。


 カスパルたちのところへ戻ると、シウは次の料理をサーブした。

 なるべく、貴族らしい食事の作法で進めてみたのだ。

 メルチェーデたちの時には配慮が足りなかったかなと、思い出してから反省したのである。まああれはあれで、隠しておく必要もあったから仕方ないのだが。

 今はカスパルがいることで、伝家の宝刀「貴族だから」が使える。大容量の魔法袋を持っていても疑われずに済むというわけだ。

 騎獣が二頭もいるし、この人数なのに二頭も飛竜を借りていることからも、納得してもらえるだろう。

 逆に言えば、お金持ちの貴族の若様が優雅に旅行している、と見えるのだが。

 当たらずとも遠からずなので、シウは料理人に徹して、ひたすら張り切ったのだった。



 食事が終わると、お嬢様も正気に戻ってきた。

「名乗りもせずに大変失礼しました。わたくし、イサベル=レーニと申します。レーニ子爵の第二子でございます」

「貴族の女性が簡単に名乗れないことも承知しておりますから、お気になさらず」

 カスパルは最初に名乗っていたので、さらりと流して彼女の非礼を許していた。

「ありがとうございます。その上、あのような事故から助けていただいたのに、わたくし――」

「大変な出来事でしたからね。衝撃を受けられるのも致し方ありません。本当に構いませんよ。ただ、今後のことが心配ですね」

 そう言うと、カスパルはロランドに視線を向けた。彼は頷き、イサベルではなく侍女のアリーシャ、そして後ろで立つ騎士へ声を掛ける。

「明日の朝にはご出発された方がよろしいかと存じますが、どうなされますでしょうか。もしも飛竜には乗れないということでしたら、近くの街から応援を呼ばねばなりません。お手伝いできることがございましたら遠慮なく仰ってくださいませ」

「ありがとうございます。事故から助けていただいたばかりか、このような提案までいただきまして感謝しかございません。そうですね、戻るとなればまた飛竜に乗るのでしたね……」

 イサベルは少し考えた後、アリーシャを見て、意を決したように口を開いた。

「大丈夫ですわ。わたくし、乗れます。それに《落下用安全球材》もございますのよ」

 実際、彼女たちは操者を含めて全員が付けていた。

 実は護衛の一人が先に発動してしまってぽよんぽよんと転がっていたのだ。

 安全帯を付けていたのだが、高柔軟ゲルが飛び出た瞬間に切れたのだ。

 その場合を想定していたのだが、実際に発動していたことが分かってホッとした。今回のように安全帯でガチガチに繋がったまま、飛竜ごと落ちるということもある。なので高度を測る術式も入れ込んでいた。

 急激に落ちるという状況の場合にも安全装置が作動するような仕組みだ。

 当初は対となる器具と離れたら即起動する形だったが、途中から術式を追加した。

 しかし、飛竜が風属性魔法を使って速度を落としていたので、発動しないかもしれないと思って今回手を出したのだ。

 落ちる時は勢い良く落ちるものだと思っていたから、今回のことはシウにとっても勉強になった。

「予備もございますし、大丈夫ですわ。それに、ハッセ領へ急ぎで戻らねばなりませんの。このことで足を止めるわけには参りません」

「そうですか。分かりました。では、出発に際してできる限りのことをさせていただきましょう」

 カスパルが微笑んで援助をする旨伝えると、イサベルも感謝すると笑顔で答えていた。



 彼女たちの大型テントには、二重に結界を張るようにと魔道具を貸し与えた。

「念のため、お使いください」

「ですが――」

「僕たちも周辺の警戒に当たりますが、今回は、知らぬ仲の方々もいますので」

 暗に、事故相手の乗客について気を許すなと告げたのだが、騎士も侍女もシウの言葉には気付いたらしく、表情を引き締めていた。

「こちらからはアントレーネを見張りに立たせます。女性ですが、一流の戦士ですから安心なさってください。彼女は結界の外側に。あなたは内側で待機をお願いします。徹夜で大変でしょうが、明日朝にはポーションを差し上げますので頑張ってください」

 どのみち騎士たるもの、こうした場合は徹夜で主を守るものだ。護衛の男たちも交代でテント周りを見張ると胸を叩いていた。


 カスパルの方は、シウの結界魔道具の威力を信じているし、特に気にしてないとさっぱりしたものだ。

「ルフィノもいるし、こちらは大丈夫だから」

 その言葉通りにカスパルは気楽な様子だ。

 赤子はロランドとロトスが見てくれるし、全員一緒のテントだから安心だった。

 テントの周りをフェレスとブランカが囲むように寝ており、問題はない。ルフィノも騎獣の守りの方が自分よりずっと確かだと笑っていた。


 操者たちも離れていったところで、シウはククールスと話をした。

「あいつら、飛竜レースに間に合わせるために急いでいたようだ。二人と一人と一人の組み合わせだな。二人はレースに出るためらしい。残り一人が冒険者、最後が厄介だ」

「厄介?」

「たぶん、あれ、裏社会のヤツだ。何が目的なのか分かんねえけど胡散臭い。スパイってほどの腕はないな。たぶん冒険者崩れだ」

「冒険者崩れ……」

「レースの奴等も、賭けレースの臨時操者らしくて、あんまり柄が良いとは言えない。さっきも魔法袋を見て目の色を変えていた」

「あー、そっかあ」

「冒険者崩れはブランカを見てニヤついているしな」

 まともそうなのは残りの冒険者一人らしいが、とはいっても賭けレースをしたいがために飛竜大会を観に行くらしく、あんまり褒められたタイプではないそうだ。

 でもまあ、賭けをするために旅行するというのは、前世で言うならラスベガスへ遊びに行くようなものだろう。だったらアリだと、シウの中で判定が下された。なにしろ、ラスベガスへ行って遊んできたという同僚の話が本当に楽しそうだったのを思い出したからだ。


 ともあれ、気をつけていようと話し合って交代で見張り番をする。

 アントレーネは徹夜するよと請け負ってくれたが、結局途中で交代した。

 一応、女性を立てると話した手前、見張り番の騎士に断ったが、苦笑されて了解されただけだった。

 ただ座っているだけでも暇なので結界越しに騎士と話をしたが、見るからに子供のシウが襲ってくるとは思っていないようで危機感が薄い。

 落下から助けた上に野営など恙無く用意したことで信頼感が生まれたようだ。

 でも一応注意しておく。

「これでも僕、もうすぐ十五歳になる成人間近の男ですからね?」

「……そう、なのかい。それはなんと言えばいいのか。まあ、男は二十歳頃までは背が伸びると言うしね。諦めるんじゃないよ」

 えっ、そういう方向に行くの?

 シウは唖然としつつ、この話題にはもう触れないようにした。

「ところで、君たちはこれからどこへ行くんだい?」

「僕等はシュタイバーンへ。里帰りを兼ねて飛竜大会の観戦に行くんだ」

 カスパルはシュタイバーン国の貴族家出身ということと、シーカー魔法学院に所属しているとだけ挨拶していたので詳しくは彼も知らないのだ。

 特に隠す必要もないし、今後、お礼などの件で付き合いが出て来るだろうから素直に話しておく。

「飛竜大会か。いいね」

「あなた方はハッセ領へ戻るんですよね?」

「ああ。オデル領からの帰りなんだ。レーニ子爵が別件で動けなくてね。代理でお嬢様が出向かれたんだ。お返事を直接頂いているから絶対にお嬢様がハッセ伯爵に届けなければならないんだよ」

 貴族の習わしとして必要なのだと説明してくれたが、そこまで話しても良いのだろうか。シウは苦笑しつつ頷いた。

「あ、そうか、君もシーカー魔法学院の生徒だったっけ。ならば、分かるね」

 シーカーへの入学基準として礼儀作法科目の修了も条件の一つなので、騎士は思い出したようだ。

「あんな事故があっても休めないのは大変だけれど、お嬢様は責任感の強いお方だからね」

 そんな女性の騎士として付いていられることを誇りに思っているようだ。

 誰かに自慢したい、そんな感じでにこにこと語っている。

「まだお若いのに、お嬢様はとてもしっかりされているし、才媛なんだよ」

「そうなんですか」

「ルシエラの王立女学院では常に首位を保持しているんだ」

「それはすごいですね」

 その後もお嬢様自慢を続け、たまにハッセ領のことを挟みつつ、会話を楽しんだ。

 シウが心配した「そこまで話しても良いのか」という件も、うっすらとだがセーフだろうと理解した。

 騎士の話ぶりから分かったのだが、オデル領はデルフ国と隣り合っており、デルフのブライザッハ領と付き合いがある。ラトリシア国はデルフ国に、境界のことで度々揉め事を起こされているが、オデル領はブライザッハ領とは上手く付き合っている。

 先日、エストバル領とデルフ国のヴェルトハイム領の争いがようやく集結して平和条約が締結したのだが、それぐらい国境近隣では争いごとが絶えない。

 デルフ国との付き合いは大変で、だからこそ上手く付き合えているオデル領が力を持っている。ハッセ領も、オデル領を窓口にブライザッハ領と話し合いをしたかった。

 大きな商取引というわけではなく、ハッセ伯爵家に連なる者が嫁いでいることから行き来を気楽にしたいという申し出のようだった。

 他にもあるのかもしれないが、そこはシウにはちゃんと隠していた。

 そうこうしているうちに朝が近付いてきたので、見張り番は終了だ。


 騎士や護衛たちが眠そうにしていたのでポーションを渡してから、シウは朝ご飯作りを始めた。

 アントレーネも数時間寝たおかげで楽になったらしく、朝も早いのに起き出してきて周辺の見回りへ向かう。ククールスも仮眠から目覚めると、眠そうに伸びをしていた。


 ちなみに例の四人の男たちのうち二人組が途中何度かテントを抜け出していたものの、シウたち見張り番の姿を見たからか、うろうろした後にトイレを済ませて戻っていた。

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