102 飛竜の衝突事故
その後、飛竜の絡み具合を上空でなんとかすることは無理だと判断し、そのまま落下させて弾力壁を用いて助けることにした。
ククールスが重力魔法を使ってくれたおかげで、大きな衝突にならなかったのも良かった。
ただ、大型の飛竜二頭分と、その荷物に人間たちだ。
かなりの大仕事となり、地面に降り立った時のククールスはもう使い物にならないような様相だった。
ブランカが必死で支えており、心配そうにククールスを見上げていた。
「きっつー。あー、ちくしょう」
「ぎゃぅぅぅ」
「お前はいい子だなあ、もう」
ブランカの頭を撫でながら、ククールスは更に彼女に寄りかかっていた。
「大丈夫?」
シウも心配して駆けつけると、おう、と手を上げかけてすぐ下ろしていた。魔力の大量消費でかなり怠いらしい。
「こっちはいいから、見てきてやれよ。あと、レーネから通信があったが、心配だからやっぱり降りてくるってよ。今、操者たちが良い場所を探して着陸するって」
「分かった」
ブランカにはククールスを頼むね、と告げて、シウとフェレスは落ちた飛竜のところへ向かった。
飛竜は二頭とも意識があった。
最初に答えてくれた方が、相手を叩き起こしたようだ。
彼等には静かにするよう頼んで、シウが魔法を使いながら絡まった翼や爪、それに荷を押さえていた紐などを外していく。衝突した衝撃で荷物の一部が落ちてしまい、紐も外れて更に絡まったようだった。
操者が落ちた方は、荷の縛り方も上手ではない様子で、これが原因だったのかなと思う。
乗っていたのは男ばかり四人で、冒険者風にも見える。
鑑定していくが、特に目立った外傷もないのでそのままにし、荷物や翼のせいで見えない位置になっていたもう一頭の方の人を助けに行く。
操者が意識を取り戻しかけており、こちらも大きな怪我はないようだった。
乗っていたのは男女合わせて五人。荷物が少し多いものの、こちらは失ったものはない様子だ。
怪我も、落ちている最中に隣り合う誰かとぶつかった程度のかすり傷だった。
ホッとして、操者だけ先に安全帯から外して気を戻させた。
「分かりますか? 助かりましたよ。僕は、もう一頭の操者を助けに行きますから、お客さんたちを頼みますね」
「あっ、ああ、助かっ、た、すまん――」
まだ朦朧としているらしい男を置いて、シウは急いで落ちた操者のところへ向かった。
一人だけ離れた場所で倒れていた操者の男は、意識は失っていたものの、命に別状はなさそうだった。
フェレスの上に乗せて、皆のところまで運ばせる。
その頃、少し離れた山の斜面にカスパルたちの飛竜が降り立っていた。
心配で見ていたら、アントレーネから通信があって、問題なしということだった。
今日はそこで野営をすると言うので、アントレーネには周囲の警戒を頼んだ。
フェレスとブランカにも頼む。
ブランカはククールスのことが気になるようだったが、急激な魔力消費の疲れは時間と共に治ってくるので、それよりはカスパルや赤子、ロトスを頼むとお願いした。
赤子とロトスの名前を聞いて、ブランカは張り切って飛んでいった。
小さな子は守らなければ!
そういう使命感が彼女にも宿っているようだった。
カスパルたちのことは感覚転移で確認しつつ、シウは絨毯を敷いた上に乗客たちを運んで寝かせた。
気付けの薬を嗅がせるのは男性だけにして、女性は悩んだ末に侍女らしき女性のみにしてみた。
男性たちは頭を抱えながらもなんとか事情を察して、呆然と倒れ伏す飛竜や荷物を見ていた。
「気が付きましたか? こちらの方はお連れの方でしょうか」
「え、ええ、はい。あの……」
まだ状況が分からないらしい侍女の女性に、シウはゆっくりと何があったのかを説明した。すると、先に気が付いていた男性のうちの一人が近付いてくる。
「アリーシャ様、わたしたちは助けていただいたようです。お嬢様のこともありますので、お気を確かに」
「あ、ああ、そうだわ! お嬢様、お嬢様」
「揺すってはダメですよ。穏やかにお起こししましょう」
シウが慌てて止めると、アリーシャという侍女はハッとして手を引っ込めた。自分がパニックに陥ってることに気付いて、手が震えている。
シウはお嬢様を起こしながらも、アリーシャに笑いかけた。
「大丈夫ですよ。後で気持ちが楽になるお茶も淹れて差し上げますから。さあ、力を抜いて。もうそろそろお嬢様も覚醒されると思います。あと、これ、よろしければお使いください」
魔法袋から、誂えたローブを取り出した。王城へ上がる際に使うだろうと仕立ててもらったものだから、ラトリシア風だし、高級だ。
貴族の出自らしいお嬢様が使う分には問題ないはずだった。
アリーシャもシウの気遣いを知って、頭を下げてきた。
「ありがとうございます」
騎士らしき男性も、急いで頭を下げた。
「ああ、これはとんだ失礼をしました。お助けいただきありがとうございます」
「いえ。冒険者なら当然です。では、他に毛布なども出しておきますから、とりあえずお嬢様を安心させてあげてください。僕は他の方々の様子を確認に行ってきます」
というのは、寝起きの姿を貴族の女性は見られたくないはずだからだ。
そのことにアリーシャも気付いて、小さく頭を下げて感謝の意を示していた。
この男女混合の乗客は、残りも雇われた護衛ということで乗り合いではなく、一頭まるごと借りた飛竜便だと知れた。
もう一頭の方は乗り合いだそうで、便と便の間にねじ込まれたものらしかった。
急ぎの場合はチャーターとして利用されるもので、その分、荒いこともあるそうだ。
定期便の方の操者が、意識を取り戻したチャーター便側の操者を説教していた。
「あんな荒いやり方で荷を積むから、バランスを崩すんだ! 分かってるのか!? お前がやったことは、自分の命だけじゃない、乗客や、何の関わりもない別の乗客の命まで奪うことだったんだぞ!!」
「すんませんすんません」
「安全帯までまともに付けていなかったようじゃないか!! 通りがかった親切な冒険者がいなかったら、お前もお前の乗客も、俺たちだって死んでいたんだぞ!!」
最初は静かに説教していたようなのだが、段々興奮して声が高くなっている。
ククールスは苦笑気味にそれを眺めていた。
チャーター便の方の乗客たちも顔色が真っ青だったのが、段々と腹が立ってきたのか一緒になって文句を言い始めた。
「あんた、俺たちを殺す気だったのかよ!」
「いやに荒っぽい操縦だと思ったんだ」
すると、項垂れていた操者が、恨めしげに彼等へ反論した。
「あんたらが急げって無理やりねじ込んできたんじゃないか。夕方の出発はダメだと断ったのに、ギルドへゴリ押ししただろうが。おかげで、俺は休みなく、徹夜で夜便を飛ばされることになったんだ」
「そ、それは!」
「だったらその時に断ればいいだろうが」
「断ったのに、無理やり荷物を乗せてきたのはあんたらだ。いつもとは違う相手を組まされて、さあ乗れって腕を取って引きずっていったのもアンタたちだろう!!」
彼にも言い分があるらしく、その後しばらく操者と乗客が言い合っていた。
ククールスは早々に逃げ出してきて、説教をしていた操者も呆れて戻ってきた。
そしてシウを見付けるや、急いで頭を下げる。
「そっちのエルフの冒険者に聞いたんだが、あんたがすごい技で助けてくれたんだってな。本当にありがとう、ありがとう!」
「いえ。それより、先に野営の準備を始めた方が良いと思う。もう、夜が来るよ」
そっと天を指差す。太陽はほとんど落ちかけており、周囲はシウが用意した明かりで明るいだけだ。
操者は驚いて、今の状況を冷静に把握したようだった。
「まずい。す、すぐにやります! お礼は後で、すんません!!」
そう言うや、乗客のうちの護衛二人に声を掛けて手伝いを願い出ていた。
騎士は女性二人を守る必要があるので頼めなかったのだろう。
シウとククールスも彼等を手伝うことにした。
途中、抜け出してカスパルたちの野営準備をしに行ったが、ある程度の魔道具は渡していたこともあり、アントレーネがほとんど済ませてくれていた。
「ありがとう。ごめんね」
「いえ。周囲の警戒も問題ないし、フェレスたちが率先して見回ってくれてるのでこっちは大丈夫だと思うよ」
「じゃ、晩ご飯でも作ろうかな」
そう言うと、カスパルがソファから声を掛けてきた。
「こっちは適当でいいから、あちらを助けておあげよ」
「いや、でも」
「聞けば貴族の女性もいらっしゃるんだろう? 大変じゃないかな。それに近距離の便なら、野営の準備なんて本格的にしてないのじゃない」
ねえ、とこちらの操者たちに意見を求める。どうやら彼等と、事故を起こした飛竜便のことを話し合っていたようだ。
「うーん、でもあっちもこっちも警戒するんじゃなあ」
場所が離れているので、シウとしてはカスパル側を優先したいのだ。
すると、カスパルは笑いながら首を傾げた。
「シウは普段は賢いのに、こういう時おバカだねえ」
「へ」
「彼等をこちらへ招待すれば良いんじゃないかな」
「あっ」
「絡まった飛竜たちの世話もしたいだろうし、操者に野営の全てを任せることはできないよ」
というのも、こちら側の操者に聞いたのだろう。徹夜になって、また事故でも起こされたら大変だ。
シウは素直に頷いて、それからカスパルにお礼を行ってお客さんたちを呼びに行った。
お嬢さんは意識を取り戻して、自分たちに起こった出来事にまだ震えているようだった。
そして野営の準備はぐだぐだのようで、本当に緊急避難程度のものしか揃っていなかった。
定期便の方はそれでも仕方ないが、チャーター便の方は遠距離を飛ぶ予定だったのに全く足りておらず、本当に急ぎでねじ込まれたのが分かる。
「とりあえず、皆さん、あちらで休みませんか? 若様がこういう時ですから助け合いましょうと、お許しくださったので」
「よ、よろしいのですか?」
「はい。あ、女性もいますからね。大丈夫ですよ。それと、食事の用意もありますから、どうぞおいでください。操者の方もですよ。飛竜の怪我は僕が診ておきましたし、後で食事もさせましょう。彼等がいれば、魔獣が襲ってくることもないでしょうから、荷物だけ片付けておけば安心です」
「あ、は、はい」
「お前はもっとちゃんとお礼を言わんか!!」
「は、はいぃぃ!! ありがとうございますぅ!!」
なんだか、仲が良いのか悪いのか分からない感じになってきた。
それでも先輩としてか、操者は徹夜明けの死にかけ操者の首根っこを掴んで頭を下げさせると、一緒に荷物の片付けをやってあげていた。
全員をフェレスとブランカで運び終えると、各自に用意した大型テントに入って休んでいてもらい、その間にシウは事故を起こした飛竜たちの世話や魔獣避け薬玉の設置などを行った。
「翼と、折れた爪、紐で圧迫されたところも治癒したからね。ご飯をいっぱい食べたら明日のためにしっかり休んでおくんだよ」
「ギャッ、ギャギャギャッ」
「ギャギャギャギャ!」
可哀想だったので鬼竜馬の内臓も混ぜたご飯を与えたら、目を輝かせて喜んでいた。
二頭には荷物を囲むように休んでもらい、何かあったら吠えて呼ぶことと言って、離れた。
次は人間のお世話だ。
シウは、飛行板で戻って、いつものように晩ご飯の準備に取り掛かった。
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