101 飛行ルートの変更
二人の操者は、しきりに謝った。
「本当に申し訳ない。急にルートが変わって、この辺りの風の流れを読み切れなかった」
「いいですよ。ね、カスパル」
「ああ。仕方のないことだからね」
カスパルは優雅に椅子へ座って答えている。
シウは笑いを堪えながら、操者に聞いてみた。
「でも、どうしてルートが変わったんですか?」
シウが質問をすると、待ってましたとばかりに男が答える。
「ニーバリ領が、いつものルートの飛行禁止を突然宣言したんだ。平地だと困るとか言い出して森の上のルートしか示してこなかった。でも森の深い場所なもんで上空とはいえ飛びたくはなかったんだが、大きく遠回りすると風の流れが強くてもっと危険だ。それで仕方なくニーバリ領の指示したルートを選んだんだよ」
「そう言えば、ニーバリ領の上空では魔獣の発生がひどかったね」
「最近あそこは良くない噂が多くてな。気をつけてはいたんだが。本当に申し訳なかったです」
最後の台詞はカスパルに向けてだ。彼がこの一行の責任者でもある。
カスパルは鷹揚に頷いて、手を飛竜側に差し向けた。
「あなた方のせいではないし、もういいですよ。さあ、明日も大変なのだから、もう休んでください」
二人は、へい、と返事をして飛竜の下へと戻っていった。
途中、晩ご飯を差し入れに行き、早めに休むよう再度伝えた。
こういう場合、本来なら周囲の警戒に彼等も当たるのだが、明日の飛行に差し障りがあるといけないので断ったのだ。
当然驚いてはいたが、こちらには三級冒険者と騎獣がいるし、魔道具の存在を知ると素直に従ってくれた。
シウも目に見えて分かるように大掛かりな結界魔法を用いたので、それも彼等の安心材料となったようだ。
ロランドも、シウやククールスたちがいてつくづく良かったと寝るまでの間に三回も零していた。
そのロランドには赤子たちを任せ、ダンとルフィノにはカスパルの護衛を頼んだ。
「見張りは僕等が交代でやるから気にせず寝ていてね」
「悪いな」
「慣れてるし、いいよ。ダンも夜更かしせずに早く寝てよ」
「こういう時に夜更かしなんてしないって。むしろカスパルだよ。さっき荷物から本を取り出していたからな」
「えっ」
「取り上げるつもりだけどさ。ったく」
「ぶれないなあ、カスパルは」
「な」
呆れたように苦笑すると、ダンは大型テントに入っていった。
シウはククールスと交代の時間を決め、休むことにした。
ロトスは赤子たちと一緒に寝るよう言ってあるので、カスパルたちと同じテントだ。
「フェレスももう寝てな」
「にゃ」
「頑張るって、もう眠そうじゃない。ほら、ブランカとクロも寝てるからいっといで」
促すと、はーいと渋々彼等専用のテントに入っていった。
「あいつ、本当にフェーレースっぽくないよな」
「よく犬みたいって言われるけど、猫っぽいところもあるよ」
「まあ、マイペースなところもあるな。はは」
まだ寝るには早い時間なので喋っていると、アントレーネが戻ってきた。周辺の探索に出ていたのだ。
「今のところ、問題はないと思う。多少うろついてはいるが、魔獣避けが効いているね」
「そっか」
「でも、まだニーバリ領だったか、あちら方面からの異様な気配が消えてないよ」
「変だったよね、あそこ」
昼に出発したため、まだニーバリ領を抜けるか抜けないかといった場所にいるのだ。
「あれなあ。噂じゃあ、冒険者ギルドが機能してないような感じだぞ」
「そうなの?」
以前からニーバリ領の悪い噂を聞いていたので、顔を顰めてしまった。
「本部からも人をやっているらしいけど、領主からの横槍がひどくてさ。冒険者もやってられんって逃げ出してるんだ。かろうじて、まともなギルド職員がなんとか踏ん張っているが、しがらみのない冒険者はどんどん流出してる」
アントレーネも怖い顔になって、ククールスの話を聞き出した。
胡座をかいて、前のめりになっている。
「じゃあ、魔獣討伐は領兵が出てるの?」
「選り好みしてるらしいけどな。おかげで、領民の生活は大変らしい。討伐費用だって、領から出さなきゃどうしようもないのに、出し渋ったりするもんだから。どんどん悪い方向へ行ってるってわけだ」
「悪循環だね。完全に機能不全を起こしてるんだ」
「おう、それそれ」
そのせいで、周辺の領までとばっちりを受けて、困っているそうだ。
特に隣接するシベリウス領などは再三に渡って申し渡しをしているようだが、のらりくらり逃げられているとか。
仕方なく、ニーバリ領からの魔獣が入らないよう、別に予算を組んで対策に乗り出しているそうだ。
「王領も隣接してるし、国からも睨まれるだろうに」
「拗れてるね」
「……でも、シウ様。それだとスタンピードが起こったりしないかい?」
それに答えたのはククールスだ。
「そこまでバカじゃないだろ。一応、なんやかやと理由を付けて、国から宮廷魔術師を借り受けてきたとかなんとか聞いたしな」
「そんなことできるんだ?」
「いや、俺も詳細は分かんねえけど。ガスパロやガンダルフォが言ってたんだ。俺も三級だし、緊急事態が発生したら呼ばれるかもしれんって、現在の状況をだな」
三級というところで小鼻をうごめかすので笑ってしまったシウだ。
「なんかもう、面倒なことあるよねえ」
「おうよ。まあ、俺は今回シュタイバーン行きだから、関係ねえけどな!」
「夏の終わりに緊急招集されたりして」
「止めろよ! せっかくの楽しい夏休みが台無しになるじゃないか」
脅かしていたら拗ねてしまった。
アントレーネと二人で笑い合い、先に休むことにした。
当番が最後だったシウは、いつも通りの朝早い時間に起きてアントレーネと交代した。
ククールスとアントレーネには感謝だ。特に真ん中の当番は辛いので、有り難い。
朝ご飯の用意をしながらの周辺警戒だったが、シウには感覚転移があるので気楽なものだ。
相次いで起きてきたフェレスとブランカ、クロは「お仕事~」と言って山へ入っていった。彼等も冒険者パーティーの一員として働いている気分らしい。可愛くて頼もしいことだ。
飛竜の世話を終えた操者たちがやって来たので、彼等にも朝ご飯を振る舞い、その後カスパルたちを起こした。
ロランドも赤子三人の世話で疲れていたのか、シウほどの早起きはできなかったようだ。起こさないよう遮音の結界を張っていたこともあり「わたしとしたことが」と失態を恥じていた。
「こういう時なので仕方ありませんよ、ロランドさん」
慰めつつ、赤子三人を引き取って、カスパルの世話を任せた。ダンは自分でできるし、ルフィノも然り。
ロトスも勝手にトイレに行ってくれるので、今お世話されなければならないのはカスパルと赤子三人のみだ。
よって、シウは赤子だけに専念する。
「食事は各自で取って食べてね」
そう言ってから、シウは赤ん坊たちに離乳食を食べさせた。
戻ってきたフェレスたちや、ククールスとアントレーネも手早く食べ終わると、のんびり優雅に食後の紅茶を飲むカスパルを横目に片付けを始めた。
「埃が立たないように結界を張っているけど、大丈夫?」
「僕は気にしないよ」
「じゃあ、休憩しててね」
悪いね、と手を振って、カスパルは本を広げた。その間に、ダンもカスパルの身の回りのものを片付け――主に本ばかりだった――飛竜の荷置き所に持っていった。
シウが動いている間は赤子はロトスかロランド、あるいは幼児用サークルに入れておくことが決まっている。今もサークルの中で三人はころころ転がっており、ロトスが監視役を請け負ってくれていた。
クロも監視役を担っている。こういう仕事はブランカには向かないので、任せたりはしない。彼女は結界の外で、フェレスと共に走り回っていた。
飛竜での帰省二日目は、なんとか順調に進み始めた。
ただ、午前中は何度か別の飛竜便とかち合うことがあった。もちろん、高度を変えるなどの対策はしているのだが、元々夏の間は過密ルートになるらしく、操者二人は神経をピリピリさせていた。
彼等は隣国まで飛ばす腕の持ち主だから、当然力量はしっかりしている。
二人共、若い頃は飛竜レースで上位に行ったこともあるほどの腕前で、レースから引退しても、第一線で操者として働いているのだ。そんなプロでも、今夏の飛行ルートは大変らしい。
事故など起きねば良いのだがと、休憩の時に不安そうな顔で語っていた。
その不安が的中したのはそろそろ今日の宿泊地を決めようという時だった。
メルネス領上空あたりで、他の飛竜便同士がぶつかるのを目撃した。
「ごめん、行ってくる。その場で旋回、もしくは緊急着陸して」
「俺も行く。レーネは残っていてくれ」
「分かった!」
カスパルたちには《落下用安全球材》を付けさせているし、操者たちも付けているのだが、他の飛竜便が持っているとは限らない。
それにまともにぶつかっていたら、怪我を負っている可能性もある。
目の前で起きた事故に、目を瞑ることはできなかった。
ククールスも同じ意見だろう。
シウがフェレスに、ククールスは飛び降りながら、駆け飛んできたブランカに乗って、錐揉み状態になった飛竜を追った。
シウはフェレスに最高速度でと命じたが、彼も目の前の様子にただ事でないと分かっており、最初から猛スピードで飛び出していた。
それでも距離があるから通常なら追いつけないのだが、シウが転移をするか悩むまでもなく、飛竜たちの落ちる速度は予想よりずっと遅かった。
ぶつかって何かが引っかかったまま離れられないようだが、案外冷静に風属性魔法を使ってスピードを落としていたのだ。
そうだとしても、このままでは大怪我をする。
決して、ゆったりと落ちているわけではないのだから。
「助けに来た!」
「ギャギャッ、ギャギャギャギャギャ!!」
「分かってる、そのままスピードを落としてて」
飛竜は翼が相手の足の爪と絡まって、動けなくなったと教えてくれた。
もう一頭はどこか打ったのか、意識が朦朧としているようだ。
乗っている人間は全員、安全帯に繋がったままで意識を失っている者が大半だった。突然の事故と、錐揉みで落ちたことなどで恐慌状態に陥ったのだろう。
そして操者の一人が見当たらない。安全帯を付けずに乗っていたのかもしれなかった。
慌てて全方位探索を強化すると、地面間際まで落ちていることが分かった。
急いで感覚転移で確認しつつ、弾力壁を敷く。すると、ぽよんと飛び跳ね、それから何度か小さく跳ねた後、地面にコロリと落ちた。
彼は《落下用安全球材》のようなものさえ付けていなかった。
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