100 愛の導き手と飛竜の旅




 重傷を負ったかつての賭け仲間から、ダーヴィドは悪い噂を流され、かなり大変な思いをしたようだ。今は溌剌とした笑顔で元気そうだった。

 その理由を、にこやかに教えてくれる。

「実は年末に偶然、シウ殿を知っているという方と偶然お会いして、話が弾んでね」

「僕ですか?」

「覚えているかな。彼女、もうすぐ来るはずなんだけど」

 にこにこして、ダーヴィドは待合室の窓から外を覗く。そして「あっ」と声を上げ、手を振った。

 しばらくすると貴族の女性が待合室に入ってきた。

 こちらも、なんとなく見覚えがある。

「まあ! シウ殿ではありませんか!?」

 口元を扇子で隠しながら近付いてくる貴族の女性を見、彼女よりもその後ろにいる女性でハッキリと思い出した。

「フランシスカさん?」

 後ろで、そっちじゃねえ、と突っ込む声が聞こえる。ロトスだ。シウの視線の先が貴族女性よりメイドに向いていたので気付いたらしい。

 カスパルもダンも、ほんわかと傍観しているだけだ。

 ちなみにここは貴族用待合室なので、ククールスやアントレーネは別室にいた。本当はシウもそちらにいたかったのだが、護衛代わりにカスパルと共にいるのだ。

「お久しぶりです、シウ殿」

「ええと――」

「メルチェーデ=ベルマンと申します。以前は名乗りもせず失礼致しました」

「あ、いえ」

 飛竜便で乗り合っただけなので、名乗られなくても仕方ない。

「あの時は大変助かりました。後日、お館様にお話を伺いまして、シウ殿が有名な冒険者であると知りました」

 そう言えば彼女たちは「お館様」に言われて社交シーズンを過ごすため、飛竜便に乗っていたのだった。

 ソランダリ領からだったので、もしやと思い聞いてみた。

「お館様と仰るのはソランダリ領伯のことでしょうか」

「ええ、そうですわ」

「あ、ということは、バルトロメ先生とも?」

「はい。お世話をさせていただくこともございました」

 やっぱりそうかあと、シウは笑った。

「バルトロメ先生、社交界苦手だから大変だったんじゃないですか?」

「わたくしたちはお嬢様方にお付きすることが多かったので、それほどでもないんですよ」

 否定はしないので、案の定バルトロメは社交界にはあまり出ていないようだ。

 そんな話をしていたら、ダーヴィドがスッと入ってきた。

 そうだ、彼と話をしていたのだったと思い出し、そちらへ向くと。

「実はパーティーで彼女と知り合いになってね。君の話で盛り上がって――」

「ええ、そうなの」

「で、婚約することになったんだ」

「えっ、そうなんですか?」

 驚いていたら、ダーヴィドが掻い摘んで教えてくれた。

 一人だけ無傷で戻ってきたダーヴィドを悪く言う者もおり、彼は社交界で浮いてしまったそうだ。もちろん火消しをしたし、事情は知っている人もいたのだが、面白おかしく言う者もいる。

 元々あまり社交的でない彼はパーティーでもぽつんとなっていたところ、同じく壁の花となっていた下級貴族のメルチェーデたちが話していることを耳にした。

 それがシウの話だったというわけだ。


 飛竜で偶然乗り合わせたシウが、彼女たちの恐怖感を魔法で取り除いたり、急遽山中で泊まることになった時もあれこれと世話をしたことがある。

 ソランダリ領伯からも、バルトロメからも、シウが冒険者として有名であることなどを聞かされた彼女たちは当時アマリアが婚約したこともあって話題に乗せていたらしい。

 ダーヴィドは思わず声を掛け、実はこういうことがあったのだとお互いに話し合ううちに仲良くなったとか。

 元々、未婚の若い男女が社交界へ出るのは結婚相手を探す意味合いも大きい。

 領伯のお嬢様付きとして来ていたメルチェーデもまた、お相手を探していた。それはダーヴィドも同じだ。

 トントン拍子に話は進み、この度めでたく婚約となったらしい。

 今日は領地で働くメルチェーデの父親に、婚約の挨拶へと向かう旅なのだそうだ。

「こんな日にシウ殿に出会えるなんて、やっぱり愛の導き手ですわね」

「は?」

「いや、最近密かに噂されているのだ。アマリア嬢のことがあってから、いろいろと」

(愛の導き手!!)

 ロトスが念話で騒いでいるので、振り返ってめっと睨む。

 なのに彼は堪えず、更に続けた。

(キュー・ピッ・ド!!)

 自分で考えて、ぶはっと吹き出し、口を抑えながらロトスはカスパルとダンの周りを走り回っている。

 子供のやることということで微笑ましげに見られているが、落ち着け、と念話で返す。

「他にも、聖獣の王ポエニクス様と親しげにされているとか」

「最近では、シウ殿に出会えると良いことがあるとまで言われてますのよ」

 なんだそれは。

「でも確かにそうですわ。シウ殿と出会えたからこそ、わたくしダーヴィド様と出会えましたもの」

「メルチェーデ……」

 二人の世界が始まったので、ロトスがまた笑う。

(止めろ、笑わせるな!)

「ロトス?」

(はーい! ていうか、リア充爆発しろ)

(またそんな訳の分からないこと言って)

 シウは肩を竦め、二人に向き直った。

「その、おめでとうございます。僕のことがきっかけになったのだとしたら、嬉しいことです。お幸せになってくださいね」

「ええ。ありがとうございます」

「もちろんだ。シウ殿、本当にありがとう」

 彼等の横ではフランシスカが感動しながら頭を下げている。というか、神に祈る作法で、胸を人差し指で縦へとなぞる仕草だ。他の人には見えていないが、シウには分かったので、慌てて止めた。

「やめてやめて。フランシスカさんっ」

 それを見て、ダーヴィドやメルチェーデ、カスパルたちまで笑っていた。



 先に呼ばれたのはシウたちで、急いで待合室を後にした。

「あー、疲れた」

「君はあちこちで何かを繋げているよね」

「笑いながら言わないでくださいー」

 カスパルが面白そうに言うので、ダンもからかってくる。

「うちの坊っちゃんにも良縁作ってくれよ」

「そう言われても」

「そうだよ、ダン。僕のお相手は父上が探してくれるさ。それより、君もそろそろお相手を探した方が良いんじゃないかい?」

「うっ……」

 胸を抑えるダンに、ロランドが厳しい顔で追い打ちをかけた。

「ダン様も男爵家のご出自。先ほどのお嬢様も男爵家でございましたな。社交界へ積極的に出て、お相手を見付けられるとはなんとも素晴らしい。若様のお供で参っていても、お相手を見付けることはできるということです。お分かりですか?」

「は、はい」

 社交界が苦手な主従なので、なかなか恋の鞘当てということができないらしい。

 ラトリシアで練習して、本国に戻って頑張ればいいと口酸っぱく言っていたロランドに、ダンはしょんぼりしながら頭を下げていた。

 とんだ藪蛇だったようだ。

 シウとロトスは顔を見合わせて、笑いあった。


 飛竜は二頭を借りたので、分かれて乗ることになる。

 カスパルの護衛も兼ねているのでシウは彼と一緒だ。ダンが離れたくないというので彼も共に乗った。離れたくないというよりロランドと一緒に乗って説教が続くことを恐れたのだろう。

 シウの方には他にフェレスたちと、アントレーネ、そして赤子三人だ。

 スサたちメイドは何度も悩んだ末に結局地竜で里帰りとなった。飛竜がやっぱり怖いようだった。

 赤子の世話はシウとアントレーネの二人で十分できるはずだし、そうしなよと促した。

 青い顔で飛竜に乗ってお世話係しますと言われても、である。

 もう一頭にはククールスとロトス、ロランドと護衛のルフィノだけだ。残りは地竜で戻っている。

 ラトリシアに残る者もいるが、屋敷自体は防犯のため入れないよう閉鎖していた。残る者は実家で過ごすか、仕事の場合は近くの宿を借り上げている。

 なので、リュカと共に残ることにしたソロルも、リュカの師匠の家でお世話になり、後半ミルトたちと獣人族の里へ行くのにも付いていくそうだ。父親気分というのもあるようだが、獣人族の里が気に入ったらしかった。

 薬師の師匠とも送迎の際に話をするそうで、仲が良いらしい。

 ソロルはソロルでしっかりとラトリシアでの生活を楽しんでいるようだった。




 これまでの飛竜の旅では、問題が起こったことはなかった。

 が、今回は何度か面倒事があった。

 まず飛び立ってすぐにニーバリ領上空を通ることになったのだが、飛行系の魔獣と何度か接触しかけたのだ。

 普通は飛竜を恐れたりするのであまり近付いてこないのだが、下方を覗くと結構な数が発生していてその煽りで上昇してきていたようだった。

 慌てる飛竜操者を落ち着かせて、メガロイェラキを狩った。そのままだと下に人がいたら大変だから、ちゃんとフェレスに乗って拾いながらの狩りだ。

 ククールスも飛竜の上から支援してくれたので案外楽なものだった。


 その後も他の飛竜便とあわや接触、という事態に陥ったりした。

 どうも、いつものルートが飛べなくなっており、操者も慣れないルートで疲れていたらしい。

 相手の飛竜便からは、謝意を示す信号弾が放たれていた。


 結局、飛竜便が使う宿泊地の街へは降りず、シウが指示した場所へ降り立ち泊まることになった。

 カスパルには先に休んでもらうため、ソファセットを出して座らせ、ロランドは彼の世話とカティフェスの面倒を頼む。

 シウはガリファロを背負って、整地と野営の準備だ。

 ククールスとアントレーネが周辺の警戒及び魔獣避けの設置などを担当してくれた。

 ロトスも仕事したいというので彼にはマルガリタを背負ってもらっている。

 ダンとルフィノは飛竜の世話の手伝いをしていた。

 その間に大型テントを張ってしまう。

 食事の用意を始める頃には全員が集まってきた。

 操者も来たのでなんだろうと思ったら、謝罪だった。降り立つ前にも野営になることを謝られていたが、貴族の一行なので気にしたようだ。

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