099 夏休み突入と挨拶巡り




 シウの夏休みは土の日からだが、ブラード家ではすでに半数近くが地竜によってシュタイバーンへ戻っている。

 リュカは今年もシュタイバーンへは行かないそうで、お世話になっている薬師のところで生活する。月の半分はミルトたちと共にまた獣人族の里へ行く予定だ。ミルトも今回は夏休み全部を里帰りに費やす気はなかったようで、王都にいる間、冒険者ギルドで仕事を受けて過ごすらしい。

 アマリアはキリクから送られた飛竜隊と共にすでにルシエラ王都を発っている。今年も飛竜レースの観戦に行くのだ。


 シウたちも飛竜レースを見に行くことになっている。ロトスが大変楽しみにしているからだ。

 今年はシュタイバーン国が開催地なので、移動が楽である。昨年はフェデラル国で開催されたのだが遠く離れており、飛竜での強行軍はなかなか大変であった。

 今回はククールスも一緒だ。

 キリクともう一度しっかり顔を合わせてもらいたいし、週末ごとにパーティーを組んでいたのでその流れで誘った。もう完全に同じパーティー扱いでいいじゃないかという気分だ。

 本人は稼ぎがどうのと言っていたが、生活費ならシウが出すし、お小遣い分だけ稼げばと言うと、ククールスより先にロトスから突っ込まれた。

(シウのヒモ製造機ー)

「俺のが年上だっつうのに。俺のこと子供と思ってないかあ?」

「あ、ごめんね」

「いや、別に嫌味っぽくないから全然気にならんけどさー」

 とは言いつつ、呆れた様子だ。

「まあ、固定パーティーみたいな感じってことなら、それでもいいけどな。一応、ゆるゆるルールだから、レーネとも相談してみるわ」

「あ、うん」

 大人として、パーティーのルールを取り決めてくれるらしい。

 お任せすることにした。


 シウたちの出発は風の日の午後からなので、土の日は商人ギルドへ顔を出した。

「また夏休みで不在なのね。寂しいわ」

「シェイラさんたちは夏休み返上?」

 ギルドの職員には長い休みはないようで、交代しながら細切れに休むと聞いた。が、シェイラは仕事の鬼なので、あまり休まないらしい。以前、秘書の女性が愚痴を零していた。

「今年はわたしも旅行へ行くつもりよ。でも、後半ね。ところで、今日は一体何かしら」

 にこにこ笑って手を出してくるので、シウは資料を渡しながら説明した。

「学校の騎獣用獣舎で偶然貴族の方と知り合ってね。ジャーキーを与えていたら食いつきが良くて。今日は商品化の相談」

「まあ」

「その話の流れで、騎獣用の調理専門商会を作ってはどうかなと」

「まあ! 素敵!」

 シェイラが目を輝かせて、身を乗り出した。秘書は傍らで苦笑だ。いつものことなので止める気配さえない。

「この国だと騎獣は貴族の持ち物でしょう? 大抵料理人が作ってる。でも人間用のついでだったり、厩番が適当に作るぐらいだ。だけど、魔獣の内臓が好きな希少獣に、専門の料理を食べさせられたらどうかな? 料理人も厩番も余計な仕事は増えず、騎獣たちも美味しい料理を食べられる」

「いいわ!」

「配達も込みでね。内臓なんかはギルドや肉屋から分けてもらえるだろうけど、きちんと支払うことで流通が確立されるともっと仕事の幅も増えるんじゃないかな。あと、ロワルで特許を取った真空パックを使うと、ある程度保存も効くから、無駄を省けると思う」

 シェイラはシウの手を取って強く握ると、うんうん頷いた。

「やりましょう。商人を募るわ。大きな商会が名乗りを上げてくれたらいいけれど」

「まだ営業をかけてない状況だと尻込みするかもね。どれぐらいの貴族が買い入れてくれるか分からないし」

「そうね。その場合はやる気のある新人を待つことになるわ」

「だったら、出資するよ。ラトリシアで無理でも、シュタイバーンなら絶対いけそうな気がするんだ」

「ああ……。あっちに持っていかれるのは嫌だわ。ぜひとも将来性の高い人を見付けてみせる」

 シェイラの目がメラメラ燃えているので、シウは笑った。

「あと、介護商品の件も、良い商家があったらお願いします」

「ええ。そちらは確実性が高いでしょうから任せて」

 年老いた希少獣の面倒を見ずにいると査察でバレたら罰則があるし、何より外聞が悪い。よって介護商品は売れるはずだ、というのがシェイラの意見だ。

 実際使ってみて楽だったら、話も広がる。

 そちらは大きな商家が名乗りを上げていた。他にも幾つかの商家が興味を持っているのでそのうち生産に入るだろう。

「夏休み明け、またそれぞれと打ち合わせをお願いね?」

「はい。シェイラさんたちも良いお休みを」

 挨拶して、帰る間際にいつもの秘書にこっそり飴を渡すシウだった。


 冒険者ギルドや市場の顔見知り、薬師ギルドにと挨拶をして回る。

 最後に闇ギルドへも向かった。

「こんにちはー」

「……ここへ来るのに、こんな爽やかに入ってくる子供はなかなかいないんだが」

 ギルド本部長のチェザル=ドロヴァンディが受付すぐのところに立っていて、笑う。

 何度か来ているのでもう顔見知りだったのだが、まだ名乗られていなかったのでシウも知らないフリをして話していた。

「こんにちは。今日はコラディーノさんは?」

「あいつは明日の準備でな。今は出ている」

「あ、そうか。明日ですもんね、オークション」

 平日にも開催されることはあるが、大きいのは風の日の夜にあるものだ。

「今日も持ってきたのか?」

「はい」

「……じゃあ、俺が確認しよう」

「ありがとうございます」

 最初は胡散臭そうに見られていたシウだが、何度かやり取りするうちに「毒気を抜かれた」と言って、以来普通に接してもらっている。

「……今回も綺麗なもんだ。ったく。どうやったらこんな綺麗に狩れるのかね」

 コラディーノはオークションの担当長で、シウの担当でもあるのだが、グララケルタの仕入れについて根掘り葉掘り聞くことはなかった。ただやはり本部長としては「どうやって」手に入れてくるのかが知りたいらしく、当初はよく聞かれたものだ。

 今となっては癖でぼやくだけだが、シウもまたいつもと同じように肩を竦めるだけだった。

「おい、待て。今回は多くないか?」

「夏休みを挟むので多めがいいかなって」

「いいかな、って、おい。……まあ、いいが、こんな良いものをホイホイと出しやがって」

 口ではなんだかんだ言っているが、上手く捌いてくれていることは知っていた。

 魔法袋の流通も徐々に増えてきているし、価格も以前ほど高騰しているわけではない。

 緩やかに、価格は下がっていた。

 適正価格まで下がってくれるといいなと思う。

「いつも、いろいろありがとうございます」

「そりゃあ、こっちの台詞だ。まあ、良いようにやってやるよ」

「はい」

「他に、何かあったら持って来い。うちは出所がよっぽどヤバくない限りは気にせん」

「ヤバいかヤバくないか、どうやったら分かるんですか?」

 確かにグララケルタのことは言っていないが、盗品でないことは誓言魔法で誓っている。ただし、本当に「盗品ではない」ことしか誓言していないのだが。

「んなもの、人となりを見りゃあ分かる」

 それはまたすごい答えだ。

 シウは笑って、

「じゃあ、僕は信用してもらってる人となりってわけですね」

「まあな。こまっしゃくれたところはアレだが、後ろ暗いもんではねえ。それは分かる」

「はい。出所が言えないだけで、全く問題ない代物ですからね」

「おう」

 今回の納品分を計算し、更に見込額を書いた紙を渡される。

「ま、扱うのがうちで良かったよ。ほれ、前回の分の売上金だ。内訳も付けている」

「いつもありがとうございます」

「手数料はしっかりもらってるからな」

「はい。あ――」

「なんだっ?」

 怖い顔のギルド本部長は、シウの上げた声に驚いて身を寄せた。

 近い近いと思いながら、理由を口にする。

「裏ギルドへの圧力とか、周辺を気にしてくれているので、その分も引いてもらっていいんですが」

 彼等がやってくれていることは知っていた。

 裏ギルドの雇われが闇オークションで嗅ぎ回っていることも。

 シウが偽名を使っていることは闇ギルドのコラディーノやギルド本部長も知っているが、それさえ漏らしていない。なかなかに義理堅いのだ。

「そりゃあ、お客様への気遣いの一環だ。気にすることはない」

「……そうですか。でも、いつもありがとうございます」

 照れているのか口を引き縛るようにしている本部長へ頭を下げてお礼を言い、シウは闇ギルドを後にした。

 今度、滅多に外に出せない代物なども、ここで捌いてもらおうかなと思いながら。

 ギルド本部長がお礼を言われてジーンと感動していることには気付かないまま、シウは屋敷へと戻った。





 風の日になり、王都の外にある飛竜発着場へと向かい、待合室に入った。午前の便も凄かったそうだが、午後も大変な人出だ。

「素直にアマリア嬢と共に連れて行ってもらえば良かったかな」

 カスパルが人の多さにうんざりした様子で愚痴を零す。

 キリクがアマリアの迎えに寄越した飛竜へ、もちろんカスパルやシウたちも誘ってもらえたのだ。ただ、王城への離発着で、当然ながら王城へ上がることになる。

 その煩わしさを避けたくて、カスパルもシウも謹んで辞退したのだった。

 まあ他に、飛竜隊の強行軍を思い出して、カスパルのみならずダンたちも遠慮した、というのもあったらしいが。

 アマリアを乗せてそんなことはしないのに、思い込みというのか、刷り込まれたトラウマはそう簡単には覆されないのだった。

 かくして、普通に旅行専門の飛竜便を予約したというわけだ。

 おかげで里帰りや夏休みの旅行などで、下級貴族やお金持ちの商家などの団体がうようよしているわけである。


 そんな中、呼ばれるまで待合室にいると、どこかで見た顔に出会った。

「もしや、シウ=アクィラ殿ではないか?」

 声を掛けられて思い出した。以前助けたことのある貴族の青年だった。

「ああ、ダーヴィド=アンドロシュ様ですか」

「あ、いや、ダーヴィドだが、あなたに畏まられると困る」

 以前は少し気取ったところのある青年だったが、頭を掻き掻き恥ずかしそうだ。

「その節は大変助かった。直接お伺いしてお礼をと思ったのだが、不幸事が重なってしまい機会を逸してしまった。申し訳なかった」

 貴族なので軽い会釈ではあったが、きちんとした気持ちの篭もる礼に、シウは微笑んだ。

「いいえ。グロッシ家を介してご連絡くださったではありませんか。それに不幸事のためにお忙しかったと聞いています」

 昨秋、彼とその仲間は賭けに負けたせいで、危険な森へ角牛狩りに出かけてしまった。 その結果、ダーヴィドの賭け仲間だった貴族は大怪我を負ってしまったし、連れていた者の半分を死なせてしまったのだ。

 ダーヴィド自身はシウがたまたま見付けて助けることができたが、彼の一行だけが無傷だったこともあり、悪い賭け仲間からのバッシングもあったようだ。シウのラトリシアでの後ろ盾となってくれているテオドロ=グロッシ子爵が、ダーヴィドからの付け届けを持参した際に教えてくれた。

「大変でしたね」

「いや。自業自得だ。シウ殿には本当にお世話になった」

 彼の横では、以前にも出会った彼の騎士ランハルドが共に頭を下げていた。

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