098 ギルド巡りと入れ食いと複写本完成
授業のない週末以外は試作や実験を繰り返し、動作に問題がないと分かると商人ギルドで登録した。
騎獣の介護用品なんてものは誰も技術を盗もうとはしないだろうが、飛行板や歩球板の術式も再利用しているので念のためだ。
面白いことに、荷運び用のカートはシェイラに喜ばれた。魔道具ではない、ただのカートも作ったのだがそちらもだ。
「貴族や商家は荷物持ちの家僕を使ったり、多くなれば別に運ばせるのだけど、庶民はそうもいかないわ。こうした重い荷物を自力で運べる道具は便利よ」
「そうですか。あ、じゃあ、老人向けに椅子付きのもあるんだけど――」
「ぜひ、提出してちょうだい」
「あ、はい」
有無を言わせないシェイラの様子に、シウは素直に頷いた。
「このタイヤの形や、素材、クッション部分なども個別に特許を申請してね?」
「あ、はい」
もしかしたらすでに出ているかもと思ってやって来たが、シェイラの類まれなる記憶の中にはなかったようだ。急いで別室で書類を整えた。
ついでにジャーキーのレシピも登録して、商人ギルドを後にした。ちなみに竜などといった材料については省いている。ジャーキーにする方法と基本のレシピのみの登録だ。
商人ギルドの次は薬師ギルドへ向かう。
ギルド長のネストリとは何度か面会を繰り返していたが、とうとう一冬草についての規則作りが出来上がり、納品と相成った。
「では、お収めください」
「おお!」
一枚ずつ真空パック状態にした一冬草の塊を見て、ネストリの手は震えていた。だからか、横からサッと秘書のカルアが受け取った。
「確かにお預かり致します」
「……カルアよ」
「ギルド長がお受け取りになりませんから」
できる秘書といった雰囲気のカルアは無表情に言ったものの、どうも半分はお茶目のつもりだったらしい。シウを見てにこりと微笑んだ。
「受領書をお渡ししますわ。また、ここに誓いを宣誓した各薬師店の書類がございます」
「はい。確かに」
すでに記録庫へと保管されていたのでつい即答してしまったが、カルアには目を丸くさせてしまった。
苦笑しながら、
「魔法使いですので」
と、理由にもならない答えを告げて、話を変えた。
「まだ大量にありますので、徐々に広げていきます。シュタイバーンなど、他国への輸出もお任せします」
「不当な値上げ、囲い込みは禁止、ですよね? 承知しております」
「ゆくゆくは栽培方法を公開しますので」
「はい。無駄な行為だというわけですね」
何度も話し合っているせいか、ネストリは分かっておりますともと胸を張っていた。
「しかし、シウ殿が出所であるということは薄々知られているようでして」
そうだろうなあと、シウは頷いた。
「悪い噂ではないのです。が、それを聞いた裏の人間がどう動くか」
「ですよねー。でもまあ、別件で闇ギルドの方と知り合いでして」
「なんと」
「あそこは裏ギルドと違ってギリギリ表の活動をしてるでしょう?」
「ええまあ、そうではございますが。正直まだ未成年のシウ殿がお付き合いされるのは感心しませんな」
注意をしてくるネストリの優しさに、嬉しくなった。
「一応、一冬草と同じような感じのものを持ち込みまして」
「ああ……なるほど……」
「で、身の安全を図ってくれてるというか、裏社会に睨みを利かせてくれてるというわけでして」
シウの言葉に、ネストリもカルアも呆れた様子で見つめてきた。
「つまり、持ちつ持たれつでお付き合いされてるというわけですな。なんとまあ」
「シウ様? お若いうちから、そうした手を使われるなんて――」
「いやいや、まあ、カルアよ。シウ殿は貴族の方々とのお付き合いも深いと聞く。王族とも仲が良いらしいし、慣れておるのだよ。でも、くれぐれも身の回りにはお気をつけください」
「はい。ありがとうございます」
その後、カルアが出してくれたおやつを食べながら世間話をして、話し合いは終わった。
風薫る月の最後の週。金の日の昼休みは早めに切り上げて獣舎へ出向いた。
厩務員らに断って、騎獣たちにシウ特製ジャーキーをあげるためだ。
騎獣たちは、先週のあの様子はなんだったのかというほど喜んで集まり、入れ食い状態となった。厩務員たちが、いつもと違うととても驚いたほどだ。
飼い主も様子を見に来ており、ジャーキーについて聞かれたのでレシピを教えてあげた。
「でも、作れそうにないよ。そんな、魔獣の内臓なんて……」
「肉だけでも作れますよ?」
「君、そうは言うが、粉砕して圧縮して型にはめて乾燥させて、なんて作業はどう考えても僕には無理だ」
貴族らしい青年は、困惑げに首を振った。自分の騎獣がこれほど喜ぶなら食べさせてやりたいが、という気持ちが見える。
シウのような貴族でない生徒にも普通に接してくれる彼に、どこか親しみを感じて提案してみた。
「でしたら、商人ギルドにレシピを登録しているので、どこかのお店に話を通してみましょうか?」
「え、本当に? それなら助かるなあ。こんなに喜ぶのなら、他の人にも教えてあげたいよ」
と言うので、シウはもう少し突っ込んで話をしてみた。
「普段のお食事ってどうしてます?」
「うちの子の? 料理人が人間用の食事の残りを切り刻んで食べさせているね。もちろん、肉を多めに出すよう指示はしているよ」
「そうなんですね」
「君は違うの?」
話に付き合ってくれるようだ。シウは、自作するという話や、騎獣は魔獣の内臓を殊の外喜ぶと教えた。でもやはり、それらを自分で――または料理人でもいいが――作るのは手間だと感じているらしい。忙しい貴族という仕事柄や学生であることからも、そこまで手をかけられないのだろう。
シウは思案しつつ、彼に言った。
「騎獣用の食事を専門に作るお店があれば便利でしょうか?」
「……うん、それはとても良い提案だ」
「ですか」
「いや、本気だよ? たとえば、毎日の食事を配達してもらえるなら、もっと便利だ。できたてで、騎獣のことを考えた専門の料理というのはね」
言いながら彼はパアッと明るい顔になった。
「国で飼われている騎獣たちにも専門の料理人がいるんだ。民間でそうした仕事があっても良い」
「では、そうしたことで話を進めてみますね」
「ぜひ。おやつだけでもきっと売れると思う。僕も騎獣飼い仲間に広めるからね!」
「はい。その時はお願いします」
握手をして、ちょうど昼の鐘が鳴ったので慌てて分かれた。
午後の授業はいつも通り終わったが、ヴァルネリは、
「じゃあ、来週ね!」
と手を振って教室を出ていった。誰も来週は夏休みですよとは突っ込まなかった。いつも通りである。
いつもと違ったのは、その後だ。
アロンドラがおどおどした様子でシウのところへ近付いてきた。シウの周りにはファビアンなどがいたので、緊張しているのだろう。
「あ、あの、あの」
「アロンドラさん、どうしたの?」
「あの、前に、本の複製の」
「ああ! もしかして連絡来たの?」
嬉しくて声を上げると、アロンドラもはい! と笑顔で声を上げた。
「もしかして例の本の複製かい?」
ファビアンも会話に交ざってきたが、途端にアロンドラはまた挙動不審に陥った。ランベルトとジーウェンは顔を見合わせて少し苦笑いだ。
オリヴェルは微笑ましそうに彼女を見ていたが、見られていることに気付いたアロンドラは更にわたわたして、早口で告げた。
「も、もう、完成したので、確認をと。い、いつが良い、かしら?」
最後は上ずったように声が飛び跳ねて、顔は真っ赤だ。人馴れしていないと思ったが、本当に慣れないのだなあと同情した。
「アロンドラさん、落ち着いて。じゃあ、これから伺っても良いのかな?」
「え、ええ。いつでもどうぞと」
「アロンドラさんも一緒に行く? 良かったらお茶でもしない? ご馳走するよ」
「あ、でも、その」
「馬車なら僕が出すよ。また本の話でもしよう」
ファビアンがまた会話に交ざってきた。アロンドラも彼なら慣れてるだろうに、はいぃぃと上ずった声で返事をしている。どうやらまだダメらしい。難しいものだ。
週末にはもう移動予定だったので、本がギリギリ間に合って良かった。
職人のラディムはとても良い仕事をしてくれて、元の本と共にシンプルだが丁寧な複写本を渡してくれた。
「シウ殿のご指示通り、いたずら書きや消えている部分もまたそのまま模写しております」
「はい、それで結構です」
手にある『世界の文字の対比表』本を、そっと撫でた。ファビアンもアロンドラも静かにそれを見ている。
「若様は、ご本が本当にお好きなのですね」
「はい」
「そこまで愛おしそうに触れていただくと、職人冥利に尽きます」
「だって、本当に素晴らしい。ラディムさん、またお願いしても良いですか?」
「もちろんでございます」
しっかり握手すると、ファビアンが耐えきれないといった様子で笑った。
「お互い職人気質なんだろうね。いいね、そういうの。ねえ、アロンドラ嬢もそう思わない?」
「え、あ、はい!」
相変わらず上ずった声で返事をして、アロンドラはファビアンに笑われていた。
『世界の文字の対比表』はすでに読み終わっていたが、素晴らしい古代本だった。過去の時代に、転生した元地球の人がいたことを示していたのだ。
冒険者の男が調べた地方や未開の地の文字、その暮らしぶりに現れていた。
英語らしきものや、日本語、見たこともない文字だってあった。未開の地なのに、幾つか突出した技術が使われていたり、鳥居、十字架などの絵も描かれている。
茅葺の屋根、水車、カウボーイの様子、祈りの様子に服装など、転生者のことだけでなく古代学としても面白い。改めて複写本を読み直し、シウの夜は更けていった。
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