096 養育院と政略結婚と介護問題




 話の流れで秘書官たちは部屋から下がらず、共にお茶の時間となった。

「これが噂のシウ殿のお菓子ですか」

「我々までご相伴いただきまして……」

 第三秘書官の従者や護衛などまでは食べたことがなかったらしい。シュヴィークザームの目を気にしつつ、美味しそうに食べていた。

「今日のはねえ、ベリーとクルミのパウンドケーキに、こっちはサクランボのカスタードクリームタルトだよ」

「うむ、うむ。いや、これも美味しい」

「それは干し杏のデニッシュパンだね。バターたっぷりで甘いでしょ」

「珈琲によく合う」

 キリッと語ってくれるのだが、シュヴィークザームのカップの中は割と白い。ミルクをどれだけ入れてるんだと、笑ってしまう。

「他にも新作あるけど、とりあえず中に入れておくね」

「うむ」

 他の人の目があるから、いつもより威厳たっぷりな声を出しているつもりらしいが、口の周りをミルクやクリームで汚している彼からそうしたものは微塵も感じられなかった。



 おやつタイムで落ち着くと、秘書官と老獣の養育院についてどうしたらいいか語り合った。いつの間にか「大型騎獣の介護を楽にする方法」でシュヴィークザームを交えて喧々囂々になってしまったのが面白い。

 シウが来たことでシュヴィークザームの部屋を辞することになっていたはずの第三秘書官が戻ってこないと、筆頭秘書官の従者が様子を見に来てポカンとしていたほどだ。

 慌てて片付けて出ていく彼等を見送り、シウとシュヴィークザームは白熱した戦いを制したような気になっていた。

 それから、どちらともなく「はぁ」と溜息を吐いてから、隣室の彼の私室へと向かったのだった。



 式典というのは年間を通して決まっているものもあれば、突然増えることもある。

 今回は、小競り合いが続いていたデルフ国との国境争いを収め、ようやくなんとか平和条約を締結できた、その祝いの行事らしい。ラトリシアとしてはかなりの大事で、最前線でストッパー役を務めながら締結までの流れを作ったエストバル侯爵は今もっとも時の人らしい。

 今回、聖獣を下げ渡すのもエストバル侯の部下で、平和条約を締結まで持っていった立役者なのだそうだ。元は騎士でもあり、聖獣や騎獣に対する愛情も深い人だとか。

「まあ、五年保てば良い方だと言っておるがな」

「平和条約?」

「うむ。そのうち、王族の婚姻などでもう少し保たせるのだろうと言っておったが。さて」

 政略結婚かあ。

 考えると、かわいそうな話だ。

 国が荒れて、そのとばっちりを受けるなんて。

 でもそれにより戦いを収められるのならと、思う気持ちも理解できる。

 シウがしょんぼりしたのが分かったからか、シュヴィークザームが頭を乱暴に撫でた。

「おぬしがそのような顔をするでない。我も、ヴィンちゃんの娘らをやるのは憐れと思うておる。……いや、相手が憐れかもしれぬが」

「え?」

「ヴィンちゃんの娘らは我が強いのでな」

 シウが会ったのは気弱そうな少女だったので、首を傾げた。

「シウは知らぬのだったか。フェリシアとドロテアというのがおる。上は婚約者がいたかもしれん」

「あの、カロラ様は?」

「……おお、そういえばおったな。忘れていた」

「この間会ったよね?」

 そう言ったら、静かにそっぽを向かれてしまった。

 どうやら、おとなしすぎて本気で忘れていたようだ。逆に言うと、フェリシアとドロテアが記憶に残るほどすごいということなのだろうが。

「あ、でも、向こうから来るってこともあるよね?」

「うん? ……ああ、そうか。そうだの。そういう手もある」

 どちらにしても、互いに人材をやり取りするようだ。

「国と国って、大変だね」

「うむ。大変なのだ」

 ちっとも大変じゃないような感じで言い終えると、シュヴィークザームは話題を変えた。

「して、休みの間、おぬしらはどのようにして遊んでおったのだ?」

 目が怖いのは、自分が仕事で忙しい間に『秘密基地』で遊んでいたことへの恨みからなのかもしれない。

 シウは内心で笑いながら、休んでいた間のことを話して聞かせた。



 昼ご飯を挟み、午後はシュヴィークザームのお菓子作りに付き合ったり、式典用のおさらいに付き合わされたりした。

 何度か王の第三秘書官と顔を合わせ、ちょっとした時間に「騎獣の介護について」を語り合ったりした。

 筆頭秘書官と次席秘書官が目を剥いてシウたちを見ていたのが、おかしかった。


 下げ渡される聖獣のところへも行ってみた。

 シュヴィークザームに対して、ものすごい尊敬と畏怖の態度で接しているので、今度はシウが目を剥いてしまった。

 そのことでシュヴィークザームが拗ねてしまったので掛け合い漫才みたいなやり取りをしていたら、当の聖獣も落ち着いたらしい。なんだか気が抜けたと、苦笑していた。

「おぬしが嫌なら、断っても良いのだぞ?」

「いえ、わたしは大丈夫です」

「そうか。だが、ここにいるシウがな、面白いことを考えたのでな」

「面白いこと、ですか?」

 獅子型聖獣のレーヴェは人化の状態でもはっきりと分かる老いを見せていた。真っ白い見た目が余計に老いを目立たせる。だが、背筋はピシッと伸びており、全盛期を想像できる姿形をしていた。

「老いた希少獣のな、養育院を作ってはどうかと提案したのだ」

「養育院、ですか」

「できるだけ最期まで、尊厳を守る介助をと言っておる」

「……尊厳を、ですか」

「うむ。人間でも同じなのだそうだ。たとえ老いたとはいえ、尊厳を奪ってはいけないとな。それは介助する側の心の尊厳をも守るのだと、先ほど力説しておった」

「なにやら難しい話ですが……」

 往年のスターみたいな顔をして、ようするに銀幕のヒーローだった俳優たちの老いた格好良さとも言うべき姿で、レーヴェはシウを見下ろして鷹揚に頷いた。

「聖獣の王ポエニクス様のご関心をいただくというのは、きっと素晴らしいことに違いありません」

 いや、それはない。

 銀幕スターみたいな相手から孫にするような笑顔を向けられて、シウは慌てて首を横に振った。しかし彼は、笑顔のまま、シュヴィークザームに告げた。

「貴方様にお気遣いいただいて、わたしもまた素晴らしい気持ちでいっぱいです。最後にお声掛けいただけたこと、終生忘れはしません。聖獣として、誇り高く最期まで立派に生きてまいろうと思います」

 ありがとうございました、そう言って頭を下げた。

 シュヴィークザームは少し悲しそうな、それでもそうと分からせないようにか瞬いて、レーヴェをずっと見ていた。



 聖獣の中には、老いて働けなくなったことへの無念からか、食事を摂らないという方法で静かな死を選ぶものもいるそうだ。

 役に立てないということを何よりも恐れる、希少獣の本能の強いものほどそうなってしまうらしい。

 そんなことはないのに。

 シュヴィークザームから聞かされて、シウも彼と同様に落ち込んでしまった。

 希少獣は悲しい生き物なのだと、改めて思う。

 いつの間にか存在する卵石たち。

 大抵の子は通常の獣から生まれてくるが、ポエニクスなどは自然と存在するらしい。だから厳密にはポエニクスは希少獣のくくりに入らないという学者もいるほどだ。

 聖獣の中にも、何故ここにという場所で生まれ落ちている場合は、自然発生だと言われている。

 人化をする聖獣、人を乗せて働く騎獣、人のために癒やしたり働く小型希少獣。彼等は人間をパートナーにして、生きる。

 人間のために働くといっても過言ではない彼等の最期が自死なんて、あまりに憐れだ。

 第三秘書官が養育院に目の色を変えたのも、彼がこうした事情を知っていたからなのだろう。

 シウも思いつきで適当に言ったことを、もっとちゃんと考えなきゃなと、気を引き締めた。


 なにより、シウに万一のことがあればフェレスたちは路頭に迷う。

 何かあればキリクを頼れと言ってあるが、老いた時、みんながどんな目に遭うのかと考えただけで身が引き裂かれそうだ。

 野良希少獣のことも気になっていたし、人間の世界に養護施設があるように、希少獣にもそうした場所があっていいと思う。

 デルフ国では騎獣の誘拐事件もあった。

 ラトリシア国では騎獣は王侯貴族が囲い込んでいる。

 国によって騎獣の取り扱いは違うし、共通のルールに関して署名はしているものの、希少獣側の意見というのはなかった。

 ここはひとつ、聖獣の王たるシュヴィークザームに頑張ってもらいたいところだ。そう思って彼を見たのだが。

「シウ、秘密基地へ飛ぶ《転移指定石》が減ってきたのだ」

 自室に戻ったシュヴィークザームが両手のひらを向けて、目を輝かせていた。

「……もう、ないの? 一応あれは魔石で、高いんだよ?」

「うむ」

 分かっておる、と偉そうに頷いて、カレンに小さな宝物入れを持ってこさせた。そして中にあった小袋を取り出すと、顎をツンと上に向け、シウへ気軽な様子で渡す。

 鑑定したら白金貨だった。

 それが十枚。

 大金である。

「……魔石代?」

「足りぬか?」

 シウの態度に、少し心配になってきたらしい。不安そうに目の色を揺らす。

 なんだか、先ほどまでのシウの心の中を返してほしい。

 でも、これがシュヴィークザームなのだ。ふ、と笑って、シウはそれを受け取った。

「足りるけど、このままもらっておこうかな」

「おお、そうか。おぬしには世話になっておるからな。もちろん、実費も支払われておるはずだが」

「ギルド経由で国から振り込まれてるね。相場より高いけど」

 そういうところを締めて、老獣のお世話資金にすればいいのにと思ったが、今後を踏まえてもらっておく。

 いつか養育院ができたら、シウも寄付をしよう。そのための費用だと思えば良い。

 だから今は有難く、シュヴィークザームからの考えなしな代金ももらっておくことにした。

 ラトリシアに養育院ができるなら、いずれ各国にも広がるだろう。シュヴィークザームが名誉会長になるかもしれない。その時々で、シウも助けになればいいなと思う。

 きっとシュヴィークザーム本人だけなら、のほほんとした会になってしまうだろうから。

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