092 温泉と秘密基地での訓練




 翌日もコルディス湖付近で訓練を行い、温泉に入ってから一旦屋敷へ戻った。

 一泊したので赤子たちの様子が気になったのだ。

 赤子三人は特に問題もなく、角牛のお乳を飲みつつも離乳食をがっつり食べていたようだ。



 ところで、コルディス湖の畔に小屋を建てているが、ククールスとアントレーネは共に気に入ってくれた。

 ただ人数が増えすぎて雑魚寝も大変なので、水の日の昼間にシウだけ訓練を抜けて増築を行った。もはや小屋とは呼べなくなっているのだが、山小屋は山小屋なので今後もそう呼ぶだろう。

 部屋は中庭を囲むようにぐるりと広げて、全室から外が見えるようにしている。お風呂もあるので、数字の『6』に近い形となって、落ち着いた。お風呂は先端部分の端っこである。

 廊下は内側、中庭に沿うようにして、増築ついでに中庭もちゃんと整備した。

 シウが好きなカエデを中心に植えて、コルディス湖の底にあった丸い石などを配置したところ、ロトスには「おじいちゃんだなー」と笑われてしまった。京都っぽくしたと言えば、ころころ転がって大笑いしていた。


 温泉も、ククールスとアントレーネは喜んでいた。

 ふたりとも男女の別にこだわりがないらしく、広いのだからと全員一緒で入った。

 シウもアントレーネが気にしないなら別に構わない。使い方も一度に教えられるので楽だなと思ったぐらいだが、後でロトスには怒られた。

 お風呂の間中ずっと顔が赤かったのでのぼせたのかと思っていたが、照れていたようだ。道理で途中で転変して狐姿に戻っていたわけだ。

「……でもまだロトスは子供だよね?」

「そういう話じゃないの!」

 前世二十歳だったために、アントレーネの肉体美に思うところがあったようだ。でもあまり気にすると彼女も困るだろうし、成人(成獣)になるまでは一緒でいいんじゃないの、と軽く答えた。

「……ほんとにもう。おじいちゃんはそういうところ、枯れてるんだよ」

「えーと。ごめんね?」

「【眼福】だったからいいけどね!」

 言いながら、ロトスは子供にあるまじき仕草で、胸のあたりを両手のひらでふわふわさせる。

「ああ、柔らかい胸だったね」

 そういえばと思い出して、シウは笑った。

 アントレーネはロトスとシウの体を洗ってやろうと、母親のような気分で接してくれた。洗い終わってお風呂に入った後も、照れなくていいと抱っこまで。

 元々、大きく立派な胸をしていたが子供を産んだことで更に大きくなったそうだ。だからか、それに包まれるとなんだか温かくて懐かしいような、照れくさい気持ちになった。

 もし母親が生きていたら、こんな気分になるのかなと思ったものだ。

 もっとも、シウの母親は神様が見せてくれた映像では華奢で子供のようだったから、とてもこんな大きな胸には包まれていなかっただろうが。

「……シウ、もうすぐ成人なんだから、そろそろ【マザコン】やめようぜ」

「あ、うん」

 独り言が漏れていたらしい。ものすごく白い目で、非難されているようだ。

「……ていうか、シウってやっぱりまだなの?」

 とは、大人になってないかどうか、だ。

「まだだね。もういいんだ。前世もそれらしいことなかったし、今生もハイエルフの先祖返りの血を引いてるんだったら成長は遅いだろうし」

 そう言うと、ロトスがぽんと肩を叩いて慰めてくれた。背伸びしなくても叩ける程度に背が伸びており、ちょっと物悲しい。

「まあ、あれだ。あせるなって」

「だねー」

「でもククールスが、成人あたりまではエルフでもハイエルフでも成長速度は人族とほぼ変わらないって言ってただろー」

「その後に、じゃっかん遅いとも言ってたよ」

「あ、怒ったの?」

「怒ってません」

 本当に怒ってないのに、その後ロトスは笑いながら「ごめんねー」と謝っていた。





 木の日はオプスクーリタースシルワへ行くことにした。また泊まりになるので、スサたちに赤子たちのことを頼む。

 連れて行こうかと言ったのだが、やっぱり止められた。お世話できるのが嬉しいからと譲らない。シウもアントレーネも自分のことは自分でできるし、リュカも一気に大人になってしまったので、お世話しがいがないそうだ。

 ロトスのことは可愛いと思いながらも、特殊な事情があると知っているので手出ししづらい。それにブランカももう成獣となれば――。

 結局、悪いと思いながら赤子三人を置いて、出かけることになった。


 ククールスも屋敷に泊まっていたので、全員で一度王都の外に出てから、人の気配がないところで転移した。

 拠点には『秘密基地』と『崖の巣』を使う。

 秘密基地をシウたちが使うことはシュヴィークザームに了解を取っていたが、念のため《超高性能通信》で連絡も入れた。

 本人の恨みがましい、いいなーいいなーという声に笑い出しそうになったが、お仕事頑張ってねとだけ伝えて通信を切った。



 秘密基地の近くでは飛行系の魔獣が多い気がする。

 シウもよく会うハーピーや、ガーゴイルなどだ。他にも珍しい種類が数多くいた。

 これらを相手にするには、また違った戦い方が必要となる。訓練するのにも秘密基地を拠点とするのはちょうど良かった。

 到着すると、シュヴィークザーム用に作った山小屋を見て、ククールスは呆れた顔で笑った。

「やりたい放題やってるなあ」

「だよねー」

 とは、ロトスの言だ。ふたり並んで、森の端にひっそりと建つ山小屋を眺めている。

 アントレーネは反対側を見て、尻尾をゆーらゆらと揺らしながら遠くを見ていた。

「レーネ、どうかした?」

「いや、良い景色だと思ってね。この国は緑が多いし豊かだと思ったものだが、こうして深い崖の続く山並みもあるのかと、少し懐かしく思ったんだ」

 眼下に広がる山並みは、確かに切り立った崖の多い山岳地帯だ。もちろん木々も生えているのだが、なだらかな山、というわけにはいかない。

「あたしの故郷の山々はね、木々の少ない起伏の激しいところだった。岩場が多くてね。あたしらのような種族ぐらいしか生きていけないような厳しさがあったもんさ」

「懐かしい?」

「少しね。でも、ここは本当に豊かで恵まれているよ」

 空気も良いと、匂いを嗅いでからにんまりと笑った。

「獲物も多そうだ」

 そう言うと、彼女の視線は崖とは反対の、深い森へと向けられた。

「結界の向こうから、獲物の匂いが漂ってきているね」

 わくわくした顔で言うので、シウは苦笑しつつ返した。

「じゃあ、早速狩りに行こうか」

 ククールスたちも秘密基地の探検が終わったようなので、皆してまずは森へと入っていった。


 アントレーネが人差し指で東を示し、手のひらを広げてみせる。その後、握って小さく回す。東方向に魔獣が多くいる、という意味だ。

 ククールスもシウも探知は得意なので、彼女があえてこうした冒険者特有の合図を出したのは、ブランカやロトスに教え込むためだ。実地で繰り返し行うことで、覚えていく。これら冒険者の作法を知っておくと、緊急招集の際に助かる。

 アントレーネ自身も覚えて間もないのだが、さすが一流の戦士だっただけあり、あっという間にシウたちの教える冒険者の作法を覚えてしまった。

(えーと、パーを広げただけで横に振ってないから、立ち止まれではないんだっけ。指が二本で二回だから、進む、と。よし)

 ロトスは聖獣の姿に転変しており、念話で独り言だ。

 クロは今回シウと共にいる。飛行系魔獣が多いため、個別に偵察へ行くのは止めさせた。まだ単独の偵察行動は彼には早かった。が、本人(鳥)はやる気満々で今も必死に探知を繰り返したり、先行するアントレーネの姿を追っている。

 ククールスとフェレスは獲物を釣ってくる役どころで、北回りに奥地へ進んでいた。

 運動量が必要な割には身軽でないと難しく、彼等には向いた仕事だった。

 アントレーネは盾にもなれるし、近接戦の得意な戦士なので先頭を取っていた。ブランカも戦闘職向きだから彼女の後を追っている。その後ろにロトスだ。

(ロトス、前に出過ぎだよ。落ち着いて)

 念話で伝えると、彼はおっとっとと足踏みして、それからゆっくり走り出した。

 幼獣の彼にとってはまだまだ早い狩りの訓練なのだ。見学気分でいてほしいのに、アントレーネがものすごく張り切っているのでつい乗せられているようだった。


 ククールスとフェレスはウォラーレラーナの群れを追い込んできた。これは飛び蛙のことで、五十センチほどの大きさのれっきとした魔獣だ。唾に神経毒があり、口から吐き出して敵を倒す。普段は地面の中に住んでいるが、強力な後ろ足を使って射出し、ぶつかってくるという厄介な相手だ。しかも名前の通り、飛ぶ。羽のある蛙である。

 フェレスが面白がって巣のある地面を踏み踏みして怒らせたようだ。次々と射出されるのをひょいひょい躱して、追いかけてもらえるよう上空で待機後、ふらふらと連れてきた。飛行板に乗って共に飛んできたククールスがゲラゲラ笑っている。


 アントレーネは連絡を受けずとも魔獣の群れにはすぐさま気付いて、ブランカに指示を出した。すでに二匹のルプスを倒しているので、ブランカもほどほどに興奮していたから、一気に畳み掛けるように進む。

 相手が飛行系の魔獣とはいえ、ブランカも飛べる騎獣だ。軽々と岩場を蹴ってウォラーレラーナの集団へ突入した。

「ブランカ、手前のは叩き落としな! 落ちたやつはあたしが倒す。あんたは上から襲うんだ」

 中央を分断するように素早く割り込むと、ブランカはアントレーネに言われた通り、邪魔になった道筋のウォラーレラーナを叩き落としながら上空まで突き抜けると、反転して上空から爪で一撃を加えていった。

 唾を避けつつアントレーネは剣で切り倒していく。

「目玉は薬になるから気をつけてねー」

「了解!」

 肉も鶏っぽくて案外いけるらしいのだが、なにしろ『魔獣魔物をおいしく食べる』を書いた作者ウルバン=ロドリゲスの言うことだからどこまで本当か分からない。彼の場合、食べられるものイコールおいしい、のだ。くそまずいと有名なものでさえ、彼は食べてしまう。

 シウもかなりのゲテモノ食いだが、唾が毒という蛙を食べるのは躊躇する。一応、鑑定してから食べてみるつもりではいたが。

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