091 訓練




 火の日になり、朝早くからシウたちは転移でコルディス湖へ向かった。

「聞いてはいたけどさ。でも、転移がこんな簡単にできるとか……」

「あ、あたしも、初めてだけど、なんかもう……」

「ふたりとも、こんなのでビックリしてたらだめだよ。シウ、きかくがいなんだから」

 ロトスの言葉に、ククールスとアントレーネは同時に頷いていた。


 コルディス湖の畔にある小屋を拠点として、いつものように森へ入る。

「この森は人が入ってこないから、狩り放題だよ」

「お前ほんと、好き勝手やってんなあ」

 呆れられたものの、それでもなんだか楽しそうだ。

「ここは空気が良いな。精霊も多いし、森も生き生きしてる」

「精霊が多いんだ? へえー」

「見えないお前が可哀想になるよ。でも、これだけ澄んでいる気配も珍しいな」

「人があんまり入ってこないからかな」

「……お前、森に定期的に入ってたりする?」

「うん。割としょっちゅう。フェレスが魔獣を狩ってくれるし、最近はブランカも一緒に入ってるから、僕は下草を刈る程度だけどね」

 だからか、とククールスが笑う。

「適度に人の手が入らないと、魔獣が蔓延って空気が悪くなるんだよな。そうか、シウのおかげか。良かったなお前ら」

 そう言って、シウには見えない何かに笑いかけている。

 精霊が見えるっていいなと、少し羨ましい。

 ロトスも気配は分かっていたのか、あっあれがそうなのか! と叫んでいる。

 アントレーネはきょとんとしていた。

「精霊か。あたしにはさっぱりだ」

「レーネも!?」

 仲間だ! と、思わず手を握ってぶんぶん振ってしまった。



 定期的に魔獣を狩っているので、この近辺には大した魔獣は存在していない。

 今日ここへ来たのはあくまでも訓練だ。

 お互いの息を合わせて連携の精度を上げたい。

 その後、オプスクーリタースシルワにでも行って、本格的な狩りへ入るのも良いだろう。

 イオタ山脈でもいいのだが、そちらはシウたちが慣れすぎているので訓練にならないのだ。

「よし、じゃあブランカに突撃をやらせよう。あいつは直接攻撃が向いてる」

「フェレスは挑発?」

 シウが問うと、ククールスは頷いた。

「そうそう。身軽だし、釣ってくるのにちょうどいい」

「じゃあ、あたしがフェレスの指導をやるよ」

 ククールスの指示に、アントレーネが手を上げて意見を述べる。戦いの経験があるので、臨機応変に考えて動けるのが彼等の強みだ。

 シウは魔法という名の力技で動くので、とても勉強になる。

「シウは後方支援と、遊撃だ。リーダーは俺で行くぞ?」

「うん」

 この中で一番の経験者はククールスだから、当然従う。

「おれはー?」

「ロトスは、あー、人型だと飛べないんだろう?」

 獣姿でもほぼ飛べないのだが。しかし彼は、

「うん、じゃあ獣姿に戻るね!」

 言うなり、転変した。

 最近は装備変更も上手に使えているので、服も散らばったりしなかった。首輪に付与した魔法を使えるようになったと思ったらすぐに自力でできたのだ。きっかけが大事だったのかもしれない。

「おう、やっぱ、すごいなあ……」

「きゃん!」

 自慢げに尻尾を振って、ロトスはメンバー入りを認めさせていた。


 クロが偵察に行き、上空から魔獣の位置を確認する。

 ロトスとの念話が良い刺激となったのか、クロも念話を完全に覚えてしまった。おかげで通信魔法も会得し、シウやフェレス、ブランカにロトスならば意志を伝えられる。

(きゅぃきゅぃ)

 ルプスの群れが北東にいると伝えてきて、シウがククールスに教えると、彼の指示でフェレスが釣ってくることになった。

 アントレーネがまずお手本を見せるため、一緒に走っていく。

 その間にククールスはブランカを移動させた。

「いいか、うまいこと誘導されてきたのを風下で捕まえるぞ。一網打尽にするには、群れのボスを見極めろ。一匹たりとて逃すんじゃない。だが、無理はするな」

「ぎゃぅ!」

「よし。じゃあ、俺が指示するまで絶対に動くんじゃないぞ。じっと伏せて待て。我慢できなくても、絶対だ。分かったな?」

「ぎゃぅぎゃぅっ」

 シウは後方の木の上で気配を消す。ロトスには結界を張った。まだ気配を消す方法が分からないからだ。

(難しいなあ)

「こればっかりは慣れだね」

(フェレスは上手いのにー)

 フェレスに負けているのが悔しいようだ。だが聖獣と言えども、ここは経験の差である。そのうち追い越すのだからと、シウはロトスを慰めた。


 やがてアントレーネがルプスたちを、想定していた場所へ連れてきた。フェレスも後方から追い込んでいる。アントレーネの意図するところを汲んでいるようだった。

 ルプスの気配を察知し、更には視線にも捉えたというのに、ククールスの「動いていい」という指示がないためブランカは気配を緩めかけていた。じりじりしているようだ。それでも頑張って抑え込んでいる。

 ククールスは彼女に実地で、踏ん張ることを覚えさせているのだ。

「……よし、ブランカ、行け」

 許されたブランカは弾丸のように発射され、真っ先にボスへ向かって突っ込んだ。その勢いたるや、そんじょそこらの聖獣顔負けだ。

 しかも、ボスの首を一撃で噛み切ると、すぐさま二番手の雄を引きずり倒した。爪で急所を抉り、こちらもあっという間の出来事だ。三匹目に飛びかかった時にはククールスが二匹を同時に倒していたところで、慌てて残りの気配を探っている。まだ彼女には周辺に気を配る余裕がないようだ。

 追い込んできたアントレーネが、逃げ出したルプスを倒していることにもその時気付いたらしい。

「まあ、でも最初はこんなもんだろ。レーネ、フェレスはどうだった?」

「上出来だ。度胸もあるし、なにより早い。幾つか方法があるから、教え込みたいね」

「よし。じゃあ、引き続きそっちを伸ばそうか。シウ、それでいいか?」

「うん」

「クロの探知も上手いようだしな。となると、クロに幾つかの言葉を覚えさせよう。それでパーティー全体に通信で伝えさせるんだ」

「あ、それいいね」

「連絡係りだけじゃあ勿体無いからな」

 クロも役目ができると嬉しいだろうし、いいかもしれない。

「ブランカはこのまま攻撃を覚えてもらおうか。あとでレーネと交代しよう。レーネの方が近接攻撃は得意だろうからな」

「そうなの?」

 アントレーネに視線を向けると、彼女はちょっと照れくさそうに、しかししっかりと頷いた。

「あたしの得物は剣だからね。短槍やナイフも使うけど、剣が一番だ。最近じゃ、小隊を率いていたから直接戦うことも減っていたんだけどね」

 鈍った体を鍛えるのに、剣を振るっていたのを思い出した。綺麗な動きで、シウなど足元にも及ばない。

「俺はどちらかと言えば後方支援だからな。使う武器も特殊だし」

 シウが作ってあげた高強度糸と錘の武器は、中距離に向いているが混戦になったら使えない。ククールスはソロのならいとしてナイフも使うが、基本的には弓と重力魔法を使う後方支援タイプだ。

 冒険者の経験が高いためリーダーとして指示してくれているが、ブランカを仕込むなら同じタイプが良い。

「あたしは素手も使うからね。獣人族だし、ブランカを教えるには向いていると思うよ」

「じゃあお願い」

 シウが頼むと、アントレーネは嬉しそうに頷いた。



 その後、ルプスや岩猪などの群れを探しては追い込むという訓練を何度も続けた。

 普段から狩っているため、そうそう出会えないから全員で場所を変える。転移でだ。

 その為、夕方頃には全員が転移に慣れた。


 途中、組み合わせや指導役を交代したり、タイミングを図るための合図も統一したり(知らない子もいるので改めて教え込んだり)、なかなか充実した一日だった。

 ロトスも冒険者が使う指の合図を見て、テンション高く喜んでいた。

「こういうの、やりたかった!」

 と、小さく短い指で、一、二と合図をおさらいしている。

 アントレーネの国ではまた違ったやり方だったので、彼女にはこちらの方法を教えたが、さすが戦士職だけあって一度で覚えていた。


 クロには声音を覚えてもらったのだが、全部シウの声になるので皆で笑った。彼はどうやら、シウの声しか真似たくないようだ。

 もちろん、他の人の声だって、フェレスやブランカの鳴き声だって真似られるのに、通信で使う合図はどうやってもシウの声で押し通していた。

 夜、どうして? と皆のいないところでこっそり聞いたら。

「きゅぃ……きゅぃきゅぃ」

 だって、シウが好きだから、と可愛いことを言ってくれた。

 意外と頑固なクロだが、シウはついついデレっとなってしまうのだった。

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