088 お菓子作り




 秘密基地へ行きたかった鬱憤もあってか、シウが「これいいよ」とプレゼントした割烹着を手に、シュヴィークザームはウキウキと厨房へ向かった。

 今日は昼過ぎに国王との面会があるとかで、出かけられないらしい。

 最近サボっていたので、聖獣としての仕事が溜まっていると零す。

 正直シュヴィークザームがどんな仕事ができるのか見当もつかないのだが、一応やることはやっているらしい。


 久しぶりに王城の厨房へ入ると、シュヴィークザーム専用の部屋が出来上がっていた。

 専任の厨房用側仕えもいて、至れり尽くせりだ。

 カレンは部屋付きメイドなので、今回は付いてこなかった。代わりに護衛の近衛騎士たちが大勢で来ている。

 シウは厨房を見回して感心した。

「本格的だね」

「うむ。ヴィン二世が作ってくれたのだ。ヴィンちゃんは、勿体無いと言っていたがな。ヴィン二世も我の大事さに気付いたのだろう」

 その後ろで近衛騎士が、

「これでお仕事をちゃんとされるならと殿下が仰いまして」

 と口パクで教えてくれた。

 シウは笑いつつ、駆け付けた料理長や側仕えの人たちと挨拶した。


 準備をしていると、それほど待つこともなく子供たちがやってきた。

 ヴィンセントの子供でシーラとカナン、それから彼にとっては一番下の弟になるヴィラルだ。そのお目付け役としてか、オリヴェルも一緒だった。

 他にもぞろぞろといて大所帯だ。

「オリヴェルまで来たの?」

「ちょうど話をしているところだったからね。邪魔だったかな?」

「ううん。ただ、この人数は入れないと思うよ」

 さすがに多すぎだ。シウが苦笑していると、幾人かの従者や侍女が顔を顰めていた。

 見ない顔もあって、シウがそちらに視線を向けて会釈しているとオリヴェルが紹介してくれた。

「妹のカロラだよ。わたしのすぐ下で、彼女の下がヴィラルになるんだ」

 カロラとヴィラルは年齢が開いているようだ。ヴィラルはまだまだ子供だが、カロラはもう成人しているようだった。

「初めまして、シウ=アクィラです。冒険者で魔法使いです。今はシーカー魔法学院で学んでいます。お兄様とは同じ科で学んでおります」

 挨拶すると、彼女は少し困惑げな様子で、簡易の挨拶を返してくれた。

「カロラでございます。どうぞよろしく」

 彼女には侍女がひとりしか付いていなかった。なんとなく立場が弱そうな雰囲気で、他の従者や侍女たちに押されてる感がある。ひょっとしたら正妻や妃の子供ではないのかな、と思う。姓を名乗らないのは、相手を侮っている場合にも有り得るのでどちらかは分からなかった。

 それよりも、子供たちがわっと寄ってきたので、シウは彼等と挨拶した。

「こんにちは。久しぶりだね」

「そうですわ。もっと遊びにきてもいいと思います」

 シーラは会う度におしゃまに成長していて面白い。女の子の成長は早いものだ。

 手を繋いでいるカナンももう三歳で、言葉をしっかり喋るようになっていた。

「シウ、きょうはねこたんは?」

「フェレスとブランカは置いてきたんだ。ごめんね」

「……ねこたん」

「まあ、カナン。フェレスのことばっかり言ったら、シウがかわいそうじゃないの。シウに会えてうれしいですって言ってあげなきゃダメよ」

「うん」

 彼女の言葉に、シウは苦笑した。

「悪いね、シウ。シーラは悪気はないんだけど」

「ううん」

「ほら、ヴィラルもこっちへおいで」

「兄上様」

 ヴィラルはオリヴェルが好きらしく、とことこと近付いて彼にくっつくと、シウへ挨拶してくれた。

「こんにちは。今日はおかしづくり、おしえてくれるってきいて、うれしいです」

「うん。シュヴィと一緒に頑張ろうね」

 そう言ってから、ふとオリヴェルへ小声で語りかけた。

「あの汚い字が読めたんだ?」

「あ、ああ……ははは……」

 オリヴェルは厨房の中で張り切っているシュヴィークザームに目を留め、それから肩を竦めて笑って誤魔化していた。


 従者や侍女、護衛の騎士たちには外で待っていてもらい、厨房の中には料理人と子供たちだけが入った。

 ハラハラしている侍女もいたが、聖獣の王が傍にいて何があるというのかとオリヴェルに諭されていた。

 まあ、うさんくさいシウのことが気になってしようがないのはよく分かる。

 ヴィンセントに王城滞在の許可証はもらっているものの、貴族でもないので嫌なものは嫌なのだろう。彼等のほとんどが貴族出なので仕方ない。

 そちらは気にせず、安全だけに配慮してお菓子教室を開催した。


 まずはシュークリームの生地についてだ。

 生地がうまく膨らむかどうかは生地の配合や寝かせ方にもよるだろうが、火加減も大事だ。このあたりは菓子専門料理人が何度も練習して覚えたと言い、そのレシピをシュヴィークザームにおさらいさせていた。時間と焼きの様子、これが大事である。

 皆である程度用意された生地を絞り出して天板に乗せていく。後は焼くのを見守るだけだ。

「でも何事も練習だよね。料理人が何度もやってくれているからこそ、僕らは簡単に作れるんだから。有り難いよねー」

「いえ、そんな。とんでもございません」

「うむ。確かにシウの言う通りだ。おぬしらにはいつも感謝しておる」

「は、ははーっ。ありがたき幸せ――」

 土下座せんばかりに感激しているのでシウは淡々とそれを止めた。

「じゃあ、次行きましょう」

 いちいちシュヴィークザームの言葉に感動していたら話が進まない。

「次はカスタードクリームだよね。生クリームは後から入れるとして」

「あっ、はい、そうですね!」

 本当なら最初に作っておくべきものだが、この菓子料理人も魔法を使う。氷も常備されているし、手早く作れるのだ。

 シュークリーム生地の焼き加減は別の料理人が見てくれているので、皆でクリーム作りだ。

 泡立てるのも手作業でやってみてから、魔法を使う方法を学んだり、どこか実験じみて面白いようだった。


 これが基本のシュークリームという話をして、シウが今度は創作の話をする。

「シュヴィも味見を繰り返してから、新しい味に挑戦したら? 僕もマスタードはないと思うな」

「うむ。あれはあれで斬新かと思ったのだ。まさかヴィン二世があれほど変な顔をするとは思ってなかった」

「……もしかして本気で、良いと思って出したの?」

「いや、そこは、まあ。あれだ」

 目を逸らしているので、自覚はあったらしい。それにしてもまあヴィンセントによくもマスタード入りのシュークリームを出せたものだ。

 子供たちはちょっと笑っている。

 王族とは言え、子供だ。ロシアンルーレットの遊びは楽しかったのかもしれない。

 シウは話しながら、イチゴのクリーム、ベリーのクリームなどを作った。この時期だとこんなものだろう。秋なら栗のクリームなども良い。

「これをカスタードと二層にして入れて、上に果実を飾るんだよ」

「おお、それは良いな」

「見た目も大事だよね。料理人さんの方が断然センスあると思うけど」

「いえ、とんでもない、です」

「我も上手いぞ?」

「はいはい。そこで張り合わなくてもいいのに」

 笑うと、シュヴィークザームの目も笑っていた。


 それから、付け合せに使う果物を皆で切ったりした。

 危なっかしい手つきに侍女たちは「ああ!」だとか「ひいっ」と声を上げていたけれど、小さなナイフひとつで何があるわけでもない。

「大丈夫ですよ。ちゃんと空気のクッション入れますから。万が一切っても、すぐ治します」

 そう言ったのに、余計に青ざめた顔で見ていた。

 オリヴェルは笑うだけだ。

「カナンもやりたい」

「あら、カナンにはまだ早いわ。ナイフは、わたくしぐらい大きくなってからね」

「ふぇ……」

 皆の作業を見えない位置からずっと眺めていたカナンは、とうとう泣き出し始めた。

 三歳の彼に小刀は渡せなかったのだが、仲間はずれのように感じたのだろう。

 シウはカナンを背中から抱っこしてあげて、皆の作業が見えるようにくるっと回ってみせた。

「カナン様にはねえ、この後大事なお仕事をしてもらうんだよ」

「だいじ?」

「そう。シュークリームの上に、お姉様や叔父様方が切った果物を、乗せる係」

「のせるかかりなの」

「最後のとっても大事なお仕事だよ」

「カナンのおしごと!」

 仕事が大事だということは、小さなカナンでも理解しているようだ。父親のヴィンセントが毎日毎日「仕事」で「大変」だから。

 それを思い出したのだろう。顔がキリリとして、やる気になっている。

 微笑ましいやら可愛いやらだ。

 ちょうどシュー生地も焼けた。菓子料理人が好い具合です、と太鼓判を押し、冷めるのを待つ。少しばかり魔法も使ってのズルだが、カナンの仕事のためである。

 乾燥させないように冷ますのはなかなか難しく、料理人もできないようだったのでシウが行った。


 シュー生地にカスタード、そして生クリームなどを入れていく。その上に飾りソースや、生クリームでデコレーションした。

 カナンにはイチゴやベリーを乗せてもらった。

「うわあ、美味しそう。カナン様お上手だね」

「まあ、ほんと。すてきよ、カナン」

「えへ」

 シーラも大袈裟に褒め称えて、優しいお姉さんをしていた。

 ヴィラルもカナンに、偉いねえと話しかけている。

「カナンはさいごのしあげが上手だね」

「うん!」

 途中、オリヴェルが抱っこを変わってくれて、カナンがたくさんの皿の上に乗せていくのを手伝っていた。

 かなりの数だったのに、最後まで飽きずに乗せていたのは確かに偉かった。

 やはり「仕事」というのが彼にとって大事なことだと認識している証拠なのだろう。

 ヴィンセントはキリクとの会話でも仕事の愚痴を零していたし、子供たちも案外見ているようだ。

 なので少し提案してみた。

「お父様に食べてもらう?」

「えっ」

 シーラがびっくり顔で振り返ったので、シウは笑った。

「お仕事いつもお疲れ様って。シュヴィが作ったものを食べるぐらいだから、シーラ様とカナン様の作ったものも食べてくれると思うけど、どうでしょう」

 シウの提案に、シーラは頬を上気させていた。カナンも嬉しげだ。

 オリヴェルは苦笑しながら、それはいいね、と言っている。マスタードよりはマシだろうと小声で笑う。

「では、後ほどお届けできるように手配しておこう。僕らは先に味見をしてみるかい?」

 父親に食べてもらうのも大事だが、目の前にある美味しいものも早く食べたい。そんな顔の子供たちに、オリヴェルはウインクして言った。

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