089 シュークリームと人身御供




 こんな時間におやつを食べたらお昼ごはんは遅めになるね、と言いながら温室へと向かった。彼等のお気に入りの場所らしい。シュヴィークザーム専用の温室とはまた違う。

 というよりも王族の人数分はある、というようなことを平然と語っていた。

 さすが王族。規模が違う。


 そんなこんなで意外と歩かされて、シーラの一押しの温室へと到着した。

 すでにテーブルなどの用意ができており、侍女らがすぐさまお茶の用意を始めた。

 テーブルに花を飾り、整えてから彼等がシウに視線を寄越す。

「じゃあ、取り出しますね」

 せっかくなので作りたてを皿ごと、魔法袋に仕舞っていたのだ。

 シウがワゴンの上にどんどん出していくと、都度、侍女らがテーブルにセッティングしていく。流れるような所作に、感心した。

 食べる前に一応、毒見として従者のひとりが口にしていたけれど、形骸化されているのか、誰も彼の返事を待たずにフォークを使って食べ始めていた。

「わあ、おいしいね!」

「カナンのおかげでとってもおいしくなったわ」

「ほんとだ。ほら、カナンの乗せてくれたイチゴ、きれいだね」

 チビっこたちはきゃっきゃと楽しげだ。幸せそうに頬張っていて、見ているシウも幸せな気持ちになる。

「うん、このイチゴ味のも美味しいね。シュヴィークザーム様が作られた生地も美味しいです」

 オリヴェルはちゃんとシュヴィークザームのフォローも忘れない。

 子供を見て目がとろんとなっていたシュヴィークザームは、うむ、と偉そうに頷いた。でも目はまだ柔らかい。

 惜しむらくは表情がないので、侍女らは緊張したままだ。

 厨房の時と違って空間が広いせいか、近くに感じられるのだろう。恐れ多いといった様子でいる。

「シウが作っておった生地のは、どうだ?」

「あ、もう出す? こっちは基本のカスタードクリームだけどいいかな」

「構わぬ。気になっていたのだ」

「あ、わたしも気になってた。途中で何か足していたよね?」

 オリヴェルにも言われて、テーブルの上にそのまま取り出した。侍女らの視線が飛んできたものの、指摘されることはなかった。

 チビっこたちも興味津々なので、すぐさま各皿に取り分けようとして止められた。

「それは侍女の仕事です」

 カロラが小さく、教えてくれる。

 今までずっと後ろで控え目にしており、口を利くのが嫌なのかなと思っていたがそうでもなさそうだ。

「あ、そうですね」

 返事をした時には、カロラやオリヴェルが視線で呼んだらしく侍女がもう近くに侍っていた。


 シウが別に作っていたのはクッキー生地のシュークリームだ。

 上部にクッキー生地を薄く貼り付けてサクサクパリッとした食感を出してみた。イメージしたのはメロンパンだった。

 小さめに作ったのは、まだ別の味のものがあるから。

 次に出したのはチョコレート掛けのシュークリーム。

 本当はカスタードにもチョコレートを混ぜてみたかったが、こってりしすぎかなと思って止めた。

 こちらも小さい。

 それを侍女たちが綺麗に皿へ乗せていった。

 シュヴィークザームのみならず、子供たちもワクワク顔だ。

 一番早くに食べたのはやはりと言おうかシュヴィークザームだった。

「おお! これは美味しいぞ。上のパリパリ生地が美味しい」

「良かった。チョコも食べて」

「うむ」

 パクっと一口で食べるや、目がとろんとなった。

 慌ててオリヴェルや、子供たちも頬張る。

「うわあ、おいしい」

「ほんと!」

「これは、どっちも捨てがたいね」

 わいわい騒いでいると、思わぬ人がやってきた。

 ヴィダルとヴァリオ、この国の王子様たちである。

 考えてみるとオリヴェルも王子なのだが、クラスメイトとして過ごすうちに気楽な気持ちでいた。チビっこたちもそうした枠になっていたが、今、ここで異質なのはシウだけだなと思うと、ちょっと溜息を吐きたくなる。クロが肩の上から頬ずりして慰めてくれたのが救いだ。もっとも、空気を読んでか、すぐに髪の毛に同化するよう隠れてしまったが。


 王子たちはにこにこと笑顔で近付いてくると、テーブルの上のお菓子を見て、いいなあと羨ましげに声を上げた。

 チビっこたちは各自、今日のことを自慢しながらお菓子をどうぞと勧めている。

 そういうわけで彼等もまた椅子に座り、急遽用意されたお皿にシュークリームを乗せられるのを待っていた。

「シウ殿、オリヴェルと仲良くしてくれてるんだってね。ありがとう」

「いえ」

「聖獣様の遊び相手って聞いていたのに、オリヴェルとも仲が良いし、しかもヴィンセント兄上のお子様とも顔見知りっていうから驚いていたんだ」

「はあ」

「何よりもヴィンセント兄上! 君のお菓子を食べて以来、甘いものも食べるようになったっていうから驚きだよ」

「そうそう。先日の話も面白かったし」

 とは、シュヴィークザームのロシアンルーレット事件らしい。

 双子のように顔が似ていて仲の良いふたりは、延々とその時の話を面白おかしく説明してくれた。


 散々美味しいとお礼を言われ、シュヴィークザームにも腕を上げて素晴らしいと褒め称え、更には子供たちも褒め倒すと二人は嵐のように去っていった。

 ただ、帰り際、カロラに耳打ちしていたのだが、

「もう少し愛想よくしていなさい」

「将来有望な相手だから、もっと笑顔で」

 などと言っていた。困ったことに、地獄耳なので聞こえてしまう。

 そしてどうやら彼等にとって、シウは繋ぎをとっておきたい相手になっているようだ。

 女の子であるカロラに敢えてそうしたことを言うからには、オリヴェルではだめな理由があるわけだ。となるとやはり、気を引かせて――美人局とは言わないが――取り込みたいのかもしれなかった。

 カロラが所在なげに付いてきていたのも、以前からそうした話を聞かされていたのかもしれない。そして進んでやりたいわけでもなさそうだ。

 今も、兄たちが出ていった扉を見て、小さく溜息を噛み殺している。

 立場的に逆らえないのかな。

 となると、やはり妾腹なのかもしれない。オリヴェルも立場は弱いそうだし、王族といっても大変だ。

 シウは知らぬふりをして、シュヴィークザームや子供たちとお菓子の話を楽しく続けた。



 食べ終わり、話も一段落付くと散会となった。

 シュヴィークザームは国王と会う約束があるのでこのまま別れる。

 そのため、騎士のひとりに送ってもらおうとしたら、カロラが小声で告げた。

「わたくしがお見送りをさせていただきます」

「そう? じゃあ、お願いするね」

 オリヴェルが少し驚いていたものの、子供たちを部屋へ連れて行く約束だったらしくて、後を任せるねと告げた。オリヴェルは兄ふたりの思惑は知らないようだった。


 カロラが俯き加減で温室から帰り道を案内してくれたが、ほぼ、出口近くまで喋ることはなかった。

 侍女も近衛騎士三人も無言だ。

 居心地悪い思いでいたら、近衛騎士の詰め所がある出入り口が見えたところでカロラが立ち止まった。

「あの……」

「はい」

 シウも立ち止まり、彼女を振り返った。

「あの。……学校での授業は、楽しいですか?」

 その台詞を聞いて、シウはふと笑った。懐かしい顔を思い出したのだ。

 彼女に似ているなと思った。すると、カロラの立場や態度も全てが分かった気がした。

「楽しいですよ」

「そうですか」

「カロラ様」

「は、はい」

「魔法学校に興味がありますか?」

 ラトリシア国の王族は、魔法学校を国内にたくさん持つほどなので通うことは禁止されていないはずだった。確か女性王族でも通えたはずだが、アマリアのように変人扱いされるかもしれない。高位貴族の子女が通うには、親の寛大とも言える承諾がないと無理だと聞いた。だから、もしかしたらと思ったのだ。

「あの……いえ……」

「実は、カロラ様とお会いしてから、思い出しまして」

 彼女は首を傾げ、シウの言葉の続きを待った。

「シュタイバーンの王族に、カルロッテ様とおっしゃる王女殿下がいらっしゃるのをご存知ですか?」

「あ、はい。お名前だけは」

「王女殿下も魔法学校に興味を抱かれておいででした。いろいろとお話をしてさしあげたことがあるんです」

「まあ。……まあ、そうなのですか?」

「はい。書物も大変お読みになられる方で、随分お貸ししたのですよ」

「まあ!」

 カロラの顔に本物の笑みが見え始めた。

「お名前もなんだか似ていますね。カルロッテ様は聡明な方でとても勉強熱心だったのですが、カロラ様もではありませんか?」

「え?」

「僕のような冒険者に学校のことを質問されたので、そうかなと思ってしまいました。失礼でしたね」

「いえ。いいえ。わたくしこそ、唐突でしたのに」

 彼女は手を合わせて口元を隠すように微笑んだ。

「……魔法学校にはとても興味があったのですけど、姉上様方が女学院へお進みしましたのでわたくしも」

 微笑みながらもどこか悲しげだ。

「でも、勉強はどこででもできるのでしたわね」

「はい。カルロッテ様も熱心に勉強されていました。ここだけの話ですが――」

 言いながら小声で話しかける。侍女が少し困った顔をしたものの、止めはしなかった。

「学院の貴族の子息方から、女性は勉強せずとも良いのではと言われて、反発するお気持ちがあったようです。何度も心が折れかけたでしょう。でも、学びたい気持ちは、消えはしないのです」

「学びたい気持ち……」

「僕の友人に、冒険者ギルドの受付をしながら勉強している青年がいます。彼は毎日忙しいのに魔法の勉強をして、ついにはレベルを上げました。今ではギルドで率先して頑張っていますよ」

「まあ」

「どんな立場の人でも、学べることはあるんだと思います。もちろん、大変忙しいお方や、あるいは奴隷の立場では時間もとれないことがあるでしょう。だけど、日々少しずつでも、希望は持っていいと思うんです」

 綺麗事かもしれない。本当に時間の取れない人だっている。でも、学びたいと思っているだけでも、価値はある。

 カロラもまた、何度も頷いて自己肯定しているようだった。

 最後に、シウにありがとうとお礼を口にして、小さく手を振り見送ってくれた。

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