087 横綱級とロシアンルーレット




 その後、物足りないアントレーネや、ククールスたちのために森へ入った。

 ブランカの上にはシウが乗り、フェレスはロトスを乗せている。

 アントレーネはククールスから森の歩き方を教わりつつ、索敵を掛けていた。探知魔法は使えないので、気配を読み取ってするすると移動している。

 獣人族だけあって身体能力は高く、身軽なククールスにもしっかりとついて行く。

 本人はかなり体が重くなっているとぼやいていたが、傍目には十分だった。

 それらを見て、ロトスも思うところがあったらしく、途中フェレスから下りて森歩きの訓練を自主的にやっていた。

 ロトスの護衛はフェレスに任せて、シウはこのパーティー全体の護衛としての動きをブランカに教え込んだ。

「もっと気配を消して。飛ぶ時は尻尾にも気をつけること」

「ぎゃぅ」

「クロが先行してくれているから、時折道順を確認してね。いない時は自分で考えること」

「ぎゃぅ」

「クロ、東へ飛んで伝言。ククールスたちの北東にルプス発見八匹」

「きゅぃ!」

 連絡係として飛んでいった。シウの全方位探索とククールスの探知能力は近いものがあるので、彼ももう気付いているだろう。が、これもパーティーとしての動きとクロの訓練を兼ねている。

 感覚転移で見ると、クロがシウの声音で伝えているのが見えた。ククールスが真面目な顔をして、相手をしてくれている。伝言了解、と言ってクロを返してから、ちょっと笑っていた。アントレーネも微笑ましそうにクロを見送っていた。

「ブランカ、僕らも北東へ進むよ」

「ぎゃぅ!」

「ただし、後方のフェレスとロトスの動きを把握しておくこと。守るべきは何か、ちゃんと頭に入れといてね」

「ぎゃぅ!!」

 わかった、と頼もしい返事で、岩場に足をつくと方向転換した。



 ブランカの森の中を走る速度は、フェレスよりもずっと上だった。

 飛行能力はまだフェレスよりも下だが、地に足をつけての能力ならばフェレスを超えている。

 幼い頃から森遊びに興じていたこともあり、そんじょそこらの聖獣を相手にしても勝てそうだ。

 体力、能力、戦闘力など、ブランカの力は計り知れないものがある。

 フェレスは身軽さ、小回りの良さで相手を翻弄する強さがあるが、ブランカは横綱級だ。正面から突破できる力強さを感じた。

 ルプスに対しても、フェレスには喉元を一撃必殺にしろと口酸っぱく言ってあったのだが、そうしないと彼が反撃されて危険だからだ。

 ところがブランカは撫でるように前足で引っ掻いただけでも、その爪と強い勢いで致命傷を与えていた。

 魔法を乗せることを覚えたら、もっと強くなるだろう。

 フェレスでさえ岩猪を軽く倒せるのだから、ブランカなど簡単に違いない。

 その為、慢心しないよう、教え込む必要もあった。

 今は褒めて褒めてと子供のように喜んでいるが、自分は強いと思い込んでしまったら彼女よりもずっと強い相手に出会った時、心が折れてしまう。

 そんな時に、逃げる道もあるのだと教えてあげたい。

 気持ちが萎えているところへ反撃されることが怖いのだ。


 ククールスやアントレーネも同じことを感じたらしく、帰る際にはいろいろと彼等なりのアドバイスをくれた。

 ククールスは冒険者としての心構え。

 アントレーネは軍人として戦ってきた経験を。

 ブランカなりに、難しい話をなんとか理解しようと話を聞いているようだった。


 ククールスやアントレーネがいて良かったなと思う。

 臨時のパーティーだったが、また度々組みたいとククールスにはお願いした。

 彼はちょっと照れくさそうに笑って、引っ張りだこだけどまあいいぜと、請け負ってくれたのだった。




 翌日はシュヴィークザームのところへ行った。

 オプスクーリタースシルワにある秘密基地の方ではなく、王城へだ。

 あまり足が遠のいていると逆に疑われそうな気がして、わざとそうしてみたのだが、実際にヴィンセントとかち合って言われてしまった。

「久しぶりだな。あまり顔を見せないのでそろそろ手紙が必要かと思っていたが」

 何かあるのではないかと疑っているような顔だったので、シウは素知らぬ顔で笑った。

「普段は通信魔道具で話していますから」

「……高価な魔道具でそのようなことをしているのか。今頃の学生は優雅だな」

 嫌味なのか分からないことを言って、冷たい視線攻撃だ。

 シウは肩を竦めて、実物を見せてみた。

「開発者ですから、僕。あと、上位版を作ったことで下位版が価格破壊を起こしまして、庶民でも頑張れば手に入れられるようになりました」

「また、変わった物言いをする。カカクハカイとはなんだ」

「あー。えっと、庶民の言葉で、つまり安くなりました」

「なるほど。とはいえ、開発者か。やはり優雅なことだ」

「もういいだろう、ヴィン二世。ささ、シウ、早く部屋へ入るがいい」

「あ、うん。お邪魔しまーす」

 ついそんな風に言ったら、ヴィンセントの秘書がふふっと小さく笑っていた。


 部屋に入ると、ヴィンセントやお付きの者たちが出て行き始めた。

 シュヴィークザームによると、毎日どこか空いた時間で顔を合わせに来るらしい。

 正式に主契約を移行したので気持ちを馴染ませるためだろう。

 そのせいでなかなか秘密基地に入り浸れず、度々愚痴を聞かされていた。

「ではな。ああ、そうだ。シウよ」

「はい?」

 振り返ると、廊下に出たヴィンセントが軽く首を傾げなら続けた。

「シュヴィの菓子がどうもおかしい。子らも微妙な顔をするので、今度しっかり教えてやってほしいのだが」

「あ、はい」

「それと妙な遊びも止めるよう、お前から伝えてほしい」

「妙な遊び、ですか」

「シュークリームに変なものを詰めて、ろしあんるーれっと、だったか? その遊びをやりたがるのだ」

 それを聞いて、シウは半眼になって振り向いた。ソファの後ろから、目だけ覗かせるシュヴィークザームを睨み、またヴィンセントに向かう。

「止めさせます。前にちょっとした余興を話して聞かせたことがあって。それを元にしたんだと思います。すみません」

「いや。まあ、本人が楽しければと思っていたが、先日のはひどかったのでな」

 聞きたくない。

 ヴィンセントも、話すつもりはなかったのか、あるいは時間がなかったからか、とにかく頼んだぞと手を上げてから足早に去っていった。


 ちなみにロシアンルーレットの話をシュヴィークザームにしたのはロトスだ。

 似たようなもので食べ物を使った遊びが冒険者の間ではあるので、シウが混ぜ返すために教えたから、ある意味同罪ではあるが。


 部屋に戻ると、応接室から私室へと逃げたようでシュヴィークザームの姿はなかった。

 カレンが苦笑しつつ、そちらを指差した。

 シウは追いかけて、クロを肩に乗せたまま私室へと入った。

 今日はフェレスとブランカは置いてきている。大きくなったブランカは、もうここまで連れてこられない。獣舎に預けるぐらいなら置いてきた方が本獣のためだからだ。

「シュヴィ、シュークリームの中に何入れたの?」

「……マスタードを少しばかり」

「なんでそんなことしたの」

 別に怒るつもりはなく、聞いてみた。ヴィンセントも言っていたが遊びの範疇だったのだろう。時に、人はやりすぎてしまうものだ。

 シウにも経験があるので、ただ何があったのかを知りたかっただけだ。

 しかし、シュヴィークザームは悪いことをしたと思っているのか、分かりやすく目を逸らしている。

「別に怒ってないけど。ヴィンセント殿下も怒ってないよね?」

「……あやつらが」

「うん?」

「あやつらが、我の作るシュークリームが萎んでるだの、クリームが硬いだの、甘すぎると文句ばかり言うのだ」

「ああ……」

 拗ねちゃったのか。

 内心で苦笑していると、シュヴィークザームは更に続けた。

「それに、シウの作ったものと比べるのだぞ」

「あー」

 それはまた。

 貶されて、更には比較されたら嫌なものだ。拗ねてしまうのも分からないではない。

「我だって一生懸命作っているのに。城の調理番からも独創的だと言われたしな」

 それは褒めてない。

 あと、独創的に作る人はほぼ失敗するものだと、テレビの中の料理人が話していた。

 基本に忠実にやって、そこからちょっとずつ自分好みの味にするのが大事だ。基本も知らないまま独創的にやってしまうと、いわゆるメシマズというものが出来上がるらしい。

 ちなみにメシマズはロトスから教わった言葉である。

「比較するのはダメだよね。でも、基本を知っている料理長やお菓子担当の人の話を聞くのも大事じゃない?」

「それだとシウの味を超えられないではないか」

「そうかなあ。だって相手はプロだよ。僕のレシピを見てたら、そのうちもっと良いアイディアが浮かぶと思うけど」

 シウはプロではないので、そのうちもっと美味しいものへと発展させてくれるのはプロの料理人たちだと思っている。

「まあ、独創的なのはともかくさ、基本に忠実にやりつつ、少しずつ実験していけばいいんじゃない? あと、文句を言う人にはあげなきゃいいんだよ」

「それでは可哀想だ」

 このへん、シュヴィークザームは優しいのだ。でも、そこから辛子入りのシュークリームを出す方向へ飛ぶのがちょっとおかしい。

「じゃあ、一緒に作ってみれば?」

「一緒にか?」

「大変さがよく分かるよ。それに、最初から上手くいかないことも、分かるんじゃない」

「それもそうだ。うむ。よし分かった。チビどもに挑戦状を送ろう」

 そう言うなり、手紙を書き始めた。汚いいつもの、ミミズがのたくった字で書き終えると、すぐさまカレンに渡して急がせた。

「え」

「これから、やるぞ。どうせ今日は秘密基地へ行けぬのだ。だから、厨房で料理教室といこうではないか」

 ははは、と高らかに笑って、シュヴィークザームはゴキゲンな様子になった。

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