085 赤ん坊すくすく、遺跡調査話




 シウの生活は、学校と赤ん坊の世話で順調に過ぎていった。

 アントレーネも無事床上げが済んで、徐々に体を元に戻す練習中だ。

 赤子の乳母も雇うつもりだったが、ロトスのこともあるし知らない人を雇うよりは、今なんとかなっているのでこのまま自分たちで面倒を見たいとメイドたちが言ってくれてそのままだ。

 実は週末にミルトとクラフトが来てくれるようになったので、それも助かっていた。

 彼等もリュカの家庭教師の仕事がほとんどなくなったので、新しいアルバイトができると喜んでいた。

 ロトス曰く「ウィン・ウィンの関係で良いんじゃないの」である。

 リュカも慣れ親しんだ兄貴分のミルトたちとまた接点が持てたことが嬉しかったようだ。週末になると、師匠のもとで学んでいることや友達のことを楽しそうに話していた。


 そうしたわけで、週末は世話をしなくていいと彼等に言われてしまった。

 ミルトにすれば自分の仕事だということで手を出すなと言われるし、リュカやメイドからすればシウには自由に動き回ってほしいと思っている。

 まあ、実際、シュヴィークザームから通信やら手紙がびっくりするほど届いているので、ロランドあたりが気を回したのかもしれなかったが。

 他にも商人ギルドから使いが度々やってくるし、アントレーネも主であるシウが「仕事そっちのけ」という状態に気が気じゃなかったようだ。

 彼女からの相談で、屋敷の全員が相談して決めたようだった。


 アントレーネも順調に体を仕上げたら、シウについて冒険者仕事をするつもりらしい。

 フェレスにも、自分は子分その四であると告げたと真面目な顔をして言っていた。ちょっとフェレスに感化されすぎだ。

 ロトスは楽しげに大笑いしていたが。

 ちなみにアントレーネはロトスの正体にうっすらと気付いていて、ワケアリの種族の子として紹介したにも拘らず、平身低頭で祈りを捧げていた。

 獣人族はサヴォネシア神への思いとは別に、聖獣への信仰も根強く残っている。自分たちよりも遙か高みにいる存在として敬っているのだと、本にも書いてあった。

 とりあえず、そこが彼女の私室のベッドで良かったなと思った。

 それからロトスのことは他言無用と、約束させた。






 学校へは、希少獣の子らを全員連れていくこともあれば、屋敷に置いていったり、またコルディス湖で自由にさせたりと気ままに過ごした。

 ただし、学校へ行くときは獣舎に預ける。

 同じような騎獣たちと遊べるので、これは案外気に入られた。教育的指導も受けられるだろうから、期待もあった。

 ロトスは「騎獣の幼稚園だな」と笑っていたが。

 クロのみを肩に乗せ、授業を受けることも多い。

 おかげで、目立つことも本当になくなった。




 授業は順調で、特筆すべき事といえば古代遺跡研究科に前の教授ビルゴットと、その知人でシウも以前デルフ国で顔見知りとなったパーセヴァルクという冒険者が来たことぐらいだろうか。

 二人は遺跡発掘人としてタッグを組んだことが何度もあり、今回も夏に行われる大掛かりなアイスベルク調査隊の一員として事前準備のためルシエラ王都に戻ってきていた。

 ついでなので授業の様子を覗きに来たらしい。

「おー、フロランから聞いてはおったが、お前さんも元気そうでなによりだ」

 ビルゴットはシウを覚えていて、親しげに話しかけてきた。シウも笑顔で返す。

「はい。ところで、ヴァルク、久しぶりだね」

「おうよ。まさかお前がシーカーの生徒とはなあ」

「それを言うなら、まさかヴァルクがビルゴット先生と顔見知りとは思わなかったよ。あれからも古書販売、やってるの?」

「それがなあ」

 パーセヴァルクが溜息を漏らした。

「毎年、デルフで行われる闘技大会に合わせていたのに、去年はなかったろう? 今年もきな臭いしな。もうあそこで店を開くのは止めようと思ってるんだ」

「え、じゃあ――」

「元々あっちに心残りがあって住まいを持っていたが……ああ大したことじゃないんだ、義母が高齢でな。去年最期を看取ったし、もういいかって思ってさ。引き払って、遺跡関係の買い取りが良いラトリシアに来ることにしたんだ」

 さっぱりした顔なので、不幸事とはいえ彼の中では消化されているようだ。

 シウも特に気を遣うことはせず、話を聞いた。

「暫くはルシエラ王都を拠点にするさ。ビルゴット先生も俺の冒険者としての能力を買ってくれてるからな」

「本は? 良いのがあったら買い取りたいなあ」

 そう言うと、パーセヴァルクのみならず、フロランなど周囲のクラスメイトたちに笑われた。シウの本好きはもはや病気の域に達していると、笑うのだ。

「ああ、いいぜ。金払いの良い客だからな、お前さんは」

「あ、でも、闇ギルドのオークションにも出すでしょう?」

「それとは別さ。あっちは際どいのを用意してる。シウには、まだ早いってなもんだ」

 デルフ国での見境ない本の買い方を知っているパーセヴァルクは、色本は早いと言いたいわけだ。

 シウは肩を竦めて、それに応えた。


 ちなみにこの夏の遺跡発掘隊に、古代遺跡研究科の面々も参加することになっていた。任意なので、全員ではない。

 シウも参加はしないことになっている。

 フロランには惜しまれたものの、シウにも予定はあるのだ。

 ロトスに、飛竜大会へ連れて行けと言われているので、致し方ない。

 まあ、彼等発掘隊の調査は朝凪ぎの月から誕生の月まで、五ヶ月も予定されているので、その間のどこかで顔を見せようとは思っていた。


 朝凪ぎの月に入るとすぐ、ビルゴットたちはルシエラ王都を発って、アイスベルクへと向かっていた。

 この月の終わりには一週間の休みがあるので、フロランも駆け付けるそうだ。

 そのために、必死で騎獣に乗る訓練をしている。

 なんでも国からの援助で行われる調査でもあるため、かなりの騎獣が貸し出されるそうだ。普通の人の足での移動は不可能に近いので、騎獣によるピストン輸送となるらしい。

 頑張って、と応援した。




 問題がないと言えば赤子たちもだ。

 順調に育っており、お風呂はシウが毎晩入れている。

 寝かしつけはフェレスだ。ブランカには無理だった。ただ、太い尻尾を掴まれて、口に入れられても怒ることはなかった。耳の先まで毛が逆立っていても、声にも出さなかったのは偉いと思ったものだ。

 それ以外はメイドたちがとにかく可愛がって離さないのでお世話などできなかった。

 たぶん、今ではアントレーネが一番、赤子に触れてない気がする。

 生まれて二ヶ月で授乳は終わった。これからはヤギ乳と、離乳食を始めて良いらしい。人族の赤子とは随分違うと、スサたちは言っていた。




 そうした騒がしくも楽しい乳児期を過ぎ、朝凪ぎの月は最終週へと近付いていた。


 シウの学校の休みである。

 今回は一週間の休みを屋敷でのんびりするつもりだった。

 春はロワル王都へ里帰りしたし、夏には飛竜大会のためシュタイバーン国へ行く。休みのたびごとに旅行というのはいかがなものかと思ったし、何よりも面倒を見るべき子供たちがいるのだ。

 しかし、屋敷の者は誰一人、シウがおとなしくしているとは思ってなかったようだ。

「え、どこにも出かけないんですか?」

「ククールス様とおでかけなさればいいのに」

「シュヴィークザーム様がお待ちではないですか」

 スサにリサ、ロランドなどから言われて、しかも肝心のアントレーネからも、

「今のところ我が子たちはなんとかなっているし、シウ様はシウ様らしく遊んでほしい」

 と言われてしまった。

 ついで、

「冒険者の仕事をするならお供したい」

 と、ワクワク顔で言われたので、じゃあ出かける算段でもするかなと考えを変えたのだった。



 まずは、ククールスと連絡を取って、遊ぶことにした。

 と言ってもお互いに冒険者だ。何らかの仕事を受けて、という意味である。

 どうせだからとアントレーネも連れて行くことにした。

 彼女は冒険者ギルドでの登録はまだだから、早めに行くことにする。

 ロトスも一緒だ。人化も安定していることだし、認識阻害を掛けている。何より普通におでかけしてみたいというので連れて行った。ちゃんと服装も、貴族の子が着るようなものではなく、シウのお下がりを調整して着せた。

 本人は何も言わなかったが、たぶんダサいと思っていたのだろう。目がちょっと、死んでいた。


 ギルドに入ると、皆の視線を集めた。

 彼女のために作った革鎧がまずかったのかなとも思ったが、それよりも、虎系獣人族の立派な体躯や鍛えられた筋肉に目が行ったらしい。

 ふさふさの長く太い尻尾も、男たちの視線を引くのだろう。

 アントレーネは子供を産んだばかりとは思えないほどの引き締まった体、艶艶した耳や尻尾で輝いていた。

 そこかしこから聞こえてくる会話に、褒め言葉が混ざっているのだ。

 まあ、大半は、

「あれがシウの女奴隷かあ、いいなあ」

「いいなって、俺たちがあれだけの奴隷を養えるかよ」

「奴隷じゃなくて子分その四らしいぞ」

 と、怪しいものだったが。


 子分その四とは、フェレスが先日のクロとブランカ成獣祝いでぶちかましていたそうなので、後でちょっと怒っておこうかなと思うシウだった。


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