084 成獣後の初仕事




 光の日は、久しぶりに冒険者ギルドへ顔を出し、採取の仕事を受けて森へ向かった。

 シアーナ街道まで行ったのは、ブランカのためだ。

 この日は本格的に、ブランカの人を乗せた初仕事日である。

 フェレスには指導係を「頼んだ」ので、拗ねていない。むしろ教師のような気分でいるらしく、落ち着いていた。

 逆にブランカは張り切っている。

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅっ!」

 シウをのせるんだー! とまあ、鼻息が荒い。やる気なのはいいが、空回りしないようにと願った。


 王都の外壁門から、ブランカに乗って飛び上がる。彼女には全速力で飛んでもらった。

 ニクスレオパルドスならば上位騎獣なので本来持つ能力は高い。

 まだ成獣なりたてなので比較するのは可哀想だが、本当ならフェーレースよりは時速も持久力もかなり上のはずだった。

 が、やはりシアーナ街道までの時間は二時間近くかかった。

 魔法の使い方も下手だし、無駄に力が入りすぎているようだ。

 フェレスの最短記録は三十分を優に切っているが、初めて飛んだ時でも索敵しながらだったことを考えたら、やはり遅い。

 このへんはスピード狂との違いかもしれないし、これからの成長に期待したいところだ。

 まあ、重量級の騎獣なので乗ったまま山を駆け抜けるといったことなら、強いかもしれない。


 その後も、少々へばっていたブランカに乗って山中を抜ける。

 採取の時間になると彼女はちょっぴりホッとしていたようだった。それをフェレスに注意されていたのでひそかに笑ってしまった。

 クロもブランカを見ていて何か思うところがあったのか、採取の時にはひとりで訓練を行っていた。木々の間をものすごいスピードで抜けていくのは、感覚転移で見ていてもちょっと怖かった。実際に真横を通られるとビクッとするかもしれないなと思う。


 この日は移動のすべてにブランカを選んだ。

 ずっと彼女に乗り、魔獣を倒しても魔法袋には入れずに彼女の背に乗せて運ぶ。

 岩猪のずっしりした重みに、ブランカは途中ちょっとよろめいていた。

 それでも最後まで泣き言を言わなかったので、感心した。

 夕方、王都門からギルドまで歩いて帰ったが、荷物を積んだままちゃんと付いてきた。しんどいとか休みたいとか、遊びたいという愚痴も零さずに偉いものだった。

 ギルドに到着すると冒険者たちがすでに待っており、ブランカの背の荷に気付いて驚き、そして褒め称えた。

「初仕事か! そりゃあすごい!」

「成獣になったんだなあ!」

「ブランカ、偉いぞ!」

「よくやったな!」

 みんなに褒められて、ブランカは「ぎゃ……ぎゃぅ……」ほんと? えらい? と不安そうに確認していた。

 往路、シアーナ街道へ到着したときの自分の不甲斐なさにどうやら落ち込んでいたようだ。シウを乗せるのだと張り切っていたのに、フェレスのようにはできなかったことが悲しかったらしい。

 彼女はフェレスよりももう大きいし、そのことを自分でも自覚していたので「同じようにできない」ことが恥ずかしかったのだ。

 シウが苦笑しながら頭を撫でると、ようやくホッとして甘えるように鳴いた。

「ぎゃぅぅぅ」

「よしよし。よく頑張ったね。最後までやりきったのは偉かったよ」

「にゃ!」

 そうだぞ、とフェレスも先生気分だ。クロも羽を広げて、ブランカの前で踊るように舞った。

「きゅぃきゅぃ」

 クールな彼にしては珍しく、励まそうと頑張っているらしい。可愛くて頬ずりしたい気分だが、クロのために我慢する。

 ブランカはフェレスとクロの言葉に、嬉しそうに鳴いて、身悶えていた。



 ギルドへ荷を引き渡すと、シウたちは居酒屋へ向かった。

 すでに準備万端で待っている、というか飲んでいる冒険者たちもいて、名目はなんでもいいんだなあと笑った。

 居酒屋には冬場に見なかった冒険者たちも多くいた。

 南から戻ってきたのだ。

 ブランカやクロ、ついでにフェレスもあちこちから食べ物をもらって和んでいる間に、シウは彼等と情報を交換した。

 デルフ国ではまだ内乱状態が続いており、国側が抑え込んでいるもののいつまた噴出するか分からないほどだという。

 反乱というよりは、勝手に隣接する領へちょっかいをかけたり、隣国との争いに発展しているそうだ。

 隣国というからシュタイバーン国かと思ったら、フェデラル国だった。

 ゲフェーアリヒ砦というところを巡って、紛争が続いているそうだ。更に、フェデラル国の東隣にある辺境国ともやりあっているとか。

 もう滅茶苦茶だなと呆れ返る。

「あそこはなあ、もともと治外法権気味の小領群だったんだよ。それがスタンピードの発生でにっちもさっちもいかなくなってな」

「初動が悪かったんだよね?」

「そう。よくそれで抑えきったなと思うぐらいだ。南西のデルフ最強のラシュタット領が秘密兵器を投入したと噂であったな。その功績として、小領群を統治したいとか言い出して国から言外に断られたら、今度は南に矛先を向けたとかなんとか」

 ガンダルフォという、ルシエラの本部ギルドでも一、二を争う冒険者の男が教えてくれる。彼も南から戻ってきたクチだ。南といってもデルフ国ではなくラトリシアの南部にいた。

 実はラトリシアの南部とデルフ国の北部にある領も揉めている。その為、南部へ行く貴族や商家は護衛を多く雇うのだ。


 デルフ国は領土を広げたがる領主が多い。あそこはラトリシア国以上に貴族間の政治力が必要で、付き合うには厄介な隣人だった。

 ここ数十年は領土の境界線が揺らぐような大きな戦争はないが、小さな争い程度ならしょっちゅうだ。

 冒険者も時に傭兵として駆り出されることもあるので、こうした情報には敏感だった。

「今、デルフへ行くのは止めといた方がいいな」

 ガンダルフォがシウとは反対隣の男に話している。シウがデルフ国へ行くことはないと分かっているためか、こっちには話を振ってこない。

 シウの横には彼と同じパーティーのカナエとモーアがいて、どんな仕事をしてきたのか話していた。ふたりの足の間にはブランカが座っていて、餌待ち状態だ。

 ブランカはあちこち行っていたものの、すぐにシウの近くへ戻ってきてウロウロしている。今日は離れたくない気分らしかった。

 それでも食べ物が気になるのでこうして貰えるのを待っているのだ。

 カナエもそれは分かっていて、ちょっと意地悪しつつ結局は餌をすぐに与えていた。

「ダメだわ、このうるうる瞳には勝てない」

「だよなー。調教師とか、よく我慢できるぜ」

「それにしても大きくなったわねえ」

「最初は猫みたいだったのにな」

 そんなふたりに、後ろから声がかかる。

「いや、こいつ最初から足が太かったぞ。猫って可愛いもんじゃなかったって」

「ああ? ああ、ククールスか」

「おう。シウも、久しぶりだな」

「うん。元気だった?」

「まあなー。最近は護衛仕事が多くてさ」

 言いながら、カナエを手で追いやり、シウの横に座った。

「なんか、面白いネタある?」

 勝手に目の前の焼き物を口にして、聞いてくる。

 シウはアントレーネの子が生まれたことなどを話した。

 ロトスのことも言いたいが、今度でもいいだろう。


 それよりもアントレーネという女性名を聞いて、他の面々が身を乗り出した。

 なんだなんだと聞くので、屋敷に引き取った獣人族の女性だと答えると、以前見たことのある者がいて声を上げた。

「俺、知ってる。前にここへ連れてきてた女戦士だろう?」

「ああ、確か奴隷だったんじゃないのか?」

「ていうか、お前その年で奴隷買うとかすげえな!」

「おいおい」

「マジかよ!」

 なんだかものすごく収集のつかない状態になってしまった。

 カナエは知らなかったらしくて、目を据わらせてシウを睨みつけた。

「シウ、あなたそんな年齢で女奴隷を買ってどうするつもりなの」

「おいおい、カナエ。シウがそういう奴じゃないって分かってるだろ」

「黙って、ククールス」

「いや、大体、奴隷契約に違反したらまずいんだから、性奴隷ってのはないだろうが」

 周りに宥められているが、彼女はシウから視線を外さないので、シウは内心で苦笑しつつ答えた。

「戦奴隷で、子供がいたから買ったんだ。子供可哀想だし」

「は?」

「僕、父親になりたくて」

 正直に答えたら、みんなシンとしてしまった。

 あれ? と首を傾げたら、ククールスが溜息を漏らしながら笑った。

「まあまあ。こういう奴なんだって。な、みんな。ほら、赤ん坊が生まれたんだ、祝おうぜ」

「あ、ああ、そうだな。よしっ! ブランカとクロの成獣祝いに赤ん坊の誕生祝いだ! みんな飲むぞ!!」

 誰かが音頭を取ってくれたので、また騒がしさが戻ってきた。

 良かったなあと思っていたら、カナエがモーアに引っ張られて謝りに来た。

 ククールスがニヤニヤ笑う横で彼女は頭を下げた。

「ごめんなさい。この間、悲惨な女奴隷見たばっかりで、つい。シウがそういう子じゃないの知ってたのに」

「ううん。いいよ。でもなんでみんな、女奴隷だとすぐにそっちの方向へ話を持っていくんだろうね?」

 奴隷に対する法律は意外としっかりしているのに。

 確かに抜け道もあるのだろうが。

 シウがそう言うと、カナエとモーアが顔を見合わせて、しみじみとした顔でまた頭を下げてきた。

「な、言っただろ? シウはこういう奴だって。有り得ねーっての」

「だな」

「ほんとにね。ほんと、悪かったわ。今日の、ここの分、あたしも払うわね」

「あ、いいよ。僕が開いたものだし」

「ううん。元々リーダーが出すって言ってたの。他の奴らも参加費ぐらいは出すつもりらしいし。お祝いなんだから、あたしたちに任せて。ね?」

 そこまで言われると拒否するのも失礼な気がして、シウは渋々頷いた。

 ちなみにククールスは真横で、

「やったー、ただ酒だー」

 と喜んでいた。彼は「そういう奴」なのだ。シウは苦笑して、彼の頭を叩いたのだった。

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