083 成獣祝い
風光る月の週末、土の日の夕方にまずは一回目の成獣祝いが行われた。
学校のミーティングルームを借りてのことだが、それはもうたくさんの人が集まった。
「集会室がいっぱいで入れない……」
廊下から、悲しげな声で呟いているのはバルトロメだ。いや、先生は遠慮してほしい。そう思ったものの、教室内には調教を請け負ってくれたスラヴェナや、一緒に授業を受けさせてくれたレイナルドもいる。
シウは黙って、そっと目を逸らした。
一応、アロンソたちがバルトロメを慰めてくれているし、そのうち入れ替われるはずだ。
「おー、これ美味しいな!」
「レイナルド先生、食べに来ただけでしょう?」
生徒に突っ込まれていたが、レイナルドはシウの用意したものをバクバクと食べていた。一応最初に、クロとブランカへは「成獣おめでとう!」と言ってはいた。
ところで、ブランカの抜け落ちた牙はクロがちゃんと拾っていた。
山の中で木をガリガリ噛んでいて落ちたらしい。
かゆいの、なおった、と喜んでいたとか。
生えてくる感じが気持ち悪かったのだ。荒ぶっていた理由が反抗期でなくて良かった。
今は皆に何故祝われているのかじゃっかん分かっていないようだが、嬉しそうに歩き回っている。
たまに、新しく生えてきた立派な牙を見せびらかしていた。
フェレスがそれを見て、ちょっとだけ落ち込んでいたので撫でてあげる。
「大丈夫だよ、フェレスはフェレスで立派な牙なんだから」
「にゃ」
いろいろ、彼にも葛藤はあるようだ。
単純なのですぐ元気になるだろうが、ひとしきり慰めてあげた。
さて、ブランカは褒められて意味もわからずに喜んでいたが、クロは賢いので各自にお礼がてらなのかシウの作ったクッキーをひとつずつ嘴でつまんで持っていっていた。
そつがないというか、真面目である。
シウにすればもっとはっちゃけてもいいのにと思うのだが――なにしろ同じ成獣のブランカは調子に乗り始めていて――なのにクロはどこまでいってもクロなのであった。
それも他の人からすれば可愛く見えるらしく、クロも皆に褒められていた。
プルウィアも生徒会の仕事の合間に抜け出して来てくれたし、魔獣魔物生態研究科の生徒も自分たちの希少獣を連れてきてくれた。
久しぶりの再会でちょっとうるさいことになっていたが、可愛らしい会話を聞けてよかった。
もうあえないのかとおもった!
と言っているのは、イレナケウスのハリーだ。針鼠型の小型希少獣で、ひしっとフェレスにしがみついている。
たまに、学校にも連れてきて上げたほうがいいのかなと、それを見て思った。
ブランカも落ち着いてくれば、学校の獣舎にも連れてこられるだろう。
今はまだ荒ぶっていた後遺症のようなものがあるが、そのうち落ち着くはずだ。
ところで、ブランカに対して並々ならぬ気持ちを抱いていたらしいシルトは、大きくなったブランカにはちょっと引いている。
彼は小さいものが好きだったらしい。今は小型希少獣たちの集まりをじいっと見ていた。ちょっと怖い。
ミーティングルームには入れ代わり立ち代わり人が来ては、クロとブランカに言祝ぎをくれた。
アラリコもそうだし、アルベリクやフロランもそうだ。
途中でようやくバルトロメも室内に入れて、もぐもぐとお菓子を食べている。
トリスタンもアロンドラやオルセウス、エウルと一緒にやってきた。
何故かオルテンシアまでもがやってきた。
「最近シウの顔を見ないのでな。冷たいことだ。わたしのことを忘れていたのか?」
「あー。すみません」
「付け届けだけは来るのだ」
季節の付け届けは、カスパルとシウの連名で送っている。素材がシウ提供のものも多いので、家令のロランドがそうしてくれているのだった。
「シウが持ってきても良いのだぞ?」
「オルテンシア先生? 生徒にそのようなことを仰ってはいけませんよ」
「うん? ああ、スラヴェナ殿か」
少しだけ、オルテンシアが嫌そうな顔をする。真面目な性質のスラヴェナとは合わないのかもしれない。
オルテンシアは創造研究科の教師で、シャイターン貴族の出だ。過去に赤子を背負ってシーカーで学んでいたという伝説の女性として知られている。ちょっと変わった性格で、シャイターン風の顔をした子供が好きらしい。つまりシウのような「鼻の低い」小さい子が好きなわけだ。
ロトス風に言うと「ショタコン」に思えるかもしれないが、そういった意味ではなさそうだった。どうも我が子の小さかった頃を思い出すらしいのだ。
「あなた、成人前の子は学ばせないと言っておきながら、お気に入りのシウには入科するように勧めたそうじゃないの」
オルテンシアが片方の眉をひょいと上げる。女性がする仕草ではないのだが、男装に近い格好の彼女がやると妙に格好良い。
「そうだが?」
「そうした、一貫しない態度は生徒に示しがつかないのではなくて?」
「頭が柔らかい証拠だ。シーカーの教授ともなれば、柔軟でなくてはならない。どこかのお硬い頭の持ち主よりもな」
ふたりが顔を見合わせて、むむむと口を噤む。
スラヴェナは召喚科の教師で、庶民からのし上がってきたタイプなので、元々貴族のオルテンシアと合わないのだろうか。
しかし、ふたりとも男爵だ。同じ教師でもあるし、もうちょっとこう生徒の前であることからも取り繕ってほしいものだった。
シウが呆れつつ、ふたりの仲を取り持とうとしたら。
「スラヴェナ先生、お祝いの席ですよ」
「オルテンシア先生、来季に来ていただけるよう、良い印象をお見せすると仰っていたではありませんか」
アロンソがスラヴェナを、アマリアがオルテンシアを止めてくれた。
他にも生徒たちが間に入ってふたりを引き離す。
おとなげないと本人たちも気付いたのか、ほんの少しムッとした後、軽く頭を下げていた。
後から聞くと、スラヴェナは調教もやることからルールに厳しくしっかりとしているらしい。マナーにも煩いそうだ。
反してオルテンシアはちょっとぶっ飛んでいる。学生の頃からだそうだから、もう修正するのは難しいだろう。
それでも女性教師同士ということで何かあったらスラヴェナに「彼女に注意をしてくれ」と振られるらしく、キリキリしているとかいないとか。
ああいう自由奔放なタイプを相手にするのは、常識人には大変だろうなと同情する。
シウも金曜の午後は新魔術式開発研究科の授業でそうした気持ちになる。
ちなみに、その科の教師であるヴァルネリは来ていない。
絶対に誰にも話をしないよう口止めをした。あの先生が来ると場の空気をとことん読まないので困るのだ。
ただしクラスメイトの、仲良くしてくれているファビアンやランベルト、王子のオリヴェルには打診したので顔を出してくれた。
この日、都合のつかなかった生徒以外はほとんどの顔見知りが来てくれて、有り難いことだった。
翌日は一日ずっと赤子の世話に専念した。
三人とも早くも首が座り始め、しっかりしてきた。
ミルトとクラフトも見に来たが、こんなもんだぞと当然顔だ。
「ちょっと小さいから、遅い方かもな」
「獣人族って育つのが早いんだねえ」
「まあな。それにしても、こいつしっかりしてんなあ。大きくなるぞー」
とは、カティフェスのことだ。熊系獣人族なので大きくなることは分かっているが、それほどなのかと思う。
「……やっぱり、僕、早々に追い越されるかな?」
つい、しんみりと言ってしまったら、ふたりに憐れみの目で見られてしまった。
「ま、まあ、しようがない。獣人族が相手だとさ」
「そうだ。気にするだけ無駄だ」
「そっかあ」
「リュカもそのうち追い抜くだろうしな」
「だよねー」
赤ん坊の寝顔を皆で眺めながら話していると、当の本人が入ってきた。
「まだ、寝てる?」
「うん」
「じゃあ、おしめは後でいいかなあ。あ、シウ、後で薬草のこと聞きたいの。いい?」
「いいよ」
微笑むと、リュカはえへ、と可愛く笑ってまた出ていった。
隣室のアントレーネの部屋へ入っていく気配がする。
「あいつ、張り切ってるなあ」
「うん。クロやブランカのお世話もしてくれてたけど、それが良かったのかな。急に大人になったみたいで、しっかりしてきた」
「下ができると、俺たちみたいな獣人族は成長が早くなるしな」
人族でも同じだろうが、獣人族は何事も早いらしい。
それにしても自分より小さい子たちがどんどん追い抜いていくのかと思うと、やっぱりちょっと寂しい。
ロトスも少しずつ大きくなってきているが、今年中には追い越される予定だ。
今は客人が来ているので自室で遊んでいるが、気配察知も覚えてきているのでそのうち客人を避けて屋敷内をウロウロするのだと張り切っていた。
彼の場合は認識阻害の魔法を付与した首輪を付けているので、屋敷内なら客人が来ていようともうろついていいのだが、そこは黙っておく。
本人のやる気が大事だ。
そのうち、マルガリタが目を覚まして泣き始め、釣られてガリファロも泣くので世話を再開した。意外にミルトも手慣れていてあやすのが上手い。
やはり村では大きな子が小さい子の面倒を見る、という役割になっているのだろう。
シウは小さい子と接したのは大きくなってからだし、赤ん坊の世話はほぼこれが初めてと言っていい。
なので周りに教えられて、日々頑張っているところだった。
クラフトにも指摘されながら、マルガリタを揺らしつつ抱っこを続けた。
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