082 大人への階段




 三人の赤子たちは早産だったことや、三つ子だったせいでかなり小さく産まれてしまった。それでも元気に産声を上げて屋敷内を騒がせているのはひとえに獣人族だからだ。

 人族だと、これほど未熟児ならば儚くなっていたかもしれない。

 それぐらい、アントレーネに言わせると小さい子たちだった。

 ただ、人族からすれば、普通の赤ちゃんよりはちょっと小さいかな程度だ。

 とにかくも、日中はロトスやスサが手助けをして、朝晩はリュカとシウが面倒を見た。


 学校が始まってからもそんな調子で、毎日が忙しく遊ぶことはほとんどなかった。

 さすがにフェレスたちの運動不足が気になるので、週末の一日は森へ転移して思う存分遊ばせた。その間にギルドの採取仕事をしたりしたが、討伐といったものはほとんどやらなかった。

 そのせいだけではないだろうが、成獣間近のブランカがむずかっていた。

 屋敷の者皆が赤ちゃん獣人にかかりきりだし、運動不足でイライラしたのだろう。

 預けてあったスラヴェナから指摘があった。

 調教もほぼ終わりに近いが、構ってもらえないのはストレスが貯まるだろうから獣舎に預けるなどした方がいいと言うのだ。

 獣舎だと、他の騎獣も大勢いるので遊んでいるとストレスが発散されるらしい。

 大丈夫かなと心配には思ったが、考えればこの国の王子でもあるヴィンセントに祝福をもらっているし、よもや天下のシーカー魔法学院の獣舎から盗もうとするバカもいないだろう。

 何かしても、大問題になりかねない。手を出す者など有り得ないと言われた。

 それに。

「正直に言うとね、そろそろ成獣となる大型の騎獣を校内でウロウロさせるのはちょっと、という話なのよ」

「あ、そうか。そうでしたね」

 フェレスの時は中型だったのと、昨年は貴族といろいろあって傍から離せない事情があった。が、今年はそうした問題もない。

「じゃあ、申請書を出して、獣舎に預けることにしようかな」

「あるいは専用の飼育係を雇って、屋敷などで見てもらうか、ね」

「あ、そっか」

 そもそも学校に連れてくる必要もないのだった。

 となると、転移でコルディス湖に置いていってもいいわけだ。フェレスもいるし、常に監視をしておく必要はあるが、それもまたシウの訓練になる。

「分かりました。スラヴェナ先生、ありがとうございます」

「いいえ。こちらも可愛い子たちと過ごせて楽しかったわ。あと、何回かは連れてらっしゃいね。もちろん、調教が終わっても、たまに顔を見せてくれると嬉しいわ」

「はい」

「成獣のお祝いもしないといけないしね」

 そう言われて、ブランカを見下ろす。

 少し早いが、実は乳歯がぐらついているのだ。下から大人の牙が出て来る気配だった。

「まだ一年にならないんですが、牙が生え変わったら成獣ですよね?」

 そう言うとスラヴェナは肩を竦めて笑った。

「どちらでもいいのよ。ただ、この子たちは牙が生え変わると『おとなになった!』と喜ぶので、それでいいんじゃないかしらね」

 そうですか、と答えると、スラヴェナの秘書兼従者のシモネッタが口を挟んできた。

「成獣のお祝いはどこでなさいます?」

「あ、お屋敷で。たぶん」

「まあ。では、お邪魔できませんわね」

 残念そうに言われて、ああそうかと気付く。

 彼女も調教に関わってくれた人だ。スラヴェナなど先生である。お招きするのが正しいのだろうか。

 思案していると、スラヴェナが提案してくれた。

「どうかしら。学校でもお祝いの会をしない? この子たちに関わった者の中には参加したいっていう人も多いと思うのだけど」

「そう、ですね。分かりました。アラリコ先生にも相談してみます」

 シウの言葉に、スラヴェナはにっこり微笑んで頷いた。


 実際、授業でもそうだし食堂でもシウは堂々と自分の希少獣たちを連れ歩いていた。

 顔見知りも多く、人懐こいフェレスやブランカは人気者だった。

 クロはあれで人見知りなところもあるのでシウの肩かブランカの上にしかいないが、彼も人気はある。

 成獣祝いというのはどうもペット自慢のように思えてシウとしては気恥ずかしいが、まあこうしたことにかこつけて集まりを楽しむのかもしれない。

 シウはクラス担任のアラリコに相談し、彼の進言によりミーティングルームを借りることにした。生徒会室の上階にある部屋は短期で借りるものではないらしいし、成獣祝いのためならいいよ、と二つ返事だった。


 さて、そうなると準備だ。

 食事などの用意も必要だが、それより声を掛ける必要がある。

 シウは授業ごとに仲の良いクラスメイトたちに「来る?」と気軽に声を掛け、参加者名簿を作っていった。



 結局ブランカたちは、スラヴェナに預ける以外の授業時間はコルディス湖に転移で送り、遊ばせておくことにした。

 シウの傍を離れたくないという気持ちもあるようなのだが、今のブランカはとにかく大人になる前段階のイライラがピークに達しているらしく、珍しく喜んでいた。

 ロトスに言わせると、

(あれだ、触るものみな傷つけたー、ってやつだよ)

 ということらしかった。

 反抗期ね、とシウは頷く。

 もちろん、そんな状態のブランカをひとり置いていくわけにもいかず、フェレスがお目付け役である。

 クロも一緒に、彼等を見守っていた。

 面白いのだが、ブランカの喋ったことを逐一覚えており、夕方迎えに行くと「ぎゃぅぎゃぅ」と物真似をして教えてくれた。

 なるほど、それを聞くと確かに反抗期だなあと思ったものだ。

 ブランカは、かんでかんでかみつきたい! とか、ぶんぶんするんだ! などと言っていたらしかった。


 ちなみにロトスは屋敷で待機だ。

 リュカのいない間、昼間にせっせと獣人族の赤子たちの面倒を見てくれていた。




 水の日以外は学校へフェレスたちを連れて行くこともなくなり、シウは学校では目立たなくなっていた。

 研究棟の皆は寂しがっていたが、それは主に希少獣たちだったかもしれない。

 とにかく、あれだけ場所をとる生き物がいないと、シウはそうとう埋没されるらしく目に見えて視線を感じなくなっていた。

 元々、ベニグド=ニーバリが卒業してからもすっかり楽になっていたところへ、貴族関係からの視線もなくなり過ごしやすい。

 成獣になるまでは傍に置いておかねばならなかったが、ようやく乗り切った感満載のシウだった。


 もっとも、そう思えるのもシウが視覚転移をしてフェレスたちを見ていられるからだ。

 シウからは常に確認していられるけれど、フェレスたちはできない。

 その為、夕方迎えに行くと、昼間シウを忘れて思う存分走り回っていたくせに急に思い出したかのように突進してきて甘えるようになった。

 寂しかったよ! と幼獣時代のようにスリスリしてくるので、途中フェレスに助けられたりした。

 本当に調教が終わりかけているのかなと思うが、今まで甘えさせていたのでシウの自業自得だ。


 ただ、こうして離れて過ごすことが、ブランカの自立も促した。

 彼女は急激に大人への階段を登っているようだった。

 目に見えてしっかりしてきたのだ。

 フェレスにも怒られたことで突進はやめるようになったし、シウの言葉もよく聞くようになった。

 スラヴェナの調教の意味にも気付いてきたらしく、ただ言うことを聞くだけだったのが、考えるようになったらしい。

 それから、自分は大きいのだという自覚もしっかりと付いてきた。

 毎回毎回言い聞かせていたが、魔獣を狩るようになって「もしかしてブランカ強い?」と気付き、その爪が大好きな人を傷つけるかもしれないのだと思い至ったようだ。

 スラヴェナが口を酸っぱくして怒っていたのも、これだったのか! と閃いたらしい。ちょっと遅いとは思うが、自覚してくれて何よりだった。

 フェレスの教育を受けているため飛行にも問題はなく、シウどころか大柄の男性でも乗せて飛べるようになった。そのうちに二人ぐらい平気で乗せられるようになるだろう。

 また、山岳地帯を駆けるのにも向いているので、秘密基地や崖の巣あたりでも訓練をやろうと決めた。




 そうした日々が過ぎ、芽生えの月の終わりには無事ブランカの牙も生え変わった。

 成獣祝いは月が明けた風光る月の週末だ。

 ふと、そうなるとこの子たちを可愛がってくれていた冒険者たちももしかして参加したいのかなと思い、夜に少し抜け出して彼等がたむろする居酒屋へ行ってみた。

 すると。

「ブランカとクロの成獣祝い!?」

「やるやる!」

「やろうぜ、いつやる、これからかっ!?」

 とまあ、張り切られてしまった。

 藪蛇だったかなあと思ったものの、普段からフェレスやブランカ、クロを可愛がってくれている彼等なので、懇親会のつもりで開くことにした。

「じゃあ、光の日でもいい?」

「いいともさ。他の奴らにも声を掛けておくよ」

 酔っぱらいなので心配ではあるが、とりあえず居酒屋の主に予約を入れてから、屋敷へと戻った。

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